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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第五話 Missing Days(1)


Missing Days(1)

 蝉の声が青空に轟く八月。高校一年生のボク達は夏休み真っ盛りだ。陽炎立つアスファルトの上を往復する毎日から解放され、クーラーの効いた部屋でゲームやマンガを読んで暮らす。ああ、怠惰に過ごせるこんな毎日がずっと続けば良いのに。

「あ、裕太!」

 突然、家から最短の距離にあるコンビニでアイスを買って自動ドアから出てきたところで声をかけられた。

「涼君馨君!一週間ぶり!」

 声をかけてきたのは自転車に乗った涼君と馨君だ。涼君の運転する自転車の荷台に馨君が腰掛けている。私服の二人はなんだか新鮮だ。

「デートみたいだね。」

「冗談やめてよ。」

「馨は自転車乗れないからな。」

「えっ!?そうなの?」

「乗れないんじゃない!乗らないだけだ!!」

 ムキになって否定するが馨君の運動音痴ぶりなら納得だ。相変わらずこの暑さでも長袖で腕の細さを誤魔化している。

「二人ともこれから遊びに行くところ?」

「いや、買い出し。」

「へえ。何の?」

「何のって…合宿のに決まってるだろ。」

 その瞬間嫌な予感が背中に走る。ガッシュク?合宿って、オカルト部のだよね…。

「明日の朝には出発だからね。今日のうちに準備しておかないと。」

「ったくもう少し早くから準備した方が良かったのに、馨が暑いから外出たくないとか文句言うから…。」

「涼が何を用意して良いかわからないって言うから付き合ってやってるんだよ!買い出し担当任せたって言うのに。」

「ちょ、ちょっとまって!ボクその話聞いてないんだけど!」

 ボクの言葉に言い合いをしていた二人が固まる。

「……美弥から夏休み初日にメール来ただろ?」

「全然…。」

「「……。」」

 ボクは急いで帰って準備に取り掛かった。

 翌朝、なんとか準備が整って河盛駅に着くと、ボクを見た美弥さんが本当にすまなそうによって来た。

「裕太くん!本当にごめんね!裕太くんにだけメール送るの忘れちゃって…。」

 何気にひどいことを言ってくる美弥さんだけど、ふわふわした可愛いワンピース姿で目を潤ませた姿を見たら怒る気はなくなった。

「だ、大丈夫だよ美弥さん。それより、そのワンピース…か、可愛いね…。」

「本当!?ありがとう!これ今日おろしたの。涼くんも似合ってるって!」

 そう言って美弥さんは嬉しそうに微笑んだ。やっぱり涼君に見せたかったのか…。

「さて、みなさん集まりましたね。では出発しましょう!」

 いつになく張り切った様子の来須先生が号令をかけ、ボク達は電車に乗った。

「なんで来須先生もいるの?」

「ちょ、酷いですよ結城君!一応私顧問なんですから。保護者としての責任があるんです!」

「へえ!アンタ顧問だったんだ!全っ然部室に来ないからてっきり辞めたんだと思ってましたよ。」

「じょ、冗談キツいです結城君…。」

「まあまあ馨くん!これから楽しい合宿なんだからいじめちゃ可哀想だよ!」

「フン。」

「どういうとこなんだ?美弥。」

「山の麓にある旅館なの!すぐ目の前にいっぱい木々が生えてて、ちょっと山に入れば川があってね、涼しいんだよ!」

 これから向かうところは美弥さんのお母さんの実家で、お母さんの弟、つまり美弥さんの叔父さんが経営している旅館らしい。そこで三泊四日の合宿を行うのだ。美弥さんは毎年夏に行っているらしく、格安で泊めてもらえるということで来須先生も承諾したという。馨君がわくわくした様子で身を乗り出す。

「天狗信仰が盛んなんだろ?楽しみだな!」

「まあ今は結構廃れちゃったけどね。でも天狗グッツはいっぱい売ってるよ!」

 美弥さんはデフォルメされた天狗のマスコットストラップを見せた。ゆるキャラ的でいい加減なデザインだ。

「グッツより本物だよ!着いたらすぐに山で調査だからな!」

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第五話 Missing Days(2)


Missing Days(2)

