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寒さの残る5月の始め、何の変哲も無いこの高校で、一人の女子生徒が死んだ。一週間前の事だった。女子生徒は二組の山里由梨江というらしい。死因は首を絞められた事によるチッソク死。でも、それよりもっと校内をざわめかせたのは、彼女の内蔵がそっくりなくなっていたという事だろう。それも、肺と心臓と腎臓だけを残して。おかげで一週間休校になったけど、未だに犯人は見つかってないらしい。今日は久し振りに学校に来たと思ったら、校長先生の長い話をさんざん聞かされただけで、特に何の変哲もなく、ちょっと拍子抜けした気分だ。校内の雰囲気もいつもと同じで、この中の誰かが死んだなんてまるでウソみたいだった。そんな風に思っているうちに最後の授業も終わって、帰る支度をしていると、いつものように宇都宮達が寄って来た。
「柿本(かきのもと)、一緒に帰ろうぜ。」
「え、今日はちょっと用事があって…。また今度ね。」
「んだよ。俺達の言う事が聞けないのかよ。」
「そんな事言ったって…。」
「いーから帰るぞ!ほら、これ持てよ。」
そう言うと宇都宮の子分の田口がボクの机の上に自分の鞄を無造作に置いた。他の奴らもそれに習う。ボクがそれについて何か言おうとする前に彼らはさっさと教室から出て行ってしまった。周りから嘲笑が聞こえる。これもいつもの事だ。ボクは周りの声を無視して宇都宮達の鞄と自分の鞄を抱えて昇降口に向かった。昇降口まで行くと、宇都宮達が待っていた。
「おせーぞ柿本。」
「だ、だって五人分の鞄持ってるんだから…うまく歩けなくって…。」
「ぐだぐだ言ってんじゃねーよ。行くぞ。」
宇都宮はこのグループのリーダーだ。運動も出来るし頭も良い。おまけに家もお金持ちらしい。だから田口達みたいな腰巾着もついてくる。きっと奴らは宇都宮という中心がないとボクみたいなチビでおどおどした奴も苛められないんじゃないかな。ともかく、ボクは入学早々彼らに目を付けられてしまったのだ。
「おい、何ぼさっとしてんだよ。さっさとこい。」
「あ、ご、ごめん!」
ボクは小走りに彼らの後をついて行った。本当は今日は友達の明子ちゃんのうちで宿題を教えてもらう約束だから早く行きたいのに、宇都宮達の所為で遠回りしなきゃいけなくなってしまった。仕方なく全員の家の前まで持って行き、それからすぐに明子ちゃんの家へ急いだ。ようやく河井の表札の前までたどり着くと、玄関で明子ちゃんが腕組みをして立っていた。
「遅いぞ裕太(ゆうた)。何やってたのさ。」
「だって…また宇都宮達の鞄持ちやらされちゃったんだもん。仕方ないじゃん。」
「いいわけはいいからさっさと入んな。」
明子ちゃんはそう言うとさっさと入って行ってしまった。彼女はボクの幼なじみ。上に男の兄弟が二人もいる所為で口は悪いけどこんなボクといてくれる心の広い人だ。まあ、都合のいいパシリって感じにしか思ってないだろうけど。
「あ、裕くん、遅かったね~。」
ちゃぶ台の前にちょこん座って微笑みかけたのは沢田華代ちゃん。明子ちゃんと仲良しで、ボクにも結構優しい。おっとりして見えるがこれでも陸上部で体育はいつも5だ。
「ごめんね、また宇都宮達に絡まれて……。」
「大丈夫だよ。あたしも今来たところだから。」
「よかった…。あれ?それ何の本?」
その答えは台所からお茶を持って来た明子ちゃんが答えてくれた。
「占星術の本だよ。」
「占星術?」
「うん。ほら、おうし座とかやぎ座とか、よくテレビでやってるでしょ?お姉ちゃんのなんだけど面白いから持って来ちゃったの。」
「へぇー。……ねえ、この身体の部位って何?」
ボクは星座名のとなりの項目を指して聞いた。
「それは象徴みたいなものよ。おうし座は頭、しし座は心臓の象徴ってこと。」
「そうなんだ…。」
「それよりさぁ裕太 なんかスナック買ってこいよ。」
「え、あ、うん。」
「ポテチ買って来てねー。」
「うん。わかった。」
「早くしろよ。来週提出の化学のプリント華代に教えてもらうんだろ。」
「ああ!そっか!!」
