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当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。
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Pyrokinesis girl(5)
「アイリス、帰ろう。」
「はい、三上さん。」
放課後、オレンジ色の西日に照らされて二人が並んで歩き出した。方やボクと馨君と美弥さんは薄暗い下駄箱の棚に隠れつつ涼君とアイリスさんの様子を観察する。
「アイリス!?アイリスだって!!いきなり呼び捨てって馨くんどういう事なの!?」
「うるさいなバレるから静かにしてよ美弥。お前も普段呼び捨てで呼ばれてるだろ。」
「それとこれとは違うの!ううぅ~!」
やり場のない悔しさで呻く美弥さんを尻目に馨君は二人を見失わないように動き出す。といっても、普通に帰る生徒に紛れて歩くだけなんだけど。アイリスさんの家は東中の近くだ。元西中生が多い北高生でその辺りに住んでいる人はあまりいない。人が疎らになるまでただひたすら二人の後をつける。しばらくして、北高の生徒がほとんど見当たらなくなると、ボク達は目立たないよう、何をしてるか見える程度の距離を開けて歩く。頃合いを見て、馨君が涼君に携帯で二回コールした。二人で決めた合図らしい。
「今のどういう意味!?」
「美弥さん落ち着いて!」
「もう少し声落とさないと聞こえる。…見てればわかるよ。」
そう言われてボクは二人に目を凝らした。隣で美弥さんも固唾を飲んで見守っている。少し涼君の歩調が遅くなった様な気がする。それに気付いたらしいアイリスさんが僅かに振り返る。振り返ったアイリスさんの左手を涼君が、握った。
「……よし!」
二三事何かを話したらしき二人はそのまま手を繋いだまま歩き出した。計画が上手く行ったらしい馨君が小さくガッツポーズをとった。しかしそれよりも隣から来る負のオーラが気になってそれどころではない。美弥さんが怖くて見れない。
「み、美弥さん…?あ、あれは多分演技だから…──ヒッ!」
「………。」
意を決して見た美弥さんは、真っ暗に淀んだ瞳で二人を凝視したまま口を真一文字に結んでいた。そして鞄の持ち手部分を引きちぎらんばかりに引っ張っている。化学繊維で出来た鞄の持ち手がギチギチと音を立てている。怖い。無表情の方が般若の形相より怖いと初めて知った。その様子に流石の馨君も恐怖したのか、美弥さんに謝った。
「……美弥が知ってると絶対止めると思って言わなかったんだ。悪かったよ。でも必要な事なんだ。後で涼に埋め合わせさせるから。」
「…ぅん……。絶゛対゛だか゛ら゛ね゛…!うえええん!」
先ほどの顔はショックからだったのか、それとも気持ちを抑えていたからなのか、美弥さんは元の表情豊かな顔に戻って半泣きで馨君をぽかぽかと叩いてからボクに抱きついて来た。優しく背中をさすって彼女を慰めながら、ボクはもう遠くなってしまった二人のシルエットを見つめていた。
日もすっかり落ちた午後10時。片手にビニール袋を持った不審な男がマンションの脇をうろついている。10時ともなれば、郊外の住宅街に人通りなんてほぼない。男はキョロキョロと周りを見回すと、身軽な動作でマンションの塀を乗り越えて一階の廊下に立った。その後は左右を見回し、エレベーターに乗り込んだようだ。暫くするとカツカツと廊下を歩いてくる音が聞こえてくる。やがてドアの目の前まで来たのか音が止んだ。
ガンッ!
