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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第五話 Missing Days(5)


Missing Days(5)

「──…身長は、涼にーちゃんよりもでかい男だったよ!そんで顔が赤かった!それで、俺が答えたら背中から茶色の羽がばさーって出て…。」

「茶色の羽ってどんな?どんな鳥の羽に似てた?」

「え?うーんと、…鷹?ワシ?なんかそんな感じ。」

 スイカを食べ終わり、涼みがてら、ボク達は美琴君の話を聞いていた。主に馨君がだけど。

「服装は?」

「えーっと、上が赤い着物っぽいやつ。でも下は白い袴みたいな…?足首のとこは白いの履いてた。」

「赤い衣に白い袴、足首のって言うのは脚絆かな。こんな感じ?」

 馨君が簡単な絵を書いて見せる。それを見た美琴君が首を強く縦に振った。

「そうそれ!」

「靴か下駄は履いてた?あと、腰や頭に飾りとか。」

「下駄だったよ!飾りとかはなかったと思う。」

「ふーん……。」

 一通り見た目について聞き終わった馨君は、メモした紙と自分が書いた絵を眺めて考え込んでしまった。ボク達もその紙を覗き込む。

「なんかわかったのか?」

「まあ、ね…。よくある天狗の容貌だ。」

「だろ?ねえかーちゃん達に説得してよ!」

 美琴君が馨君の服を掴んで引っ張る。その顔は必死だ。一体何がそれほど彼を駆り立てるのだろうか。

「ねえ、どうしてそんなにムキになってお母さんに信じてもらいたいの?」

「だって……嘘ついてると思われたらムカつくじゃん!」

 ボクの質問に早口で吐き捨てる様に答える美琴君。なんだか違和感を覚える。何か隠している様な…。

「よし、じゃあその攫われた場所に案内して。」

「えっ!?」

「…なに。来須。」

「あ、いや…。もう暗くなりますから明日にしませ──」

「嫌なら来なくていいよ。」

 ちなみに今は午後三時。暗くなるにはまだ相当時間がある。怖がりな来須先生は天狗が現れたという場所に行くだけで嫌なようだ。しかし、目の前でガンを飛ばす馨君の方がよほど恐ろしいらしい。いつもの様にしどろもどろになっているうちに、ボク達は美琴君の案内で天狗に攫われたと言う場所に向かう道を歩いていた。