なんとなく“身体の部位”というのに引っかかった気がしたが、それよりも来週提出の宿題のことで頭がいっぱいになってしまったボクはすぐに忘れてしまった。
あっという間にあの事件から一週間が経った。山里由梨江に関係ない生徒達は早々と事件について関心を示さなくなった頃のことだった。また死体が見つかったのだ。今度は二年の男子。五組の戸田悠磨(ゆうま)という。やはり絞殺で、今度は腎臓だけを抜き取られていた。
「またかよ…一体どうなってんだこの学校。」
「二人とも何の接点もないけど…一体なんなんだろうね。」
華代ちゃんの言った通りだった。二人に共通点は一切なく、ただ同じ学校の生徒というだけ。ボクはふとこの間の占星術の本を思い出した。そのことを明子ちゃん達に尋ねようとしたとき、見事なタイミングで着席のベルが鳴った。
「あ、じゃーな裕太!」
「う、うん。」
仕方なく教室に戻り、席に着くと、ちょうど担任の熊川が入って来た。日直が号令をかけ終わると、熊川はその糸のように細い目でボク達を見つめながら話し始めた。彼の話は長い割に無駄が多く内容が少ない。結局得たことは登下校は誰かと帰ることと興味本位で事件に首を突っ込むなってことだけだ。ホームルームが終わると、また教室は騒がしくなり、またいつも通りの一日が始まったようだった。
「よう柿本 おっはよー。」
「…あ、田口…おはよう。」
「ったく相変わらず会話のテンポ遅いんだよお前は。それよりさぁ、さっきの熊川の話聞いた?」
「う、うん…聞いたけど。」
「それでさ、お前友達いねーだろ?だからこれから俺らが毎日一緒に帰ってやるよ。」
「え…い、いい、ボク、明子ちゃん達が──」
「河井と沢田か。アイツらにもどうせパシられてるだけだろ?」
「でも…。」
「いいのか?断っちゃって。俺は別にいいけどよぉ、宇都宮はなんていうかなぁ?」
「……。」
「じゃ、帰りにな!逃げんなよー。」
「あっ……うん…。」
………また言えなかった。
ボクの返事を聞く前に田口は宇都宮達の所へ行った。宇都宮達はボクを見てくすくす笑ってる。ボクは無視して授業の用意を始めた。
キーンコーンカーン…
「きりーつ!令!」
「「ありがとうございました。」」
なんだか今日はぼうっとしている間に終わってしまった。授業の内容もよく覚えていない。朝からずっと戸田悠磨君のことが頭から離れない。いつまでたっても用意をする気配のないボクにじれたのか、田口達がよって来た。
「おい柿本!何やってんだ早く用意しろよ!」
「…え、あ、ごめ──」
「いーからさっさとこれ持てよ!」
そういってまたボクの机の上に無造作に鞄を積み上げる。
「じゃあな。俺達先昇降口行ってるから。」
「うん…。」
ボクはいそいそと用意をし、みんなの鞄を持って昇降口に行った。
「はぁ、はぁ…。ごめん、用意に手間取っちゃって。」
「わかったからさっさと来い。とろいんだよ。」
「…うん、ごめん。」
一緒に帰ると言っても、いつものようにみんなの家を回るだけ。最後の家を回ろうとした時、ボクは大切な事を思い出した。
「っあ!化学のプリント出してなかった!」
辺りを見回せば、既に日は落ち、辺りに人影はない。一瞬熊川の言葉が頭をよぎったが、ボクは化学は苦手なので、今日中にこのプリントを出さないと結構困る。ボクは意を決し、学校へ向かった。
「……着いた…。」
七時だが、まだ先生はいるはず。暗い廊下をそろそろと職員室に向かう途中、不意に後ろから足音が聞こえて来た。最初は気のせいだと思っていたが、どんどん近づいてくる。意を決して振り返ってみると、すぐ後ろに真っ黒い人影が立っていた。
「う、わぁあ!!?」
ボクは死にものぐるいで走り出した。相手もものすごいスピードで追いかけてくる。ボクはめちゃくちゃに走り回り、気がつくと三階の階段の近くにいた。どうやらあの人影はいないようだが、念のため階段下に隠れておくことにした。
「………。」
しばらくしても何の音もしない。ボクはほっとし、そっと階段下から出たが…──
「っ!?」
立ち上がろうとしたボクの目の前には、先ほどの真っ黒い人影。逃げようとしても足が震えて動けない。奴がゆっくりと右手を振り上げた。その手には、妙な短剣──。
殺される──…
「ひっ。」
ドカッ!
