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当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。
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Albtraum(9)
「皆さんの夢は何ですか?」
「……は…?」
「『この世の不思議を解明したい』『友達の為に役に立ちたい』『大好きなあの人を振り向かせたい』『誰にも負けない強い男になりたい』。夢は可能性です。願い、努力すれば叶わない事はない。皆さんそう教えられ、そう信じてきた筈です。しかし年をとるにつれてその夢がどんどんと遠くなってくる。やってはいけない事、出来ない事が増え、大人達は叶うと言っていた夢を否定して言うんです。『現実を見ろ』と。…一体何が現実なんでしょうか?」
先生はメガネの奥でこんな冷ややかな瞳をしていたのか。先生は小川が流れるように落ち着き払って続けた。
「現実なんて誰も知らないのです。それこそ社会の秩序が創り出した悪夢なんですから。子供達はやがて悪夢に飲み込まれて大人になる。そしてこの社会は継続していくんです。ではどうしたら子供達は本来の道を歩めるんでしょうか。社会の秩序や常識から解放してあげれば良いのです。そのために特別な処置をして常識という枠を取り払ってあげようとしたのです。貴方方もご存知でしょう?多くの天才は常識にとらわれなかったから素晴らしい業績を上げる事が出来たんですよ。」
「っ!てめえ!」
「ダメだよ涼くん!」
先生に掴みかかった涼君を美弥さんがなんとか止める。涼君は鬼気迫る目で先生を睨み、拳を握っているがなんとか抑え、数秒で手を離した。
「懸命です。教師を殴ったら間違いなく停学ですよ。」
「…アンタはそのわけのわからん目的の為にあいつらをおかしくしたのか…?あいつらがその後どうなったかわかってんのかよ!?」
田口は少年院に入り、羽淵先輩はあれ以来引きこもっている。アイリスさんも引っ越した先で精神科に通院しているという。そして今回のアブダクションの被害者達も心に大きな傷を負っているんだ。涼君が怒るのは当然だ。ボクだって涼君が掴みかからなかったら怒鳴っていたかもしれない。
「この計画はまだ実験段階なのです。実験に失敗はつきものでしょう?もちろん、私も遺憾に思っていますが…。」
「この…っ!」
その言葉に怒りが爆発しそうな涼君を美弥さんと二人で止める。その時の先生の目を見て来須先生が何故あんなに落ち着いているのかわかった。この人にとっては全ては実験の経過でしかないんだ。人を人として見ていない。その時黙って見ていた馨君が声をかけた。
「それで、僕達にどうして全部語る必要があるわけ?僕達がこの事を警察に話せばあんたらは終わりでしょ。」
「こんな突拍子もない話、証拠もないのに警察が協力してくれるわけありませんよ。今頃地下室も部下が片付けているはずです。」
「ならなんで?」
「私達は貴方の様な人材が欲しいんですよ。結城君。」
そういうと先生は馨君に向かいあった。馨君と先生の視線が交差する。
「多くの人は規則や常識に囚われて自分の限界を定めてしまうものです。それが自身の可能性を潰しているとも知らずに。しかし貴方は違います。ただ反発したいだけの不良とも、大人に都合の良いだけの優等生でもない。貴方は目的の為に手段を選ばない数少ない本質的な人間なのです。」
「…アンタ、今まで僕達がしていた事見てたんだね。」
「勿論です。私の一番の目的は貴方です。どうですか?友愛協会に入れば貴方の個性を好きなだけ伸ばせます。貴方が大好きなオカルトを存分に研究できる。必要なら人でも金でも提供しましょう。貴方ならきっと人類の未知を既知に変える事ができます。」