 午後。

「……調査は明日からだ。今日は…休む……。」

 畳にうつ伏せに倒れたまま馨君が言った。あれから電車を三本乗り継ぎ、更にバスに乗って山道を歩いてやっと旅館にたどり着いた。山の麓というか殆ど山の中の旅館だ。時刻も既に昼過ぎをまわっていた。乗り物ばかりで疲れたのもあるが、炎天下の中歩いたのは相当に堪えた。

「大丈夫かよ馨。水飲め。」

「ここまで遠かったもんね。初めてじゃ辛かったかな…。」

 美弥さんは慣れているのかいつも通り元気だ。もうすでに荷物を自分の部屋に片付けてしまってボク達の部屋に来ている。

「それ程じゃないよ。でも今日はちょっとゆっくり過ごした方がいいかも…。」

「そうですね!天狗調査はまたにしましょう!」

 来須先生が首をぶんぶんと縦に振って同意する。怖がりな来須先生にとっては願ってもない事のようだ。その様子を横目に馨君が舌打ちした。

「さて!じゃあ私叔母さんたちに挨拶してくるね!」

「ああ、では私も…。」

「美弥ねーちゃん!!!」

 来須先生が襖に手をかけた瞬間に勢い良く襖が開き、小さい何かが飛び込んできた。

「うわあ!?」

 十歳くらいの男の子だ。思い切り来須先生にタックルしてから美弥さんの方へ駆け寄った少年は、子供らしい元気な声を張り上げた。

「美琴(みこと)くん!久しぶりー!」

「うん久しぶり!」

「失礼します。あら、大丈夫ですか先生!もう、美琴!!」

 続いて着物姿の女の人が入ってきた。名前を呼ばれた男の子は悪びれる様子もなく美弥さんの後ろに隠れた。

「琴音(ことね)叔母さん久しぶり!」

「まあ美弥ちゃん去年ぶりねえ。出迎えできなくてごめんなさい。元気にしてた?」

「はい!美国(みくに)叔父さん元気?」

「元気よ。今厨房にいるの。」

 美弥さんに向かって朗らかに微笑む女性。どうやらこの人は美弥さんの叔母さんらしい。

「え、えっと、私彼女達の顧問の来須です。お世話になります。」

「いえいえこちらこそ。大した旅館ではありませんがどうぞゆっくりしていって下さい。」

 深々と頭を下げた女将さんにならい、寝転がっている馨君を除いたボク達もお辞儀した。

「ねえねえ美弥ねーちゃん!今年はどのくらいいるの?」

「今年は四日間だよー。合宿だからね!」

「えーー。つまんねーよ!もっといてよー!」

「ごめんねえ美琴くん。でも、今年は私の友達も一緒だからいっぱい遊べるよ!」

「このメガネ、ねーちゃんの友達なの?」

「め、メガネ…。」

「こら美琴!お姉ちゃんの先生になんてこと言うの!」

「い、いいんですよ。慣れてますから。はは…。」

「……うるさい。」

 少年、もとい美琴君の子供特有の大きな声に馨君が顔をしかめて横を向いた。

「ああ、ごめんなさいねえ。今お茶お持ちしますから。ほら、美琴!お兄さん達疲れてるんだから戻りなさい。」

「はーーい。また後でね美弥ねーちゃん!」

 美琴君はそういうと女将さんの横をすり抜けて部屋から出て行った。女将さんもボク達にもう一度会釈をすると静かに襖を閉めた。

「元気な子だね。美琴君。」

「えへへ、私の従兄弟なの!毎年遊んでるんだけどもうやんちゃで大変!」

「…僕は遊んでやる気はないからな。」

 馨君は座布団を枕に火照った顔でこちらを睨む。隣でうちわで扇がされている涼君がため息をついた。

「もう良いからお前ちょっと寝てろよ。軽い熱中症なんだから。」

「そうですよ結城君。なんなら明日も寝込んでてもいいんですけど…。」

「なんか言ったか来須?」

「なんでもないです!と言うか呼び捨て…。」

 結局、馨君がダウンしたので奥の座敷に寝かせ、ボク達は部屋でのんびりすることにした。

縁側の障子を開くと簡素ながらも風情ある庭園と登って来た道の緑が見え、なかなか素敵な眺めだ。部屋も特別に大部屋をとってもらったので十分にくつろぐ事が出来、合宿という言葉から想像していたものより数倍有意義に過ごせた。