「ぶふっ!?」
「深夜にご苦労様。」
男はビニール袋を床に置いて何かしようとしていたらしく屈んだ状態だったのでもろに顔面からドアの洗礼を受けた様だ。鼻を抑えて悶えている。それでもヤバいと思ったのか、なんとか這うように逃げ出そうとしたが、涼君に襟首を掴まれ片手で部屋に引きずり込まれた。すかさずボクがドアを閉めて鍵をかける。
「っ!離せ!!」
「廊下で騒がれると迷惑なんだよ。」
「へえ。中はただの新聞紙と固形燃料か。これじゃ被害はたかが知れてるね。」
「っ!見んじゃねえよ!!」
男が馨君からビニール袋を取り返そうと掴みかかろうとした所で逆に涼君に掴まれて壁に背中を打ち付けられる。
「ああ、ここ防音しっかりしてるからもう騒いでもいいよ。サオダケ君。」
「俺の家なんだから騒がれたら困る。あと早乙女昴だ。」
そう、ここは涼君が住んでいるマンションの部屋だ。涼君にアイリスさんを送らせ、ボク達は先回りして涼君の家で待機する。その後帰宅した涼君と合流してこの男、アイリスさんの元彼である早乙女昴が小火を起こしに来るのを待っていたというわけだ。
「なんでオレの名前を…!?」
「僕の“友達”が一日で調べてくれてね。身辺調査をしたら最近ずっと元カノの帰り道を事付けてるんだってね。」
馨君が携帯のメール画面を突きつける。差出人は義人君だ。そこには早乙女の個人情報、最近の行動内容が事細かに書かれていた。通りで今日、義人が休んでいたわけだ。昨日今日を使って彼の事を探っていた様だ。早乙女の顔が蒼ざめる。
「南高の二年生か…。通りで馬鹿なわけだ。今までの屋外の小火は彼女が誰かと親しくしたその日のうちに起きている。なんの計画もなく感情に任せて嫌がらせをしていたんじゃないの?」
「う、うるせえ!!て言うか誰なんだよてめえら!」
「へえ、南高のクセにこいつの事誰か知らないの?三上涼の事。」
「みっ三上涼って…!?」
「おい、馨…。」
涼君が困った顔をするが、馨君が畳み掛ける様に男の真横に手をつく。男は涼君と馨君の両方から壁に固定された状態になった。これ程嫌な壁ドンはないだろう。
「知らない訳ないか。『大黒天』、破壊神と揶揄され、南高でも恐れられていた元番長だもんね。ねえ涼?」
「もういい加減にしろよ…。」
「う、嘘だろ…!どうせハッタリだ!三上なんて名前何処にでもあるからな…。」
「…。」
「だいたいオレが火をつけたって言う証拠でもあんのかよ!今日だって…オレはこのマンションのダチに会いに来ただけだ!」
ガァン!!
「ヒッ…。」
部屋に轟音が響く。…と言うか、早乙女の顔の横の壁が拳の形に陥没した。早乙女が情け無い声を漏らす。
「…人の家に火付けておいて、それで済むと思ってんのかてめえ。」
「…ぁ……。」
「話してくれるよね?」
怒った『大黒天』と、この状況で笑顔の馨君に挟まれ、早乙女は項垂れた。
Pyrokinesis girl(6)
「…で、一応聞くけど、アンタがやった放火はいくつ?」
「……今日の合わせて三つです…。」
馨君に逃げられない様にと下着姿にされ、トランクス一丁に正座姿をさせられた早乙女は消え入りそうな声で答えた。…と言うかなんだこの図は。ここはいつからヤクザの事務所になったんだ。ピアスだらけの浅黒い肌にばさばさのライオンヘアーの早乙女の容姿も相まって余計にそれらしく見える。遅くなるからと美弥さんを帰らせて本当に良かった。
「聞こえないよ。ちゃんと大きな声で細かく説明して。」
「ひい!すいませんすいません!」
