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当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。
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Tragedy of table turning(5)
「へえー!なるほどねえ。」
後日、日直の仕事で会議に出られなかった美弥さんに昼休みの事を話すと、妙に嬉しそうな顔をされた。
「どうしたの?美弥さん。」
「なんかさ、馨くんて実は羽淵先輩の事が好きなんじゃないかな!」
「!?」
……何を言い出すんだ、美弥さん。涼君があまりに驚いてお茶を噴き出しそうになっている。一体今の話のどの部分から馨君が羽淵先輩が好きかもしれないと推測出来るんだろう。
「な、なんでそう思うの?」
「うーん。だって、馨君て普通の人には八方美人じゃない?そうじゃない態度を取る人って、私達みたいな親しい人か、どうでも良いような他人が多いと思うの。」
「あー確かに。」
「でも、だったら羽淵先輩はどうでも良い相手に入るんじゃないか?」
「違うよ涼くん!羽淵先輩は生徒会長だよ?利己主義な馨くんが先輩にわざわざ嫌われるような態度を取るのは変だもん。私が馨くんだったら、部活動の事で文句言われないためにもごまをすろうと思うよ。」
「随分な言いようだな…。」
「うーん、確かにその方が自然だね。でもそれで好きって事になるの…?」
ボクの問いに、美弥さんは得意げな表情をすると、探偵ドラマの主人公のように部室をゆっくりと歩き回りながら話し始めた。
「親しいわけでもない、どうでも良いわけでもない。では何故馨くんがあんな態度を見せるのか?そう!もう一つ馨くんが素の態度を見せる相手がいるの!」
そう言って美弥さんはビシッと効果音が出そうな勢いで涼君を指差した。
「な、なんだよ。」
「涼くん、義人くんの話だと、馨くんとは最初に会った時からあんな態度だったんだよね?何故だと思う?」
「さ、さあ。」
「ふふん、なぜなら!馨くんは初めから涼くんと仲良くなるつもりだったから!」
「はあ…。」
「つまり、強い興味を抱いている相手には素の態度で接するんだよ。と言うことは、馨くんは羽淵先輩に強い興味を抱いているってこと!」
「…そういうものか?」
「ただ神社の娘だから興味があるって可能性もあると思うけど…。」
「もうっ。男の子は鈍感なんだから!それに、あの馨くんが女の子に向かって『可愛い』って言ったんだよ?私言われたことないのに!これはまさしく恋だよ!!」
「(言葉の綾ってやつじゃないかなあ…。)」
「興味深い意見だな美弥!」
「ふあっ!?」
キマった、とでも言いたげな表情で美弥さんがポージングした瞬間、美弥さんの真後ろの扉が開いた。美弥さんが驚いて飛び退くと、中に入ってきたのは義人君だ。
「もしそうなら結城の弱みを握る絶好のチャンスだぜ!」
「義人くん!もう、脅かさないでよー。」
「よう美弥!元気にしてたか?」
「義人…久し振りだな。」
にこにこする義人君の様子から、どうも体調は良好らしい。以前、馨君に説明するのも憚られる様な目に遭ったと言うのに、本当にタフだと思う。事情を知ってるボクと涼君は複雑な表情で義人君を迎えた。
「おう!暫く振りだよなー涼、裕太。結城に酷い目にあってないか?」
「お前程じゃないよ。」
「え?」
「そっそれより、どうしてここに来たの?」
「ああ!結城に言われて岩瀬萌香の方に聞き込みに行ってたんだ。んで、その報告。」
そう言うと義人君はソファーにどかっと腰掛け、資料を広げ始めた。
「馨君待たなくていいの?」
「いーよいーよ。部活なのに来てないあいつが悪いだろ。結城には後でお前らが説明しといて。」
「馨くんが一番聞きたがってるのにー。」
「悪りいな!…でも、なんか結城に会うと調子出ねぇんだよ。なんか、身体が固まると言うか…。」
義人君の表情がことの深刻さを物語っている。蛇に睨まれたカエルという事だろうか。馨君の恐ろしさが体に刻み込まれてるらしい。可哀想なので馨君にはボク達から説明してあげよう。
「んじゃ話すぞ!しっかり聞けよ?あ!テープレコーダーで録音も可だぜ!」
「良いから話せよ。」
「ハイハイ。…あれは、二日前の放課後…──」
* * *
「どうもこんにちは!オレの事覚えてます?この前の合コンで会ってるんすけど。」
「知らない。つーか誰?」
下校中のターゲット、岩瀬萌香先輩を引き止めることに成功。まあこのくらいは朝飯前だな!しかし、彼女はじとっとした目でオレを見る。おっかしいな。このテの女は大体合コンの相手なんて覚えてないんだけど。
「え、え~?忘れちゃったんですか?」
「知らないって。何、アンタ。ナンパ?」
岩瀬先輩はふてぶてしく髪をいじり始めた。こいつ、顔は可愛いけど性格悪そうだ…。オレがやってる事も大概だけど。だがこうなったら仕方ない。オレは禁断の手段、プランBに変更した!
