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当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。
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「アタシ達は探偵だよ。彼女の父親の白鳥健治っておっさんに依頼されて調べてたの。アンタの行動は全部尾行して調査済みだよ。まあ、途中からはパターンがわかったから退社以降しか尾行してなかったけどね。レイちゃんが毎晩バーにいたのはアンタを監視するため。でも、昨日九喜の面が割れちゃったから急遽予定変更したんだけどね。」
目配せされた彼女は一ミリもその美しい顔を崩さずに頷いた。その動作に、俺の中の何が外れた。
「…アイツが突然別れるなんて言うからだ。結婚の準備までしていたってのに他の男が出来たとか抜かしたんだぞ!裏切りだ!アイツは人形みたいに俺の言う事を聞いてれば良かったのに!悪いのは瑞乃だろ!!」
「そうやって人をモノ扱いするからじゃん。彼女から聞いたけど、ちょっと連絡取れないだけで何してたかどこ行ってたか何度も聞いたり、酷いと叩いたりしたんだってね。カレシ出来たってのは嘘で単純にアンタみたいなキモ男から逃げたかったんだって。ま、トーゼンだよね。」
「この…!子供だからって言わせておけば!っ!?」
怒りに任せて少女に掴みかかろうとしたのに、数歩進んだ所から何かに阻まれた。しかし周りを見ても何もない。苛立って無理に動こうとするが小指一本分すら進むことが出来ない。
「クソ!!なんだよこれ!どうなってんだよ!!」
「即席のケッカイだよ。真円にはそういう力があるんだってさ。そこにレイちゃんが手を加えてるらしいけど。九喜の術が完成するまで逃げられないようにね。」
そう言って少女が地面を指差した。よく見ると地面に何か白い線が引いてある。線はぐるりと俺の周りを丸く囲っていた。こんなもののせいで俺は動けないのか?ふざけてる!
「結界だと?なんなんだよそれ!大体探偵ならなんでわざわざ全部教えてくれるんだよ!」
「それは僕達がただの探偵じゃないからです!」
後ろに立って何か唱えていた男が急に声を上げた。見たこともない複雑な形に手を組んでいる。さっきまで身体を支配していた怒りが薄れ、代わりに相手が何者かわからない事と動けない状況に恐怖が全身をかけた。
「時間稼ぎありがとう奈々ちゃん!ナウマク・サウマンダバザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カンマン!」
「だから何を……っ!?」
今度は進めないだけじゃなくて全身が硬直した。それどころか声まで出ない。まるで金縛りだ。
「ごめんなさい、苦しいですよね。これは不動金縛りと言って人間ごと妖怪にかける束縛術なんです。」
「…は、……ぐ……っ!」
「今回はよくわかんない短縮術使わないんだね。」
「いやあ、人間相手だから段取り踏んできちんとかけないと。力加減間違って絞め殺しちゃったら元も子もないからね…。」
「サラッと怖い事言うなし!」
なんなんだこれはどう言う事なんだ!!目の前で繰り広げられる会話に全くついていけない。と言うか息も上手くできなくて辛い。
「おっと、人間にあんまり長い事かけておくと危険なんだった。どうしてこんな事してるか手短に教えてあげますね。貴方は妖怪に取り憑かれてるんです。本来白鳥さんからは事を公にしたくない為に僕達に貴方の素行調査させ、証拠を突きつけて交渉するつもりだったそうです。僕達も初めはそのつもりで尾行してました。でも、行きつけのバーでレイちゃんを見つけてからの様子を知って貴方が妖怪に憑かれてると気づきました。」
「……。…ど…いぅ…こと、だ……?」
「驚いた。術にかけられてても喋れるんですね。レイちゃんを見つけてから貴方は毎晩レイちゃんに会う為にバーに通ってましたね。その時間はどんどん長くなり、それに比例して彼女への嫌がらせも減った。おかしいと思いませんか?今まで其れ程執着していた相手を忘れて見ず知らずの人間に心奪われるなんて。」
「そ、れは……彼女が……美しい…から…。」
男が何を言いたいのか、俺はもう気づいていた。しかし、気づきたくないでいるもう一人の自分が声を絞り出す。
「まるで火に寄ってくる虫のように。現世の妖怪は弱いからより強い存在に惹かれる物がいるんです。力を取り込んで強い存在になろうとね。人間に憑いた妖怪は宿主と一体化しながら操り、近寄ろうとする。今の貴方みたいに。」
何を馬鹿な事を言うんだ。俺は、俺は彼女が欲しいだけだ。彼女が俺の理想とする人形の美しさを持っているから。前の恋人の事など忘れるくらいに彼女に惚れているだけだ。
