[PR]
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
Albtraum(4)
週末、ボクはメールで馨君に呼ばれて馨君の家に来ていた。玄関からして黒を基調としたモダンな造りのそれはいかにもデザインハウスといった感じで、ボクは少しインターホンを押すのをためらった。普段からなんとなく裕福そうな雰囲気を醸し出していた馨君だが、こんな家に住んでいたとは…。
「裕太。何やってんだ?」
振り返ると涼君と美弥さんが並んで立っていた。彼らも今来た所らしい。玄関前で突っ立っていた自分が急に恥ずかしくなって慌てて言い訳する。
「い、いや…。こんな立派な家だと思ってなかったからちょっとびっくりしちゃって…。」
「ああ、確かにこの辺じゃ見ないよな。」
「おしゃれなお家だね!馨くんのお父さんて何やってる人なんだろう?」
「と、とりあえずインターホン鳴らそっか。」
二人が来たことで少し安心したボクがインターホンを鳴らすと、澄んだ綺麗な女性の声で返事が返ってきた。思いもよらない声に驚いていると、ガチャリと音がして扉が開き、綺麗な女性の顔が覗いた。びっくりするボクと美弥さんをよそに、涼君が挨拶する。
「お邪魔します、磬子(けいこ)さん。」
「ああ涼君、いらっしゃい。その子達も馨のお友達ね?どうぞ上がって。」
「お、お邪魔します…。」
磬子さんと呼ばれたその美女は笑顔で家に上げてくれた。スラリとした体躯に体のラインが見えるタイトなワンピースを着た彼女の全身が目に入り、ボクは恥ずかしくなって目をそらしてしまった。
「久しぶりねえ涼君。ちょっと背が伸びたんじゃない?」
「そ、そうですか?自分だとよくわかりませんけど…。」
「伸びてるわよぉ?高校入学の時より大きくなってるもの。男の子は直ぐに大きくなるわよね。うちの馨ももう少し伸びてくれたらいいんだけど。」
談笑する涼君と磬子さん。見た感じ涼君は何度か馨君の家に来た事があるらしい。磬子さんともそれなりに親しそうだ。その様子をみて美弥さんがこそりとボクに話しかける。
「ねえ裕太くん、磬子さんてすっごい綺麗な人だね!馨くんのお姉さんかな?」
「う、うん。馨君にお姉さんがいるなんて聞いたことなかったけどね。」
「それで、今日はオカルト部の部活なんだって?休日まで忙しいのね。」
「はい。馨がアブダクション?とかいうのについて調べてて…。」
涼君のその言葉に彼女の目が鋭く光る。その顔は馨君そっくりだ。ボクと美弥さんもそれに驚くが、涼君はその視線に驚く以上に恐怖しているようだ。
「ふーーん?やっぱりオカルト部関係なのね。」
「えっ?」
「馨は部屋で勉強会って言ってたんだけどねえ。突然部活の子達を呼びたいって言うからおかしいと思ってカマをかけたのよ。」
「そ、それは……。」
「もうすぐ二学期の期末テストよね?部活なんてやってる暇無いんじゃないの?ねえ涼君?」
鋭い眼光で詰め寄る様はまさしく馨君の血縁だ。しかも痛い所を突いてくる。反論出来ずにいると、彼女の後ろの階段から人が降りてきた。
「いい加減にしてよ母さん。勉強もちゃんとやるから。」
「か、『母さん』!?」
階段を降りてきたのは間違いなく馨君だ。しかし、目の前の磬子さんに向けられた言葉に驚く。
「馨!こんな時に部活なんてやってる場合じゃないんじゃないの?」
「期末テストなんて余裕だけど。」
「アンタの心配じゃなくてこの子達の心配してんのよ。アンタの趣味に付き合わされて成績落ちちゃったらかわいそうでしょ。」
「わ、私達なら大丈夫ですよ!ちゃんと勉強してます!」
「本人がこう言ってるんだからいいだろ。それに勉強会もやるつもりだってば。」
「まったく…。ちゃんとやるのよ!」
磬子さんの声を背中に受けながら、ボク達は二階の馨君の部屋に押し込まれた。部屋はボク達四人が入っても窮屈さの感じない広さだ。すかさず美弥さんが馨君に詰め寄る。
「か、馨君!今の人がお母さんなの!?お姉さんじゃなくて!?」
「そうだよ。口うるさいから本当は呼びたくなかったんだけど。涼も余計な事言うし。」
「わ、悪かったよ…。」
「まあまあ!それにしても凄いね馨くんのお母さん!二十代に見えるよ!」
「本人曰く美魔女だってさ。」
「自分で言うところが馨の母親だよな…。」
「馨君てお母さん似なんだね…。」
「二人とも、それどういう意味?」
「そ、それより!私達を呼んだ理由って?」