「あはは。バレました?はは、先輩美人だから…。ちょっとそこのファミレスでお茶でもどうすか?」
先輩は髪をいじる手を止めてこちらをみた。おっ、さっきよりは怪しんでなさそうな目だ。
「…ふーん。いいよ。」
「ま、マジすか!じゃあ──。」
「隣のスタバがいい。」
「あ……はい。」
くそ、だからプランBは嫌なんだ。コーヒー一杯五百円なんてやってられるか。つか、こいつが頼んだキャラメルなんちゃらってなんだあれ、七百円もすんだぜ。高校生には厳しいよ。
「アンタ一年だよね。ひょっとしてアタシの事知ってた?」
「ま、まあ…。綺麗な人だなーと。」
「ふーん。よく見てるね。」
ターゲットはご機嫌だ。我ながら歯の浮く様な事を言ってる気がするが、ここは我慢だな!
「いや、先輩美人なんで目立ちますから。よくオレとデートしてくれましたね。」
「あはは。今こんなんだしね。あーでも普段は同じ学校の男と遊ばないよー。後がめんどいから。」
だから合コンの話が通用しなかったわけだ。そういや三年に彼氏がいるんだよな。バレるとマズイってわけか。…この女、遊び慣れてるぜ。ってそれより、上機嫌なうちに本題に移行だ。
「そう言えば、その包帯と絆創膏、どうしたんすか?折角綺麗な顔なのに。」
「…っとにね、あの野郎のせいで…っ!」
やべ、いきなり過ぎたか?焦るオレを尻目に岩瀬先輩は興奮した様子で額のデカい絆創膏を押さえた。
「あ!すんません!嫌な事聞いちゃって。」
「…いいから、話させて。…二週間くらい前の事なんだけど。雅彦、あーカレシなんだけど、そいつがいきなり話があるとか手紙寄越してきたの。」
「へえ…。今時古風っすね。」
「本当に。普段手紙なんて書かないクセにさ。しかもクラスの女子経由で。自分で渡せっての!」
「お、落ち着いて下さい!どこに呼び出されたんですか?」
「…屋上の扉の前の階段の踊り場。人が来ないからだと思う。そこであいつが言い出したのは、別れ話!本当ふざけてると思わない?!アタシがどれだけ尽くしてやったと思ってんだか!」
岩瀬先輩がテーブルを叩いた。客の目が痛い。雅彦先輩の気持ち、わかります。こう言う奴って、大概自分が正しいと思ったら曲げないからな。
「え、ええ。先輩を振るなんて最低な男ですね。」
「そう思うよね!?だからアタシも頭にきちゃってさ、言い合いになったわけ。そしたらあの男、腕を掴んだアタシを突き飛ばしやがって…。」
「そ、それで階段から落ちたんですか?」
「そう!吹っ飛んじゃって、首も下手したら折ってたって言われたわ。それよりムカつくのが顔よ!おでこのこれ、四針も縫ったんだけど!アタシの顔に傷付けるなんて…!」
紙カップを握りつぶしながら怒りに震えている。振った男も下手したと思うが、女って怖えな…。
「で、でも命が無事で良かったっすよね!首折ってたら、こんな風に過ごせませんよ。」
「良くないわよ!おでこに痕が残るかもしんないの!それに、あいつが手紙で呼び出したせいでクラス中に話が広まっちゃったし。もう学生生活終わりよ。」