涼君の部屋にあった土産物の木刀で早乙女の腹をつつく馨君。ボクからすれば運動神経のない馨君は虎の威を借る狐状態だけど、早乙女にすれば『大黒天』を家来のように扱う彼は涼君よりも脅威なんだろう。助けを求めるような視線を送られるがそっと目を逸らした。
「……最初はアイリスの友達の家の玄関に出してあったゴミっす。オレと別れておきながら楽しそうに話すのにムカついたからっす…。二回目は、アイリスの家の植え込みで、オレと別れてまだ一カ月なのに男三人も連れ込んでるのが許せなかったからっす。で、三回目は、今日の三上さんの家で…。てっきりアイリスの新しい男かと思ったんで…。」
「うわあ…。」
「どうしようもないクズだね。」
「今回は同意だ。」
早乙女の背中がさらに小さくなる。今回は涼君も止める気もないからどうしようもない。ボクも流石に庇う気にはなれないし。早乙女は染めすぎて傷んだ髪で顔を隠しながらポツリポツリと呟き始めた。
「…あいつに振られたのが許せなかったんすよ…。ナンパで簡単について来たクセに、触らせもしねぇし。しかも一カ月もしたら想像と違ったとか、あなたは私の王子様じゃないとかぬかしやがって。あんなイタい女にこのオレが振られるとかマジありえないっしょ。だからオレを振ったことを後悔させてやりたくて──痛っ!」
「何語ってんの?お前の気持ちとかどうでもいいよ。で、他には?」
「えっ…?」
馨君に脇腹を突かれたまま、ポカンとする早乙女。確かに今話だけだと今日のノートの件や部屋での出火については触れられていない。馨君はその事を問いただしているんだ。
「他にもやってるでしょ?ちゃんと全部話せよ。」
「今日のノートが燃えた奴とかな…。どうやったんだ?」
「えっちょ、ちょっと待ってくださいよ!なんすかそのノートって!オレがやったのはそれだけっす!」
「往生際が悪いね。ここまで言ったんだから全部吐いちゃいなよ。」
そう言いながら馨君は木刀を二、三回素振りした。打たれると思ったのか、早乙女は身をすくめながらも必死に抗議の声をあげた。
「本当に知らないんです!嘘なんて付いてませんよ!」
「…ねえ、信じても良いんじゃないかな?」
「……まあ、嘘を付いてるようには見えないな。」
ボクと涼君の言葉に僅かに早乙女の頰が緩む。正直、裸でボク達に懇願する姿があまりにも惨め過ぎる。ここまでわかったんだからいい加減服を着せてやってもいいんじゃないかな。そんなボクの思いを否定する様に、馨君が木刀を床に突き立てる。
「甘いよ二人とも。さっきの放火の話も嘘ついて逃れようとした奴だよ。ねえ?」
「そ、それは…!」
「反論出来るの?出来ないよねえ。こういう奴は恐怖を与えるのが一番効果的なんだ。」
そう言うと馨君は早乙女が持って来たビニール袋の固形燃料を彼の頭にぶちまけてライターを取り出した。
「ちょ…!」
「早乙女先輩って不良ですよね?じゃあ酒も当然やってますよね。」
「へ、え…っと……。」
「答えろよ。」
「や、やっやってます!昨日も飲みました!すみませんすみません!」
それを聞くと馨君はにっこりと笑ってライターを着火した。あまりの不気味さにこっちまで固まる。
「ねえ知ってる?人体自然発火の被害者には酒好きが多いんだってさ。僕が思うにそれはアルコールのせいじゃ無くて、二日酔いの原因であるアセトンが体内で大量に生成されるからだと思うんだ。最近じゃ人体発火の原因はアセトンだとも言われてるしね。」
「あの…。え……?」
「アンタに火をつけたら、骨まで燃えてくれるかな?」
バタンッ!