縮こまっていたボクの目の前に奴の持っていた短剣が落ちる。見上げると、影が不意に揺らいだ。そのまま倒れるかと思う所で短剣を拾い逃げて行った。
「……え?」
「おい、大丈夫か?」
暗くて顔は見えないが、聞き覚えのある声。
「君は…同じクラスの三上…くん?」
「ああ。お前は確か…柿本だよな。」
「うん…でも、どうして三上君が──」
「あーあーあー!何やってんだよ涼!」
三上君の後ろから懐中電灯を持って走って来たのは同じくクラスメートの結城 馨(かおる)君だ。しかし結城君はボクには目もくれず三上君につかみかかった。
「痛っ!何すんだよ馨!」
「それはこっちの台詞だよ!なんで犯人追わないんだよ!せっかく張り込んでたのに全部台無しだろ!」
「仕方ないだろ!人が襲われてたんだから!」
「はぁ?人?」
「あ…!さ、さっきはありがとう助けてくれて!危うく殺されるとこだったよ。」
「あ?誰アンタ。涼の知り合い?」
「クラスメートの柿本だろ。いい加減クラスメートの顔と名前くらい覚えろよ。」
話した事は無かったが、予想通り結城君はとても変わった人だ…。クラスでも何となく不思議な雰囲気を醸し出していて、三上君と以外はほとんど会話をしないらしい。本当に何を考えてるのかよくわからない。
「あの、えと…。ところで、張り込みとかなんとか言ってたけど、何の事なの?」
「ああ。それはさぁ、オカルト研究部の部活。犯人捕まえようと思って。」
「………はい?」
「馨がこの殺人事件にはオカルト的な何かがあると思うって言って聞かないんだ。まさか本当に犯人が現れるとは思わなかったんだが。」
……この二人(特に結城君)が何を言っているのかわからない。だって、連続殺人犯て、ものすごく危ないはずなのに。さっきだってボク、襲われたし。
「それでさぁ…カキノウチ君だっけ?」
「あ…柿本です。」
「そうそう。でさ、キミあいつの標的になったみたいだし、僕達に協力してくんない?」
「…え……?」
「おい馨!」
「涼は黙ってて。ね、いいだろ?」
「……だ。」
「ん?」
「嫌だよ!そんな遊び半分で危険な事!今日はたまたま運が良かったから何もなかったけど、もしかしたら死んじゃうとこだったのかもしれないんだよ!?…そんなの……もうこりごりだよ!!」
…とっさに言ってしまった。いつもの自分ならこんな感情に任せて怒鳴ってしまうことなんてないのに。はっとして黙ったが、その場にはいやな沈黙が残ってしまった。
「──…フーン、わかった。じゃあ勝手にするといいよ。」
「え…。」
「でもね、その言葉、そのままそっくり返すよ。」
「……どういう意味?」
「アイツ、確実にまた君を襲いにくるよ。今日はたまたま僕達がいたから何とかなったものの…次はどうなるかな?」
「馨!」
「だって本当の事だろ?彼一人じゃ今頃惨殺死体第三号が出来上がってた所だろうよ。ねぇ?」
「………」
「ま、気が変わったらいつでも言ってよ。協力してくれるなら代わりにボディーガードくらいしてあげるからさ。涼が。」
「俺かよ!」
「だって涼運動神経いいだろ?今日も犯人追っ払ったし。」
「だからって──」
「はいはい。あ、あとさぁカワノモト君。」
「柿本です!…何?」
「君、ちゃんと嫌って言えるんだね。人の言う事ほいほい聞いてるだけかと思ってたよ。」
「…!」
「じゃあまた明日学校で。涼、帰るよ。」
「ああ。…じゃあ、気をつけて帰れよ、柿本。」
ボクは返事を返すことも出来なかった。というか、動くことも出来ず、ただ二人が帰って行くのを見守っていた。変質者に追いかけられた恐怖や突拍子のない申し出への呆れなどの所為ではない、何か言葉にできない思いが胸の中いっぱいに詰まっている気分で、なんだか叫びたくなった。しばらくして、気持ちが落ち着くと、ボクは家路に着いた。
翌日、ボクは登校すると、意を決して結城君達の席の前に行った。
「あの…!お、おはよう!」
「……あ、カキツバタ君。」
「柿本だろ。…どうしたんだ?」
「えーと…あの──」
「はいはいはい。どうせもう関わるなとかそういう事言いに来たんでしょ。いーよわかってるから。」
「…???」