女子のネットワークは凄いからな。大抵の噂話なんかは女子に聞けばわかる。この様子じゃもともと人気がある方でもないだろうし、暫くは苦労するだろうな。
「仲良かった渚は交通事故で昏睡状態だし、まゆも脚やっちゃって入院。アタシの居場所なくなっちゃった。」
およそ相手の心配をしてない言い方だ。女子ってグループにこだわるから、それが壊れるのを異様に怖がるんだよな。美弥は知らないけど。
「たて続けっすね。なんか理由があるんですかね。」
「知らないわよ。ね、それより興奮したら喉乾いちゃった。もう一杯買ってきて。」
「は、はい…。」
* * *
Tragedy of table turning(6)
「ま、そっからは殆んど愚痴と世間話だったよ。」
「なんか殆んど義人くんの心の声しかわかんなかったよ。」
「結局ただの痴話喧嘩で、エンジェルさんとは関係ないのか…?」
「ひでえな!こっちは飲み物代に千円以上使ったんだぜ!関係ないわけないと思う!」
「思うだけじゃん…。」
「それ、男の方にも聞き込みしたの?」
「男って、岩瀬先輩の元カレの?いやまだ──って結城!?」
びっくりして振り返ると、馨君が一番奥の椅子にもたれかかっていた。…全然気付かなかったな。義人君の顔が見る間に青くなっていく。追い打ちをかける様に馨君が義人君を指差す。
「ひっ!」
「…そこ、僕の席。どいて。」
馨君が言い終わるよりも早く義人君は席を立ち、馨君に譲った。ソファーは馨君の定位置だ。
「わ、わわ悪かったな結城!じゃ、オレこれで!またな!」
それだけ言うと義人君は風の様なスピードで部屋を出て行った。
「別に出て行かなくてもいいんだけど。」
「なんだか今日の義人くん変だったよね!お菓子も食べなかったし。」
「(それはいつものことなんじゃないかな…。)」
「それより、河盛総合病院に行こう。白子先輩と鯱先輩が入院している。今行けばもう面会客もいないだろう。」
「白川先輩と河内先輩だろ。海鮮料理かよ。」
「鯱は海鮮料理にならないよ。」
馨君と涼君がくだらない話をしているのを聞いていると、美弥さんがこそこそとボクに耳うちをしてきた。
「ほら、他の先輩の名前は覚えてないのに羽淵先輩の名前は覚えてるし!」
「ああ、確かにそうだね…。」
「何こそこそ喋ってるの?早く準備しろよ。」
馨君に急かされて、ボク達は急いで支度を始める。馨君の様子をちらりと見ながら、羽淵先輩と話していた様を思い出すが、いたって普段の様子だったと思う。確かに、エンジェルさんの事について問い詰める時は生き生きしていたけど。普通にその事を話しただけなのに、馨君が羽淵先輩の事が好きだと考えるなんて、女の子ってすごいな。
「裕太、行くぞ。」
「あ、うん!」
河盛総合病院は、市内で最も大きな病院だ。市内の大半の人は、大きな怪我や病気の時に通院している。リノリウムの清潔感溢れる廊下を渡り、白川先輩の病室へ入ると、雑誌を読んでいた白川先輩は少し驚いた様子でこちらを向いた。
「誰?あんた達。」
「古賀先輩の知り合いです。僕は一年の結城馨。」
「比奈の?あの子一年に知り合いなんていたんだ。それで、何の用?お見舞いじゃないでしょ。」