ガタン

 テレビを見ながら皆でお茶をしていたら唐突に奥の襖が開き、馨君が扇ぎながらこちらに入ってきた。その顔色は数時間前より大分良い。

「馨君、もう大丈夫なの?」

「うん。汗かいて気持ち悪いから風呂に入りたい。」

「ああ、もうこんな時間ですね。私は後で良いので、皆さんで楽しんで来なさい。」

 来須先生の言葉に、外を見ると空は薄っすら桃色がかっていた。

「ここ温泉あるよ!露天風呂も!」

「覗くなよ美弥。」

「なんで私に言うの!?」

 美弥さんに案内されて浴場まで行く。美弥さんと別れ、三人で男湯に入ると、そこはなかなか広い木製の浴場だった。

「凄い!温泉て感じだね。」

「外も見えて綺麗だな。」

「…ちょっと待てよ馨。そのまま入ったらダメだろ。なんだそれ…バスローブ?」

 涼君の言葉に後ろを見ると馨君はバスローブでしっかり体を隠している。ナチュラルに何を着てるんだ。と言うかバスローブなんて持ってる事に驚きだよ。

「馨君…別に体が細かったってボク達気にしないよ。ボクもほら、筋肉ないし。」

「そうだよ。人の体なんて気にしても仕方ないだろ。」

「腹筋割れてる奴に言われたくないよ!大体風呂に入りたいって言っただけなのになんで皆で入る事になるんだ!」

「バラバラに入ったら手間だろ。良いからタオルとれ!」

「嫌だ!」

「冷たっ!やめろよバカ!」

 馨君が涼君に水をかけた事がきっかけで水のかけ合いになってしまった。男同士だとバカみたいにこういう事したくなるんだよな。ちょっとはしゃいでしまう気持ちもわかる。とばっちりでボクにもかけられた事で参戦してしまおうという所で、目の端にお客らしき人が動いたのが見えて慌てて二人を止めた。

「ちょ、ちょっと二人とも!お客さんいるよ。」

「えっ。あ、すみません…。お前良い加減脱いでこい。」

「チッ…。すみませんでした。」

 ボク達が謝るとその男の人は苦笑して手を振った。




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第五話 Missing Days(3)


Missing Days(3)

「いや大丈夫。俺も君たちくらいの頃は友達と風呂ではしゃいだよ。君たち美弥ちゃんの友達だろ?」

「えっ、知ってるんですか?」

「俺美弥ちゃんの叔父、美国の弟なんだ。」

「じゃあ、美弥さんのもう一人の叔父さんですか?」

 気さくに微笑む男性は、来須先生よりも若そうだ。名前は飯綱真寿美(ますみ)さんというらしい。東京で会社員をしていて、今は実家この旅館に帰って来ているのだそうだ。その言葉に馨君が機敏に反応する。

「てことは、この地域の人なんですよね?この地域の天狗伝承について知っていることを教えてください!」

「えっ?」

「す、すみません…。ボク達オカルト研究部で、今回天狗について調べる予定で…。」

「オカルト研究部?あはは、面白い部活に入ってるんだね!そうだなあ、山から大きな音が聞こえて来たら天狗の仕業だとか、山で鳥を食べたら天狗に怒られるからいけないとも言われてたかなあ。」

「『天狗倒し』ですね!山で鳥肉を食べて祟られた逸話も読んだ事があります!元々天狗は『アマツキツネ』と呼ばれ、彗星の事を表していたらしいけど、時代が移り変わるうちに翼の生えた狐になり、その後修験道の影響を受けて山伏姿になり、室町時代頃からは今ではメジャーな鼻高天狗のイメージが一般的になったけど江戸時代には鳶と混交されたりもして──…」

 キラキラした目で聞かれてもいない天狗のうんちくを話し出す馨君。本当に、どこに行っても馨君は馨君だな。

「──山の神として信仰される一方、仏教を害する仏敵のイメージのせいか僧侶と対決して負ける話や高慢な僧侶が天狗になるとも言われているね。天狗が寺の稚児を攫うっていうのも敵対する一派が稚児を攫った事の比喩だとか──っぷは!水かけるなよ涼!」