「うぅ、早く帰りましょうよ…。本当に天狗が現れたらどうするんですかぁ。」

「先生大丈夫だよ!みんないるんだから。ね、馨くん!」

「ああ。天狗は子供、特に男の子を攫う傾向にあるんだ。三十過ぎのおっさんなんて攫わないよ。」

「お、おっさんて…。」

「なんで男の子を狙って攫うんだろう?」

「修験道で女犯が禁止されていた事が関係あるって説があるね。まあ…平たく言えばショタコンだよ。」

「な、なんかそう聞くと変態みたいだな…。」

「現在の天狗の性質や見た目が成立したのは大体江戸時代くらいだからね。当時は男色は普通だったんだよ。」

「にーちゃん達何変な話してんの?ここだよ。」

 馨君の話に気を取られて前を見ていなかったが、どうやら本当に山の入り口と言ったところだ。その先は獣道しかなく、木々が暗く茂っている。

「この辺で虫取りしてた。夕方になると虫が増えるんだ。」

「いかにも何か出そうなとこだね…。」

「美琴くん、一人でこんなとこで遊んじゃダメだよ!この辺イノシシも出るんだから!」

「へーきだよ。いつも遊んでるもん。」

 そう言って強がる美琴君だが、ここに辿り着いてから美弥さんのブラウスの端を掴んだままだ。やはりここで何かあったのだろう。馨君が注意深く辺りの地面を見回す。

「それで、天狗はどこに立ってたの?」

「そ、そこの岩辺り…だったと思う。」

「ふーん…。」

 それを聞くと、馨君は美琴君の指差した岩を中心に地面を見て回り、気になったものは携帯で写真に撮っている。放っておくと山の中まで入って行ってしまいそうだ。

「馨!あんまり奥まで行くなよ!」

「この辺は家の灯りも届かないですし、暗くなったら危険ですね。」

「山だからね。夜になったらどこも真っ暗になっちゃうよ。山の動物もいるし…。」

「動物くらいへーきだよ。木に登っちゃえば追ってこないもん。」

「おーい、君達!」

 誰かの呼ぶ声に振り返ると、真須美さんがボク達の方へ歩いて来るのが見えた。

「真須美にーちゃん!」

「美琴!…もうすぐ日が暮れますよ。そろそろ宿に戻った方がいいです。」

 気が付くと腕時計が五時前を指していた。ここに来るまでにかなり時間がかかっていた様だ。来須先生が申し訳なさそうにペコペコと頭を下げて謝る。

「ああ、すみません。迎えに来て頂いちゃって。」

「いえ、そんな!どうせ部屋で寝てるだけなんでいいんですよ。」

 頭を下げ合う大人二人。社会人同士のこのやり取りはボク達からするととても滑稽だ。別に仕事中でもないのに、大人は大変だ。結局、ボク達は真須美さんに連れられて宿に向かって歩き出した。

「ボクはまだ何も見てないんだけど!」

「ごめんね。えっと…馨君。あの辺りはこの辺に慣れてない人は危ないから。」

「俺がいるから大丈夫だもん!」

 美琴君は相当真須美さんになついている様だ。真須美さんのTシャツを引っ張ったり、まとわりつきながら歩いている。一人っ子の美琴君にとって、叔父さんというより本当のお兄さんの様な存在なのかな。

「美琴も、あそこで危ない目に遇ってるのに行くなよ。」

 そう言いながら真須美さんは美琴君の頭を軽く小突いた。

「いてーよ!だってにーちゃん達に天狗の事教えてたんだよ!真須美にーちゃんならわかってくれるでしょ?」

「ハイハイ。」

 美琴君がキッと真須美さんを睨む。真須美さんは美琴君をなだめる様に返事をしたのだが、美琴君には適当に流されているように聞こえたみたいだ。急に真須美さんを突き放す様に離れた。

「にーちゃんのバカ!なんでわかってくれないんだよ!!」

「美琴…。別にそんなつもりじゃ──」

「うるさい!バカ!ハゲ!」

 そう捨て台詞を吐くと、美琴君は宿の方に向かって走って行ってしまった。

「待って美琴くん!真須美くん、私行ってくるね!」

「ああ…。お願い、美弥ちゃん。」

 美弥さんが駆けて行くのを見送ると、真須美さんは小さくため息をついた。

「美琴君…どうしてあんなに必死になるんだろう。」

「昼間もいきなり怯え出したりしてたよな…。」

「…元気そうに見えて、つい最近怖い目に遭ったんだ。少し情緒不安定になってるんだよ。迷惑かけてすみません。」

「いえいえ、そんな事ありませんよ!ですよね、結城君」

「……ねえ、貴方は天狗の事、信じてるんですか?」

 馨君は先生を無視して、ジッと真須美さんを見つめる。日の暮れかけた薄暗闇の中でもその瞳は鋭く光って見えた。突然の問いかけに、真須美さんもたじろぐ。

「え…。いきなりどうして?」

「質問しているのはこっちです。」

 馨君の声と瞳は、回答の有無に関わらず真須美さんの心を見透かそうとしている様に思えた。居心地の悪さからなのか、真須美さんは馨君から目をそらして答える。

「………俺には、わからないよ。あ、美弥ちゃん!」

 話を切り上げる様に真須美さんは遠くで手を振る美弥さんに手を振り返す。美琴君も一緒の様だ。二人は先に帰ると告げて前を歩き出した。薄闇の中に、美琴君の小さな後ろ姿が揺れるのを見ながら、ボク達は帰路についた。



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