白川先輩の冷めた態度から見るに、どうやら何か事情があるようだった。
「ボク達、貴女達がした『お使いエンジェルさん』について調べてるんです。」
「あー、あれね。確かに、あれやってからアタシも渚達も怪我したんだよね。」
「じゃあ、やっぱりエンジェルさんを帰さなかったせいでなんですか!?」
「は、君たち面白いね。まあそうかも。」
「まあそうかもって…どういう事ですか?」
「さあ。」
要領を得ない先輩の解答にボク達は困惑した。そんな彼女に痺れをきらしたのか、馨君がぽつりと言い放つ。
「…脚、怪我したのに随分気楽ですね。陸上部のエースだったんでしょう?」
「ちょ、馨くん!失礼だよ!」
「…リハビリすれば普通に歩けるように戻るから。まあ、秋の大会は出れないだろうけど。」
「随分無感動なんですね。高校最後の大会に出れなくていいんですか?」
「…別に、元々そんなに陸上好きだったわけじゃないし。」
馨君の詰問にも、しれっとした態度を貫く白川先輩。でも、やはりどこか辛いのか、微妙に表情が強張っている。
「…なにが原因であんなに酷く失敗したんです?」
白川先輩はしばらく黙った後、僕達の後ろの棚に目をやった。馨君が躊躇いなく棚に置いてある白い箱を開けると、中には少し汚れたスパイクが入っていた。
「それが事故った時履いていたスパイク。…紐が切れたんだよ。」
「あ!本当だ!真ん中あたりがちぎれてる…。」
「もう気が済んだでしょう?帰って。」
「まだなにも聞いてませんよ。」
馨君の言葉に、白川先輩は苦笑した。だが、それ以上は何も話してくれなかった。
「なんだかクールな人だったねー。」
「何か隠してるのかもな。」
「珍しく冴えてるな涼。あの人は何か知ってる。最も、教える気はないみたいだけどね。」
「でも、もう手詰まりだよ?これから一体どうするの?」
「これ。」
馨君がボク達の前に手を突き出した。その手に握られてるのはさっきの靴紐だ。
「これ…とって来ちゃったの!?」
「お前…いくら千切れてるからって勝手に持ってくるなよ!」
「いいから、断面見てみろ。古くなって切れたんじゃない。」
「…これ、端だけ妙にボロボロになってる。」
「幽霊って、そんな事できるのか…。」
「なわけないだろバカ。…多分薬品で弱くしてあったんだ。踏み込みの時に千切れる様に。これは人間の仕業だよ。」
馨君がうんざりした様な顔をした。また本物の怪奇現象じゃなかった事で拗ねてるんだろう。
「一体誰がそんな事…。」
「『お使いエンジェルさん』にかこつけてるあたり無関係の人間じゃないと思う。」
「じ、じゃあ今まで会った人の誰かが犯人なの!?」
「そういう事になるかもね。これはそれとなく来須に聞いてみる。あいつも一応化学の教師だからな。じゃあ今日は解散。」
そういうと、さっさと家の方向へ歩いて行ってしまった。馨君は大体機嫌が悪くなると一人になりたがるみたいだ。あとに残されたボク達は仕方なく家に帰るために来た道を戻り始めた。
「馨君、また明日ソファーで丸まって動かないのかな。」
「俺はまた本で叩かれるのか…。」
「それは何時もの事じゃない?」
