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当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。
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Pyrokinesis girl(9)
「御託は良いんだよ。この変態女!さっきからずっと訳わかんねえ話しやがって。何があったか知らねえけどてめえがやった事は許される事じゃねーんだよ!てめえこそ焼き尽くすぞ!」
「ちょ、ちょっと森野君落ち着いて…。」
「おめえもしゃしゃってんじゃねえよ空気!」
「す、すみません!」
森野君のあまりの気迫につい謝ってしまった。と言うか完全に『狂犬』モードで怖くて近寄れない。アイリスさんも先ほどの危ない雰囲気はどこかへ行って涙目で森野君を見上げている。そんなアイリスさんに向けて馨君がどこから持ち出したのかノートを突き出した。表紙には『アイリス・プリムローズ』と書いてある。それを見ると、アイリスさんの目の色が変わった。
「それ…!返して!」
「口調変わってますよお姫様。君のキャラクターは全部このノートに書いた話の設定なんだよね?って事はこのノートが君のアイデンティティーを形成してるわけだ。…返して欲しかったら質問に答えて。」
「なに?返して!お願い!それがないと私…!」
必死に伸ばしてくる手を避けて馨君はアイリスの目を見据える。
「ねえ、ここ最近今まで関わった事のなかった人と関わらなかった?特に大人。」
「わからないわ…私はプリンセスだもの、みんなが私を羨むんですのよ…?だからお願い、返してちょうだい…。」
支離滅裂な事をブツブツと呟くアイリスさん。完全に妄想の世界に入ってしまっている。痺れを切らした馨君が彼女の肩を掴んで無理矢理目を合わせる。
「そう言う事を聞いてるんじゃない!僕達に相談して来た時はまだ正常の範囲内だった。いくら元から妄想癖があったってこんな短時間で自分が誰だかわからなくなるなんてありえないんだ!誰かが君に何かしたんだろ!?」
「か、馨くん乱暴しちゃダメだよ!」
誰かがアイリスさんをこんな状態にした…?一体なんの為にそんな事をするんだ。どういう事なのか聞こうとした瞬間森野君が馨君からノートを奪い取った。
「…っ森野!」
「なんだか知らねえけどコイツはこれが大事なんだな?だったらまどろっこしい事やってんじゃねえよ。」
「やめて!返して!!
「先輩に薬なんて盛りやがって…。おまけにライターなんて持ち出して、根性焼きでもするつもりだったのか?この程度ですんで良かったと思えよ!!」
そう言って森野君は躊躇なくノートを破き捨てた。瞬間、アイリスさんは大きな瞳を溢れんばかりに見開き、次に口を大きくあけた。しかし、あまりのショックのせいかそこから大きな声が出る事はなく、吐息ほどの微かな悲鳴を発して失神してしまった。
「あ、アイリスさん!」
「大丈夫!?」
「…っおいチワワ!何勝手な事してんだよ!これじゃあもう話聞けないじゃないか!」
「なんで僕が悪いんですか?この女が三上先輩に睡眠薬なんて盛るからいけないんじゃないですか!睡眠薬大量摂取なんて、下手したら死ぬんですよ?」
「今の睡眠薬はせいぜい頭痛や体の力が抜ける程度で死なないんだよ!今もただ寝てるだけだ!ッたく、体力派が要ると思ったけどこれならお前なんて連れてくるんじゃなかった!」
「っ…!んだとこの野郎!!」
「ちょ、ちょっと二人とも本当に落ち着いて!!」
森野君が馨君の胸ぐらを掴むのをなんとかとめる。森野君が凄い目で睨んでくるが止めないわけにいかない。一度つばを飲んで気持ちを落ち着けると、二人の目を見て言葉を放つ。
「いい加減にしなよ二人とも!こんなとこで喧嘩してる場合じゃないよ!涼君も倒れてるし、アイリスさんのお母さんが帰って来たらなんて説明するか考えないと──」
「ただいまー。アイリスちゃーん?………!なに、これ…ど、どう言う事なの?!」