「…馨さん、その辺にして下さい。」
涼君が馨君を羽交い締めにして止めると同時に、襖が勢い良く開いた。その襖の向こうから、Tシャツに短パンというラフな格好の暖ちゃんがリビングに入って来た。
「…暖ちゃん、危ないから入って来ちゃダメだって言ったじゃないか。」
ちょっと不満げな馨君の言葉を聞いた後、暖ちゃんは玄関近くの穴の空いた廊下の壁を一瞥してから涼君を見た。
「これ以上は放って置けません。お兄ちゃん達に任せてると家が壊れます。」
「…すまん。」
視線を落として謝る涼君。無言で涼君を見つめる暖ちゃんの視線が痛い。目が怒りを伝えている。涼君に似て眼光鋭いようだ。馨君がむくれながら文句を言う。
「別に本気でやったりしないよ。犯罪者になりたくないし。でもコイツの口をわらせないと。」
「馨さん…。」
一体暖ちゃんには馨君がどう見えているんだろうか。ぶすっとしてる馨君を見て暖ちゃんの目から怒りが消え、女の子らしい仕草で困った顔をした。ボクと目が合うと、取り繕った様に表情を引き締め直した。
「………でも、…家が壊れないくらいでしたら構いません。あと近所迷惑にならない程度でお願いします。」
「えっ!おい暖!?」
「ありがとう暖ちゃん!やっぱり暖ちゃんは涼より優しいね!」
「でもこの人さっきので気絶してるよ…。」
「なんだ、だらしない奴。まあ丁度いい。一度使ってみたかったのがあるんだよね…。」
嬉々として何かの準備を始める馨君。男の悲鳴と共に悪夢の夜が幕を開けるのは、この数分後の事だった。
Pyrokinesis girl(7)
週明け、メールで報告を聞いた美弥さんが昼休みにやってきた。
「アイリスちゃんのストーカー捕まえたんだってね!流石馨くん!」
「別に。勝手に相手からやってきただけだよ。」
「涼くんの家に火をつけようとしたんだよね。でも、どうやって他の放火の事も話させたの?」
「それは聞かない方が良いと思うよ。」
早乙女はその後空が白むまで馨君による拷問をひたすら受けてから解放された。最後の方は声もあげなくなっていた。しかし誰も警察に届けを出していない為、仕方なく警察に突き出すことなく帰らせた。
「…でも、結局あれだけやったのに教室でノートが燃えた事とアイリスの部屋で起きた事については言わなかったな。」
「ああ、だってあいつやってないもん。」
「えっ!?」
さも当然の様に言ってのける馨君。じゃあなんであんな事を…?涼くんが何か気付いたのか呆れ顔をした。
「…お前、ただ虐めたかっただけかよ。ドS」
「だって美弥がアロマキャンドルなんて持ってきたせいで呪いもやれなかったし、仕方ないじゃないか。僕はストレスが溜まってたんだ。」
「そういう問題かよ!関係ない奴にやつ当たりするなよな!」
「やってる間止めなかったクセに今更なに?そんなに言うなら代わりにお前でやってもいいんだけど。」
馨君が何かを折り曲げるまねをして見せると、涼君が顔を青ざめさせながら構えた。ボクも昨日の事を思い出してゾッとしてしまう。
「もう二人とも喧嘩しないの!じゃあ、ノートと人形が燃えちゃったのは本当のパイロキネシスなの?」
「…どうかな。」
また馨君は思案顔をして黙ってしまった。しかし、本当にアイリスさんはパイロキネシスの保持者なのだろうか。早乙女がやっていないと言った小火はどちらも他の人が見ていない所で起きている。もし誰かが付けたとしたら、それはかなり身近な存在で……。
「もしかして馨君、犯人て……。」
「あ、そういえば馨、今日もアイリスが二人で帰りたいって。」
「ええ!?」
「ふーん、頑張って。」
「なんで!?なんでなの涼くん!!」
「い、いや知らないけど…。二人が良いって言われたから。」
「手は繋がないよね!?と言うか半径五メートル以内に近づいちゃダメだよ!」