「そこで僕達のもう一つの仕事、妖怪退治をしてあげようと思いまして。普段なら百万くらいとるんですが、今回は出血大サービス。無料で貴方から綺麗さっぱり妖怪を取り除いてあげますよ!」
黙ったまま無機質な瞳で俺を見つめる彼女に手を伸ばす。身体が悲鳴をあげるが構わない。俺は、俺は…。
「っ!やばい、もう完全に一体化しかけてるのか!奈々ちゃんは危ないから車に戻って!」
男の声に少女が車の方に駆けていくがそんな事は関係ない。彼女以外のすべてがどうでもいいのだ。動かない身体と訳がわからない結界に阻まれて上手く近寄れない俺と彼女の間に男が立ちはだかった。
「邪魔をするなああああああ!!」
獣の様な咆哮。いや、俺の声だ。およそ人間が出せるとは思えない様な恐ろしい声に俺は戸惑った。一体俺に何が起きているんだ。目の前の男が先程とはうって変わった獣の様な鋭い眼光で俺を見据えるとあのステッキを振りかざした。
「あまねく諸仏に帰命し奉る。金剛界の主尊大日如来よ、独鈷、羯磨、摩尼、蓮華と共に光明を差し伸べたまえ!」
ステッキが輝き始める。一体どんなトリックなのか、直視できない眩しさだ。暗闇の中で突然光で照らされたせいか光に対して異様に嫌悪感を覚える。しかし、ここで引き下がる気にはなれなかった。俺は訳も分からずただひたすら彼女を求め、目の前の男を突き飛ばそうと腕を伸ばした。男に手を伸ばした時、自分の腕に愕然とする。
「なんだ…っ、これ……!?」
これは本当に俺の腕なのか。いや、人間の腕なのか。本来の二倍にも膨れ上がり、いく筋もの青筋が走ってまるで腕じゅうにミミズ腫れが出来ているようだ。なのにまるで痛みも重みも感じず、それどころか普段より感覚が鋭敏になっている気がする。これじゃあまるで…。
「ばけ…もの……。」
「大丈夫です。すぐに戻りますからっ…!」
腕に気を取られた瞬間、左側頭部にガスッという衝撃を感じたと共にまるで何かが体から消えたように力を抜け、俺は地面に倒れこんだ。脱力感と共に薄れていく意識の中で、俺を見つめる灰色の瞳だけが見えた。
「お兄さーん。ちょっと、お兄さんてば!」
上半身を揺すられる振動と男性の声にハッと目が覚めた。あのまま外で寝ていたのか?周りが薄暗いことに気づいて自分が屋内にいると気づいた。状況を知る為に声の主を見ると筋肉隆々の男性がドレス姿で立っていてぎょっとする。
「ちょっと、今私の姿見て引いたでしょ!」
「あ、い、いえ…。…あの、昨日の記憶があまりないんですが、ここはどこでしょうか…?」
「あら、本当に覚えてないのね。俗に言う新宿二丁目よ。このお店はアタシが経営してるバーなの。」
ショートボブのその男性、いやそのニューハーフはカウンターに戻るとタバコに火をつけながら状況が飲み込めない俺をみて昨日の俺の様子を語り始めた。
「お兄さんたら、ウチに来た時は既にべろべろでね、アタシ止めたんだけど聞かずに浴びるようにお酒飲んで潰れちゃったのよ。タクシー呼んであげようと思ったんだけど一人だし、住所聞ける状態じゃないから仕方なくここで休ませてあげてたの。」
「は、はあ…。」
ニューハーフの語る内容と俺の記憶は明らかに違う。確かに身体は怠いし頭も痛いが酒を飲んだ覚えは無い。昨日はバーに入ろうとした所をあの妙な男に止められて、河川敷に連れてこられて俺の秘密を暴露された筈だが…。それに結界とか金縛りとかで体が動かなくなって、腕が…。そこまで思い出して自分の腕を見た。そこにはなんの異変の痕跡もない。よく考えれば俺の記憶の方が余程夢みたいだ。どこかで飲んで記憶が飛んだのだろうか。
「尋常じゃない様子だったわよ。いったい何があったの?失恋?」
その言葉に彼女の姿が浮かんだ。まるで作り物のような美しい彼女。だが、昨日まであんなに頭を支配していたその存在は水に滲ませたようにぼんやりとしてしまっている。突然口もきいたこともない、ただバーで見かけただけの人間に恋い焦がれていた事が馬鹿馬鹿しくなった。妙に可笑しくなって苦笑を返すと彼の言葉に頷いた。
「ええ。どうやらそうみたいです。でも急に馬鹿らしくなっちゃいました。ご迷惑おかけしました。」
「そう、良かったわ。人生そういう時もあるわよね。さ、もう始発が出る時間よ。一旦帰ったら?」
「はい。ありがとうございます。あ、お代は…?」
「いーのよ。今日は初回って事で特別ナシにしてあげる!」
「え、でも…。」
「辛い時はお互い様!その代わりまた来て頂戴。次は頑張りなさいよ!」
「あ、ありがとうございます…。」
ゾッとするウインクをされ、申し訳ない気持ちになりながらも承諾してしまった。なんて心の広い人なんだろうか。押し出されるようにして店を出ると、白んだ空に照らされた見慣れぬ風景が広がっていた。飲みすぎたのに妙に早朝の空気が心地よく感じる。朝日に目を細めながら俺は駅に急いだ。