その後は本当に大変だった。帰宅したお母さんに不法侵入の事を謝り、なんとか掻い摘んで事情を説明するも倒れている涼君と睡眠薬を見つけられてパニックを起こされ、なだめながらもう一度説明をした。やっとわかってもらえてお互いに謝り合う形になったが、今度はアイリスさんが目覚めて訳のわからない事を言い出してまた森野君がキレそうになるのを落ち着かせるも収集がつかず、とりあえずその日は帰らされた。
その日以降アイリスさんが登校する事はなく、次に彼女の名前を聞いたのは担任からは転校したと聞かされた時だった。なんでも、彼女の父親は銀行の重役らしく、世間体を考えて警察はおろか、学校にも事情をきちんと説明せず転校したとのことだ。内心、彼女は元に戻るのか心配していたけれど、その後は全くわからない。川嶋さんにも口を利いてもらえなくなった。
Pyrokinesis girl(10)
「…はあ。」
すっかり冬の寒さになった部室で涼君の小さなため息が妙にはっきりと響いた。それを聞いた馨君が本から少し顔をあげて涼君を見ると、その脚を思い切り蹴り上げた。
「うわっ!?何すんだよ馨!」
「辛気臭い顔してるから蹴って欲しいのかと思って。」
「意味わかんねえよ…。」
「…涼君、まだ落ち込んでるの?」
ボクの言葉に涼君の顔に影がかかる。涼君は自分が睡眠薬を飲まされて眠らされなければ、彼女は踏みとどまれたのではないかと自分を責めているんだ。
「……俺があの時気を付けていれば、アイリスは今も普通に学校に通えていた気がするんだ。」
「はっ。俺が気を付けていれば?思い上がるなよ。彼女はお前に薬を盛る前から壊れてたんだ。例えあの場でお前が気付いても、発覚が遅れただけで結果はそう変わらなかったと思うね。」
「馨くんたら素直に涼くんのせいじゃないよって言えばいいのに。馨くんのツンデレ!」
「僕は事実を述べただけだ!それより今回も本物の超常現象じゃなかった事の方が残念だよ。」
「もう、照れ隠ししなくてもいいじゃん!」
「いい加減黙らないと口にガムテープ貼るよ美弥。」
二人のやりとりを見て、涼君の表情が少し和らいだ。それを見てボクも少しホッとする。確かに涼君がアイリスさんに監禁されかけた事でアイリスさんの異常性が明らかになり、結果として彼女は学校から去る事になってしまったけれど、例えそれを未然に防げたとしても根本的な解決にならなかったと思う。むしろ、他の誰かが襲われる様な事にならなくてよかった。
「…あれ、そう言えば馨君、どうしてあの時涼君の携帯を遠隔操作できるようにしたの?」
「ああ、涼が襲われるってわかってたから。」
「はっ…?」
「ええ!?な、なんで!?」
「イリスが涼の事が好きだって気付いたから。」
「アイリスだろ…って、はあ!?」
「気付かなかった?学校での小火でお前が上着で火を消したあたりからお前を見る目が変わってた。」
そう言いながらちらりと美弥さんを見る。美弥さんのような目で、と言いたいらしい。涼君の顔が赤くなる。
「なっ…!い、いつも人に興味ない癖に!」
「観察対象なんだから見るよ。だから手を繋がせて彼女の気持ちを煽ったんだ。」
「なにそれ馨くん!聞いてないよ!!」
「そうすれば彼女が涼に何か秘密を打ち明けてくれると思ったんだ。そこから彼女の状態を探ろうと思ったんだけどね。」
「お前なあ…──」
「馨くん!!!」
涼君が抗議する前に美弥さんが普段聞いた事のないくらい低い声で言うと馨君の前に立ち塞がる。後ろからとてつもないオーラが漂っている。馨君も美弥さんに気圧されて椅子に座ったまま身を後ろにひいた。
「…何、美弥。」
「涼くんが本当にアイリスちゃんとくっついちゃったらどうするつもりだったの?」
「それはないと思う。……多分。」
「今後こう言う作戦立てたら絶対駄目だからね。ね?」
「……わかった。」
「裕太くんも!馨くんに乗せられないように。」
「う、うん。」
涼君には聞こえないように小さい声で話すと、満足したのかいつも通りの可愛らしい美弥さんに戻った。女の子って怖い。
「なんの相談だ。もう俺を囮にするなよ!」
「させないよ!だよね馨くん?」
「わかったってば。なるべく他の手を考えるよ。」
