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当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。
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Albtraum(4)
週末、ボクはメールで馨君に呼ばれて馨君の家に来ていた。玄関からして黒を基調としたモダンな造りのそれはいかにもデザインハウスといった感じで、ボクは少しインターホンを押すのをためらった。普段からなんとなく裕福そうな雰囲気を醸し出していた馨君だが、こんな家に住んでいたとは…。
「裕太。何やってんだ?」
振り返ると涼君と美弥さんが並んで立っていた。彼らも今来た所らしい。玄関前で突っ立っていた自分が急に恥ずかしくなって慌てて言い訳する。
「い、いや…。こんな立派な家だと思ってなかったからちょっとびっくりしちゃって…。」
「ああ、確かにこの辺じゃ見ないよな。」
「おしゃれなお家だね!馨くんのお父さんて何やってる人なんだろう?」
「と、とりあえずインターホン鳴らそっか。」
二人が来たことで少し安心したボクがインターホンを鳴らすと、澄んだ綺麗な女性の声で返事が返ってきた。思いもよらない声に驚いていると、ガチャリと音がして扉が開き、綺麗な女性の顔が覗いた。びっくりするボクと美弥さんをよそに、涼君が挨拶する。
「お邪魔します、磬子(けいこ)さん。」
「ああ涼君、いらっしゃい。その子達も馨のお友達ね?どうぞ上がって。」
「お、お邪魔します…。」
磬子さんと呼ばれたその美女は笑顔で家に上げてくれた。スラリとした体躯に体のラインが見えるタイトなワンピースを着た彼女の全身が目に入り、ボクは恥ずかしくなって目をそらしてしまった。
「久しぶりねえ涼君。ちょっと背が伸びたんじゃない?」
「そ、そうですか?自分だとよくわかりませんけど…。」
「伸びてるわよぉ?高校入学の時より大きくなってるもの。男の子は直ぐに大きくなるわよね。うちの馨ももう少し伸びてくれたらいいんだけど。」
談笑する涼君と磬子さん。見た感じ涼君は何度か馨君の家に来た事があるらしい。磬子さんともそれなりに親しそうだ。その様子をみて美弥さんがこそりとボクに話しかける。
「ねえ裕太くん、磬子さんてすっごい綺麗な人だね!馨くんのお姉さんかな?」
「う、うん。馨君にお姉さんがいるなんて聞いたことなかったけどね。」
「それで、今日はオカルト部の部活なんだって?休日まで忙しいのね。」
「はい。馨がアブダクション?とかいうのについて調べてて…。」
涼君のその言葉に彼女の目が鋭く光る。その顔は馨君そっくりだ。ボクと美弥さんもそれに驚くが、涼君はその視線に驚く以上に恐怖しているようだ。
「ふーーん?やっぱりオカルト部関係なのね。」
「えっ?」
「馨は部屋で勉強会って言ってたんだけどねえ。突然部活の子達を呼びたいって言うからおかしいと思ってカマをかけたのよ。」
「そ、それは……。」
「もうすぐ二学期の期末テストよね?部活なんてやってる暇無いんじゃないの?ねえ涼君?」
鋭い眼光で詰め寄る様はまさしく馨君の血縁だ。しかも痛い所を突いてくる。反論出来ずにいると、彼女の後ろの階段から人が降りてきた。
「いい加減にしてよ母さん。勉強もちゃんとやるから。」
「か、『母さん』!?」
階段を降りてきたのは間違いなく馨君だ。しかし、目の前の磬子さんに向けられた言葉に驚く。
「馨!こんな時に部活なんてやってる場合じゃないんじゃないの?」
「期末テストなんて余裕だけど。」
「アンタの心配じゃなくてこの子達の心配してんのよ。アンタの趣味に付き合わされて成績落ちちゃったらかわいそうでしょ。」
「わ、私達なら大丈夫ですよ!ちゃんと勉強してます!」
「本人がこう言ってるんだからいいだろ。それに勉強会もやるつもりだってば。」
「まったく…。ちゃんとやるのよ!」
磬子さんの声を背中に受けながら、ボク達は二階の馨君の部屋に押し込まれた。部屋はボク達四人が入っても窮屈さの感じない広さだ。すかさず美弥さんが馨君に詰め寄る。
「か、馨君!今の人がお母さんなの!?お姉さんじゃなくて!?」
「そうだよ。口うるさいから本当は呼びたくなかったんだけど。涼も余計な事言うし。」
「わ、悪かったよ…。」
「まあまあ!それにしても凄いね馨くんのお母さん!二十代に見えるよ!」
「本人曰く美魔女だってさ。」
「自分で言うところが馨の母親だよな…。」
