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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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おいでよ!十楽寺探偵事務所 第二夜(4)

「お前の部屋が汚いせいだし!ゴキブリ相手に黒い悪魔とかキモいんだけど!」

 そう、彼らが大真面目な顔をして対峙しようとしてたのは日本で最もポピュラーかつ嫌われている害虫、通称ゴキブリなのである。十楽寺は自分の頭をさすりながら奈々美の方へ振り返った。

「もう、叩かなくてもいいじゃない!そういう奈々ちゃんこそゴキブリが怖くて逃げて来たくせに!」

「は、はあ?!違うし!別にコンビニ行きたかっただけだし!」

 抗議する十楽寺に更にくってかかる奈々美。下らない言い合いを静観していたレイがふと十楽寺の部屋の前を指差した。黒い塊が十楽寺の部屋の扉に張り付いている。レイの指差す方向を見た奈々美が悲鳴をあげてレイの後ろに隠れた。

「きゃあああいるいるいる!早くなんとかして!」

「もう、最初からそう言えばいいのに。素直じゃないんだから!」

 そう言うと十楽寺はおもむろに鞄からあのおもちゃのステッキ『マジカルヘヴンステッキ』を取り出した。レイの後ろから奈々美が抗議の声をあげる。

「ちょっと!まさかそれで叩き潰す気!?それはマジでありえないから!」

「まさか!そんなグロい事しないよ!」

「じゃあどうすんの?」

「ふっふっふ…。密教の秘儀、真言の力を見せてあげるよ!」

 怪訝な顔をした奈々美と無表情のレイをよそに、十楽寺は得意げな顔で部屋に近づく。

「真言ってのは願いを叶えてくれる呪文みたいなものなんだ。家内安全から怨敵調伏まで、用途に合わせて沢山の真言があるんだよ。「~ソワカ!」とか聞いた事ない?」

「知ってるけど、それって妖怪とか姿のないものに使う奴じゃないの?」

「普通はね。でも密教は現世利益がモットー、つまり現実の生き物にも効果があるのだ!喰らえナウマク・サウマンダ・バザラダン・カン!!」

 真言を唱えながら十楽寺がステッキをゴキブリに向ける。するとステッキの先から小さな雷のような火花が弾けた。しかし身の危険を感じたのかゴキブリの方が一瞬早く逃げる。

「チッ!」

「外してんじゃん…。つかそれどういう構造になってんの?」

「フフフ、それは修行をした密教僧にしかわからないのです!ってそれよりどこ行った?!」

「……。」

 未だ玄関から動けない奈々美を後ろに庇いながらレイが部屋の中を指差した。

「僕の部屋に入ったの?最悪ー!」

 憤慨しながら十楽寺は自身の部屋に踏み入った。レイと奈々美もそっと部屋の入り口から顔をだして部屋の中を伺う。

「うわ…。」

「……。」

 そこは惨状というに相応しかった。床や机にブランド物の服が乱雑に放置されているだけでなく、カップ麺や飲み物の容器が適当に積まれている。しかもベットの上には食べかけと思われるポテトチップの袋が口を開けた状態で置かれていた。日頃の十楽寺の口ぶりから覚悟していた二人でさえ顔が青ざめた。

「神聖どころか魔窟じゃん!ゴキブリ飼う気かよ!」

「いやあ夜お腹空いてついついお菓子食べちゃうんだよね~。でも片付けるの怠いし。朝は時間ないから洋服出しっ放しにしちゃうしー。いてっ!」

「クズ!」

「いやいやそれ程でもないよ~。」

「褒めてねえし!片付けろよバカ!」

 レイに叩かれ、奈々美に暴言をぶつけられても笑顔を絶やさない十楽寺。苛つきが収まらない奈々美が更に文句をぶつけようとすると、突如部屋にカサカサという音が響いた。

「…っと、お説教は後で聞くよ。今はコッチが先だ、ナウマク・サウマンダ・バザラダン・カン!」

 バチバチ!と凄い音がしてカップ麺の容器が吹っ飛ぶ。煙をあげるカップ麺の裏から黒い塊がササッと逃げ出した。すかさずもう一撃与えるがゴキブリは華麗に小さな雷を避ける。

「チッ…。流石三億年前から存在してるだけあるな。」

「ノーコンかよ!」

「ち、違うもん!あいつが早いだけだよ!」

「もういいから普通に捕まえて捨ててきてよ。」

 奈々美とレイの冷めた目が逆に十楽寺に火をつけた。ぷくっと頬を膨らませて二人を睨む。

「何その目は!いいもん、呪術でも僕が凄いって事奈々ちゃん達に認めさせてみせるから!ナウマク・サウマンダ・バザラダン・カン!」

 バチバチ!