「つ、繋がねえよ。なんでそんな離れなきゃいけないんだ?」
「ダメったらダメなの!!」
必死になる美弥さんに遮られて言えなくなってしまった。まあ…涼君が付いているなら今日はきっと大丈夫だろう。美弥さんに掴まれて身動きが取れない涼君の隙をついて馨君が携帯を奪った。
「あ!おい何するんだよ!」
「美弥が心配にならない様に設定変えておいてやるよ。美弥、ちゃんと押さえておいて。」
「了解であります!」
「痛っ!ちょ、苦しい…!」
「馨君、何を設定するの?」
関節技で首と腕を固定する美弥さんを尻目に、馨君は自分の携帯と涼君の携帯を交互に見ながら何かを操作すると、パチンと携帯を閉じた。
「秘密だよ。」
『……お目覚めですか?三上さん。』
『…う、ここは……?…痛!』
『ごめんなさい。少し薬の量が多過ぎたんですわね。だって初めてだし、男の人ってどのくらい強いのかわからなかったんですもの。』
『は、何言ってんだ…?』
『覚えてませんの?私を送って下さった後、お礼にお部屋に案内したじゃありませんか。それでお紅茶をお飲みになったでしょう?』
『………薬を入れたのか。』
『睡眠薬ですわ。それから手足だけ縛らせていただきましたけれど、暴れないで下さいね。家には誰もいないけれど、外に聞こえてしまいますから。』
『っ…!…どういう事なんだ。』
『…やっぱり、貴方様は覚えていらっしゃらないのですね。』
『……すまん、なんの事かわからない。わかるように説明してくれ。』
『……。三上様、よく聞いて下さいませ。』
『…?ああ。』
『貴方様は前世ではブルーローズ国の王子で、私のフィアンセでしたの。』
『………は?』
『私はプリムローズ国の姫で、私の国と合併する為に貴方様と私は政略結婚をするはずだったんですのよ。ああ、でも勘違いなさらないで。親同士が決めたこととは言え私達は愛し合っていたのですわ。』
『ちょ、ちょっと待て。何言ってるんだ。意味が──』
『周りからも認められ、幸せになるはずだったのに、悪い魔女による嫉妬の魔法で私達はお互いを認識できなくなってしまったのです。そのせいで貴方様は別の女性と一緒になってしまった…。そしてこの時代でも、貴方様は魔法のせいで私がわからないのですわ。』
『っ!何する気だ。それ置けよ。』
『心配入りませんわ。私には炎を起こす力がありますのよ。そしてこの炎は浄化のパワーがあるんですの。私も最初は怖かったのですけれど、それは魔法のせいなのですわ。さあ…。』
バタン!
Pyrokinesis girl(8)
「三上先輩!」
アイリスさんの部屋に入ると、そこには縛られて横たわる涼君と涼君の顔にライターの炎を近づけたまま驚いているアイリスさんがいた。加勢してくれた森野君が二人の間に割って入り、アイリスさんからライターを奪い取った。
「先輩!大丈夫ですか?…てめえこのアマ!この人が誰だかわかってんだろうなあ?!」
「やめろ森野…。というかなんでお前らが…?」
「涼の携帯に細工したんだよ。僕の携帯から遠隔操作できる様に。そしてGPSで位置確認しながらマイク起動して会話盗聴してた。」
「犯罪すれすれだけどね!ごめんね涼くん。」
携帯をひらひらさせながら事もなげにいう馨君と全然悪いと思ってなさそうな美弥さんを見て呆れる涼君。しかし安心したのか、そのまま涼君は目を閉じて気を失ってしまった。
「涼くん!!だ、大丈夫!?」
馨君を除くボク達は慌てて涼くんに駆け寄る。顔色は悪いが、呼吸も安定している。状況が把握出来ないのか、ボク達から離れるようにアイリスさんが後ずさる。
「っ…!なんです貴方達!どうやって入って来たんですの?!」
「相当急いで家中の窓を閉めたんだね。鍵がちゃんとしまってなかったよ。半分でもかかってないと時間をかければ道具を使わずに開けられるんだよ。」