「馨君てお母さん似なんだね…。」
「二人とも、それどういう意味?」
「そ、それより!私達を呼んだ理由って?」
慌てて美弥さんが話題を変えてくれた。馨君はまだ納得がいかない様子だったが、モダンなデザインの机に向き直ると、その上のデスクトップの画面に向き直った。
「あの数字の羅列の意味がわかったんだよ。」
「え!?こんな短時間で?」
「まあ簡単にPCで検索かけて調べただけだけどね。それに大した意味じゃない。何かの暗号なのかとか何処で区切るのかとか色々考えたんだけどね、ただ円周率をひたすら書いているだけだったよ。」
「てか、円周率って三じゃないのか?」
「ゆとり世代かお前は!円周率は無理数と言って永遠に割り切れず、数字が循環しないものなんだよ。今まで何勉強して来たんだ!」
「そ、そんな怒ることないだろ…。」
「テスト勉強教えてやる身としては怒らないでいられないよ!…まあいい。現在は円周率は2兆6999億9999万桁まで計算されている。」
『おい結城!そこから先は俺が説明するぜ!』
突如画面から聞きなれた声が聞こえて驚くと、馨君が面倒そうにキーを押す。すると画面に義人君の顔が大写しになった。
『よおみんな!円周率の最新情報はこの俺が調べたんだぜ!こっちから説明するよ。』
「義人くん凄い!パソコンも詳しかったんだね!」
「パソコンで電話なんて出来るのか!」
「今更スカイフの説明なんてやってられないよ。情報通さんご説明をドーゾ。」
『おう!』
画面の中の義人君は馨君の嫌味にも反応せず、久々の活躍とばかりに嬉しそうに解説を始めてくれた。
『円周率ってのはよ、ひたすら割り切れない上数字が循環しない、つまり同じ数列の繰り返しにもならないから永遠に解析しても答えが出ないものなんだ。でも意外と計算式自体はそこまで複雑じゃなくて紀元前から幾つもの計算式が考え出されて来てるんだぜ。』
「御託はいいからさっさと重要な所説明してよ。」
『結城にだけは言われたくねーよ!現在でもライプニッツの公式とか、計算式自体は高校生でも解ける範囲だ。で、これがフランス人技術者がデスクトップで100日以上かけて出した最新バージョンの円周率。』
そう言うと義人君が操作したのか画面が切り替わった。小さな字で延々と数列が並んでいる。
「うわ、目が痛くなりそう…。」
『極秘ルートで探し当てた円周率2兆6999億9999万桁だぜ!その金田とかいう奴が書いた紙の一枚目は画面の上から二行目十四文字目から、二枚目は上から十三行目の最初から全く同じなんだ。』
「ええ?本当にそうなの?えーと…。」
「確認するのも一苦労だね…。」
「金田って奴は物凄い記憶力の持ち主なのか?」
『そういうわけでもないと思うぜ。調べた結果南高に通う普通の生徒だったみたいだ。どっちかっていうと素行もあまりいい方じゃなく、成績も辛うじて数学が得意だったらしいけど他は南高内で中の下だ。まあ大体涼くらいの学力だな。』
「じゃあ円周率を記憶してる可能性はゼロだね!」
「涼が中の下って南高の学力低すぎじゃないの?」
「お前らもう少し言葉選べないのかよ!」
『ともかく、暗記の可能性はほぼない。無茶苦茶に書いてるのがたまたま当たったというのも無理がある。これは本当にミステリーだぜ!』
「あるいは超高速で円周率を計算してるのかも。」
馨君がぼそりと呟いた。その目は例のごとく輝いている。
「彼が計算式を書いてる様子は一切見られなかった。と言うことは暗算で円周率を解いてるのかもね。」
「そ、そんな事普通の人に出来るの?」
「普通じゃなかなか難しいと思う。でも、彼はアブダクションに遭ったんだよ?宇宙人の手によって特別な能力を開花したのかもしれない!」
「宇宙人なんているとは思えないけどな。」
「むしろいないと考える方が非論理的だね。この宇宙に人類だけが唯一の知的生命体であるなんて確率的にそっちの方が奇跡だよ。すぐ隣の火星にだって生命体の痕跡やモノリスらしき物が発見されてるのに。」
「だ、だとしてもなんで円周率なの?もうちょっと使い道のある能力にすればいいのに…。」
「何かの実験の副産物とか、もしくは失敗作とか、色々可能性はあると思うよ。オジマ君の様に特に精神的な問題のない人物もいるみたいだしね。義人、他の被害者についてはどう?」
『小島だろ?他にも聞き込みでわかったアブダクションの被害者はあと四、五人いるけど、何故か誰もその日の事を答えてくれなくてよ…。下手するとまともに会話も出来ないやつばっかで…。こんな事初めてだぜ。』