「もう良い加減にしろ。お前が語ってどうするんだよ。」

「はは。君、俺より詳しそうだね。ああそう言えば、昔はこの辺りで子供がよく天狗に攫われたって聞いたな。」

「神隠しですね!『サバ喰った』と叫ぶと戻ってくるという話もありますけどそういう習慣は!?」

「馨君ちょっと落ち着きなよ…。」

「…そうだね。続きは風呂から出た後にしてあげるよ。」

 真須美さんに言われて、ボク達は温泉を満喫してから揃って上がり、男湯から出たところで美弥さんが待っていた。

「美弥さん、お待たせ。」

「ううん!私も今出たとこだもん。でも男子随分長かったね。」

「覗かなかった?」

「の、覗いてないよ!」

「おう美弥ちゃん、元気にしてた?」

 その言葉に美弥さんが顔をあげた。とたんに目を見開いて興奮した様に頰を染める。

「ま、真寿美くん!!うわ、凄い久しぶり!真寿美くんもお風呂だったんだね!」

「ああ。たまたまこの子達と風呂で会ってね。大っきくなったなあ美弥ちゃん。」

 真寿美さんは優しく美弥さんの頭を撫でる。美弥さんはちょっと恥ずかしそうだ。

「も、もう!私もう子供じゃないんだから!恥ずかしいよ!」

「ああ、そうだったね。もう十六歳だったか?早いなあ。」

 感慨深そうに美弥さんを見つめる真寿美さん。随分会わなかったのだろうか?

「本当に久しぶりに会ったって感じなんだな。」

「うん!真寿美くん、東京の会社に勤めてからお盆も全然帰って来なくなっちゃって…。でも今年は帰って来れたんだね!それにお盆前だし…。」

「…はは、先週ね。たまには帰って来ないとお袋達にも悪いしさ。有給とお盆休み合わせて今年はこっちにいるつもりだよ。さ、こんな所で話してないで部屋に戻りなよ。もう夕飯の時間だ。」

「はーい!」

 その後、美弥さんも含めて部屋で山で採れたという旬の食材をふんだんに使った夕飯を食べ、就寝した。馨君のことだから夜中になにかしたがるかと思っていたが、特にそう言うこともなく、明日は山を探索すると意気込んで眠ってしまった。

 翌朝。

 ドスン!

 いきなり布団の上から衝撃が走り、ボクは心臓が止まりかけた。

「なっ…?!」

「えっ!美弥ねーちゃんじゃない!」

 寝起きで何が何だかわからないまま起き上がると、そこには小さな男の子、美琴君の姿があった。

「み、こと君…?なんで…。」

「昨日こっちにいたから絶対美弥ねーちゃんだと思ったのに…。まーいいや、ちっさいにーちゃん!今日は遊んでくれんだろ?」

「ちっさいにーちゃんて…。」

「うるさ…。何?」

「うーん…。」

 美琴君の声に馨君も目が覚めたらしい。涼君は唸っただけでまだ目をつむったままだ。馨君は美琴君の顔を見てうんざりした顔をした。

「あ!目つきの怖いにーちゃんとデカいにーちゃん!」

「…僕達ね、子供の相手なんてしてる暇なんてないんだよ。遊んで欲しかったら昨日の眼鏡が隣の部屋にいるから。」

「えーーー!ヤダ!美弥ねーちゃん昨日皆で遊んでくれるって言ってたじゃん!」

「美弥が言っただけで僕は知らないよ。とにかく今日は山で天狗の痕跡を探すんだ。ほら涼いつまで寝てんだよ!」

「ぎゃあ!ちょ、踏むなよ馨!」

 そう言って馨君は涼君を踏んづけて顔を洗いに部屋を出ようとした。しかしそれを遮るように美琴君が声をあげた。

「それ真寿美にーちゃんが言ってたけどにーちゃん天狗に詳しいの?ねえ!俺天狗に攫われたことあるよ!その話してあげるから遊んでよ!」

 襖を開けようとした馨君の手が止まる。あ、絶対興味持ってる。

「…子供の嘘に付き合える程僕も大人じゃないんだけど。」

「嘘じゃないよ!先週だよ!真寿美にーちゃんもかーちゃん達も知ってるもん!」

 今だにボクの上に乗っかったまま話す美琴君は、嘘をついているようには見えなかった。馨君も彼の顔を見て確信したのか、しっかりと美琴君の顔を見て言い放った。

「…僕の質問に詳しく答えてもらうからね。嘘だったら許さないよ。それから、遊ぶって言っても僕達の行くとこについてくるだけだから。」

「やった!!」



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第五話 Missing Days(4)


