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当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。
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ここは東京駅から徒歩数分の距離にある巨大ビル、五菱商事本社。オフィスビルというにはあまりに芸術的かつ豪華なデザインで、初めて見た人には何かの美術館かコンサート会場だと思うだろう。日本の技術と美の集大成の様なそのビルの最上階に十楽寺とレイはいた。
「久しぶりね。十楽寺先生。」
案内された専用エレベーターの扉の前で仁王立ちした若い女が挨拶した。派手な色のスーツに身を包んだ彼女は態度も大げさで高飛車な印象を与える。いつもと違ってネクタイを締めた十楽寺は苦笑しながら彼女に近寄り恭しくお辞儀をしてみせた。
「お久しぶりです、五菱八重さん。本日もご機嫌麗しゅう。」
「わざとらしい挨拶ね。似合わないわよ。」
「いやーいつもお世話になっている五菱商事会長のご息女様ですから。ちゃんとご挨拶しないと。ねーレイちゃん?」
「言うじゃない。ま、その方が貴方らしくて好きよ。」
八重は十楽寺にそう言い放ち、艶めく黒髪を揺らしながら後ろを向いて歩き出した。彼女は五菱財閥の現当主の娘にしてここ、五菱商事本社の重役である。二十六歳で何千といる社員の上に立つ彼女は五菱家の人間である事を除いてもかなりの手腕の持ち主である。
「三ヶ月ぶりだったかしら。元気だった?」
「この通り絶好調ですよ。ね、レイちゃん。」
八重はにこにこと笑顔で答える十楽寺と相槌をうつレイをちらりと見て足を速めた。長い通路を三人は延々と歩く。
「この三カ月間、そちらもお変わりないようですね。」
「ふうん、皮肉かしら。」
「え?やだなあ褒めたつもりだったのに。現状を維持するのも大事なことじゃないですか?」
「貴方って思ったことをそのまま言うのね。」
「あはは、それ褒められてるって受け取っていいですかね?」
「相変わらずね。」
笑顔でのやり取りだが何処と無く二人の間に不穏な空気が漂っている。いつもの事なのかレイは特に気にした様子も無く、十楽寺の後を追う。廊下はぐるぐると渦を巻くように次第にビルの中央に向い、やがて最奥まで着くと、廊下の先に一つの扉が現れた。八重がその扉の前にある機械に手を乗せる。指紋認証だ。指紋認証が終わると一部の壁がスライドして何かの差込口が現れる。八重はそこに持っていたカードを差し込んだ。
「でも変わりがないようじゃ駄目なの。停滞してたらあっという間に時代の波に流されるわ。」
扉が自動ドアのように開口した。扉の向こうには更にもう一つ扉があり、その奥に大きな空間が広がっていた。中央には大きな社が立てられている。まるで神社の一画をそのまま設置したようなそれは、近代的なデザインのこの建物には不釣り合いで異様な雰囲気を醸し出している。
「下手な事しないでよ?ここに入れるのは五菱の人間だけなんだから。」
「大丈夫ですよ!それにしても、何度来ても思いますけど立派な社ですねー。流石五菱さんはお金の掛け方が違いますよ。お稲荷さんを信仰してる企業は山ほどありますけど、ここまで社と設置場所にこだわってる企業は他に無いでしょうね。」
八重に案内された二人はその社を見上げる。十楽寺は感心しつつも半ば呆れた様に感想を述べた。
「大企業っていうのはどうしてこうも信心深いんだろうね、レイちゃん。特にお稲荷さんを信仰してる企業は異常だよ。伏見稲荷なんて奉納された物凄い数の社や鳥居が立ち並んでいて、信心よりも野心を感じるね。」
「あら、十楽寺先生もその大企業の野心に漬け込んでお祓いに法外な額を要求してるクセに。所詮貴方も同じ穴のムジナよ。」
「いやあ僕たち共通点が多いようですね!運命感じちゃうなー。」
笑顔だが語気の強い言い方で返す十楽寺の肩をレイがたたいてたしなめる。どうやら二人の仲は非常に悪いらしい。八重はレイにたしなめられた十楽寺の鼻先でニッコリと笑って見せた。
「あらあらそんな事言うからおたくの美人助手が妬いてるわよ。それにウチはただの稲荷信仰じゃないわ。稲荷神を使役してるんだから。」
「…憑き物筋なんて自慢になりませんよ。リスクの方が高いんですから。」
憑き物筋とは高等な動物霊を使役する家系のことである。八重が言う稲荷神を使役するとは、狐の憑き物筋であるという事だ。この霊は上手く使えば莫大な利益を与えてくれるが、動物霊の数が増えすぎると没落する危険もある。また、利益を得ると言っても余所の家から幸運や利益を奪って周りを不幸にする事から、昔から憑き物筋は忌み嫌われてきたのである。
「それを隠す為にこうやって社を最奥地に建ててあるのよ。もちろんお稲荷様がここから逃げられないようにするためでもあるけど。」
そう話す八重の視線の先にある社は、よく見ると戸や窓が存在しない。立派な社だが、どの方向から見ても木の板が打ち付けられている。
「華族でもない農民の家系の五菱が、日本有数の大財閥にまでのし上がったのは全てこのお稲荷様のお陰なのよ。管理をきちんとすればこれ程現世利益を与えてくれる神さまは存在しないわ。現世利益を目的とする密教徒の貴方ならわかるでしょ?」
「…大きな力にはそれ相応の対価が必要な事を忘れないで下さいね。」
八重が十楽寺を見ると、十楽寺は先程と違って真剣な面持ちで呟いた。八重はそれを一瞥してから颯爽と社から離れる。
「フン、わかってるわ。だからこうして三カ月に一度供養祭を行ってるのよ。いいから早く始めて頂戴。」
「わかりましたよ。その為に来たんですからね。」
いつもの笑顔に戻ると、十楽寺はレイの持って来た大型の鞄から道具を取り出し、準備を始めた。スーツの上から袈裟を着て、独特な形をした皿や匙、細い薪等を並べる。これから十楽寺が行うのは護摩供養という密教の秘儀である。護摩木という薪と供物を幾つかの過程を経ながら焼く事で神仏に祈願し、家内安全、商売繁盛、病気平癒などあらゆる願いを叶えて貰う儀式である。準備の様子を穴が開きそうな程真剣に見つめる八重に、十楽寺が苦笑しながら向き直る。
「えっと、此処からは企業秘密なので外に出て貰えませんか?一応秘儀なんで。」
「毎回思うんだけど、どうせ普通の護摩焚きでしょ?一般人向けに開放してる所もあるじゃない。なんで出なきゃいけないのよ。」
「いやーほら、後ろに素敵な美女がついてると思うと緊張しちゃってダメなんですよね~。」
「図太い性格して何言ってんのよ。毎回毎回はぐらかして、変な事されて家運が傾いたら冗談じゃ済まないの!今回こそ見せてもらうわよ!」
「その心配は絶対ありませんよ。ついでに三カ月分の溜まった厄も払っておくんで!て事でレイちゃんお願い!」
「あ、ちょっと!放しなさいよ!ちょっと!!」
レイが八重の背中を押して部屋の外に一緒に出て行った。二人が出て行ったのを確認した十楽寺は深い溜息を一つ吐いてから、真剣な面持ちで社に向き直った。