「不法侵入には変わらないけどね…。」
「私の城に勝手に上がるなんて…!使用人は!?使用人は何をしているの!」
「お母さんのこと?さっき誰もいないって言ってたじゃないか。」
「そんな…。私を一人にするなんてありえませんわ。だって私はこの国の姫で…。」
「アイリスちゃん?」
わけがわからない、と言った表情でキョロキョロするアイリスさん。その行動はどう見ても正常な状態には見えなかった。
「支離滅裂だな。僕が現実を思い出させてあげるよ。」
そう言うと馨君は動揺するアイリスさんに近寄って、顔前に一枚の写真を突きつけた。
「まず第一の小火、人形が燃えたのはやっぱり偶然だったんだ。まあかなり特殊なケースだけどね。」
「…えっ……。」
「でも馨くん、三十センチも離れてた物が燃えるなんてありえないよ!」
「ありえるよ。材質によるけどね。彼女が持っていた人形はセルロイドで出来ていたんだ。君が持っていたのはこんな人形だったでしょう?」
写真に写っている人形はつやつやとした肌で瞳も絵の具で描いた様なものだ。
「あ…。」
「セルロイド人形は戦前は日本でも流行した人形だ。ただ低温で発火しやすく、場合によっては摩擦や電球の明かりの熱だけでも発火するんだ。その取り扱いにくさから現在日本で取り扱ってる店はそうそうない。ただ外国だと未だに売ってる所もあるみたいだけどね。」
「じゃあ、炎の熱で発火したの?」
「多分ね。凄く燃えやすいから跡形も無く燃えてしまったんだ。」
「ち、ちが…!あれは自然発火現象で──」
「そして第二第三の小火。これは早乙女による犯行だ。本人も自供したしね。しかし、君はそこで思い込んだんだ。自分には火を起こす力があるって。」
絶句しているアイリスさんに畳み掛ける様に馨君が続ける。
「もともとオカルトに興味があったんだろ?パイロキネシスを知っていても不思議じゃない。妄想癖も元からあったみたいだし。」
「でも、学校での小火は!?早乙女さんには無理だよね?」
「そうだよ。彼女の机に不自然に誰かが近寄ればいくら体育後で人が少ないとは言え不審に思う人がいるだろうね。」
「じゃあ…。」
「自分で付けたんだよ。無意識なんだろうけど。自分の机で何かやっていてもほとんどの人は気にしないからね。」
「!」
「自分でって…。でも、本当に誰も気付かないものなの?」
「誰もとは言ってない。…彼女の親友、カワバタさんは多分真っ先に気づいたんだろう。」
「馨くん川嶋さんだよ!」
「ま、りさんが…?」
「彼女はかなり早い段階から君が壊れ始めている事に気付いていたんだ。でも話を聞いてもらえず、どうする事も出来なかったんじゃないかな。君が自分で火をつけた所も黙って見ているしか出来なかった。彼女が僕達に助けてあげてと言っていたのは、自然発火現象からじゃない、君自身の妄想からって意味だったんだ。」
「…そん、な……麻里、さん…。……違う、違うわ……私はアイリス・プリムローズ、プリンセスなのよ…?」
まるで自分に言い聞かせるようにブツブツとつぶやき始めるアイリスさん。この光景は前にも見た事がある。河童事件の犯人、平川君の時にそっくりだ。目も何処か別の所を見つめて必死に自分の世界に取りすがっている。やがて彼女は顔をあげ、引きつったような笑顔でボク達を見た。
「……そうよ、わかったわ。貴方達はあの魔女の仲間ですわね?私から王子様を奪う為に派遣されたんでしょう?私の炎で焼き尽くしてあげますわ──」
バシン!
乾いた音が響き渡り、アイリスさんが倒れた。アイリスさん自身、何が起こったかわかっていないという顔だ。彼女の前には、先ほどまで涼君を介抱していた森野君が立っている。アイリスさんの頰が赤く腫れているのを見て、森野君が叩いたのだとわかった。