そう言って来須先生は馨君に手を差し伸べた。ボク達は先生の言葉に唖然とするばかりだ。全ての“実験”は馨君の力量を図る為だったっていうのか。すべて仕組まれていたなんて信じられない。同時に怒りまでこみ上げてくる。だが、馨君は先生の前に足を一歩出す。涼君がその腕を掴んだ。その顔は怒りと悲しみに満ちている。
「…お前、行くつもりなのか?こんな人を人とも思わねえ奴らのとこに。」
「馨くん。ダメだよ、そんなのおかしいよ!」
「…。」
馨君は無言で涼君の手を振り払った。そうだ、馨君は言ってたじゃないか。自分は人の気持ちがわからないと。だが、そう思う前に感情の方が先回っていた。
「ふざけないでよ馨君!!」
「!?」
気が付いたら大声が出ていた。だが、ボクの声は止まらない。怒鳴りながらも頭の隅で冷静なもう一人の自分が前にもこんな事があったと考えていた。
「確かに馨君は自分勝手で人の気持ちがわからないかもしれない!不法侵入したり拷問したり、そこらの不良よりずっと酷い事もするけど!でも、本当に自分の事だけしか考えてない人は羽淵先輩の自殺をとめたりしない!平川君を諭した時も、アイリスさんの机が燃えた時だってそうだ!最善じゃないかもしれないけど君はいつもみんなの事を考えてるよ!」
「裕太くん…。」
「馨君の言葉はむき出しで胸に刺さる。でもそれは馨君なりの優しさなんじゃないの?!君は自分で思ってるより優しい人間だよ!それなのにそんな集団に入ったら、馨君が馨君じゃなくなっちゃうよ!!」
いつも出さない大声に自分の心臓が爆発しそうになる。言葉にしてから、ボクは自分の本心が掴めた気がした。…だが、無情にも馨君は表情を変えることなく冷たく言い放った。
「ばっかじゃないの?」
「……え?」
そう言って馨君は来須先生の手を、払った。驚いた表情の先生をキッと見つめるとその口からはいつもの尖った言葉が飛び出した。
「なんでアンタらの協会なんかに入んなきゃいけないの?僕はオカルト現象を自作自演するような奴が大っ嫌いなんだ。夢を叶える手段は一つじゃないんだよ。自分の道は自分で決めるね!サッサとメガネ掛けて帰れよ友愛協会さん!」
そう言い終わると怒り顏のままくるっとボク達の方を向いた。
「君達も僕への信用ないの?涼!美弥!裕太!お前達は僕が選んだオカルト現象の捜索要員なんだよ?自分から手放すわけないじゃないか!」
馨君のその言葉に、なんだか安心してボクはどさりと椅子に座り込んでしまった。なんだ、やっぱりいつもの馨君じゃないか。ちょっとおかしいけど、決して人の道を外してるわけじゃない。思い切り怒鳴った自分が急に馬鹿らしくなった。
「…そうですか。貴方の気持ちはわかりました。潔く諦めましょう。」
「随分あっさりしてるね。半年近くかけてボク達を見張ってたクセに。」
「貴方の様な人間に強要は厳禁ですから。それに、どの道この町での実験は終了しました。私は今年度でこの学校を去り、また別の地区で活動をする予定です。」
「…あんた達の団体はどのくらいの規模なわけ?」
馨君の問いに、来須先生は口角だけを上げて微笑んだ。
「私達は何処にでもいます。日本を、世界を裏から支える為にね。入会する気になったらいつでも呼んでください。」
「誰が入るか。ダサメガネ。」
部室に下校時刻のチャイムと共に馨君の投げた本がぶつかる音が響いた。
「…馨!馨!」
「何興奮してんの?うるさい。」
「お、俺…初めて五十点取った!ほら!っ痛!」
「ほらじゃないよ!百点満点のテストで赤点が四十点以下だよ?ギリギリじゃないか!」
「今まで四十点代しか取ってなかったんだから凄いだろ!」
「本当お前に勉強教えるの嫌になるよ…。」
「ふふふ。涼君がそんなに興奮してるの初めて見たな。」
ヨハネス君がおかしそうに笑った。あまり笑い事じゃないけど。無事テスト期間を終えたボク達は、テスト返却と終業式が終わった後もなんとなく教室でたむろしていた。
「涼…お前このままだと受験とかやばくね?」
「う、うるせえな義人。まだ一年なんだから心配ないだろ。」
「正直これからもっと難しくなってくると思うよ…。」
「…そ、そうなのか……。」