慌てて美弥さんが話題を変えてくれた。馨君はまだ納得がいかない様子だったが、モダンなデザインの机に向き直ると、その上のデスクトップの画面に向き直った。
「あの数字の羅列の意味がわかったんだよ。」
「え!?こんな短時間で?」
「まあ簡単にPCで検索かけて調べただけだけどね。それに大した意味じゃない。何かの暗号なのかとか何処で区切るのかとか色々考えたんだけどね、ただ円周率をひたすら書いているだけだったよ。」
「てか、円周率って三じゃないのか?」
「ゆとり世代かお前は!円周率は無理数と言って永遠に割り切れず、数字が循環しないものなんだよ。今まで何勉強して来たんだ!」
「そ、そんな怒ることないだろ…。」
「テスト勉強教えてやる身としては怒らないでいられないよ!…まあいい。現在は円周率は2兆6999億9999万桁まで計算されている。」
『おい結城!そこから先は俺が説明するぜ!』
突如画面から聞きなれた声が聞こえて驚くと、馨君が面倒そうにキーを押す。すると画面に義人君の顔が大写しになった。
『よおみんな!円周率の最新情報はこの俺が調べたんだぜ!こっちから説明するよ。』
「義人くん凄い!パソコンも詳しかったんだね!」
「パソコンで電話なんて出来るのか!」
「今更スカイフの説明なんてやってられないよ。情報通さんご説明をドーゾ。」
『おう!』
画面の中の義人君は馨君の嫌味にも反応せず、久々の活躍とばかりに嬉しそうに解説を始めてくれた。
『円周率ってのはよ、ひたすら割り切れない上数字が循環しない、つまり同じ数列の繰り返しにもならないから永遠に解析しても答えが出ないものなんだ。でも意外と計算式自体はそこまで複雑じゃなくて紀元前から幾つもの計算式が考え出されて来てるんだぜ。』
「御託はいいからさっさと重要な所説明してよ。」
『結城にだけは言われたくねーよ!現在でもライプニッツの公式とか、計算式自体は高校生でも解ける範囲だ。で、これがフランス人技術者がデスクトップで100日以上かけて出した最新バージョンの円周率。』
そう言うと義人君が操作したのか画面が切り替わった。小さな字で延々と数列が並んでいる。
「うわ、目が痛くなりそう…。」
『極秘ルートで探し当てた円周率2兆6999億9999万桁だぜ!その金田とかいう奴が書いた紙の一枚目は画面の上から二行目十四文字目から、二枚目は上から十三行目の最初から全く同じなんだ。』
「ええ?本当にそうなの?えーと…。」
「確認するのも一苦労だね…。」
「金田って奴は物凄い記憶力の持ち主なのか?」
『そういうわけでもないと思うぜ。調べた結果南高に通う普通の生徒だったみたいだ。どっちかっていうと素行もあまりいい方じゃなく、成績も辛うじて数学が得意だったらしいけど他は南高内で中の下だ。まあ大体涼くらいの学力だな。』
「じゃあ円周率を記憶してる可能性はゼロだね!」
「涼が中の下って南高の学力低すぎじゃないの?」
「お前らもう少し言葉選べないのかよ!」
『ともかく、暗記の可能性はほぼない。無茶苦茶に書いてるのがたまたま当たったというのも無理がある。これは本当にミステリーだぜ!』
「あるいは超高速で円周率を計算してるのかも。」
馨君がぼそりと呟いた。その目は例のごとく輝いている。
「彼が計算式を書いてる様子は一切見られなかった。と言うことは暗算で円周率を解いてるのかもね。」
「そ、そんな事普通の人に出来るの?」
「普通じゃなかなか難しいと思う。でも、彼はアブダクションに遭ったんだよ?宇宙人の手によって特別な能力を開花したのかもしれない!」
「宇宙人なんているとは思えないけどな。」
「むしろいないと考える方が非論理的だね。この宇宙に人類だけが唯一の知的生命体であるなんて確率的にそっちの方が奇跡だよ。すぐ隣の火星にだって生命体の痕跡やモノリスらしき物が発見されてるのに。」
「だ、だとしてもなんで円周率なの?もうちょっと使い道のある能力にすればいいのに…。」
「何かの実験の副産物とか、もしくは失敗作とか、色々可能性はあると思うよ。オジマ君の様に特に精神的な問題のない人物もいるみたいだしね。義人、他の被害者についてはどう?」
『小島だろ?他にも聞き込みでわかったアブダクションの被害者はあと四、五人いるけど、何故か誰もその日の事を答えてくれなくてよ…。下手するとまともに会話も出来ないやつばっかで…。こんな事初めてだぜ。』
「……。…まさかなんの手がかりも得られなかったなんて言わないよね。」
