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当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。
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Missing Days(7)
「ねえ馨にーちゃん!いつになったらかーちゃん達に説明してくれるんだよ!!もう待てないよ!」
夕飯後、美琴君はボク達の部屋に乗り込んできたと思ったら馨君の腕を掴んで離さない。
「天狗に会ったって言ったとこにも行ったし本も読んだろ!?まだ信じてないの?!」
「美琴君、もうその辺にしたら…。」
「ヤダ!みんな明日帰っちゃうんでしょ?にーちゃんしかかーちゃん達を説得できる人いないんだよ!ねえお願い!」
ぎゅっと腕を掴む力が強まる。馨君は、目尻に涙を溜めながら、必死に泣くまいとする美琴君を一瞥し、その手を振り払った。
「馨にーちゃ──」
「……そんなに言うなら。明日の朝、僕が出した結論を話してあげる。」
歯磨きしてくる、と言い残し、馨君は部屋を出て行った。美琴君は驚いたような、不安そうな顔で振り払われた姿勢で固まっている。
「…大丈夫か?」
「……うん。」
涼君に肩を叩かれ、姿勢を直す美琴君だが、その表情は先程のままであった。
翌朝、先生を抜いたボク達は旅館の前に立っていた。まだ帰るわけではない。美琴君に強請られて女将さん達に美琴君は攫われていたのだと説得するためだ。しかし、ここにはボク達の他に美琴君しかいない。美琴君は不服そうな顔で馨君を見上げる。
「なんでかーちゃん達呼ばないの?」
「…良いの?呼んで。本当は天狗に攫われたわけじゃないのに。」
馨君の言葉に美琴君が目を見開く。やはり、天狗の仕業ではなかったんだ。じゃあ、どうして馨君はそれがわかったんだろう?
「な、なんで!?なんでだよ!」
「天狗の容姿。凄く細かい所まで説明してくれたよね。夕方になると民家の灯りさえ見えない所で、よく色まで見えたね。」
「め、目が良いんだよ!それに懐中電灯持ってた!それに天狗の見た目、そのぶんけんと同じだったんでしょ?」
「ああ、数少ない文献の容姿とほぼ一致していて驚いたよ。子供の君がそこまで詳しいとも思えないしね。…でもね、一つ文献には載っていない点があったんだ。」
「そんなはず無いよ!だって…っ!」
言いかけてとっさに口をつぐむ。馨君はそんな事気にせず、続けた。
「下駄だよ。天狗の履物についての記述は一つもない。もちろん絵にもね。描かれていた天狗の履物は草履だったり裸足だったりまちまちだ。…君が天狗の容姿の参考にしたのはこれだよね。」
そう言って突きつけたのは、美弥さんが渡したあのゆるキャラのストラップだ。よく見ると下駄を履いている。
「文献を元に作られたデザインだからこのキャラの通りに言えばいいと思ったんだね。でも履物はオリジナルのデザインだったんだ。遠野の河童が本来の伝承では赤いのにキャラクターは緑色なのと同じだよ。一般的な妖怪のイメージを重視して大衆受けを──」
「じゃあ!本当は美琴くんはどこに行ってたの!?」
美弥さんが馨君の話を遮って美琴君に詰め寄る。美琴君は普段なかなか見ない美弥さんの必死な形相に驚きながらも虚勢を張った。
「言えない!美弥ねーちゃんでもこれは言えないんだ!」
「…馨くん!わかってるんでしょ?教えて!!」
美弥さんが凄い剣幕で振り返る。馨君は少し考えるような仕草のあと、ぽそりとつぶやいた。
「……誘拐、かな。」
「誘拐!?」
馨君の言葉に驚くボク達を尻目に、美琴君の顔も青ざめる。
「ちが、違うよ!!違うったら!」
「…でも、確かあそこは車も入れない山道だし、歩いて隣町まで行くには山を越えなきゃいけないとこなんだろ?」
「バイクじゃないかな。案内してもらった所で天狗の羽でも落ちてないかと見て回った時、奥の方にタイヤの跡らしきものがあったんだ。」
