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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第八話Albtraum(3)

Albtraum(3)

 翌日。放課後を待つとあらかじめ呼び出しておいた男子が教室に入ってきた。

「君がアブダクションにあったんだよね?ハナレジマ君。」

「…小島だ。同じクラスだろ。何の用だよ結城。」

 話しかけられた人物、小島聡君は平静を装いながらも目を泳がせて答えた。小島君は一か月前に一度学校を休んでいた。ヨハネス君によると、休む前日の放課後から次の朝まで行方不明だったらしい。夜遊びを疑われているらしいが、彼は何も語らない。当初は気にされていなかったが、ここ最近アブダクション事件の被害者だと噂されているという事だ。

「アブダクション体験について詳しく教えてほしくてね。知ってる事を全部答えてくれない?」

「知らねえよ!なんだよそのアブダクションて!そんな下らない理由なら俺は帰るぞ!」

「待てよ小島!」

 小島君は突然大声で怒鳴るとドアを開けて出て行こうとしたが、涼君に肩を掴まれて止まった。

「…なんでそんなに怒るんだ?お前らしくない。…何かあるのか?」

「……。」

 それでも彼は口を開かない。小島君は普段はクラスでも明るくて優しい性格で、運動神経も良いので体育では涼君に続いて活躍するクラスの人気者だ。こんなにすぐに怒るような性格ではない。放課後の教室に静けさが広がる。

「…悪い、三上。でもほっといてくれないか。あの事は誰にも言えない。結城も柿本も、それから木下さんも、もうこの話はしないでくれ。」

 小島君はまるで助けを求める様な目でボク達を見つめるとそのまま教室を出て行った。後に残されたボク達になんとなく嫌な空気が漂う。

「…小島君、いったいどうしたんだろう?」

「ますますミステリーだね。早速次の聞き込みだ!」

 この空気が読めないのは馨君だけだろう。瞳をキラキラさせた馨君に、次に連れてこられたのは南高の近くの住宅街。その一つの『金田』という表札がかかった家が目的地だ。この家に住んでいる南高一年の金田浩二という少年も被害者の一人だという。玄関まで来ると、馨君はインターホンを躊躇なく押した。

「お、おい馨!突然来て大丈夫なのか?」

「そうだよ!私たち全然ここの家の人と知り合いじゃないのに!」

「入れて貰えばこっちのものだよ。こっちには大黒天がついてるんだから。」

 そういって馨君は涼君に目配せした。また涼君の昔の武勇伝を盾に話を聞き出す気らしい。涼君が反論しようとした瞬間、玄関の扉が開いた。

「はい…。」

 中から顔をのぞかせたのは疲れ切った表情の中年の女性だ。頬はこけ、顔色も悪く、一瞬お化けのように見えてボクたちは仰け反ってしまった。しかし馨君がすかさず真剣な表情で彼女に挨拶をする。

「突然すみません。僕たちキンダイチコウスケ君の友人です。」

「は?」

「馨、金田浩二だ!」

「すみません。今日は彼のお見舞いに参りました。良かったらこれ、どうぞ。」

 そういってお菓子の箱を手渡す。よくもここまで用意周到にできるものだ。中年の女性、おそらく金田君の母親と思われるその人は馨君の態度に気を許したのか、小さく開いていた扉を全開にしてボク達を迎えてくれた。

「まあ、わざわざありがとう。あの子は部屋にいるけど、その…。」

「どんな状況かは聞いています。少しでいいので、会わせてもらえませんか?」

 言葉を濁す女性と間を詰めると、馨君は普段絶対しないような優しい瞳で彼女を見つめ返す。彼女はその表情に心打たれたのか、コクリと頷いた。

「そう、ね…。学校の不良仲間達よりもあなた達なら、もしかしたらあの子も気を許してくれるかもしれないわね…。」

 そう呟くと、彼女はボク達を家にあげてくれた。家の中は閑散としており、彼女と同じような陰気さが漂っている。薄暗い廊下を通り、奥の部屋に通された。

「浩二の部屋です。事情はわかってると思うけど、ショックを受けないでね…。」

 そういうと彼女は心もとない足取りでリビングへ行ってしまった。こんなにもあっさり入れると思わなかったボクの鼓動は激しくなる。ヨハネス君の話では金田浩二君は数日行方不明になった後、突然帰ってきたかと思うと部屋にひきこもって紙に数字の羅列を書き続けているという。母親の憔悴っぷりを見ても、この扉の向こうにどんな光景が広がっているのか想像したくもない。しかし、馨君はなんの躊躇もなく扉をノックした。

「浩二君、入るよ。」

 返事を待たず素早く部屋に入る。ボク達も後に続いた。

「うわ!?」

「なんだよこれ…。」

 美弥さんが悲鳴をあげるのも無理はない。そこは予想以上の惨状だった。部屋の床一面には何かを書きなぐった紙が散乱し、足の踏み場もない。部屋の壁もめちゃくちゃだ。書くというより掘るといった感じで壁じゅう傷だらけになっていて、見ているだけでこっちの気が狂いそうになる。さすがの馨君もたじろいだ。