馨君の眼光が獲物を睨む蛇のようにきつくなる。義人君も画面越しに恐怖したのか急いで画面を切り替えた。そこにはある女の子の写真と名前や学校名などの情報が映し出されている。
『ま、待てよ結城!そんな事誰も言ってねえだろ?この阿加保之中学の白鳥由希子ちゃんて子と話した時、…いや、何かに怯えてるみたいでまともに話は出来なかったんだけど…。ともかくその時この子がボソッと「キョウカイ」って言ったんだ!』
「キョウカイ…?」
「キョウカイって教会の事かな?河盛市にはないけど、隣の市には一つあるよね。私一回聖別されたパンもらいに行ったことあるよ!」
そういえばヨハネス君が転入してきたばかりの時に美弥さんがそれを使ってクッキーを作って来た事があったっけ…。あの味は今思い出しても身震いする。
「で、それだけ?」
『な訳ねーだろ!俺も教会の事だと思って試しに全員の当時の行動範囲を調べてみたんだ。まあ時間が経ってる奴もいるから計算で出した部分もあるけどな。』
そう言うとまた画面が切り替わった。今度は河盛市、それも東中と南高の辺りの地図だ。そこに被害者達の行動範囲を示す赤い円が幾つも書き足されている。
「お前探偵になれるんじゃないか?」
『まあそう褒めるなよ涼!そしたらなんとどんぴしゃで全員の行動範囲が重なる場所があるんだよ。』
マウスのカーソルが円の重なる場所を指し示した。銀漢川沿いの何もない場所だが、そのすぐそばには何も記載されていない一見民家のような建物の表示がある。しかし、ボクはその位置に憶えがあった。
「この建物って…教会、だよね。」
『お、よくわかったな裕太!なんとここに小さな教会があったんだ!市のはずれな上、天の川公園に挟まれてるせいで住民にも殆ど知られてないらしいが、若い男が一人でやってるらしい。』
義人君の言葉でボクの脳裏に男の微笑が浮かぶ。河童事件の時に偶然訪れたあの教会だ。確かにあの不思議な雰囲気を纏った男に会った。
「裕太くん知ってるの?」
「う、うん…。一回行った事があるんだ。河童の噂探ってた時にね。」
「そこって河童の噂の時に捕まえたヒラヒラくんが通っていた所だよね。」
「平川だろ。…って、その事件もこの教会絡みだったのか?」
「その時の事詳しく教えて。」
馨君に言われて、朧げな記憶を辿りながら教会に行った経緯、そこで会った男の事を話した。それにしても、確かに平川君もここに通ってたんだ。だとしたら半年近くも前からこの教会には秘密があるのか?切り替わった画面に義人君の自信に溢れた笑顔が大写しになる。
『な?ますます怪しいだろこの教会!俺は絶対この教会に何かあると思うね!』
「ふん、ご苦労様。義人にしては良い情報だったよ。この調子でアイビスの件もよろしくね。」
『アイリスだろ!…これでも結構必死に調べてんだぜ?当時アイリスと付き合いがあった大人はアイリスの父親、母親、学校の教師くらいだって!』
「随分漠然としてるね。本当にちゃんと調べてるの?」
『お前も知っての通り時間が経つと情報ってのはどんどん曖昧になるし尾鰭がついちまうんだ。おまけに本人はもうこの町にいねえし、一番の情報源の麻里は完全に俺たちに不信感を持ってて何も答えてくれないしよ…。正直もうこれ以上まともな情報は掴めねえよ。』
「まだ元カレのサミダレが残ってるだろ。涼の名前出して何でもいいから聞き出せよ!」
「早乙女だろ。てか勝手に俺の名前を使うなよ!お前のせいで最近また俺の噂が流れてるんだぞ。」
「大黒天が謎の男と一緒に半端者を次々と仕置してるってやつだよね!謎の男はヤクザの息子だとか任侠組の時期若頭だとかって不良達の間で噂されてるらしいよ!」
「その謎の男って馨君の事だよね。ってなんで美弥さんそんな事知ってるの?」
「森野くんに教えてもらっちゃった!メル友なんだよ~。」
「友達選べよ美弥。ともかく、引き続き調査してよ。」
『わーったよ!ったく結城に付き合ってると過労死しろうだ…。』
そう言って義人君とのテレビ電話は切れた。馨君はPCの電源を落とすとボク達に向き合う。
「僕達はアブダクション事件を引き続き調査だ。明日の放課後早速行ってみよう。」
「えっ!」
「でも期末一週間前だよ?流石に勉強しないと…。うち一応進学校なんだよ?」
「だからって試験終わるまで待ってられないよ。わからない所があるなら今聞いて。涼は今日中に数学で赤点とらない程度にしてやるから。」
馨君の言葉をかわ切りに、その後は勉強会をして解散した。
Albtraum(5)