「……。…まさかなんの手がかりも得られなかったなんて言わないよね。」
馨君の眼光が獲物を睨む蛇のようにきつくなる。義人君も画面越しに恐怖したのか急いで画面を切り替えた。そこにはある女の子の写真と名前や学校名などの情報が映し出されている。
『ま、待てよ結城!そんな事誰も言ってねえだろ?この阿加保之中学の白鳥由希子ちゃんて子と話した時、…いや、何かに怯えてるみたいでまともに話は出来なかったんだけど…。ともかくその時この子がボソッと「キョウカイ」って言ったんだ!』
「キョウカイ…?」
「キョウカイって教会の事かな?河盛市にはないけど、隣の市には一つあるよね。私一回聖別されたパンもらいに行ったことあるよ!」
そういえばヨハネス君が転入してきたばかりの時に美弥さんがそれを使ってクッキーを作って来た事があったっけ…。あの味は今思い出しても身震いする。
「で、それだけ?」
『な訳ねーだろ!俺も教会の事だと思って試しに全員の当時の行動範囲を調べてみたんだ。まあ時間が経ってる奴もいるから計算で出した部分もあるけどな。』
そう言うとまた画面が切り替わった。今度は河盛市、それも東中と南高の辺りの地図だ。そこに被害者達の行動範囲を示す赤い円が幾つも書き足されている。
「お前探偵になれるんじゃないか?」
『まあそう褒めるなよ涼!そしたらなんとどんぴしゃで全員の行動範囲が重なる場所があるんだよ。』
マウスのカーソルが円の重なる場所を指し示した。銀漢川沿いの何もない場所だが、そのすぐそばには何も記載されていない一見民家のような建物の表示がある。しかし、ボクはその位置に憶えがあった。
「この建物って…教会、だよね。」
『お、よくわかったな裕太!なんとここに小さな教会があったんだ!市のはずれな上、天の川公園に挟まれてるせいで住民にも殆ど知られてないらしいが、若い男が一人でやってるらしい。』
義人君の言葉でボクの脳裏に男の微笑が浮かぶ。河童事件の時に偶然訪れたあの教会だ。確かにあの不思議な雰囲気を纏った男に会った。
「裕太くん知ってるの?」
「う、うん…。一回行った事があるんだ。河童の噂探ってた時にね。」
「そこって河童の噂の時に捕まえたヒラヒラくんが通っていた所だよね。」
「平川だろ。…って、その事件もこの教会絡みだったのか?」
「その時の事詳しく教えて。」
馨君に言われて、朧げな記憶を辿りながら教会に行った経緯、そこで会った男の事を話した。それにしても、確かに平川君もここに通ってたんだ。だとしたら半年近くも前からこの教会には秘密があるのか?切り替わった画面に義人君の自信に溢れた笑顔が大写しになる。
『な?ますます怪しいだろこの教会!俺は絶対この教会に何かあると思うね!』
「ふん、ご苦労様。義人にしては良い情報だったよ。この調子でアイビスの件もよろしくね。」
『アイリスだろ!…これでも結構必死に調べてんだぜ?当時アイリスと付き合いがあった大人はアイリスの父親、母親、学校の教師くらいだって!』
「随分漠然としてるね。本当にちゃんと調べてるの?」
『お前も知っての通り時間が経つと情報ってのはどんどん曖昧になるし尾鰭がついちまうんだ。おまけに本人はもうこの町にいねえし、一番の情報源の麻里は完全に俺たちに不信感を持ってて何も答えてくれないしよ…。正直もうこれ以上まともな情報は掴めねえよ。』
「まだ元カレのサミダレが残ってるだろ。涼の名前出して何でもいいから聞き出せよ!」
「早乙女だろ。てか勝手に俺の名前を使うなよ!お前のせいで最近また俺の噂が流れてるんだぞ。」
「大黒天が謎の男と一緒に半端者を次々と仕置してるってやつだよね!謎の男はヤクザの息子だとか任侠組の時期若頭だとかって不良達の間で噂されてるらしいよ!」
「その謎の男って馨君の事だよね。ってなんで美弥さんそんな事知ってるの?」
「森野くんに教えてもらっちゃった!メル友なんだよ~。」
「友達選べよ美弥。ともかく、引き続き調査してよ。」
『わーったよ!ったく結城に付き合ってると過労死しろうだ…。』
そう言って義人君とのテレビ電話は切れた。馨君はPCの電源を落とすとボク達に向き合う。
「僕達はアブダクション事件を引き続き調査だ。明日の放課後早速行ってみよう。」
「えっ!」
「でも期末一週間前だよ?流石に勉強しないと…。うち一応進学校なんだよ?」
「だからって試験終わるまで待ってられないよ。わからない所があるなら今聞いて。涼は今日中に数学で赤点とらない程度にしてやるから。」
馨君の言葉をかわ切りに、その後は勉強会をして解散した。