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当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。
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Specter of school festival(5)
目の前の扉が開くと、馨君と涼君が立っていた。ホッとしたのも束の間、馨君はボクを押し退けて大きな戸棚の下の段の前に立った。
「か、馨君?」
「…ここだ。涼。」
途端、戸棚がカタカタ音を立て始めた。涼君が馨君の隣に立つ。
「そ、そこに幽霊が!?」
「だったら良いんだけど。」
そう言うと馨君は勢い良く戸棚の引き戸を引いた。
「!?」
中には、カメラを片手にうずくまった太った男が、酷い顔をしてこちらを見上げていた。
「ひ…あ、ああ…っ。」
「へえ。ここに隠れて盗撮してたんだ。貸せよ。」
馨君は顔中から色んな体液を噴出している男からカメラを奪いとって映像を見ている。横目で涼君が嫌悪感を露わにした目でその映像をちらりと見た後、同じ目をその男に向けた。
「最低だな。」
「ひっ…。う、ぅうう!!」
男は声にならない声を発しながら転げるように戸棚から出ると、扉に向かって突進したが、あっさりと涼君に襟首を掴まれると床に引きずり倒された。なおも起き上がろうとする横顔スレスレで床を踏みつけられ、白い顔が更に白くなった。今の涼君はスーツと相まって不良も裸足で逃げ出す怖さだ…。
「逃げられると思ってんのか?ふざけるなよ。」
「す、すみませ…。」
「あんた今回が初めてじゃないね。去年も一昨年もここで盗撮してたでしょ。」
「ど、どういうことなの?馨君。」
「文化祭の幽霊、もとい気色悪い視線て言うのはコイツが犯人なんだよ。文化祭の日しか現れないというのは文化祭の日は外からの出入りが自由になるから。それに視線を感じた人間は女子ばかりだ。静かで比較的人の出入りが少ないこの調理室に隠れて時々入ってくる女子を盗撮してたってわけだろ。」
「うぅ…。」
男はTシャツをびっしょりと濡らしながら縮こまる。
「気色悪い変態。こんなもの撮って何処かで売りさばいてたわけ?人間のクズだね。」
「ぅ、う、う、うるさいんだよ…。このリア充どもめ…。ちょっと顔が良くて社交的だからって調子乗りやがって、自分の彼女が盗撮された気分はどうだよ、へへへ…!」
下卑た笑顔を向けられる。気持ち悪い。全然懲りてないんだな…。と言うか彼女って何のことだ?
「はあ?彼女?…ああ、なるほどね。そっかー。残念、今回のおにーさんの収穫はゼロだよ。御愁傷様!」
なにか合点がいったのか、いかにも憐れんだ表情を作って馨君が言う。ボク達は何のことだかわからず馨君の顔を見た。
「は、何言って──」
「ほら、これがこの可愛いウエイトレスの普段の姿。」
そう言うと馨君はボクのポケットから財布を抜き取り学生証を男に見せた。なんでどこに入ってるか知ってるんだ…。そんな疑問より、学生証を見た男の細い目が限界まで見開かれた事にボクは驚いた。急に男の呼吸が荒くなる。
「バカな…ッ!あり得ない!こ、こんな事ッ……!」
「残念だったねおにーさん。あんたが鼻の下伸ばして見てたのはコスプレJKじゃなくてDKだったんだよ。それとも男の娘萌え?」
呆れるボク達に構わず、男はその巨体を揺らし悶え続けている。なんか正直複雑な気分だ。男で悪かったな。
「……裕太、馨の言ってることが全然わからないんだが。なんでダイニングキッチンの話してるんだ?」
「涼君、DKはダイニングキッチンじゃなくて男子高生の略だよ。JKは女子高生の事で、男の娘萌えは…ボクにもよくわからないよ。」
「う、うそだ…!そんな!お、お、俺は男に萌えてたって言うのか!あの細い腰も、小ぶりなヒップも…!」
「あ、これコルセットです。」
「ぎああああああ!!」
「こら君達!木下さんに全部押し付けてなにやってるんです!あれだけ調理室に籠るなと言ったのに──!?」
騒ぎを聞きつけたのか、来須先生と美弥さんが入ってきた。男を見て先生はぽかんとした。
Specter of school festival(6)
「ど…どなたですか?」
「女子高生の盗撮してた変態。ほら。」
馨君が来須先生にカメラを放る。中の映像を見た先生と美弥さんは驚きと嫌悪感に顔を歪めた。
「うわあ何これ!裕太くんのお尻をアップで撮ってる…。」
「えっ!?ちょっとやめてよ!見ないで!」
「そういうご趣味なんですかこの人。」
「違う!俺は異性愛者なんだ!男の娘萌えでもショタコンでもない!」
男はさも心外だという風にわめく。否定するとこはそこじゃないだろ。
「気持ち悪!」
「う、うるさい!お、お、お前も、そ、そんな格好して、実は男なんじゃないんだろうな!?」
「ひっどい!れっきとした女の子だよ!なんなのこの人!?」
「と、ともかく、事情はわかりました。ちょっと貴方来てください。皆さんはちゃんと文化祭の仕事するんですよ!」
男は既に逃げる気力もないらしく、自分の半分くらいのサイズの来須先生に引っ張られていった。ボク達は終始女じゃなかったなんて、等とぶつぶつ言う男が扉から出て行く様を見送った。
「もう馨くん達私を残して戻ってこないんだもん!様子見に来た来須先生が怒っちゃったんだよ?」