翌日、ボク達は一抹の不安を抱きながら教会の前までやってきた。冬の日照時間は短い。一度来た事があるからと案内を任されたボクだけど、少し迷ってしまって辺りはもう薄暗くなってしまった。木々に囲まれた建物は大きな怪物のようなシルエットを作り出していて余計に不気味だ。その時不意に何かが肩に触れて体が強張る。
「ひっ!」
「裕太くん大丈夫?具合悪いの?」
見るとボクの隣に立っていた美弥さんが心配そうな顔でボクの顔を覗き込んでいる。涼君もボクの顔を見て驚く。
「顔真っ白だぞ。少し休んだ方が良いんじゃないか?」
そんなに酷い顔をしていたんだろうか?自分の顔をさわりながら心配させまいと慌てて笑顔を取り繕う。
「だ、大丈夫だよ。ちょっとこの教会が怖くて…。」
「怖いのは『キョウカイ』なんじゃないの?裕太。」
「え?」
馨君の一言にボクは動揺した。馨君の言葉の意味がわからない。
「それってどういう意味?」
「裕太、河童の噂の前にもキョウカイって言葉聞いた事があっただろ。」
「ど、どこで?」
「覚えてないの?じゃあ無意識に記憶に残ってたんだね。君がオカルト部に入った時の事だよ。」
その言葉にボクは一瞬にして自身が殺されかかった連続殺人事件の事、そして田口の事を思い出した。事件の後ぼんやりとしていた当時の記憶がはっきりとしてくる。
「…そうだ。田口だ。田口がボクを殺しかけた後に『キョウカイの人に』って言ったんだ!」
「正しくは『協会の人』だよ。多分殺されかけた恐怖とその言葉が繋がって無意識のうちにトラウマになったんじゃない?あの事件も宗教儀式みたいなのをやろうとしてたし。」
馨君の言葉に驚いた。確かにボクは異様に教会や宗教に悪印象を持っていた。幸い怪我も殆どなく、立ち直ったつもりでいたが、田口に殺されかけた強い恐怖がそういう形で尾を引いていたのかもしれない。
「キョウカイって…もしかして、ここって田口くんの事件まで関係あるの!?」
「さあね。裕太はここで待ってても良いよ。」
馨君はボクの返事を聞かずに扉に向かう。日は更に傾き、木々に隠れてより一層建物を不気味に演出するが、ボクにはもう取り立てて恐ろしくは感じなくなっていた。まだ心配そうにボクの様子を伺っている二人に向かって言った。
「…ううん。原因がわかって少し怖くなくなったよ。ボクも行く。」
扉を開けると、中はオレンジ色の薄明かりに照らされていた。床一面にワインカラーの絨毯が敷き詰めてあって、長椅子が並んでいる。奥の赤子を抱いた白い女性の像の目の前には祭壇らしきものがある。ドラマでよくある結婚式の場面が浮かんだ。
「マリア様の像だね。見た所普通の教会にしか見えないよ?」
「ていうか、勝手に入って良いのか?誰かに見つかったらヤバいだろ。」
「ボクが来た時は若い男の人がいたよ。」
「鍵が開いてたんだから入っていいんだろう。お前たちも何か宇宙人に繋がる手がかりはないか探せ!」
「教会に宇宙人と繋がる手がかりなんてあるかよ…。」
「でもアブダクションに遭った人達はみんなこの近くをうろついてたんだから、少なくともアブダクションとここは何か関係があるはずだよ!」
「そうだ。それにキリスト教と宇宙人は関係性があるよ。宇宙人が人間を作ったという説はキリスト教の創造論に基づいてるんだからな。」
「創造論って何?」
「生物の起源の解釈の一つだよ。日本じゃ進化論が一般的だけど、欧米では未だに神に創造されたという創造論が根強い人気を誇ってるんだ。」
「人気って…。進化論て証明されてるんじゃないの?」
「結局今の科学じゃ絶対的な証明ができないんだ。神なんてもっと証明出来ない存在が作ったと考えるよりも妥当だろうって言われてるだけさ。そしてこの創造論における神っていうのが超高度な文明を持った宇宙人であると考えている学者もいる。四大文明の一つであるメソポタミア文明を作ったシュメール人がその宇宙人だとも言われてるね。キリスト教の元となったユダヤ教はメソポタミア文明を色濃く受け継いだゾロアスター教に強く影響を受けている。つまりキリスト教は宇宙人の神話に基づいているとも言えるね!」
「それはちょっと飛躍しすぎじゃない?」
「それだけじゃないよ。キリスト教で言われる天使からも宇宙人を暗示するものがある。天使といえば今は幼児や人間の姿で知られているけど、その多くは元は土着の神で、異形の姿をしているものがほとんどなんだ。その中でも智天使と呼ばれる天使達の姿は車輪に目が沢山付いた姿と言われていて、それはさながらアダムスキー型宇宙船と──」
「もういい!長いしわけがわからん!」
ガタン!