「それでこそ馨くん!えへへ。て事で気分転換になんか食べに行かない?手繋いで!」
「なんでだよ。もう手を繋ぐのは懲り懲りだ。」
「ええー!みんなで繋いだらいいじゃん!」
「余計におかしいだろ。」
せがむ美弥さんを適当にあしらいながらも、その表情にはいつもの涼君だ。優しい分、気にし過ぎてしまうんだろう。安心した気持ちを共有したいせいか、二人を静観している馨君に話しかけた。
「でも、解決して良かったね。ボクはてっきり川嶋さんが犯人かと思ってたよ。」
「……解決してないよ。」
「え?」
「…彼女は独りでにおかしくなったんじゃない。それを助長した奴がいるはずだ。」
それだけ言うと馨君は窓の外を見つめた。外は雲に覆われた薄暗い空が広がっている。雲の中で乱反射した光に照らされた馨君の横顔から見える瞳には、今まで見た事のない仄暗い光が宿っていた。
「そいつが犯人だよ。」
fin
こんにちは。初の次回を予告する終わり方となりました。
考えている限りでは、次回が一応当初から考えていた“最終回”となります。
でも友人に、もっと続けて欲しいという嬉しいお言葉をいただいた事と、
キャラ愛から脱せない気持ちから、第一章の最終回とさせていただこうかと思います。
ファンタジーでもないですし、彼らが生きてる限りお話は書けるわけなので、のんびり続けて行こうと
思っております。どうかこれからもよろしくお願い致します。
俺の朝は早い。六時に起きるとまずは顔を洗い、歯を磨く。身嗜みは情報屋として重要なツールになる。誰も薄汚い奴を信用してくれないからな。着替えも済ませると軽くワックスで髪を固め、鏡の中の自分をチェックする。今日もキマってるな俺!後は鞄を持って出ていくだけの状態を整えると、俺は用意されたコーヒーを優雅に飲みながら今朝の新聞(テレビ欄)を見る。正直高校生の俺たちの会話なんてテレビ欄ぐらいしか役に立たないからな。後は河盛市についての記事がないかちょっと見るだけだ。おっ今日はドラマ『GIN』の日か。最近流行ってるんだよな…。タイムスリップものがウケるのかな……
…。
……。
…………。
「ちょっと義人、アンタ学校行かないの!?」
「…へっ?うわ、もう八時!?やっべ行ってくる!」
かーちゃんに言われて慌てて飛び起きる。早起きすると大体食事中に眠くなって遅刻するのがたまにキズだ。まあちょっとラフな感じの方が好感が持てるしな!鞄を掴んで食パン片手に登校するのが何時もの俺のスタンスだ。
「でねー、羽淵会長と氷川副会長が付き合ってるって噂があるんだけどー。」
「ああ、いっつも一緒だもんね。」
「えー!氷川先輩かっこいいのに!ねえ、どうなの義人!?」
「ガセだよ。生徒会の仕事の関係で一緒にいるだけらしい。」
昼休みはこうやって女子グループに混じって情報交換をするのが常だ。女子達の会話程新鮮で大量の情報は無い。大体がガセネタだけどな。それでも今どんなものが流行ってるか、誰がどんな状況かを知るにはこれが一番だ。
「なーんだ良かったぁ。氷川先輩に彼女なんてやだもんー。」
「どっちみちあんたじゃ相手にしてもらえないじゃん。」
「氷川先輩理想高いって聞くしな。」
「なにそれ!りっちゃんも義人も酷いー!」
「あ、そう言えばさ、ちょっと前に本城さんが三組の三上君に告白するために校舎裏に呼び出したの知ってる?」
「えっ涼を!?」
恋愛ネタはよく聞く噂の一つだが、幼馴染みの事となるとなんだか嫌な予感しかしない。おまけに女子の方も知り合いだと余計にだ。
「本城さんて?」
「ほら、二組の本城怜香。義人はもちろん知ってるよね?」
「よく情報提供してもらってるよ。で、それでどうなったんだ?」
「それがさあ、呼び出しの手紙を下駄箱に入れたのにいつまで経っても来てくれなかったんだって!三上君に相手にもされなかったって感じ?」
「まじ?三上くん無視する様な人に見えないのにー。」
「本城さんのやり方もヤバいけどね!今時手紙とかウケるー。」
「涼がそんな事するとは思えないけどなぁ。」
思わぬ友人の噂に首を傾げると、女子の一人、瀬川律子が俺をニヤニヤしながら見つめて来た。