ボクの言葉に肩を落とす涼君を見て、ヨハネス君と美弥さんが慌てて涼君をフォローする。
「だ、大丈夫だよ涼君!最悪馨君の助手にしてもらえばいいよ!」
「ちょっと、最悪ってどういう意味?」
「そうだね!馨くん将来安泰そうだし、家政夫さんになればいいよ!な、なんなら私の所に永久就職っていうのも…ってきゃああ恥ずかしい!」
「いやそれただのヒモだよ美弥さん!」
「永久就職?美弥って企業するのか?」
「あ、いや…えっと、永久就職ってのはね……もう、なんでもない!」
「つか毎日結城と一緒とか拷問だろ…。」
「何?義人はまた僕にいじめられたいのかな?」
「な、なんでもない!結城最高!ハイル結城!」
「なにそれ…。」
来須先生とはその後一度も会っていない。先生の話ではおそらく三学期にはもうこの学校にはいないだろう。アブダクション、いや、彼らの犠牲になった人達も少しずつ心の傷を癒していっているという。ここからはボク達が介入するべき事じゃないけれど。とにかく、結局いつもと変わらない日常だ。
「ていうか君達部活辞めるんじゃなかったの?てっきりもうついて行けないとか言うと思ってたんだけど。」
「そ、それは…ちょっとは考えたけど…。」
「でも、オカルト部に入ってて良かった事の方が多かったし、やっぱり馨くんの事好きだなって!ね、裕太くん?」
「う、うん…。あんな事言っちゃったしね。」
「何それ。気持ち悪いな。」
「あははは。」
窓の向こうの外は冬の乾いた風が吹き抜けている。きっと来年になっても、ボク達はこうして過ごしているんだろう。来須先生達がいなくなった事でもうこの街で妙な事件が起こる事は滅多になくなるはずだ。これからは平凡で穏やかな日常に戻るのだ。和やかに笑い合う皆の声を聞きながらボクはそんな事を考えていた。教室の隅にいる女子の声が聞こえるまでは。
「ねえ知ってる?銀漢橋に幽霊が出るんだって。」
「えーなにそれ。」
「ちょっと君達、その話詳しく教えてよ。」
「……。」
fin
…え、これで終わり?みたいに思われたらごめんなさい。
これにて『Albtraum』完結です。
当初からクライマックスシーンだけ考えてたのですがオチなんて考えつかなかった…。
いままで根気強くこの作品を読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
感想をくださった方々感激しました。本当にありがとうございます。
また別の連載も始める予定ですのでそちらもよろしくお願いします。
大勢の人間が右往左往行き交う街、新宿。サラリーマン、学生、ホスト、浮浪者。普段接点のない者同士がすぐ真横を通り過ぎていく。人を避けながら歩くスーツ姿の二人組もその中の一つだ。若い方の男、羽柴は不安な面持ちで数歩前を歩く上司の大島に声をかけた。
「大島本部長。」
「なんだ?」
「…本当に、俺なんかが一緒で大丈夫なんでしょうか?」
「私達が心配することではない。上の決めたことだ。」
厳つい面構えをした大島は羽柴の方を見ずにそう答えた。
彼らは大手企業である株式会社葉王の社員。今日は急遽直属の上司から本部長と共にとある取引先に向かうよう言われたのである。突然のこととはいえ、本社勤務の平社員である羽柴には何が何だか分からぬままに上司の後をついて来ただけだ。殆ど面識もない本部長の半歩後を歩きながら羽柴は不安を隠せないでいた。
やがて二人は駅から離れた人通りの少ない灰色のビル街へと進み、ある高層ビルの前で立ち止まった。天に突き刺さりそうなコンクリートのビルを見上げ、羽柴は気を引き締める。
「ここですか。」
「いや違う。この隣だ。」
大島の指差した先は、ビルとビルの間に挟まれた赤いレンガ風の小さな古いビルだった。両隣のビルとまるで時代が異なるような小汚いそれの入り口を見ると、奥に階段が上下に伸びているのが見て取れた。
「行くぞ。」