「裕太…お前言うようになったな。」
「もう、涼くん達暗いよ!それに、今回は違うと思うよ!」
自信満々な声に振り返ると、美弥さんが得意そうな顔でボク達の顔を覗き込んでいる。
「馨くん、『これはそれとなく来須に聞いてみる。』って言ってたじゃん。まだ調べる気があるんだよ!」
「そう言えば、そうだったな。」
「馨君がオカルトじゃないって気付いても手を引かないなんて珍しいね。」
「やっぱり、"愛"のチカラだよ!羽淵先輩を危険から護る為に!」
美弥さんが瞳をキラキラさせて言う。女の子って恋愛話が好きなんだな。ボクと同じような事を考えたのか、涼君もちょっと呆れ顔で美弥さんを見つめていた。
「羽淵先輩の事はわからないが、馨が何か企んでいるのは確かだろうな。どうせまた無茶な事をし出すから、お前達も気をつけろよ。」
それからボク達は少し話しながら帰路についた。部屋で寛ぎながら、ぼんやりと一連の出来事に思いを馳せる。本当にエンジェルさんなんてものがいるとは思ってなかったが、誰かが意図的にこんな事をしていたなんて…。今まで意図せずそういった事件に二回も巻き込まれたけど、加害者達は通常の精神状態じゃない。おまけに今回は自分で手を下さずに深刻な怪我を負わせているあたり、犯人は頭が良い。ボク達にも危害が及ばないように気を付けないと…。
Tragedy of table turning(7)
翌朝、教室に着くとなんだかいつもより騒がしい。何かあったのかと周りを見渡していると、ふいに肩を叩かれた。振り返ると、涼君と馨君が立っている。二人とも暗い表情だ。
「涼君、おはよう。どうかしたの?」
「ああ、…昨日、生徒会長が通り魔に左腕を刺されたらしい。」
「えっ…!生徒会長って…羽淵先輩が!?」
「ああ。義人によると、幸い空手をやっていたらしく、うまく避けたおかげで傷は浅いらしい。午後から学校に来るそうだ。」
「そう…でもそれって『お使いエンジェルさん』の…?」
「わからないが、古賀先輩の家へ向かう途中に不審な男に襲われたんだと。古賀先輩は羽淵先輩から電話が来たおかげで外にでなかったから無傷らしい。もし関係があるなら、犯人は男だろうな。」
「…そうとは限らないと思うけど。」
今まで黙っていた馨君がぼそりと呟いた。
「…馨、まだ本物のエンジェルさんが犯人だとか言うつもりなのか?」
「黙れ。…今日の放課後、古賀先輩を部室に呼べ。もう被害者は出ないよ。」
馨君はそれだけ言うと自分の席に戻って口をきかなかった。もう被害者は出ない?それは、古賀先輩が犯人と言うことなのかな?涼君は心配そうな顔をしながら馨君を見ていたけど、仕方ないといった様子で二年生の教室に向かって言った。
「ね、ねえ!エンジェルさん、どうにか出来なかったの!?百合乃ちゃんまで怪我しちゃったんだよ!」
部室に入るなり、古賀先輩が声を張り上げる。震えた声を精一杯絞り出すその様から、彼女が窮地に立たされていることが伺えた。
「キンキン声はやめてください古賀先輩。…貴女こそ嘘をついてわざとボク達を混乱させていたんじゃありませんか?」
ガタガタ!
