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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第四話 Tragedy of table turning(6)


Tragedy of table turning(6)



「ま、そっからは殆んど愚痴と世間話だったよ。」

「なんか殆んど義人くんの心の声しかわかんなかったよ。」

「結局ただの痴話喧嘩で、エンジェルさんとは関係ないのか…?」

「ひでえな!こっちは飲み物代に千円以上使ったんだぜ!関係ないわけないと思う!」

「思うだけじゃん…。」

「それ、男の方にも聞き込みしたの?」

「男って、岩瀬先輩の元カレの?いやまだ──って結城!?」

 びっくりして振り返ると、馨君が一番奥の椅子にもたれかかっていた。…全然気付かなかったな。義人君の顔が見る間に青くなっていく。追い打ちをかける様に馨君が義人君を指差す。

「ひっ!」

「…そこ、僕の席。どいて。」

 馨君が言い終わるよりも早く義人君は席を立ち、馨君に譲った。ソファーは馨君の定位置だ。

「わ、わわ悪かったな結城!じゃ、オレこれで!またな!」

 それだけ言うと義人君は風の様なスピードで部屋を出て行った。

「別に出て行かなくてもいいんだけど。」

「なんだか今日の義人くん変だったよね!お菓子も食べなかったし。」

「(それはいつものことなんじゃないかな…。)」

「それより、河盛総合病院に行こう。白子先輩と鯱先輩が入院している。今行けばもう面会客もいないだろう。」

「白川先輩と河内先輩だろ。海鮮料理かよ。」

「鯱は海鮮料理にならないよ。」

 馨君と涼君がくだらない話をしているのを聞いていると、美弥さんがこそこそとボクに耳うちをしてきた。

「ほら、他の先輩の名前は覚えてないのに羽淵先輩の名前は覚えてるし!」

「ああ、確かにそうだね…。」

「何こそこそ喋ってるの?早く準備しろよ。」

 馨君に急かされて、ボク達は急いで支度を始める。馨君の様子をちらりと見ながら、羽淵先輩と話していた様を思い出すが、いたって普段の様子だったと思う。確かに、エンジェルさんの事について問い詰める時は生き生きしていたけど。普通にその事を話しただけなのに、馨君が羽淵先輩の事が好きだと考えるなんて、女の子ってすごいな。

「裕太、行くぞ。」

「あ、うん!」

 河盛総合病院は、市内で最も大きな病院だ。市内の大半の人は、大きな怪我や病気の時に通院している。リノリウムの清潔感溢れる廊下を渡り、白川先輩の病室へ入ると、雑誌を読んでいた白川先輩は少し驚いた様子でこちらを向いた。

「誰?あんた達。」

「古賀先輩の知り合いです。僕は一年の結城馨。」

「比奈の?あの子一年に知り合いなんていたんだ。それで、何の用?お見舞いじゃないでしょ。」

 白川先輩の冷めた態度から見るに、どうやら何か事情があるようだった。

「ボク達、貴女達がした『お使いエンジェルさん』について調べてるんです。」

「あー、あれね。確かに、あれやってからアタシも渚達も怪我したんだよね。」

「じゃあ、やっぱりエンジェルさんを帰さなかったせいでなんですか!?」

「は、君たち面白いね。まあそうかも。」

「まあそうかもって…どういう事ですか?」

「さあ。」

 要領を得ない先輩の解答にボク達は困惑した。そんな彼女に痺れをきらしたのか、馨君がぽつりと言い放つ。

「…脚、怪我したのに随分気楽ですね。陸上部のエースだったんでしょう?」

「ちょ、馨くん!失礼だよ!」

「…リハビリすれば普通に歩けるように戻るから。まあ、秋の大会は出れないだろうけど。」

「随分無感動なんですね。高校最後の大会に出れなくていいんですか?」

「…別に、元々そんなに陸上好きだったわけじゃないし。」

 馨君の詰問にも、しれっとした態度を貫く白川先輩。でも、やはりどこか辛いのか、微妙に表情が強張っている。

「…なにが原因であんなに酷く失敗したんです?」

 白川先輩はしばらく黙った後、僕達の後ろの棚に目をやった。馨君が躊躇いなく棚に置いてある白い箱を開けると、中には少し汚れたスパイクが入っていた。

「それが事故った時履いていたスパイク。…紐が切れたんだよ。」

「あ!本当だ!真ん中あたりがちぎれてる…。」

「もう気が済んだでしょう?帰って。」

「まだなにも聞いてませんよ。」

 馨君の言葉に、白川先輩は苦笑した。だが、それ以上は何も話してくれなかった。

「なんだかクールな人だったねー。」

「何か隠してるのかもな。」

「珍しく冴えてるな涼。あの人は何か知ってる。最も、教える気はないみたいだけどね。」

「でも、もう手詰まりだよ?これから一体どうするの?」

「これ。」

 馨君がボク達の前に手を突き出した。その手に握られてるのはさっきの靴紐だ。

「これ…とって来ちゃったの!?」

「お前…いくら千切れてるからって勝手に持ってくるなよ!」

「いいから、断面見てみろ。古くなって切れたんじゃない。」

「…これ、端だけ妙にボロボロになってる。」

「幽霊って、そんな事できるのか…。」

「なわけないだろバカ。…多分薬品で弱くしてあったんだ。踏み込みの時に千切れる様に。これは人間の仕業だよ。」

 馨君がうんざりした様な顔をした。また本物の怪奇現象じゃなかった事で拗ねてるんだろう。

「一体誰がそんな事…。」

「『お使いエンジェルさん』にかこつけてるあたり無関係の人間じゃないと思う。」

「じ、じゃあ今まで会った人の誰かが犯人なの!?」

「そういう事になるかもね。これはそれとなく来須に聞いてみる。あいつも一応化学の教師だからな。じゃあ今日は解散。」

 そういうと、さっさと家の方向へ歩いて行ってしまった。馨君は大体機嫌が悪くなると一人になりたがるみたいだ。あとに残されたボク達は仕方なく家に帰るために来た道を戻り始めた。

「馨君、また明日ソファーで丸まって動かないのかな。」

「俺はまた本で叩かれるのか…。」

「それは何時もの事じゃない?」

「裕太…お前言うようになったな。」

「もう、涼くん達暗いよ!それに、今回は違うと思うよ!」

 自信満々な声に振り返ると、美弥さんが得意そうな顔でボク達の顔を覗き込んでいる。

「馨くん、『これはそれとなく来須に聞いてみる。』って言ってたじゃん。まだ調べる気があるんだよ!」

「そう言えば、そうだったな。」

「馨君がオカルトじゃないって気付いても手を引かないなんて珍しいね。」

「やっぱり、"愛"のチカラだよ!羽淵先輩を危険から護る為に!」

 美弥さんが瞳をキラキラさせて言う。女の子って恋愛話が好きなんだな。ボクと同じような事を考えたのか、涼君もちょっと呆れ顔で美弥さんを見つめていた。

「羽淵先輩の事はわからないが、馨が何か企んでいるのは確かだろうな。どうせまた無茶な事をし出すから、お前達も気をつけろよ。」

 それからボク達は少し話しながら帰路についた。部屋で寛ぎながら、ぼんやりと一連の出来事に思いを馳せる。本当にエンジェルさんなんてものがいるとは思ってなかったが、誰かが意図的にこんな事をしていたなんて…。今まで意図せずそういった事件に二回も巻き込まれたけど、加害者達は通常の精神状態じゃない。おまけに今回は自分で手を下さずに深刻な怪我を負わせているあたり、犯人は頭が良い。ボク達にも危害が及ばないように気を付けないと…。


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