大島は躊躇せずその階段を下に降りていった。慌てて羽柴もその背中についていく。階段を降りた先にはけばけばしい光のライトが設置されてあり、ライトに照らされて妙にみすぼらしく見える鉄製の扉に使い古された木のプレートがかかっているのを見つけた。プレートには『十楽寺探偵事務所』と書かれている。羽柴の顔に困惑の色が現れるが、大島は扉の真横に設置されているインターホンを迷わず押した。
「はい。」
ギイ。
重たい鉄の扉を開け、白髪混じりの初老の男性が現れた。家主だろうか、二人を見ると柔和な顔で恭しく訪ねた。
「ご依頼ですか?」
「はい。」
「えっ?」
「ではどうぞ中へ。」
初老の男性に促され、部屋に入ると二人の眼前にはバーのような薄暗い照明に照らされた狭い空間があった。壁際には本がぎっしりと詰まった本棚が並び、中央には黒光りするテーブルとソファが設置されていた。
「こちらにお掛けください。今お茶をお持ち致します。」
「ありがとうございます。」
二人は案内されるままにソファに座る。初老の男は奥に続く部屋に入って行った。部屋に静寂が漂う。
「…本部長。ここ、なんなんですか?探偵って…。僕は取引相手に会うとしか聞いてないのですが。」
「お前は余計な事を気にする必要ない。」
「す、すみません。……。」
「……。」
大島は口を真一文字に結んで険しい表情を崩さない。今回の事例で初めて大島と二人きりにされた羽柴は、この沈黙に耐えられずに口を開いた。
「そ、それにしても、さっきの方、なんだか最近のドラマに出てる俳優さんそっくりですよね!なんでしたっけ、ほら、『灰色執事』の…。」
「お前は少し黙ってろ。」
大島にたしなめられて口を噤んだ時、男が黒いジャケットに細身のパンツ姿の若い男を伴い、二人に対面する席についた。若い男は紅茶を持って脇に立つ。どうやら従業員のようだ。如何にも怪しげな雰囲気の男だと羽柴が観察していると、若い男は軽く会釈をして三人に紅茶を差し出した。
「それで、本日はどのようなご依頼でしょう?」
「……。」
「本部長?」
初老の男の質問に、神妙な顔で黙ったままの大島。その様子に羽柴は戸惑いを隠せずそわそわし出した。男は柔和な笑顔を崩さない。大島はしばらく初老の男を見つめていたが、おもむろに黒い鞄をテーブルに置いた。
「……五菱商事さんより紹介されて参りました。」
「…失礼ですが、お名前をお聞きしても宜しいですか?」
「株式会社葉王の大島源蔵です。こちらは部下の羽柴修です。」
「…あ、申し遅れました。羽柴です。」
二人が名刺を渡し、素性を明かすと、急に傍に立っていた若い男が初老の男の肩を叩いた。
「……もう良いよ、レイちゃん。ここからは僕が担当するね。」
「かしこまりました。」
初老の男は立ち上がると男に向かって執事の如く礼をし、スーツを翻した。その瞬間、初老の男の姿は消え、美しいプラチナブロンドの若者が立っていた。思わず二人が息を飲む。
「は、え…⁉い、今いた男性は⁉」
「やだなあ見てなかったんですか?さっきのはこの子ですよ。この子職員ナンバーツーのレイちゃん。変装の達人なんです。尤も、見たことのある人間にしか変装出来ませんがね。」
ジャケット男はレイと呼ばれた人物の肩に手をかけながらいやに馴れ馴れしく言った。レイは物憂げな表情で微かに頭を下げた。染めたにしては艶やかなプラチナブロンドの隙間から覗くその顔は、陶器のように透き通り、豊かなまつげに彩られた灰色がかった瞳は日本人離れした美しさを放っていた。細身ながらも百七十センチはある。まるで絵画の中から飛び出してきた様な完璧な美しさだ。
「そんな馬鹿な…。だって一瞬だったし、服装まで変わるなんて!声も完全に年をとった男の声で…!」
「よせ羽柴!申し訳ありません。こう言った事は初めてなもので。」
「良いですよ。レイちゃんの変装を見破れる人はいませんから。あ、申し遅れました。僕が所長の十楽寺九喜(じゅうがくじ きゅうき)です。」
探偵事務所の所長を名乗った男は子供のような笑顔を見せると、あらためてレイと共にソファに腰掛けた。
「だますような真似をして申し訳ありません。でも探偵業の時は僕が所長だっていうと不審がられちゃうんで、レイちゃんに変装してそれっぽく演じてもらってるんです。」