Missing Days(4)

 朝ごはんを食べたボク達は、早速美琴君を連れて山へ向かった。天狗の祠があるというのだ。

「にーちゃん達!こっちこっち!こっちに川があって涼しいよ!」

「待ってよー美琴くーん!馨くん大丈夫?」

「だ…大丈夫……だ…よ。」

 山に詳しい美琴君について山を登る。しかし、流石子供の体力は底なしのようで、険しい道ばかり選んで進む。体力のない馨君はもうボロボロだ。

「ほら、荷物持ってやるよ。あとちょっとで川だって。」

「チッ…フィールドワークは苦手なんだよ…。こういうのは涼に任せるべきだった…。」

「自分で行きたいって言い出したんだろうが。」

 もう少し登るとやっと川のほとりに出た。岩に当たって水しぶきがあがり、かなり涼しい。既に辿り着いた美琴君は川に足を浸して遊んでいる。

「馨にーちゃんおっせーよ!早くこっち来て遊ぼーぜ!!」

「美琴くん、馨くん疲れちゃったみたいだから私と遊ぼ!」

「えー、しょうがねーな。じゃあ美弥ねーちゃん、魚捕まえよ!いっぱい捕まえた方の勝ちね!」

「よーし!今年は負けないよ!」

 そう言うと、美弥さんも荷物を置いて手ぶらで川に入って行った。って、手づかみで捕まえるのか!?野生児的過ぎて馨君じゃなくてもついていけないよ…。

「疲れた…。僕ここでしばらく休むよ。」

「大丈夫か?ほら水。」

「どうも。」

「昨日も体調悪くなったんですからね。気をつけてください。あ、帽子被っておくと良いですよ!」

 そう言うと来須先生は自分のリュックから黒い野球帽を取り出した。

「ダサい。そんなの被りたくない。」

「そ、そんな!」

「と言うか、なんで持ってるのに先生被ってないんですか?」

「そ、それは…。」

「やっぱり自分でもダサいと思ってんだろ。」

「ち、違いますよ!わかりましたよ、私が被ります!」

「おばけナ○ター…。」

「酷いです!怖いです!結城君!」

 その時後ろの岩陰から突然手が伸びて先生の帽子を奪った。

「ひぃああああああ!?お、お化け!?」

「あっははは!なんだよ今の声!」

 岩陰からひょっこりと顔を出したのは美琴君だ。手に持った帽子をひらひらさせている。

「こ、こら!大人をからかっちゃいけません!心臓バクバクですよ!」

「そのくらいであんな声出す奴大人とは言わないよ。」

「結城君まで…!もう、返しなさい!」

「あ!」

 来須先生が隙をついて美琴君から帽子を取り返す。まったく、とため息をつきながら来須先生が帽子をかぶろうとしたその時、

「ダメ!!被っちゃだめ!」

「!?」

 突然の大声に驚く。大声を出した本人の美琴君も自分の声に驚いている。辺りに川の流れる音だけが響いた。ボクらの様子に気づいたのか、川で魚獲りをしていた美弥さんが戻ってきた。

「美琴くーん。…あれ、どうかしたの?」

「な、なんでもない!センセー、帽子被ってると禿げるんだぜ!じーちゃんが言ってた!」

「へっ?…ま、まだ私は禿げませんよ!」

「三十代からは気をつけないとね…。」

「ちょ、柿本君やめてくださいよ!」

「いーから遊ぼうぜ!にーちゃん達も!」

「待って。」

 駆け出そうとした美琴君の腕を馨君が掴んだ。美琴君が不服そうな顔をした。

「もう十分遊んだだろ。いい加減天狗に攫われた話聞かせてよ。」

「えーー。まだ全然遊んでねーし!」

「話したら付き合ってやるよ。」

「うーん…。わかったよ。」

 頬を膨らませて不貞腐れる美琴君だが、了解してくれた。意外に素直な子だ。ボク達に背を向け、川に小石を投げて遊びながら話し始める。

「…先週、夏休み入ったから友達と山の近くで遊んでたんだ。でも夕方になって、皆暗くなる前に帰っちゃってさ。俺の家山登ってちょっとのとこだし、近いから少しだけ一人で遊んでた。そしたら…。」