涼君がいつもの様に馨君の口を手で塞いだ。しかし、その力でよろめいた馨君が母子像の子供の頭を思い切り掴んでしまった。大きな音が講堂に響き渡る。瞬間ボク達は青ざめた。
「や、ヤバいよ馨君!壊したら洒落にならないよ!」
「わかってるよ!涼が押すから!」
「わ、悪い!てか、何処か壊れてないよな?」
「皆!ちょっと、ちょっと見て!!」
興奮した様子の美弥さんを見てボク達は更に焦るが、直ぐに彼女が何に興奮しているか気付いた。
「これは…。」
「地下に続く階段だよ!きゃー映画みたい!」
「さっきまで無かったよな?」
「僕が像を掴んだせいかも。秘密の地下室か…。下にはきっと宇宙船か人間のクローンが大量に保管されてるに違いない!行くぞお前達!」
「ラジャー!裕太くんも行くよ!」
「え!ちょっと!」
「お、おい!勝手に進んで大丈夫なのかよ!」
「勝手になんて行かないよ。涼が先頭で盾してね。」
「そういう事じゃ──…っておい、押すなよ!」
結局馨君と美弥さんに引っ張られて地下階段を降りてしまった。しかし、通路は暗すぎて何も見えない。これじゃ何も見つからないんじゃないかと思った時、急に前が少し明るくなった。馨君がライターを灯したのだ。
「うわあ馨くん不良だね。」
「うるさいな。持ってるに越した事は無いだろ。涼、そこに燭台があるから火を移してきて。」
「これか?」
わずかな光が通路を照らし出した。ライターよりは明るいが細い地下通路を更に不気味に演出しただけなきがする。ボクの気持ちとは裏腹に美弥さんが興奮した声を上げた。
「わああますます冒険気分になるね!横からゾンビとか出てきそう!」
「や、やめてよ美弥さん…。」
「おい、なんか開けた所に出たぞ。」
涼君が燭台を上げて示す。奥行きからして部屋の様だ。馨君が涼君から燭台を受け取り、壁に設置されているフックの様な物にかけてくれたおかげで部屋の全体像が見えた。しかし見えた事でここがとても居心地のいい物ではないことがわかった。
「なにこの部屋…。」
部屋の全面は本棚がみっちりと並んでいて、真ん中にはぽつんと椅子が設置されている。その椅子と言うのはただの椅子ではなく、歯医者で座らされる様な色々な器具が付いた不気味な物だ。床にはその椅子を取り囲む様に三角形の文様が描かれている。宇宙人もキリスト教も関係ないが絶対関わってはいけない物だという事は一目でわかる。後ずさりするボク達とは逆に馨君がその椅子に近づいた。
「ちょちょちょっと馨くん!」
「これ、拷問用の椅子だ。ほら、ベルトが付いてる。これで手足と頭を固定するんだよ。」
「馬鹿触るなよ!」
涼君に止められそうになりながらも馨君は興味深々だ。椅子とその近くの本棚を隈なく探っている。入り口付近で部屋を見ていた美弥さんがボクの隣で少し残念そうな顔をした。
「なんだかイメージと違うね!宇宙人て言うからもっと近未来的なの想像してたのに。床のレイアウトは何かな?」
「いや、そういう問題じゃないんじゃないかな…。って、この文様何処かで見た事ある気がする…。」
「やっぱり?私も──」
「誰だお前達!?」
Albtraum(6)
声に気づいて目をやると黒いフード付きマントを着た男が部屋の奥から出てきた所だった。びっくりしたボクがとっさに謝ろうとした時、男の手に光る物が握られているのに気づいた。
「神聖な“目覚めの間”に立ち入る悪魔の手先どもめ…。滅してやる…。聖なる剣をくらえ!」
男は叫びながら近くにいた馨君に短剣を振りかぶった。が、涼君による本気の蹴りで吹っ飛んだ。勢いよく本棚にぶつかった男は落ちてきた分厚い洋書数冊を頭に受けて悶えている。
「ナイフで切りかかるかよ普通…。大丈夫か馨?」
「きゃああ!二人とも大丈夫!?」
「うん。それよりコイツの短剣が気になるな。ちょっと涼取ってきて。」
「言ってる場合じゃないよ!早く出ないと…!」
「なんだ今の音は?っ!貴様ら何者だ!?」
本棚にぶつかった音を聞きつけたのか更に同じ格好の男が三人現れた。皆ボク達を見た瞬間マントから短剣を取り出して構える。
「か、勝手に入ってごめんなさい!ボク達悪気はなくて…!」
「そ、そうなんです!たまたま講堂が開いてて、たまたま地下室の入り口見つけちゃっただけで──」
だが美弥さんが話している間に男達が突進して来た。終わりだ、丸腰のボク達に大人三人を相手できるわけない。せめて美弥さんが傷つかないように手を広げて前に立つが、更にボクの前に涼君が立ちはだかった。