「いえ、とんでもありません。」
「それで、五菱商事さんからのご紹介って事は、妖怪退治のご依頼ですね?」
「よ、妖怪退治⁉」
羽柴が素頓狂な声をあげる。その様子に十楽寺が驚いたように目を丸くした。
「あれ、違いました?五菱さんとはそっちでしかお世話になってないのになあ。」
「違うもなにも、妖怪退治ってなんですか!本部長、この人たちヤバいですよ。場所間違えたんじゃありませんか?」
騒ぐ羽柴をよそに、大島は神妙な表情を崩さない。意を決したように口を開いた。
「…いえ、その依頼で参りました。部下の非礼をお許しください。」
「あはははは!まるでお侍さんみたいですねその言い方!全然大丈夫ですよ。羽柴さんにはご説明されてなかったんですね。」
「はい。混乱させると思いこちらに寄らせていただく事しか説明していませんでした。かえってこのような失態をさらしてしまい申し訳ありません。」
「あ、あの…本部長?」
上司の頭をさげる様子に、羽柴はますます混乱した。羽柴よりも若く見える十楽寺はまるで子供をなだめるような表情で羽柴に向き直った。
「じゃあ僕から説明しますね、羽柴さん。ここは表向きは探偵事務所。浮気調査やペット探しなどが主な業務です。でもそれだけじゃ成り立たないわけでして。裏では秘密で妖怪退治の仕事をさせていただいてます。お客様は完全紹介制。頼まれたら解決するまでとことんご奉仕させていただきますっ!ねー、レイちゃん?」
にこにこしながら身振り手振りを加えて説明する十楽寺の様子は、子供番組の歌のお兄さんを彷彿とさせた。レイはただそれにこくこくと頷いて見せるだけだ。
「は、はあ…。」
「あれ、もしかして納得してもらえてない?あっ!じゃあ妖怪退治の方法について詳しく説明したほうがいいですか?レイちゃんチラシ持ってきて!」
「もう結構です。依頼は受けていただけるんでしょうか。」
大島が話を遮ると黒い鞄のチャックを少し開けて中身をちらつかせた。中には札束が積まれている。十楽寺は横目でそれを捉えると、チラシを取りに行こうとするレイを制して座らせた。
「もちろん。妖怪が原因ならですけどね。依頼内容をご説明頂けますか?」
「……我が社では化粧品や入浴剤などのビューティーケアやヘルスケア事業に長らく取り組んできました。おかげで経営は潤い、この度新たに土木、建築などに関わるようなケミカル製品に手を広げることになりました。それに伴い三ヶ月前から東京に第二工場を建設中なのですが、そこで事故が多発して工事が全く進まない状態です。」
「事故とは?」
「重機の故障や材木の落下によってすでに七人が怪我を負っています。しかし重機の故障理由も未だ分からず、材木を吊るしていた紐も新品のはずが一部分だけが朽ちたように千切れていました。しかも先日からは現場監督が謎の熱病に犯され工事は実質こう着状態です。何度か高名な寺社仏閣にお祓いを頼みましたが事態は好転せず、途方に暮れていた時、五菱商事さんからこちらを紹介していただいた次第です。」
「ふーむ、なるほど…。」
渡された紐の写真や重機の状態の報告書をまじまじと見つめ、十楽寺はわざとらしい神妙な顔を作ってみせた。こんなホストのような格好の若者に何がわかるのかと不審に思う羽柴をよそに、大島はひどく真面目な表情で十楽寺を見据えている。十楽寺はおもむろに顔を上げると、奥の扉に向かって声を張り上げた。
「奈々ちゃーん!」
「…何ー?」
わずかな間の後、キンキンとした若い女性の声が返ってきた。羽柴が振り向くと、奥の扉が開いて小柄な女性が入ってきた。いや、女性というには若すぎる。十四、五歳と言ったところか。茶髪に染めた髪をサイドテールにしたその子は、少し生意気そうな目つきでこちらを一瞥すると十楽寺にぶっきらぼうに質問した。
「何か用?九喜。」
「この人たち依頼人さん。あ、うちの職員ナンバースリーの四条奈々美ちゃんでーす!」
「えっ…。」