「文化祭の幽霊を見つける為にやってたんだから仕方ないだろ。義人もヨハネス君もいたし。それに今回は幽霊じゃないとわかっていてここまでやったんだから感謝して欲しいね。」
「結局あの変態が幽霊の正体だったのか。」
「昨日は僕がずっと張り込んでたせいで隠れられなかったんだ。目撃談が女子ばかりだったからジュースをわざと切らして美弥か裕太に取りに行かせて、現れるか待ってたんだよ。」
「またボクを囮にしたんだね…。」
「まあまあ裕太くん!でもよく隠れてる位置までわかったね!」
「みんな出入り口で視線を感じるみたいだからね。扉から一番近い戸棚だと思ったんだ。それに引き戸が少し開いてたし。盗撮かどうかはわからなかったけど。」
「そもそも、どうして幽霊じゃないってわかったの?」
「美弥、幽霊の正体は『昔調理室で酷い火傷を負った女生徒』だって言ったよね。だから昨日ここに籠っていた時に昔の学校新聞なんかを調べてみたんだ。でもそんな話は一度も出てこない。新聞記事を貸してくれた図書館の司書さんもその噂は三、四年前から突然聞くようになったって教えてくれたんだ。」
なるほど。昨日調理室に籠っている間中その事を調べていたんだ。しかし昔の学校新聞を一日で調べ尽くすとは、流石馨君だ。
「あれ、じゃあ黒い影って言うのはなんだったのかな。」
「ああ、それは多分こいつの仕業だよ。」
そういうと馨君は缶詰をポケットから出し、蓋を開けて教室の隅に置いた。すると、どこに隠れていたのか大きな黒猫がするりと棚の合間から出て来て、こちらに注意しながら缶詰のキャットフードを食べ始めた。
「お、おっきい黒猫!」
「大きな声出すと逃げるよ。多分このあたりに住んでる野良猫だよ。文化祭で住処がうるさくなってここに避難して来てるんじゃないかな。」
「馨君、この子の為にわざわざ缶詰買って来たんだね。」
「悪い?」
「なるほど!この子が黒い影の正体だったんだね。」
「この部屋は棚や机で隠れる所も沢山あるしね。視線に対する恐怖や、猫はあまり音を立てないこともあって錯覚したんだろう。」
ボク達が話している間に食べ終わったのであろう。黒猫は悠然と馨君の足元に近寄り、顔を脚にすりつけて甘えた。馨君は優しく抱き上げる。
「か、可愛い!大っきいけどこの子可愛いね!」
「お前、猫を可愛がる気持ちがあったんだな…。」
「なにそのしみじみした顔。」
「いや、まともな趣味を持ってた事に安心して…。」
「どういう意味だよ涼!」
「あはは、涼くん息子の心配するお母さんみたーい!」
数日後。
結局、男は逮捕されて、次回の文化祭以降旧調理室は閉鎖される事になった。嘘か本当か男の自宅からは大量の女性の盗撮映像が見つかったそうだ。
「いやーこの前は災難だったよな!裕太!」
しばらく経った日の放課後、廊下で義人君とヨハネス君にばったり会った。ボクを見た義人君が満面の笑顔を湛えながらボクの背中をバシバシ叩く。多分、女装させられた上男に盗撮されると言う類稀な体験の事を言ってるんだろう。楽しそうな顔しやがって。…まあ、義人君には結局ほとんどの時間手伝ってもらっていたから文句も抑えておこう。
「…まあね。」
「なーんだよノリ悪ぃな!なあヨっちゃん!」
「え、ああうん。」
ちょっとたじろぎながらも穏やかに微笑むヨハネス君。そういえば二人はずっと文化祭中手伝っていてくれたんだっけ。
「ヨっちゃんて…。随分強引なニックネームだね。」
「ぼくも初めて呼ばれたよ。普通『ヨハン』か『ハンス』だから…。」
「そんな小洒落た呼び方してたらいつまでも仲良くなれねーじゃん。だろ?」
「義人君…。そうだね!ヨっちゃんでいいよ!」
何故かわからないけどヨハネス君は感銘を受けたみたいだ。義人君と固い握手を交わしている。
「あ、ところで裕太君。この前の災難て何のこと?」
「え…。」
「なんだよ裕太。ヨっちゃんにまだ言ってなかったのか?」
「言えないよあんな恥ずかしい事!ていうかボク義人君にも言った覚えないんだけど!」
男に盗撮されたあげく、それを憧れの美弥さんに見られたなんて人に言いたくないに決まってる。あの場にいた馨君、涼君、それから美弥さんと来須先生しか知らないはずだ。
「…馨君達から聞いたの?」
「なわけねーだろ!結城に訊いてかりを作ったりしたら大変だからな。」
「じゃあ誰から…。」
「フフン、情報通の企業秘密って奴だよ!ちなみに例の映像も一部入手済みだ!」
「ええ!?ちょっとそれは捨ててよ!」
「…へえ。義人君て情報通なんだ。」
ボク達が言いあっている横で小さな声でヨハネス君が呟いたのが聞こえた。
「ん?おお!そうだぜ!北高一の情報通ってとこだな!まあそのせいでオカルト部にこき使われてるけど。」
「凄いね。その話もっと教えて欲しいな。あ、そうだ。そろそろ行こうよ。」
「ああ、そうだったな!んじゃなー裕太!」
「あ、うん。何処か行くとこだったの?」
「ヨっちゃん家にな!じゃあまたなー。」
そう言って二人はボクの横をすり抜けた。だが、その言葉にボクはある日の夜の光景が浮かんだ。月光に照らされたヨハネス君の白い顔と毒々しい赤…。とっさにヨハネス君達の方を振り返った。
「よ、ヨハ──」
何か呼びかけようとした瞬間、ヨハネス君が狙ったようにこちらを見た。そして、あの満月の夜のように人差し指を唇に当てて微笑んだのだった。
fin