「て、天狗が出たんですか…?」

「…うん。いきなり現れて、『ボク、一人?』って。変だなって思ったけどそうだよって言ったら…。………えっと…。」

「覚えてないの?」

「お、覚えてるよ!そしたら、鳥みたいな翼をばさーって出してソイツ、俺を抱えて空を飛んだんだ!」

「ひぇえ…。」

「来須先生黙って。それで、どこに連れてかれたの?」

「……わ、わかんない。だって空飛んだ時びっくりして気絶しちゃったんだ。それで、気が付いたら次の日で、隣町の交番前に立ってた。」

「ええっ!?じゃあ美琴くん行方不明だったの!?」

「うん。かーちゃん達が騒いでた。でもあれは天狗だよ!羽生えてたし、着物みたいな変なの着て──!」

 美琴君が川の反対側を見て固まる。目をいっぱいに見開いて、次に震え出した。異変に気付いた美弥さんが駆け寄ると、美琴君は目一杯に抱きついた。

「どうしたの美琴くん?!大丈夫?」

「あ、あいつが…。」

 美琴君は顔を美弥さんのお腹に埋めながら先程見ていた木々の間を指差す。ボク達も目を凝らして指差す辺りを見回すが何もない。ただ緑の木々が目の前に広がるだけだ。

「…?なにもいないよ。」

「…本当?」

「うん。…きっと木と木の間が何かに見えただけだよ。」

 美琴君はそれを聞いて恐る恐る顔をあげた。目尻にはうっすら涙が浮かんでいる。

「ねえ馨にーちゃん、俺本当に天狗に連れてかれたんだよ!信じてくれた?」

 不安そうな様子に、馨君は何か思案顔で美琴君の様子を伺っている。しびれを切らした美琴君が声をあげる。

「ねえ!どうなの!?」

「…一応信じるよ。でも質問にも答えてね。」

「うん……ありがと。」

「さ、さて、天狗の祠は午後にして一旦戻ってお昼ご飯を食べましょう!お腹が空いたまま山を登ると危険ですからね。」

 美琴君の状況を察してか、来須先生が提案する。ボク達はその提案に乗り、一度宿に戻った。

「昼間はご苦労様ねえ。外は暑かったでしょう?良かったらスイカどうぞ。」

「わあ!ありがとう叔母さん!」

 午後、お昼をいただいて少し休んでいる間、女将さんがスイカを持って来てくれた。

「あ!俺も食べるー!」

「こら美琴!全くもう…。一緒して大丈夫?」

「はい!大丈夫です。」

 美琴君はすっかり元気になった様だ。元気いっぱいにスイカにかぶりついている。

「ねえ叔母さん、美琴くんて先週行方不明になってたの?」

「え、ええ!そうなの!一日だけだけど遊びに行ったまま帰らなくて、次の日の朝方隣町の交番の前で発見されて…。」

「隣町って、かなり離れてるよね。電車か山を越えるかしないと行けないよ。」

「そうなの。…貴方達、なにか美琴から聞いたの?」

「いえ、天狗に攫われたとしか…。」

「また天狗って…。近所の人も協力してくれて探し回ったのにこの子は!」

「嘘じゃねーよ!天狗に詳しいにーちゃんも信じてくれたんだよ!」

「はあ…。ごめんなさいね、この子の戯れ言に付き合ってもらっちゃって。」

 どうも女将さんは馨君が美琴君の相手をしてあげてるだけだと思ってる様だ。しかし馨君は涼しげな顔で返答する。

「いえ、まだ確証は無いですけど。」

「美琴、良かったわね、お兄さん達に相手してもらって。」

「なんで信じてくれないんだよ!昔はよく天狗に攫われた子がいたんだろ!?」

「それじゃ皆さん、ゆっくりしてくださいね。」

 美琴君の言葉に全く聞く耳持たず、女将さんはいそいそと部屋を出て行ってしまった。

「かーちゃんのバカ…。ねえにーちゃん達、俺知ってること全部話すからかーちゃんを説得してよ!」

 美琴君の必死な様子に、ボク達は少し戸惑ったが、馨君はリュックの中からノートとペンを取り出して美琴君に向き直った。

「もともとそのつもりだよ。君が体験した事全部聞かせてもらおうか。」



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第五話 Missing Days(5)


