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当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。
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「ええっ!?私一人で十楽寺先生を担当、ですか!?」
葉王本社の会議室に羽柴の声がこだまする。あれから数日後、羽柴は大島に会議室に話があると呼び出され、今の話を聞かされたのだ。羽柴の助けを求めるような視線を一蹴するように大島は厳しい表情を崩さない。
「ああ。すまんが俺は明日から別の案件を任された。これからは実質お前一人でやってもらわなくてはならない。」
「そんな…。あんな胡散臭い連中無理ですよ!言ってることもわけがわからないですし!」
「文句を言うな!」
矢のような鋭い怒鳴り声に羽柴も口を噤んだ。会議室に冷たい静寂が流れる。大島は一拍置くと、羽柴をしっかりと見据えた。
「いいか羽柴。それは上も同じ考えだ。工事が行き詰まり、いくら藁にもすがる思いとはいえ、妖怪退治だのお祓いだの馬鹿げている。おまけにあの態度、とてもまともな人間とは思えん。」
「……。」
「しかし、五菱商事さんからのご紹介だ。無碍にも出来ない。好きにやらせて早くこの件から手を引きたいのが上の考えだ。だからお前は奴らが何かしでかさないか見張っているだけでいい。何かあったら連絡しろ。責任は俺が取る。いいな?」
「……はい。」
半ば押し切られる形で話し合いは終了した。いや、むしろ話し合いですらなかった。羽柴は大島が出て行った扉を恨めしそうに眺め、やがてどうしようもないことだと自身を納得させると、とぼとぼと仕事に戻って行った。
「へー!ここが葉王さんの東京第二工場の建設現場ですか!ここって青梅市でしたっけ?東京って言っても結構田舎の方ですね~。」
黒いワイシャツに白いパンツ姿の十楽寺がサングラスをひらひらさせながら感想を述べた。その脇にはゴシックファッションとでもいうのか、黒いタートルネックの上着を着て細身のズボンにロングブーツを履いたレイと、太ももが丸出しになりそうな程短いスカートを履いた奈々美が立っている。三人の出で立ちに羽柴は言葉を失ったが、なんとか気を取り直して簡易休憩所へ案内する。
「ええ…。ご連絡ありがとうございます。その、妖怪の目星がついたとかで……。」
「ああ、そうなんですよ!レイちゃん地図出して?」
レイが持ってきた鞄の中から地図を出した。研究所の周辺地図だ。十楽寺は胸ポケットから赤ペンを取り出すと羽柴に見えるように地図を広げた。
「あれから詳しく調べたんですけどね、やっぱりこの土地に問題があったみたいなんですよ。」
「はあ…。」
「ここに神社があるじゃないですか、鶴戸神社。すぐ近くですよね。それでここから西側に御岳山(みたけさん)ていう山があるのわかりますよね。あ、ここからも見えますね。」
「ああ、はい。」
「それでこの神社と御岳山を直線で繋ぐと、ほら。」
「?」
十楽寺が赤ペンで神社と御岳山の頂上にそれぞれマークをつけると、それをまっすぐ直線でつないだ。工場建設予定地を赤い線が分断する。
「ちょうどこの場所が直線距離にかぶっちゃうわけですよ。ね?」
「はあ…。……そうですね。」
満遍の笑顔で地図を見せつける十楽寺に羽柴は戸惑いながら答えた。そんなこと誰が見てもわかる。正直、何かあっても近隣に被害が出ないように人気の少ないこの土地を選んだのだ。
「九喜、この人全然わかってなさそうだけど。」
奈々美がマニキュアを塗った自身の爪を眺めながらつぶやいた。レイが十楽寺を見ながら地図の山を指差す。
「え?ああ、そっか。一から説明しないとね。えーとですね、霊魂や目に見えない精霊ってのは山に登るんですよ。山は標高の高いものほど霊力の強い場所で、そういうモノたちはそこを登っていわゆる成仏ってのを果たすんです。」
「ああ…。聞いたことあります。山岳信仰でしたっけ。」