「ナウマク!サウマンダ!バザラダン!カン!」

 バチバチ!

「ナウマク!」

 バチバチ!

「死ねこの野郎!」

 ガス!

「最後物理じゃん!」

 更にめちゃくちゃになった部屋の真ん中で肩で息をしながら十楽寺はステッキを降ろした。当の害虫は元気に触覚を動かしながら正面の壁に鎮座している。

「頭に来た…。不動明王呪じゃ物足りないってわけ?いいよ、なら大元師法(たいげんほう)で勝負だ…。」

「いや九喜がノーコンなだけだし!てか何それ?」

 ブツブツと呟く十楽寺を見て、奈々美の質問に答えられそうにないと判断したのか、レイが手前の本棚から『毎日密教』という雑誌を取り、あるページを開いて見せた。

「たいげんすいみょうおう?」

 そこには『最高位の明王、大元帥明王に祈願する国家鎮護、敵国調伏の密教最高秘儀!かの有名な文永の役や弘安の役、更に日露戦争の際も用いられ、我が国を勝利に導いた最強の呪いです。朝廷以外では使ってはいけない最高法術なので、無闇に使用しない事。』と書かれている。読むうちにみるみる部屋の中が暗くなり、不思議に思って外を見ると、見た事もないような重たい暗雲が渦を巻きながら集まってくるのが見えた。次いで黒い雨が降り、暴風が窓をけたたましく叩く。町の人々も悲鳴をあげながら建物に駆け込んで行くのが見えた。奈々美の顔が青ざめる。

「最強の呪いって…。ゴキブリ相手に国ごと滅ぼす気かよ!ちょっと九喜!」

 地震も始まったのか、小刻みに振動する部屋の中で経を唱える十楽寺に訴えるが、十楽寺は歪な笑顔で全く聞く耳を持たない。

「ゴキブリなんて害虫は国家の敵…否、人類の敵!種族ごと滅してやる!」

「ゴキブリだけじゃすまないんだけど!今すぐやめて!」

 部屋の中はポルターガイスト現象でも起きているのか物が飛び交い始め、十楽寺の立っている所を中心にまるで嵐の中のように更にめちゃくちゃになっていく。流石に当のゴキブリも危機を察知したらしくパッと茶色の羽を開いて扉に向かって飛び立った。奈々美が今度は違う意味の声をあげる。

「逃げてるし!てかこっち来るー!!」

 奈々美はレイを盾にするようにしがみ付いた。しかし、レイの背中の向こうでバチバチという羽音が一瞬大きくなって消えた。レイが自分の横を通り抜けようとするそれをどこからか出した割り箸でつかむとそのままコンビニ袋に入れて口を縛ったのだ。その間わずか二秒の出来事である。

「う、うわ!」

 理解するのに数秒遅れて奈々美がコンビニ袋を持つレイから離れる。レイはコンビニ袋をぶら下げたまま未だ儀式を続ける十楽寺に近寄り軽く頭を叩いた。

「あいた!ちょっと君達さっきから叩きすぎ…ってそれ!レイちゃんが捕まえちゃったの?ズルい!」

「いやズルいとかじゃないし!いいからこの状況なんとかしろよバカ九喜!家が壊れる!」

 築何十年も経っているビルは外の暴風雨と地震でガタガタと激しい音を立て、今にも崩れてしまいそうに思えた。奈々美の言葉に、十楽寺は天井の揺れすぎて落ちそうになってる照明を見つめて呑気につぶやいた。

「どうせならこのまま続けて日本中のゴキブリ滅しちゃったらもう奈々ちゃんも怖がる事ないんじゃない?」

「人間も死ぬから!ふざけてないでさっさとやめろ!」


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