「ねえ義人、なんで来なかったのか三上君に聞いて来てよ。」
「ええっ!?やだよ。他人の恋愛には首突っ込まないって決めてんだ!」
「いーじゃん幼馴染みなんでしょ?」
「だから余計に嫌なんだよ!」
「いつも色々教えてあげてんだからいいじゃんー!もう教えてあげないよ?」
「うっ…。……仕方ねーなぁ。」
「やったぁー!」
「ついでにどんな子がタイプかも聞いて来て!」
「御断りだ!」
結局放課後に携帯で奴を屋上に呼び出した。しばらくすると、怪訝な顔をした幼馴染みがドアを開けて入ってきた。
「なんだよ義人。用があるならメールで言えばいいじゃねーか。」
小学生の頃からの幼馴染み、三上涼。中学の頃は何かと色々あって不良校の番長をやっていたが、今じゃすっかり普通の生徒だ。学ランを着崩して、いつも絆創膏やら包帯やら巻いた姿を見慣れていた俺には、今のブレザーをきっちり着こなしたこいつの姿に違和感さえ感じる。
「お前にメールすると結城にも伝わりそうで嫌なんだよ。結城達に言ってないだろうな?」
「言ってないけど…知られちゃ困る事なのか?」
「主にお前がな。」
ますます不思議そうな顔をする涼に取り敢えずベンチに座るように促す。正直それなりに深い仲とは言え、女子を振った理由を聞くってのは気がひけるもんだ。
「…なあ、涼。この間手紙で校舎裏に呼び出されただろ。」
「え、ああ。それがどうかしたのか?」
きょとんとした表情でこちらを見つめる涼の瞳は全く曇りのないものだった。女子の呼び出しすっぽかしておいてこの態度…。こいつ…いつの間にこんなタラシになったんだ!?結城みたいな変人といるからおかしくなるんだ!俺は友人を正してやろうと思い、少し声を落として真剣な顔で涼に向き直った。
「どうかしたか、じゃねえよ。なんで行かなかったんだ?」
「…実は、言われた時間に行ったんだが、…女子がいて。」
「は?」
「これから喧嘩するって時に女子がいたら危ないだろ?だからどこか行かないか待ってたんだがずっとその場できょろきょろしてるし、相手らしき奴も現れないから帰ったんだ。この果たし状もイタズラだったみたいだな──痛!?」
「バカかお前は!ここは東中じゃねーんだよ!」
瞬間的に頭を叩いてしまったが、涼は未だに訳がわからないという顔をしている為、仕方なく事情の説明をしてやった。途端に顔を赤くする。こいつこういう所はウブだよな…。
「果たし状じゃなかったのか…。」
「当たり前だろ!お前もちょっと常識学べよな…。……で、どうするんだ?受けるのか?」
「……そんなに関わった事もないし、断るよ。」
「へぇー?」
「なんだよ。」
「本当にいいのか~?怜香結構可愛いじゃん。性格も素直でいい子だぜ?」
「茶化すなよ…。正直、恋愛とかよくわからん。」
涼はそういうと手紙を眺めて難しそうな顔をした。こいつ、顔は良い癖に勿体無いよな。整った眉をひそめ、ため息を吐くその横顔は男の俺から見てもイケメンだと思う。中学でも高校でも運動神経と顔で大体女子の人気は変わってくる。涼も例外なく女子達に人気があるって言うのに、本人がこれじゃどうしようもないな。
「…美弥も大変だな。」
「何が?」
「なんでもねーよ。こっちの話だ。」
「フン、彼女持ちの言う事はわからないな。」
「は?」
突然意味のわからない事を言われて涼の顔を見ると、皮肉を含んだ似合わない顔で俺を見つめ返してきた。
「なんだよ彼女持ちって?」
「とぼけるなよ。彼女出来たんだろ?こっちのクラスにまで話が伝わって来てるぞ。」
「俺に?!なんだよそれ詳しく教えてくれ!」
思わず涼の肩を掴んで揺さぶってしまった。普段人の噂話はよく聞いていた俺が噂の対象になるなんて考えもしなかった。涼は怪訝な顔で俺の手をはがした。
「俺もよく知らねーよ…。美弥から聞いただけだからな。お前が一番よく知ってるんだろ?」
「知ってるも何も彼女なんていねーよ!一体どこからそんな噂が…?」
俺についての噂なのに全く気づかなかった。それどころか情報に最も疎い涼にまで伝わってるということはほぼ隣のクラスには知れ渡ってる事になる。クソ!このままじゃ情報通失格だぜ!