「まさにその通りです。さらに彼らにはある程度通る道が決まってるんです。大体が神社や寺を経由していて、鶴戸神社もその経由地の一つです。しかも周りに寺社仏閣がないことから、ここが最終経由地だと思われます。弱いモノから強いモノまで様々な霊魂や妖怪がここで一気に集まって御岳山を目指すんです。しかしその道の真ん中で突如工場の建設が始まり、邪魔になったってとこでしょう。」
「はあ、なるほど…。」
それらしい理由に一瞬納得しかけた羽柴だが、相手の手に乗るまいと慌てて気を取り直し十楽寺を挑戦的な目で見た。
「で、でもおかしいじゃないですか。幽霊とか妖怪とかって触れないものでしょう?工場なんてすり抜けちゃえばいいじゃないですか。」
「問題は建物じゃありませんよ。人です。妖怪は彼らにその気が無くても人に悪影響を及ぼすんです。精霊風や百鬼夜行ってご存知ですか?その風に吹かれたり、見ただけで人は病気になって死んでしまうんです。」
「あと金属の音も嫌なんでしょ?鈴とかが魔除けになるのはそのせいなんだってね。工事の音が嫌だったんじゃない?」
「そうそう!奈々ちゃんよく勉強してるねー。えらいえらい。」
「だからさわんな!」
頭に持って行った手を叩かれて十楽寺がいかにも残念そうな顔をするのを横目に、羽柴は建設現場中に何か得体の知れないものが漂っているのを想像してぞっとした。悪寒を振り払うように十楽寺に反論する。
「そ、そんなのは迷信でしょう。科学の存在しない前世紀の話じゃありませんか。」
「じゃあ原因不明の重機の故障や機材の落下、現場監督さんの発熱はどう説明つけるんですか?」
「それは…。偶然が重なっただけですよ!」
「偶然で解決する問題ならいいんですけどねえ。」
これ以上説明しても仕方ないという顔で十楽寺は椅子に盛大にもたれかかると、サングラスの柄を持ってぷらぷらと揺らした。
「羽柴さん。アナタ僕たちを信用してないみたいですけど、今回のご依頼はそちらからされたものですよね?」
「え、ええ…まあ。」
「ならきちんと信用していただきたい。こんな身なりとはいえ僕はこの道じゃ結構名の知れた妖怪退治師ですからね。」
「九喜はこう見えてもシンゴンシュウ?とかいうとこのソーホンザンで十年以上修行を積んだお坊さんらしーよ。」
奈々美の言葉に、レイが鞄から紙を取り出して羽柴の前に広げて見せた。真ん中に『度牒授興畢』と大きく書かれ、その右側に『十楽寺九喜』と書かれている。十楽寺九喜というのはどうやら僧侶の持つ法名らしい。左には『高野山真言宗』の文字もあった。
「あ、これ度牒(どちょう)っていうんです。僧侶の証明書みたいなもんですよ~。もうレイちゃんたらそんなの見せなくていいってば!」
「ほ、本物なんですね…。」
半ば詐欺師か何かだと疑っていた羽柴はそれを見て生唾を飲み込んだ。ソーホンザンというのは総本山、宗派の大元となる場所のことだろう。わずかに十楽寺に対しての不信感が消えた。十楽寺が照れたように笑う。
「昔の話ですよう。今じゃ山を降りて髪も伸ばしてますし。さて、説明も終わりましたしそろそろ準備に取り掛かりましょう。」
「えっ!準備って?」
「妖怪退治のですよ。理由もわかったし今日中に決着つけちゃおうかと思いまして。」
にこやかに言う十楽寺に羽柴は唖然とする。妖怪退治とはいきなりやってきてそんなに簡単にできるものなのだろうか。羽柴は改めて三人の格好を凝視した。
「あの、そんな格好…いや、そんな軽装でやるんですか?お坊さんなら袈裟とか、数珠とかお経とか必要なんじゃ…。」
「あー、そういう人もいますけどねえ。和服って動きにくくて僕嫌いなんですよねー。」
「はあ…。で、でも今からお祓いをやるんじゃないんですか?」
「お祓い?あはははは!」
突如おかしそうに笑いだした十楽寺に羽柴は動揺する。
「そんなまどろっこしいのやってられませんよ。お祓いってのは妖怪との交渉みたいなものです。僕がやるのは強行手段。だから『退治』なんです。」
そういうと十楽寺はレイの差し出した黒い布を巻いた棒を見せて微笑んだ。
「これだけあれば十分ですよ。」