「すいません!」
涼君は一番最初に突っ込んできた男の手首を掴むと思い切り投げ飛ばし、手首を捻って短剣を奪うと裏拳の要領で短剣の柄を次の男の鳩尾に打ち込む。男が崩れ落ちると共に三番目の男が一瞬躊躇して出来た隙に強烈な回し蹴りを腹に打ち込んだ。あっという間に三人が痛みに立ち上がれなくなった。呆気に取られていると馨君が燭台を勢い良く地面に投げ捨てる。瞬間目の前が真っ暗になった。
「逃げるぞ!走れ!」
「う、うん!」
ボクは隣にいた美弥さんの手を咄嗟に掴んで元来た道を走った。後ろから複数の足音が聞こえてきて恐怖したが、なんとか階段を駆け上がり、講堂を出る。どっちへ逃げようかと少し立ち止まった時、美弥さんが繋いでいた手を引っ張った。
「裕太くん!馨くんと涼くんも来たよ!」
「二人とも、こっちだ!」
馨君に呼ばれてボク達は教会の裏に回る。そこで息を殺して様子を見ていると、少し遅れて男達が出てきた。男達は辺りを見回してボク達が見当たらない事を確認すると、何か相談を始めた。
「どうする?応援を呼ぶか?」
「いや、あれは北奎宿高校の制服だ。司祭様に連絡して様子を見よう。」
「ああそうしよう。それから目覚めの間を清めなくては…。」
男達は納得した様子で、揃って十字を切るような動作をしてから教会の中に戻っていった。彼らが戻ってこない事を確認してから素早くその場を離れた。東中の近くまで戻って人の姿が見えるようになってようやく人心地がついた。予期せぬ命の危機から脱出したせいかボクの心臓はまだ高鳴っているが、馨君が少し落ち着いた様子で口を開いた。
「『すみません』て叫びながら人投げ倒す奴初めて見たよ。」
「うるせえな…。階段で盛大に転んだ奴に言われたくねえよ!」
「暗かったんだから仕方ないだろ!」
「お前が火を消したんじゃないか!」
「目くらましだよ!」
「もう二人とも!言い合いしてる場合じゃないでしょ?」
「あの人達、もう追ってこないかな…?」
「さあね。…でもこれではっきりした事があるよ。」
「え?何が?」
馨君が不敵な笑顔を浮かべた。その笑顔に嫌なものを感じる。
「明日部活の時に話す。さあ、今日は美弥を送って帰るよ。」
「う、うん……?」
大の男四人に狙われた直後にも関わらずどこか嬉しそうな顔をしている馨君がボクは少し不気味に感じた。案の定帰り道で心配性な涼君が馨君に詰め寄る。
「馨。明日何するのか知らないが、もう調査はやめないか?今回は流石に危険過ぎる。」
「イヤだ。ここまで来てやめられるわけないだろ。」
「お前……。金田にもあの男たちにも襲われかけてるんだぞ?俺がいなかったらとっくに病院送りだったろうが。」
「なら涼がずっといれば良い。何のために勉強教えてお前をそばにおいてると思ってるんだ。」
「か、馨くん言い過ぎだよ!そんな言い方ないよ──」
「美弥、いいんだ。」
美弥さんが馨君を咎めようとするのを涼君が制した。酷い言い方だけど、馨君の言いたい事は、それだけ涼君を信頼してるという事だとわかっているんだ。
「守りきれない事だってある。…というか、よくわからんがこれは今までのとは違って、何かでかい事件だと思う。このままじゃ美弥も裕太も危険にさらす事になるだろ。」
「涼くん…。」
「お前のオカルトを証明したいっていう夢は…俺にはよくわからないが叶えばいいと思う。手伝おうとも思う。でも他の人を危険にさらすのは身勝手すぎるぞ。」
初めて涼君の馨君に対する真剣な気持ちを聞いた。涼君は何処までも優しい人だ。いつも人の事を考えてる。真剣な表情の涼君に、馨君は応えるように向き直る。それから一呼吸間を置くと、まっすぐに涼君とボク達を見据えた。
「涼、ずっとその性格を利用してきたけど、僕には正直お前のその人に合わせる姿勢がわからない。僕は自分の夢を叶える事を基準に生きてきたし、これからもきっとそうだ。僕は多分人の気持ちがよくわからないんだ。付き合いきれないならそれでいいよ。部活を辞めてもいい。」
「そ、そんな事言わないでよ馨くん!」
「僕は自分のしたい事だけしか出来ない。君達の事まで気にできないんだ。」
それだけ言うと馨君はくるりと背を向けて歩き出した。いつも皮肉な物言いをする馨君の本音に、ボクは少し混乱した。おろおろする美弥さんと、沈んだ表情の涼君を隣に、何も言えなかったままボクはその空気を読む事しかできなかった。かつてなく最悪なムードのまま、美弥さんを家まで送り届けてボク達は自分の帰路に着いた。