「こうしちゃいられねえ!今から調べてやる!」
「は?おい義人!」
「悪いな涼!ちゃんと怜香に謝れよ!」
涼に言い放つとそのまま階段を駆け下りる。時計をみるとまだ四時前を指している。生徒達は教室に残ってる時間帯だ。今ならまだ話が聞けるはずだ!
「義人に彼女がって奴?知ってる知ってる。てかもう本人に噂してたの伝わっちゃったんだー。」
「ああ、彼女出来たんだよな?コソコソしてねーで今度紹介しろよ!」
「彼女の話ー?ごめーん裕子から聞いちゃったー。てか女子とばっか話してて怒られないの?」
「お前に彼女?へえおめでとう。どんなブサイク?」
「ブサイクじゃねーよ!てかいねーし!」
急いで聞き込みをすると、どういうわけかクラスメイトどころか隣の三組の男子も女子も知っている。知らないのは俺と興味無さげに本を読む結城だけだ。おかしい。人に興味のない結城が知らない(聞いてない)のはわかるが、この俺に情報が入ってこないなんて…。
「ミステリーだろこれ…。」
「ミステリー?お前に彼女が出来る方がミステリーだよ。」
「結城に言われたくねえよ!」
「と言うかなんでまた部室に来たの?義人君。」
「ここはオアシスなんだよ。黙っててもお茶が出るし。」
そう言って涼が用意した湯のみを手にしようとした途端に馨に奪われた。じと目で睨まれる。なんだよ、別に暇なんだから良いじゃねーか!
「涼はお茶出さなくていい。美弥のクッキーだけ食ってろ!」
「うっ…。」
「もう、馨くんたら何その嫌がらせ。お茶ないと喉につかえちゃうじゃない。」
そう言いながらも美弥は山盛りのクッキーを皿ごと俺に近づけた。そういう事じゃないぜ美弥。何故この兵器みたいな味のクッキーを美弥はなんとも思わず人に勧められるのか謎だ。
「ってそれよりも!俺に全く心当たりは無いし知らなかったのに殆どの人間が知ってるって変だろ!恋愛系の噂はあっという間に広がるけど小規模なのが普通なんだよ。これって妖怪の仕業って奴じゃ…。」
「馬鹿じゃないの?そんな事まで妖怪のせいにされちゃ妖怪も迷惑だよ。」
「じゃあなんでだよ。」
「知らないよ!僕に聞くなよ。」
「美弥さんは誰に聞いたの?」
「同じクラスの浦野佳奈ちゃんて子だよ!…あっ。」
「なんだよ美弥?」
「私が聞いた時、義人くんは内緒にしてるから秘密だよって言われたんだった……。ごめん義人くん!」
「いや俺に謝られても…。てかなんでそんな事言われてんだろ?」
「ふーん、なるほどね。」
急に結城が本を閉じてしたり顔をした。なんだよ、カンジ悪いな。そのまま俺のお茶を飲むとようやく俺に視線を合わせた。
「それが噂が広まった理由だよ。」
「は?」
「自称『情報通』なら知ってるでしょう?噂の流行らせ方。」
「流行らせ方?」
「何言って…。あ!それって…!」
「そう、『ここだけの話だけど』って奴さ。」
噂ってのは仲間内で徐々に広まっていくものだ。決して大々的に語られたりはしない。密やかに語られるそれは、仲間意識なくしては成り立たないものだ。そしてその特別性をより引き立たせるのがこれだ。
「語り手が冒頭で『誰にも言っちゃダメだよ』や『皆には内緒だけど』等と付け足す事で秘密を共有する。人間はこれが快感なんだ。だから噂話が加速するのさ。」
「じゃあ誰にも言っちゃダメだって言われたら広めた方が良いって事か?」
「なら私悪くないかな?」