この女子中生風の女の子が?またしても個性的な人物の登場に羽柴の不安はさらに募る。奈々美は軽く頭をさげるとウエーブの掛かった髪の毛をいじりながら「どうも」と小さく挨拶した。
「で、早速『葉王』の状況について調べてくれる?」
「『葉王』?それなら最新バージョンがあるよ。」
奈々美はいったん奥に引っ込むと、すぐにファイルを手にして戻ってきた。
「サンキュー!さすが奈々ちゃん!」
「さわんな!」
「もぉひーどーいー!」
頭を撫でようとする十楽寺の手を払いのけるとすぐに奥に引っ込んでしまった。十楽寺は残念そうに口を尖らせて奈々美の入っていった扉の方を見つめる。ホームドラマのような一場面にあっけにとられている羽柴たちを見て、レイが十楽寺の肩を叩いた。
「ふぇ?あ、すみませんね、反抗期ってやつなんですよ~。」
「そ、そうですか…。」
羽柴達の引きつった顔を肯定と受け取ったのか、照れ笑いをしながら十楽寺はファイルを開いた。
「えーと、葉王さんは…うん、今まで特筆するような悪いこともせず、他の企業とも円満な関係を気づいてますねぇ。大物政治家がパトロンについているようですが、まあ今回の件には関係は無いでしょう。顧客トラブルも一般的な範囲。これは会社に対する怨恨関係の呪いではなさそうですね。上役も誰かに恨まれている様子はない…あ、女子高生との援交はばれたらまずいかな…。」
「ちょ、ど、どこでその情報を⁉」
「奈々ちゃんはネットや情報収集のプロなんです。うちの情報処理担当。ああ、秘密は厳守するんで大丈夫ですよ!」
「…羽柴少し黙ってろ。十楽寺先生はプロだ。………五菱さんの紹介だぞ、多少のことは目を瞑れ。」
「……はい。」
親指を立ててアピールする十楽寺をよそに、大島の言葉に羽柴は気を引き締めた。五菱商事は日本の三大財閥の一つ、五菱財閥の経営する会社だ。その一流企業がお世話になっているというのだ。実力は確かなものなのだろう。
「でも恋愛がらみの怨恨は体に影響が出ることが多いんですよねー。やっぱり土地かな…。」
「と、土地ですか?」
「一応お祓いも何度かやってもらってるんですが。」
しばらくファイルとにらめっこしていた十楽寺だが、困ったような顔をして二人を見た。
「今はなんとも言えませんね。少し調べさせていただきます。準備が整い次第、こちらから連絡しますよ。レイちゃん、玄関まで送ってあげよう。」
十楽寺に促され、二人は玄関まで送られた。
「本日はわざわざお越しいただきましてありがとうございました!またご連絡いたします。」
「…あの、料金の方は?」
「ああ、後払いで結構ですよ。五菱さんのご紹介ですから信頼しています。」
「あ、ありがとうございます。」
ニコニコと眩しすぎる笑顔を放っている十楽寺から目をそらし、二人は足早に事務所を後にした。
十楽寺探偵事務所職員
読みづらかったので文字起こします。
十楽寺九喜(じゅうがくじ きゅうき)
本作の主人公。新宿駅近くにある十楽寺探偵事務所の所長兼、妖怪退治師。自称真言宗(密教)の総本山、高野山で十年以上の修行を積んだ高僧。妖怪退治には儀式も経文も使わず、金剛杵(こんごうしょ)に匹敵するという『マジカルヘヴンステッキ』という玩具のステッキで物理的に倒す。軽々しい言動と容姿からよくホストに間違われる。職員であり共に暮らすレイと奈々美を溺愛している。暇があると知り合いの女装家の経営するバー『3匹の豚』に通う。
レイ
十楽寺探偵事務所で十楽寺の助手をする年齢、国籍、本名不詳の青年。絵画からそのまま出てきたかのように中性的な美貌を持つが、非常に表情に乏しく何を考えているかわからない。変装の達人で一度見た人間であれば老若男女誰にでも完璧に変装できる。変装中は口を効くが、普段は全く喋らない。奈々美より前から十楽寺と共に暮らし、家事を担当している。テレビを見るのが好き。
四条奈々美(しじょう ななみ)