そう言って携帯の画面を見せる馨君。確かに土にタイヤ痕のようなものが僅かに残っている。
「まあ時間が経っていてバイクのものかはわからなかったけど。バイクなら山を越えるのも無理じゃない。それから、来須先生が黒い帽子を被ろうとした時凄く嫌がったのもバイクの黒いヘルメットを思い出したから…かな。僕は警察じゃないんでわからないけどね。」
馨君も確証はないらしく、言葉を濁す。しかし、どうやら当たっているらしい。美琴君の表情にはそれが真実であることが表れていた。美弥さんが美琴君の腕を優しくさするが、美琴君は身をよじって嫌がる。
「美琴くん…なにもされなかった?怪我とか…。」
「ないよ!」
「美琴くん…。」
「どうして隠す必要があったの?」
「言えない!男の約束があるんだ!」
「…もういいよ。美琴。」
振り返ると、真寿美さんが玄関から出た所に立っていた。
「美琴の声、部屋まで聞こえてたよ。」
「真寿美さん、知ってたんですか?」
「…ああ。」
「どうして叔母さん達に言わなかったの?」
「ごめん……。事情があったんだ…。」
「事情って…。馨くん!」
「僕は別になんでもわかるわけじゃないんだけど…。興味ないし。」
「お願い!」
根負けしたのか、馨君は小さなため息をついてから、考えながら話始めた。
「……推論で悪いけど、マスオさんが助けたんじゃない?マコト君が戻って来た直後に帰郷してきたんだろ?でも自分が関わった事がバレると困る事情があって言い出せなかった、とか。」
「真寿美さんと美琴君だろ。…でもバレると困る事情ってなんだよ。」
「知るか。僕は今天狗にしか興味がないんだ!」
「凄い推理力だな。…その通りだよ。」
真寿美さんはそう言って、ゆっくりと近くの小ぶりな岩に腰掛けた。胸ポケットから取り出したタバコをふかした。
「……俺、東京の会社に勤めてるって言っただろ?…辞めたんだ。」
「辞めたって…。き、聞いてないよ!?」
「半年前にね。会社で大きな失敗をして…それがきっかけで、ずっと働き詰めで家にも帰れない毎日にうんざりしちゃってさ…。でも、大見得切って大企業に就職した手前、お袋達に言う勇気がなくて…。しばらくは貯金切り崩してふらふらしてたんだけど、その貯金も残り少なくなって…さ。……どうしようもなくて戻ってきたんだ。」
タバコを指に挟んだまま話す真寿美さんは、俯いたままだ。大人のこんな悲壮な姿はボクにとって衝撃的だった。肉親の美弥さんはもっとだろう。その顔は青ざめている。
「それで誘拐されているところを助けたってわけですか。」
「そんな大層な事はしてないよ。いざ家の近くまで来たら怖くなってね…。隣町のコンビニで立ち読みしていたら美琴が抱きついてきて…。最初は随分大きくなっていて気づかなかったよ。犯人がトイレに入っている間に俺に気づいたらしい。」
「ううん!にーちゃんがいなかったらきっと怖くて逃げられなかったよ。大人がみんな怖く見えて…でも知ってるにーちゃんの顔を見て逃げられたんだよ!」
「でも、そこまで来たなら最後まで付いていてあげたら…。」
「俺が真寿美にーちゃんに頼んだんだ!にーちゃん、仕事やめちゃった事言いたくないみたいだったし。それに……天狗のせいだって言えばもう襲われないと思ったから…。」
「美琴…。」
どうやら犯人の報復を恐れて美琴君は嘘を付いていた様だ。来須先生の帽子や茂に怯えた理由はそのせいだったのかもしれない。不意に、美弥さんが真寿美さんの前に立った。瞬間、小気味良い炸裂音が響いた。
「真寿美くんのバカ!美琴くんにこんな嘘つかせるなんて!会社やめちゃったくらいでおどおどして…そんな事しなくても、真寿美くんの事皆わかってくれるよ!」
美弥さんの訴えに、頰を抑えながら呆然とする真寿美さん。ボク達も、美弥さんの行動に驚きを隠せないでいると、真寿美さんはその手を口元へ移動させ、背中を震わせ始めた。