「裕太、そこのバカ二人が会話に入ってこれないようにしてくれる?」
「はいはい…。」
裕太がため息をつきながら美弥と涼を俺たちから離れた椅子に誘導して説明している。
「でも、秘密にしろなんてただの噂につけるか?噂に尾ひれが付いたにしては妙だぜ。」
「誰かが噂を作ってばら撒いてる。そういう事になるんじゃない?」
「お、俺の噂を…?」
「まあなんの意図があるのか知らないけど。頑張って調査すれば?」
今度こそ興味を失った様子で結城は再び本に視線を戻した。しかし、結城の意見は一理ある。もしかして俺に協力してくれたのか…?いや、コイツに限ってそんな訳ないな!何よりこの噂は普通のそれとは違うと情報通の勘が言っている。
「いいぜ、この謎は俺が解決してやろうじゃねーか!情報通の血が騒ぐぜ!」
Albtraum番外編3(2)
「義人君、聞いてきたよ。」
「おうサンキューな裕太!それでどうだった?」
「明子ちゃん達に協力して貰った結果、一組の子で噂を初めて聞いたのは一番古くて二週間前だって。美弥さんによると二組も大体同じくらい。」
あれから三日。裕太に協力して貰って噂の出どころを探り続けている。この場合、重要なのは『誰から聞いたか』じゃない。伝言ゲームのように一本線じゃない分、誰が一番最初に聞いたかを割り出すのは至難の技だ。しかも時間が経てば経つ程人の記憶は曖昧になっていく。噂の出どころを探るのに一番良いのは『いつ頃聞いたか』だ。噂は波紋状に広がってくものだからな。時期で絞るのが手っ取り早い。
「成る程な。三組は一週間と数日前で、四組と五組は一番情報が遅くてまだ一週間も経ってないか…。犯人は一組か二組だな。」
「二年や三年の可能性はないの?」
「それはないな。いくら俺の顔が広くても二年と三年で名前が出る程じゃねえ。あと、犯人は女子だな。」
「なんで?」
「噂の広がり方が早いからだよ。知ってるか?女子ってのは1日に男子の倍近くも多く喋るんだぜ。特に噂話はな。」
「へえー。」
裕太の尊敬の視線を受けながら俺は思考を巡らせた。毎日の様に情報集めをしてたせいでこの学年じゃ俺の名前を知らない奴の方が少ない。これじゃ絞りようがないな。
「そういえば、どうして義人君の名前は出回るのに彼女の名前は出てこないんだろうね。」
「え?」
「だって不自然じゃないかな?女子の噂なら普通彼女の名前の方から広まりそうなのに。」
確かにそうだ。噂は自分と近しい人のものほど興味をひくものだ。いくら俺が女子と近しい関係でも女子の名前が出ないのはおかしい。それどころかいやに噂が均一化している。まだ新鮮な噂だというのになぜ尾鰭がつかないのか。
「わかったぜ。真犯人がよ…!」
「こんなところに呼び出してどうしたの?義人君。」
屋上を訪れたその人物は、セミロングの艶やかな髪をなびかせながら俺に話しかけた。
「理由はわかってんだろ?本城怜香。」
「……。なんのことかわかんないよ。また何か情報提供して欲しいの?」
俺から視線を逸らしたまま怜香は話す。心なしか少し早口になっている。嘘をついてるのがバレバレだぜ。
「ごまかすなよ。俺に彼女ができたって噂を流したのはお前だろ?」
「…どうしてそう思うの?」
「一番最初に噂が立ち始めたのは二週間前。二組の女子の間でだ。そして二週間前の出来事と言ったらそう、怜香!お前が涼を呼び出した頃だ。他にめぼしい出来事は起きていない。お前が一番怪しいんだよ。」