「せっかく見つけられそうだな~って思ったんだのにさぁ~。あーあーつまんないな!」
「……結城君、どうかしたの?」
「いや、すまん。コイツいじけてるだけだから。で、どうしたんだ?」
「……ボク、やっぱり協力するよ!このままじゃ、すごく怖いし、少なくとも一人でいるよりはましだと思って。それに、気になる事があるんだ。」
「…気になる事?」
「うん。今まで殺された子の事なんだけど、その…えぐり取られた部分、占星術によると乙女座と天秤座の象徴になる体の部分なんだって。」
「……象徴。そういえば確かにそんな話聞いた事あるな…。乙女座が内蔵で天秤座が腎臓…だよね。」
「知ってるの!?」
「言ったでしょ。僕達はオカルト研究部だよ?そこら辺の文献は調べてあるんだよ。」
「俺がな。」
「え、三上君が?」
三上君はスポーツ万能でクールな、女子に人気なイメージだったから、てっきり運動部に入っていると思っていた。まさか結城君と同じオカルト部だったなんて…。
「ああ。馨に強制的に。」
「本当は嬉しいくせにね。無理矢理何かさせられるのが好きなんでしょ?」
「俺はマゾじゃねーよ!このドSが!」
「まあ涼のプライドの為にもこれ以上は話さないでおいてあげるよ。ところでカキアゲ君。」
「柿本です!どんどん原型からはなれていってるよ…。」
「君蠍座?」
「(無視か…)そうだよ…。」
「ふーん。だから君が狙われたってワケね ちなみに蠍座の象徴はね。」
結城君がボクに耳打ちした。
「──だよ」
「っえええ!?そこは死んでも嫌です!」
「だよね。という事で今日から登下校は僕達が一緒にしてやるよ。まあ危険なのは放課後とか人の少ない時間帯だろうけどね。」
「あ、ありがとう…。でも、どうしてそこまでしてくれるの?」
「涼、アレ。」
「ったく。…俺はお前の召使いじゃないんだぞ。」
そういいながらも三上君は机からチラシを出し、ボクに見せてくれた。チラシには『怪奇現象、奇怪な事件にお困りの貴方!ご相談お受け致します!! 北奎宿高等学校オカルト研究部より』と大きく書かれていて、その下に『御用の方は下に名前を書いて部員に渡して下さい。』とある。どうやら契約書もかねているようだ。
「…これは?」
「書いてあるでしょ?奇怪な事件のご相談お受け致しますって。ついでだからその下に署名してくれる?」
「あ、ああ…!でも、なんでこんな事を?」
「…すっごく興味があるんだ。」
「え?」
「怪奇現象や奇怪な事件に!幽霊とか妖怪とかUFOとかUMAとか、科学で説明できない存在に!だって不思議じゃない??テレビやラジオみたいなのがなくて情報伝達が簡単にいかない時代になぜまったく違う地域で同じ様な妖怪や魔物を想像できたのかとか、農場の牛が一夜にして大量に死に、しかも死体がひからびて体液がほとんど失われていたりとか!」
「は、はぁ…。」
「どう考えたって今の科学じゃ説明できないだろ?!同じ様な生き物を考えたってのは少なくともそれに似た形の生物がいたって事だし、牛の大量死はアブタクションと言われ宇宙人の仕業だという話もある!今回の事件はこれらと直接の関係は見受けられないけど何かの儀式のように感じるんだよね。だから犯人を捕まえて何の儀式を行おうとしてたのか問いつめ──んぐっ。」
「はいはいはい!もうその辺にしとけよ。柿本引いてるぞ。」
すっかり自分の世界に入ってしまい、目をギラギラさせながらにじり寄ってくる結城君を見かねて、三上君が結城君の口を手で押さえてやめさせてくれた。
「…あ。(コホン)悪かったね、ま、興味があったらいつでも言って。いくらでも本貸すから。」
「あ、ありがと…。」
キーンコーンカーン…
「あ、じゃ、ボク席に戻るね。また後でね。」
「うん。」
やっぱり結城君てものすごく変わった人だ。三上君はよく結城君と一緒にいられるな。…でもなんでだろう、彼らと一緒にいると、すごくわくわくしてくるのは……。
「──もと……柿本!!」
「え!?な、田口…ど、どうかしたの。」
「どうかしたって…放課後だぞ。ほら、みんなの鞄。」
「あ、ああ…。」
またぼうっとしてしまった。近頃はこんな事ばっかりだ。…でもそれより、宇都宮君達の事をすっかり忘れていた。せっかく今日から結城君達がボディーガードをしてくれるって言ってたのに。