Albtraum(7)
翌日の放課後。ボクは部室に向かおうか悩んでいた。昨日の馨君の言葉にどうしても迷ってしまう。馨君の行動も、いつもならきっとなんだかんだ許せていただろう。でも昨日は下手すればボク達は大怪我じゃ済まなかったかもしれないのだ。これからの事を考えるとどうしても決心がつかない。どうしようか旧校舎の廊下をうろうろしていると、急に背中を叩かれた。振り返ると笑顔の美弥さんがいた。
「やっほう裕太くん!裕太くんも部室に行くとこ?」
「う、うん…まあ。」
「…ひょっとして迷ってた?」
「……うん。」
申し訳なくなりながらも答えたボクに、美弥さんは優しく微笑んで、ボクを廊下の隅に連れてきた。
「えへへ、私もね、ちょっと悩んじゃった。馨くんはとってもハチャメチャだし、怖い目にもあったよね。平川くんの事件の時は私、夜中に馨君の格好して森の中一人で歩かされたし。」
「うん…。」
「でもね、私はやっぱりオカルト部が好きだなーっておもったの。馨君はやりたい事だけって言ってたけど、おかげで助かった事もいっぱいあるから。」
確かにそうだ。馨君のやり方は悪いけど、おかげでボクは田口に殺されなかったし、美弥さんの従兄弟が誘拐された時は、馨君が解決しなければ家族関係にヒビが入る可能性があったかもしれない。
「だからやっぱり私は馨くんについていく!…まあ、私は涼君みたいに強くないし馨君ほど頭も良くなくて、足手まといになってると思うけどね。」
「そんな事ないよ!美弥さんがいなかったら涼君と馨君の喧嘩を止められる人がいなくなっちゃうよ。美弥さんがいるから、オカルト部が平和でいられるんだよ。」
「えへへ、ありがとう!でも裕太くんも同じだよ。涼君が折れちゃう所で、裕太くんがビシッと言って馨君の暴走を止めてくれるでしょ?」
「そ、そんな事…。」
「それに昨日は私を護ろうとしてくれたしね!ありがとう裕太くん!」
とびきりの可愛い笑顔で言われて心がときめいた。やっぱり美弥さんは人の心をつかむのが上手い。ボクが彼女にそういう気持ちを抱いているせいもあるけど…。
「だから私は裕太くんにも残って欲しいな。もちろん、強制出来ないけど…。今日だけでも部活に出て、それから決めても良いんじゃない?」
「…うん、そうだね。ありがとう美弥さん。」
美弥さんに促され、ボクは今日の馨君の行動を見てから決めようと決心した。
「…遅かったね二人とも。座りなよ。」
部室に入ると、馨君はソファに座って涼君が淹れたお茶を飲んでいた。その光景があまりにもいつも通りでなんだか拍子抜けしてしまう。馨君にとっては、それもどうでもいい事だったんだろうか。傍に座っていた涼君が申し訳なさそうにボク達を見た。
「昨日はすまなかった。俺の言い方が悪かったせいで変な空気になって…。」
「涼君のせいじゃないよ!私達の事心配してくれたんだよね、ありがとう!」
「そんな事はいいから。本題に移るよ。」
そう言って馨君は部屋の隅に目を向けた。ボク達の入ってきた扉と反対側に白衣姿の来須先生がおどおどと佇んでいた。
「あれ、先生!珍しく見に来たんですか?」
「え、ええ。……本当は今日は期末前で部活は禁止の筈なのに君達が部室にいると聞いたので…。」
ボソボソと困った様に本音を喋る来須先生。って、そういえばそうだ。当たり前の様に集まってしまったが大丈夫なのだろうか。
「五時までは校内に残っていい筈ですよ。いいからさっさと座ったらどうですか。」
「いいからって…仕方ないですねえ。五時になったら出ますよ!」
なんとか教師としての威厳を見せようとしつつも結局馨君には逆らえないらしい。眉を八の字にしながらいそいそと椅子に腰掛けた来須先生を見て、ボク達も定位置についた。それを見届けた馨君は来須先生を無視する様にいつもの様に話し始めた。
「アブダクションの真犯人はわからない。犯人は一人じゃなさそうだしね。でも実行犯はわかったよ。」
「あの変な教会の人達じゃないの?」
「あいつらももちろん関わってるだろう。でもあの男達だけじゃない。内容までは見れなかったけど地下室にあったいくつかの本に英語で心理学や薬草、魔法陣という文字があった。あの建物といい、大きな組織が意図的に中高生を攫って何かの儀式をしてたんだ。」