Missing Days(5)

「──…身長は、涼にーちゃんよりもでかい男だったよ!そんで顔が赤かった!それで、俺が答えたら背中から茶色の羽がばさーって出て…。」

「茶色の羽ってどんな?どんな鳥の羽に似てた?」

「え?うーんと、…鷹?ワシ?なんかそんな感じ。」

 スイカを食べ終わり、涼みがてら、ボク達は美琴君の話を聞いていた。主に馨君がだけど。

「服装は?」

「えーっと、上が赤い着物っぽいやつ。でも下は白い袴みたいな…?足首のとこは白いの履いてた。」

「赤い衣に白い袴、足首のって言うのは脚絆かな。こんな感じ?」

 馨君が簡単な絵を書いて見せる。それを見た美琴君が首を強く縦に振った。

「そうそれ!」

「靴か下駄は履いてた?あと、腰や頭に飾りとか。」

「下駄だったよ!飾りとかはなかったと思う。」

「ふーん……。」

 一通り見た目について聞き終わった馨君は、メモした紙と自分が書いた絵を眺めて考え込んでしまった。ボク達もその紙を覗き込む。

「なんかわかったのか?」

「まあ、ね…。よくある天狗の容貌だ。」

「だろ?ねえかーちゃん達に説得してよ!」

 美琴君が馨君の服を掴んで引っ張る。その顔は必死だ。一体何がそれほど彼を駆り立てるのだろうか。

「ねえ、どうしてそんなにムキになってお母さんに信じてもらいたいの?」

「だって……嘘ついてると思われたらムカつくじゃん!」

 ボクの質問に早口で吐き捨てる様に答える美琴君。なんだか違和感を覚える。何か隠している様な…。

「よし、じゃあその攫われた場所に案内して。」

「えっ!?」

「…なに。来須。」

「あ、いや…。もう暗くなりますから明日にしませ──」

「嫌なら来なくていいよ。」

 ちなみに今は午後三時。暗くなるにはまだ相当時間がある。怖がりな来須先生は天狗が現れたという場所に行くだけで嫌なようだ。しかし、目の前でガンを飛ばす馨君の方がよほど恐ろしいらしい。いつもの様にしどろもどろになっているうちに、ボク達は美琴君の案内で天狗に攫われたと言う場所に向かう道を歩いていた。