「あの、ボク、今日から…ゆ、結城君達と…帰る、から。」
「は?結城?お前結城と仲いいのかよ。話してるとこ見た事ねーけど。」
「き、昨日から仲良くなったんだよ…。だから、その……。」
「宇都宮にはなんて言うんだ?」
「う……。」
「『お前らなんかと一緒に帰る程暇じゃありませんバーカ』って言えばいいんじゃない?」
「な、結城!?」
「結城君…。」
「彼は大事な依頼人なんだよ。お前らにかまってる暇ないんだ。さっさと鞄もって帰んな」
結城君は田口を睨みつけ、きっぱりと言い放ってくれた。その声の冷たさにボクも田口も一瞬たじろいだが、田口も負けじと結城君につかみかかった。
「っ…はあ?い、依頼人てなんだよ。俺らの事に口だすなよ!」
「弱い犬はよく吠えるね。文句があるなら涼に言ってくれるかな?」
「涼って──!?」
田口が言う前に、長身の三上君が田口を結城君から引きはがし、田口の胸ぐらを掴み上げた。その時の三上君の顔は…結城君の冷たい怖さとは違ったけど、そこら辺の不良なんかも逃げ出したくなっちゃうんじゃないかと思う程怖かった。
「…なんか文句あるのか?」
「な…な、無い!」
「ならさっさと行け。」
「はいいい!!!」
いつもボクに大口たたいてばかりの田口が、三上君の一睨みで大急ぎで逃げて行った。
「あ、ありがとう…。」
「別に君の為にやった訳じゃないよ。せっっかくの大事なカモを逃がすわけにはいかないからね!」
「(カモ…)でも、ずっとパシリにされてて、すごく嫌だったんだ…。おかげで助かったよ。本当、ありがとう。」
「…だったら嫌だって言えばいいじゃないか。」
「え、でも…ボク、そんな勇気ないから……。」
「なんでさ?この前は言っただろう僕達に。」
「あ、あれは必死だったから──」
「じゃあパシリにされるのはそんなに嫌じゃなかったって事か?君のすごく嫌ってのはそういう意味なの?それとも誰かに助けてもらうまで待ってるつもりだった?」
「それは…!」
「馨、もうやめろ。そこまで言う必要ないだろ。」
「…フン。僕そういう奴見てるとイライラするんだよ。悪いけど涼、今日は二人で帰ってもらえる?」
「お前──」
「別に彼が嫌で帰らない訳じゃないよ。ちょっと資料を部室において来たから先帰っててってだけだから。じゃ。」
「あ、馨──…。はぁ、ったく嫌なの見え見えだってんだよ。」
「……ボクって、そんなに気に触りますか?」
「っえ!?いや…そんな事ない!アレは馨が悪いだけなんだ。アイツ言い方がきついんだ。だから気にせず帰ろう、な?」
「…うん。ありがとう。」
…三上君は優しい人だな。必死にボクを慰めてくれて。……でも、結城君が言っている事は正論だ。
「……ボク、結城君に言われてよくわかったよ。」
「え、馨の事は気に──」
「そうじゃなくて。ボク、宇都宮君達にパシリにされるのすごく嫌だったよ、けなされるし。でも、逆らうのが怖かったんだ。アイツらに何かされるんじゃないかって思うと怖くて、つい、楽な方に流されてた。でも、それじゃいけないんだよ。結城君に言われた通り、誰かに助けてもらうまで待ってたらいつまでたっても逃れられないんだよね。」
「……。」
三上君はボクの話を黙って聞いてくれた。ボクは言うとすっきりし、そしてなんだか涙があふれて来た。三上君はボクの背中を優しくたたいて、慰めてくれた。
「…今日は、本当にありがとうね。ボクの話しっかり聞いてくれて。」
三上君は少し照れた様な仕草をした後、真剣に言ってくれた。
「いや…。でも、そういう事は溜め込まずに誰かに話さないと、いつか爆発するぞ。」
「……うん。ありがとう。こんなにちゃんとボクの話聞いてくれて、心配してくれる人、初めてだよ……。結城君みたいにはっきり指摘してくれる人も。そういえば、三上君と結城君て、どういう関係なの?ただの友達より、なんていうか、強い絆があるっていうか…。」
「……前に、馨にはいろいろ世話になったんだよ。」
「…?」
三上君はそれだけ言うと、「じゃあまた明日」と言って行ってしまった。気がつくとボク達はもう家の前まで来ていた。