十楽寺探偵事務所で情報処理を担当する少女。とある事件に巻き込まれたせいで両親を失い、十楽寺が引き取った。小柄で今時の普通の少女にしか見えないが、ハッキングの腕は大人顔負けで、頼まれればどのような情報も探り当てることができる。しかし気が強く、よく十楽寺に牙をむく。現在は通信制の高校一年生である。強がってはいるが虫や怖いものが苦手。
「ええっ!?私一人で十楽寺先生を担当、ですか!?」
葉王本社の会議室に羽柴の声がこだまする。あれから数日後、羽柴は大島に会議室に話があると呼び出され、今の話を聞かされたのだ。羽柴の助けを求めるような視線を一蹴するように大島は厳しい表情を崩さない。
「ああ。すまんが俺は明日から別の案件を任された。これからは実質お前一人でやってもらわなくてはならない。」
「そんな…。あんな胡散臭い連中無理ですよ!言ってることもわけがわからないですし!」
「文句を言うな!」
矢のような鋭い怒鳴り声に羽柴も口を噤んだ。会議室に冷たい静寂が流れる。大島は一拍置くと、羽柴をしっかりと見据えた。
「いいか羽柴。それは上も同じ考えだ。工事が行き詰まり、いくら藁にもすがる思いとはいえ、妖怪退治だのお祓いだの馬鹿げている。おまけにあの態度、とてもまともな人間とは思えん。」
「……。」
「しかし、五菱商事さんからのご紹介だ。無碍にも出来ない。好きにやらせて早くこの件から手を引きたいのが上の考えだ。だからお前は奴らが何かしでかさないか見張っているだけでいい。何かあったら連絡しろ。責任は俺が取る。いいな?」
「……はい。」
半ば押し切られる形で話し合いは終了した。いや、むしろ話し合いですらなかった。羽柴は大島が出て行った扉を恨めしそうに眺め、やがてどうしようもないことだと自身を納得させると、とぼとぼと仕事に戻って行った。
「へー!ここが葉王さんの東京第二工場の建設現場ですか!ここって青梅市でしたっけ?東京って言っても結構田舎の方ですね~。」
黒いワイシャツに白いパンツ姿の十楽寺がサングラスをひらひらさせながら感想を述べた。その脇にはゴシックファッションとでもいうのか、黒いタートルネックの上着を着て細身のズボンにロングブーツを履いたレイと、太ももが丸出しになりそうな程短いスカートを履いた奈々美が立っている。三人の出で立ちに羽柴は言葉を失ったが、なんとか気を取り直して簡易休憩所へ案内する。
「ええ…。ご連絡ありがとうございます。その、妖怪の目星がついたとかで……。」
「ああ、そうなんですよ!レイちゃん地図出して?」
レイが持ってきた鞄の中から地図を出した。研究所の周辺地図だ。十楽寺は胸ポケットから赤ペンを取り出すと羽柴に見えるように地図を広げた。
「あれから詳しく調べたんですけどね、やっぱりこの土地に問題があったみたいなんですよ。」
「はあ…。」
「ここに神社があるじゃないですか、鶴戸神社。すぐ近くですよね。それでここから西側に御岳山(みたけさん)ていう山があるのわかりますよね。あ、ここからも見えますね。」
「ああ、はい。」
「それでこの神社と御岳山を直線で繋ぐと、ほら。」
「?」
十楽寺が赤ペンで神社と御岳山の頂上にそれぞれマークをつけると、それをまっすぐ直線でつないだ。工場建設予定地を赤い線が分断する。
「ちょうどこの場所が直線距離にかぶっちゃうわけですよ。ね?」
「はあ…。……そうですね。」
満遍の笑顔で地図を見せつける十楽寺に羽柴は戸惑いながら答えた。そんなこと誰が見てもわかる。正直、何かあっても近隣に被害が出ないように人気の少ないこの土地を選んだのだ。
「九喜、この人全然わかってなさそうだけど。」
奈々美がマニキュアを塗った自身の爪を眺めながらつぶやいた。レイが十楽寺を見ながら地図の山を指差す。
「え?ああ、そっか。一から説明しないとね。えーとですね、霊魂や目に見えない精霊ってのは山に登るんですよ。山は標高の高いものほど霊力の強い場所で、そういうモノたちはそこを登っていわゆる成仏ってのを果たすんです。」
「ああ…。聞いたことあります。山岳信仰でしたっけ。」