「うぅ、早く帰りましょうよ…。本当に天狗が現れたらどうするんですかぁ。」

「先生大丈夫だよ!みんないるんだから。ね、馨くん!」

「ああ。天狗は子供、特に男の子を攫う傾向にあるんだ。三十過ぎのおっさんなんて攫わないよ。」

「お、おっさんて…。」

「なんで男の子を狙って攫うんだろう?」

「修験道で女犯が禁止されていた事が関係あるって説があるね。まあ…平たく言えばショタコンだよ。」

「な、なんかそう聞くと変態みたいだな…。」

「現在の天狗の性質や見た目が成立したのは大体江戸時代くらいだからね。当時は男色は普通だったんだよ。」

「にーちゃん達何変な話してんの?ここだよ。」

 馨君の話に気を取られて前を見ていなかったが、どうやら本当に山の入り口と言ったところだ。その先は獣道しかなく、木々が暗く茂っている。

「この辺で虫取りしてた。夕方になると虫が増えるんだ。」

「いかにも何か出そうなとこだね…。」

「美琴くん、一人でこんなとこで遊んじゃダメだよ!この辺イノシシも出るんだから!」

「へーきだよ。いつも遊んでるもん。」

 そう言って強がる美琴君だが、ここに辿り着いてから美弥さんのブラウスの端を掴んだままだ。やはりここで何かあったのだろう。馨君が注意深く辺りの地面を見回す。

「それで、天狗はどこに立ってたの?」

「そ、そこの岩辺り…だったと思う。」

「ふーん…。」

 それを聞くと、馨君は美琴君の指差した岩を中心に地面を見て回り、気になったものは携帯で写真に撮っている。放っておくと山の中まで入って行ってしまいそうだ。

「馨!あんまり奥まで行くなよ!」

「この辺は家の灯りも届かないですし、暗くなったら危険ですね。」

「山だからね。夜になったらどこも真っ暗になっちゃうよ。山の動物もいるし…。」

「動物くらいへーきだよ。木に登っちゃえば追ってこないもん。」

「おーい、君達!」

 誰かの呼ぶ声に振り返ると、真須美さんがボク達の方へ歩いて来るのが見えた。

「真須美にーちゃん!」

「美琴!…もうすぐ日が暮れますよ。そろそろ宿に戻った方がいいです。」

 気が付くと腕時計が五時前を指していた。ここに来るまでにかなり時間がかかっていた様だ。来須先生が申し訳なさそうにペコペコと頭を下げて謝る。

「ああ、すみません。迎えに来て頂いちゃって。」

「いえ、そんな!どうせ部屋で寝てるだけなんでいいんですよ。」

 頭を下げ合う大人二人。社会人同士のこのやり取りはボク達からするととても滑稽だ。別に仕事中でもないのに、大人は大変だ。結局、ボク達は真須美さんに連れられて宿に向かって歩き出した。

「ボクはまだ何も見てないんだけど!」

「ごめんね。えっと…馨君。あの辺りはこの辺に慣れてない人は危ないから。」

「俺がいるから大丈夫だもん!」

 美琴君は相当真須美さんになついている様だ。真須美さんのTシャツを引っ張ったり、まとわりつきながら歩いている。一人っ子の美琴君にとって、叔父さんというより本当のお兄さんの様な存在なのかな。

「美琴も、あそこで危ない目に遇ってるのに行くなよ。」

 そう言いながら真須美さんは美琴君の頭を軽く小突いた。

「いてーよ!だってにーちゃん達に天狗の事教えてたんだよ!真須美にーちゃんならわかってくれるでしょ?」

「ハイハイ。」

 美琴君がキッと真須美さんを睨む。真須美さんは美琴君をなだめる様に返事をしたのだが、美琴君には適当に流されているように聞こえたみたいだ。急に真須美さんを突き放す様に離れた。

「にーちゃんのバカ!なんでわかってくれないんだよ!!」

「美琴…。別にそんなつもりじゃ──」

「うるさい!バカ!ハゲ!」

 そう捨て台詞を吐くと、美琴君は宿の方に向かって走って行ってしまった。

「待って美琴くん!真須美くん、私行ってくるね!」

「ああ…。お願い、美弥ちゃん。」

 美弥さんが駆けて行くのを見送ると、真須美さんは小さくため息をついた。

「美琴君…どうしてあんなに必死になるんだろう。」

「昼間もいきなり怯え出したりしてたよな…。」

「…元気そうに見えて、つい最近怖い目に遭ったんだ。少し情緒不安定になってるんだよ。迷惑かけてすみません。」

「いえいえ、そんな事ありませんよ!ですよね、結城君」

「……ねえ、貴方は天狗の事、信じてるんですか?」

 馨君は先生を無視して、ジッと真須美さんを見つめる。日の暮れかけた薄暗闇の中でもその瞳は鋭く光って見えた。突然の問いかけに、真須美さんもたじろぐ。

「え…。いきなりどうして?」

「質問しているのはこっちです。」

 馨君の声と瞳は、回答の有無に関わらず真須美さんの心を見透かそうとしている様に思えた。居心地の悪さからなのか、真須美さんは馨君から目をそらして答える。

「………俺には、わからないよ。あ、美弥ちゃん!」

 話を切り上げる様に真須美さんは遠くで手を振る美弥さんに手を振り返す。美琴君も一緒の様だ。二人は先に帰ると告げて前を歩き出した。薄闇の中に、美琴君の小さな後ろ姿が揺れるのを見ながら、ボク達は帰路についた。



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