「…。」
「俺の推理はこうだ。実は涼を呼び出した理由は告白じゃなかったんじゃないか?いや、涼への告白ではなく、涼に俺への思いを伝えてもらうためだった。だが涼が来なかったために作戦を変え、俺に彼女ができたという噂を立てることで俺の気を引くことが目的だったんだ!」
ビシッと人差し指を突き出して推理を述べる。決まった。我ながら名推理っぷりに自分を褒めたくなる。それにしても俺が好きならはっきり面と向かって言ってくれればいいのに。俺なら即オーケーだぜ!しばらく俺が心の中で自画自賛していると、怜香がくすりと笑った。
「義人君探偵みたい。でも半分間違ってるよ。」
「えっ。」
怜香は一度俺をまっすぐ見つめると、深いため息をついてフェンスにもたれかかった。
「ここまで気づかれちゃったから義人君だけには教えてあげる。私、結城君が好きなの。」
「……は?…まさか、ユウキってあの目つきの悪い性悪ドS野郎のことじゃないよな?」
「何言ってるの?三組で成績が学年一位の結城君だよ。」
怜香は恥ずかしそうに顔を赤くしながら答えた。だからそれが目つきの悪い性悪ドS野郎なんだよ!…と言ってやりたいところだが、とりあえず我慢して続きを聞く。
「…でも、結城君てほら、人を惹きつけない不思議なオーラがあるでしょう?だから一番仲の良さそうな三上君を呼び出して手紙を渡してもらおうとしたんだけど来てくれなくて…。それから色々考えたの。結城君てオカルト研究部でしょう?それに義人君とも仲が良くてよく噂を聞き出してるって聞いたから、義人君にまつわる不思議な噂を流したら興味を持ってくれるかと思って…。」
「まあ、まんまと結城達に相談に行ったけど…。」
「でも私と義人君が噂になったら困るから彼女のことは伏せたの。でもまさか義人君が先に調べ出しちゃうなんて思わなかったなぁ。ねえ、義人君!本当のこと話したんだから結城君との中取り持つの手伝ってくれない?」
「お断りだ!」
「…て感じでさ、ほんと迷惑だよ。」
「馨君相手じゃまず無理だろうね…。」
オカルト部の部室で裕太と俺は深いため息をついた。都合のいいことに結城達はまだ来ていない。裕太をお茶をすする。
「なんでボク達ってモテないんだろうね。」
「おいはっきり言うのやめろ!希望捨てるなよ!」
「その言い方もどうかと思うんだけど…。」
「暗いオーラ出してるとますますモテなくなるよ。」
その声に驚いて扉を見ると見慣れた三人が立っていた。結城がニヤニヤしながら俺たちを見つめる。相変わらずむかつく顔だ。
「うるせえ!お前には関係ないだろ!」
「何荒れてるんだよ義人。」
「三人ともどこに行ってたの?」
「そうそう、聞いてよ裕太くん!実は涼くんが二組の本城さんて子に告白されてたの!それを断りに行ってたんだよ。」
「えっ!三人で?」
「やめろよ美弥…。」
「涼くんが女子と話してるの見つけて馨くんと物陰に隠れて見てたんだけどね、なんか好きな人がいるとかなんとか…。」
「だから、俺の勘違いだったんだ。もうその話はやめてくれ。」
「良かったー。私心配しちゃったよ。」
「ま、恋愛できる人物はこの中じゃ当分いなそうだね。」
そう言って結城は愛読している雑誌『モー』のUFO特集を開いた。まるで他人事だと言いたげな結城のすました横顔が普段以上に腹立たしかった。
fin