「まさにその通りです。さらに彼らにはある程度通る道が決まってるんです。大体が神社や寺を経由していて、鶴戸神社もその経由地の一つです。しかも周りに寺社仏閣がないことから、ここが最終経由地だと思われます。弱いモノから強いモノまで様々な霊魂や妖怪がここで一気に集まって御岳山を目指すんです。しかしその道の真ん中で突如工場の建設が始まり、邪魔になったってとこでしょう。」
「はあ、なるほど…。」
それらしい理由に一瞬納得しかけた羽柴だが、相手の手に乗るまいと慌てて気を取り直し十楽寺を挑戦的な目で見た。
「で、でもおかしいじゃないですか。幽霊とか妖怪とかって触れないものでしょう?工場なんてすり抜けちゃえばいいじゃないですか。」
「問題は建物じゃありませんよ。人です。妖怪は彼らにその気が無くても人に悪影響を及ぼすんです。精霊風や百鬼夜行ってご存知ですか?その風に吹かれたり、見ただけで人は病気になって死んでしまうんです。」
「あと金属の音も嫌なんでしょ?鈴とかが魔除けになるのはそのせいなんだってね。工事の音が嫌だったんじゃない?」
「そうそう!奈々ちゃんよく勉強してるねー。えらいえらい。」
「だからさわんな!」
頭に持って行った手を叩かれて十楽寺がいかにも残念そうな顔をするのを横目に、羽柴は建設現場中に何か得体の知れないものが漂っているのを想像してぞっとした。悪寒を振り払うように十楽寺に反論する。
「そ、そんなのは迷信でしょう。科学の存在しない前世紀の話じゃありませんか。」
「じゃあ原因不明の重機の故障や機材の落下、現場監督さんの発熱はどう説明つけるんですか?」
「それは…。偶然が重なっただけですよ!」
「偶然で解決する問題ならいいんですけどねえ。」
これ以上説明しても仕方ないという顔で十楽寺は椅子に盛大にもたれかかると、サングラスの柄を持ってぷらぷらと揺らした。
「羽柴さん。アナタ僕たちを信用してないみたいですけど、今回のご依頼はそちらからされたものですよね?」
「え、ええ…まあ。」
「ならきちんと信用していただきたい。こんな身なりとはいえ僕はこの道じゃ結構名の知れた妖怪退治師ですからね。」
「九喜はこう見えてもシンゴンシュウ?とかいうとこのソーホンザンで十年以上修行を積んだお坊さんらしーよ。」
奈々美の言葉に、レイが鞄から紙を取り出して羽柴の前に広げて見せた。真ん中に『度牒授興畢』と大きく書かれ、その右側に『十楽寺九喜』と書かれている。十楽寺九喜というのはどうやら僧侶の持つ法名らしい。左には『高野山真言宗』の文字もあった。
「あ、これ度牒(どちょう)っていうんです。僧侶の証明書みたいなもんですよ~。もうレイちゃんたらそんなの見せなくていいってば!」
「ほ、本物なんですね…。」
半ば詐欺師か何かだと疑っていた羽柴はそれを見て生唾を飲み込んだ。ソーホンザンというのは総本山、宗派の大元となる場所のことだろう。わずかに十楽寺に対しての不信感が消えた。十楽寺が照れたように笑う。
「昔の話ですよう。今じゃ山を降りて髪も伸ばしてますし。さて、説明も終わりましたしそろそろ準備に取り掛かりましょう。」
「えっ!準備って?」
「妖怪退治のですよ。理由もわかったし今日中に決着つけちゃおうかと思いまして。」
にこやかに言う十楽寺に羽柴は唖然とする。妖怪退治とはいきなりやってきてそんなに簡単にできるものなのだろうか。羽柴は改めて三人の格好を凝視した。
「あの、そんな格好…いや、そんな軽装でやるんですか?お坊さんなら袈裟とか、数珠とかお経とか必要なんじゃ…。」
「あー、そういう人もいますけどねえ。和服って動きにくくて僕嫌いなんですよねー。」
「はあ…。で、でも今からお祓いをやるんじゃないんですか?」
「お祓い?あはははは!」
突如おかしそうに笑いだした十楽寺に羽柴は動揺する。
「そんなまどろっこしいのやってられませんよ。お祓いってのは妖怪との交渉みたいなものです。僕がやるのは強行手段。だから『退治』なんです。」
そういうと十楽寺はレイの差し出した黒い布を巻いた棒を見せて微笑んだ。
「これだけあれば十分ですよ。」