「か、馨君!これはやばいよ。早く帰った方が…。」

「ここまで来て帰れるわけないだろ。出来るだけの情報を集めよう。」

 そういって馨君がその紙の一枚をつまみ上げて観察する。汚いが、よく見ると数字らしい。意味のある数字の羅列なのかそうじゃないのか全くわからない。その時、部屋の奥の紙束がもぞもぞと蠢いた。

 「きゃっ!」

咄嗟に美弥さんが涼君の後ろに隠れた。ボクと涼君も一応身構えるが、馨君は物怖じせずその塊に近づく。

「お、おい馨!」

「……君がコウイチ君だね?」

 馨君が紙の塊の奥に隠れた毛布をめくって声をかけると、ボサボサの髪を振り乱した人の頭が現れた。瞳は暗く澱んでいて馨君に答える様子はない。

「この人が浩二君…?」

「この部屋にいるんだからそれ以外に考えられないだろ。」

「あ、あの、お邪魔してます。私達北高の生徒なんだけど、金田くんに聞きたい事があるの。いいかな…?」

 美弥さんの問いかけにも全く反応を示さない。ただひたすらせわしなく動く自身の手元を見つめている。馨君がそれを覗き込む。

「どうやら同じように数字を書いてるみたいだね。ねえこれどういう意味?」

「…ぅ……。」

「何?」

「ぅ、う、うあああ!嫌だああああ!!もう嫌だああああ!寄るな!お前らみんなおかしいんだあああ!」

 突然、浩二君は叫び声をあげて持っていたシャーペンを馨君の顔めがけて振り上げる。すんでのところで素早く反応した涼君が二人の間に入り込むと、彼の右手首を掴んで捻った。痛みに耐えかねてシャーペンを床に落とす。

「うああああああやめろやめろやめろ!!はなせえええええ!!!」

「っ…!凄え力…。おい、お前らは危ないから下がってろ!」

 尚も奇声を発しながら抵抗する浩二君に涼君が顔をしかめた。彼を押さえ付ける手も少し震えている。涼君がここまで苦戦するなんてと驚きながらボクは不安になった。もしここで涼君が力負けしてしまったら美弥さん達をボクが守らなくてはいけない。その時、扉を開けて勢いよく女性が飛び込んできた。彼のお母さんだ。

「浩二!!貴方達、大丈夫?怪我はしてない?」

「ボ、ボク達は大丈夫です。でも彼が…。」

「良かった。浩二!やめなさい、その人達は貴方のお友達よ?浩二、お願い!」

 胸が痛くなる言葉を発しながら彼のお母さんは浩二君を引き離して落ち着かせようとする。だけど浩二君は全く聞く耳持たず、狂ったように暴れようとする。涼君と自分の母親の両方に押さえ込まれているというのにそれに抗い、物凄い力で抵抗しているのがわかる。

「…っ!ごめんなさい、貴方達、今日はもう帰ってもらえる?何故か人の顔を間近で見るとこうなってしまうの。こうなったらしばらくはずっと暴れ続けて全く人の話は聞けないわ…。」

「でも、今俺が放したら…。」

 涼君が手を離してボク達が逃げれば、彼のお母さんは荒れ狂う彼からの被害を一身にうける事になってしまう。躊躇する涼君をみて、お母さんは微笑んだ。

「大丈夫よ。私はなんども止めて来たんだから。貴方達に何かあったら貴方達の親御さんが悲しむわ。急いで玄関から出なさい。」

 彼女は優しい声で語るが、その表情は真剣そのものだった。その顔を見て、ボク達は彼女のいう通りにする決意をした。涼君を除いた三人で外に出ると、後から涼君も急いで玄関から出てきた。家の中からは外からでも聞こえるような騒音が響いてくる。

「浩二くんのお母さん、大丈夫かな…。」

「何度か同じ様な事があったって言ってるんだからなんとかするだろ。部外者の僕達がいる方が邪魔だよ。」

「そうなのかな…。」

 あの部屋の中で起こっているだろう事を考えて、ボク達の心は暗く沈んだ。馨君だけが変わらない調子でA4用紙二枚を眺める。

「なんだよそれ。」

「あの部屋から拝借した紙。これが比較的古そうな奴で、これが彼がさっき書いてた一番新しい奴。」

「馨くん、あんな状態でよく持ってこれたね。」

「お前…無茶し過ぎなんだよ!大体あいつが暴れ出したのもお前が余計なことしたせいだろ!それに、もう少しで顔に怪我してたかもしれないんだぞ?」

 心配しながら怒る涼君をうざったそうに見ながらも馨君は反論しない。流石に自分でも軽率だったと認めているようだ。

「ハイハイわかったよ。さて、とりあえず今日は解散。この数字は僕が調べとく。」

「や、やっぱりまだ調査するの?」

「当たり前だよ。まだ何もわかってないじゃないか。じゃあまた明日。」

「あ、待ってよ馨くん!一緒に帰ろうよー!」



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