「…?馨くん、掃除用具入れが鳴ってるよ。」
「物が倒れたんだろ。さあ、どうぞ。」
見るからに機嫌の悪そうな馨君が手で古賀先輩に腰掛けるように促した。しかし、彼女は馨君に抵抗する様にそれを無視した。
「……それ、どう言うこと?」
「本当はなくしてませんよね、十円玉。」
馨君が指差す自分のバックを見て彼女の動揺が増した。
「『お使いエンジェルさん』、本当は何もかも成功してたんじゃないですか?まあ、河内先輩が昏睡状態の為に帰すことは無理だったのかもしれませんが。」
「…そう、だよ。『お使いエンジェルさん』はうまくいったの。……私のお願い事も含めて。」
Tragedy of table turning(8)
* * *
ドカッ
「きゃっ!」
派手に転んでから足を引っ掛けられたんだと気づいた。散らかしたバックの中身を何も言わずに片付ける。
「ごめんごめん比奈!大丈夫?」
さも心配そうな顔で話しかけてくる渚ちゃん。その皮の下はどんな顔をしているんだろう。
「比奈ってトロいんだから。はい、これ落としたよ。」
コンパクトを閉じ、笑顔で教科書を差し出す萌香ちゃん。きっと嘲笑を隠すのに必死なんだろうな。
「てか比奈髪切ったんだ。ふふ、ショートカット良いじゃん。」
そう言って渚ちゃんは私の髪に触れるふりをして私の耳元に顔を近づけた。
「誰かに言ったらもっと酷いから。」
その瞬間今までのことがフラッシュバックして身体が震える。彼女達のいじめは巧妙だ。誰にもばれない様に学校では友達を装っている。それに、他のグループの子の事なんて皆気にしないから。
「てことで、今日の放課後はどこ行く?昨日はまゆん家だったよね。」
「別に何処でも良くない?カラオケとか。」
「えーアタシカラオケ嫌かもー。つか最近マンネリじゃない?まゆ、他になんかないの?」
「…特にないかな。」
私を一瞥してからまゆちゃんが言う。まゆちゃんはこのグループのリーダーだ。でも、特に何もしない。私が何をされていても。昨日はまゆちゃんの家で渚ちゃんと萌香ちゃんにお腹を蹴られ、髪を切られた。今日は何をされるのだろう。もはや他人事の様に感じてくる。
「あ!じゃあさ、最近流行ってる『お使いエンジェルさん』ってやってみようよ。」
「あーそれアタシも聞いた事ある!」
「なにそれ。」
「知らないの?比奈、アンタ『お使いエンジェルさん』って知ってる?」
「し、知らない…。」
「エンジェルさんってあるじゃない?こっくりさんみたいな奴。そのエンジェルさんにお願いごとをすると、何でも叶えてくれるんだって!」
「私達の『お使い』してくれるから、『お使いエンジェルさん』。」
「ね、やってみようよ。まゆも!」
* * *
「…それで始めたんですか。」
「そう。失敗すると呪われるとか言われてるから、私に呪いをかけて遊ぶつもりだったんだろうね。…でも生徒会長の百合乃ちゃんが来てくれたから、結局普通のこっくりさんと変わらなかった。だ、だけど紙の切れ端を持ち帰った後で私、必死にお願いしたの!」
「彼女達が死ぬ様に、とでも?」
「…別に死んで欲しかったわけじゃないよ。それより苦しんで、辱められて欲しかった。ただ不幸になれば良い、私にした酷い事の罰を受けろって!」
「そんな…。」
「いけない事かな?どうせ遊びだと思ってたんだもん。いじめられっこはそんな事も望んじゃいけないのかな!!」
がくがくと膝を笑わせながら引きつった顔で古賀先輩が訴える。彼女の心の限界が来ていることがうかがえた。
「こ、古賀先輩…ちょっと落ち着いて…──」
「でも!実際に渚ちゃんが事故に遭って、萌香ちゃんも階段から落ちたって聞いて怖くなったの!!渚ちゃんの意識が戻らないからエンジェルさんを終わらせられないし、オカルト部の事を聞いてからずっと相談しようか考えてた。でもそのうちに、まゆちゃんまで…。だから『お使いエンジェルさん』を止めてもらうために貴方達に相談したのに!!」
本当の事を言うのが怖くて嘘をついて『お使いエンジェルさん』をどうにかしてもらおうとしてたのか…。うん?と言うことは、彼女は『お使いエンジェルさん』を信じていた…?
ガタンッッ!
その時、掃除用具入れのロッカーが一際強く鳴った。皆の視線がそこに集中する。すると馨君が悠然とした態度でロッカーの前に立つ。
「…この中に貴女のお願いを叶え、貴女を守ってくれた『お使いエンジェルさん』を捕らえてありますよ。」
「えっ…?!」
バン!