「ちょ、ちょっとなんの話をしてるんですか?貴方達また何か変な事をやり始めたんじゃ…──」
「儀式と言ってもただの儀式じゃない。魔術にかこつけて精神に負担をかけるような拷問をされたんだと思う。だからアブダクションされた人は皆その日の事がトラウマになって話せないんだ。」
来須先生の言葉を遮る様に馨君は続ける。本当にいない様な扱いを受けて来須先生はおろおろしたが、とりあえず最後まで話を聞こうと納得行かなそうに口をつぐんだ。
「じ、じゃあ実行犯ていうのは?」
「…アブダクションは多分コシマ君が初めてじゃない。僕達が関わった限りでは多分トグチ君が最初だ。キョウカイというフレーズ、そして遠目だけどあの男達が持っていた短剣は裕太を襲った時に持っていた物によく似てた。次にヒラヒラ君、羽淵先輩、アリスもだ。」
「え!?」
「田口くんと平川くんはいいとして、羽淵先輩やアイリスちゃんはどうして?」
「羽淵先輩もアイリスもあの教会に通ってたわけじゃないだろ?」
「おかしいと思わない?僕達が入学してから一年も経たないうちにこれだけ妙な事件が起きてるなんて。それも犯人は皆ごく普通の学生ばかり、突然おかしくなって凶行に及んでいる。」
「それはそうだけど…。」
馨君の言いたいことの意味がわからない。確かにこののどかな市でほぼ月に一度のペースで異様な事件ばかり起きているのは妙だ。でも、それとこの事件がどう関わるって言うんだろう?
「確かに羽淵先輩達は教会とは関わりはなかった。でも組織の人間が教会だけとは限らないよね。涼、イーリスと関わりのあった人物は?」
「え、えっと…。川島麻里と、早乙女昴、美術部の部員……あとは両親と教師くらいじゃなかったか?」
「ま、まさかそれって…。」
ボクと美弥さんが気付いたのはほぼ同時だった。ここに来て馨君は来須先生を鋭く見た。
「教会に行ってないイリスと羽淵先輩の共通点はこの学校の教師との関わりだ。僕達が関わった事件は本当は一つの事件だったんだ。」
「な、なんの事を言ってるんですか?怖いですよ結城君…。」
「羽淵先輩の時点で気づくべきだった。彼女がスパイクの紐を脆くした方法は塩酸だ。一介の女子高生が手に入れられるものじゃないよね。化学教師の協力無しには。」
「か、馨!まさか来須先生が犯人だって言うのか!?あり得ないだろそんなの!」
「そ、そうだよ…。第一化学の先生なら他にもいるじゃない!」
「…裕太、美弥。お前達あの地下室にあった魔法陣をどこかで見たことがあるって言ってたよね。」
「え?」
馨君がいきなり話題を変えた事に若干戸惑いながら考える。確かにそうだ。あの文様を見たとき、何か既視感があったんだ。
「僕もだよ。先生、白衣のボタンをとって見せてよ。」
馨君の言葉に先生は何も言わず、普段は外していた白衣のボタンを外す。それを見た僕達は青ざめた。露わになったベストのボタンにあの文様が掘られていたんだ。来須先生は一つ大きく息を吐くと、メガネを外してボク達を真っ直ぐ見つめた。その目は底の見えない泉のようで、ボクには先生が何を考えているかわからなかった。
「…これは私達友愛協会のシンボルなんです。毎日着ていたのに気づくのが遅いですよ皆さん。」
「アンタが首謀者だね。友愛団体って事は宇宙人じゃなくてフリーメイソンか!」
「そんな所です。まあ、団体ではなく協会ですがね。私の仕事はこの地域の子供達に教えを施す事です。」
先生はボクが聞いた事が無いくらい平坦な声で答えた。興奮する馨君と違い、至極落ち着いた先生にボクはひどく動揺した。自分がやった事をわかっているのだろうか。急にこの人物が自分の知ってる来須先生じゃない何かに思えて寒気が走る。
「せ、先生がみんなをあんな風にしたの…?」
「ええ。もちろんあの結果を望んでいたわけではありませんよ。私達の目的は救済ですから。」
「きゅうさい…って何だよ。」
「貴方方にもわかるようにお教えしましょう。私達の目的は子供達をこの悪夢から目覚めさせる事です。」
そう言うと来須先生はまるで別人のように淡々とした態度で立ち上がってボク達を見渡した。
Albtraum(8)
翌日の放課後。ボクは部室に向かおうか悩んでいた。昨日の馨君の言葉にどうしても迷ってしまう。馨君の行動も、いつもならきっとなんだかんだ許せていただろう。でも昨日は下手すればボク達は大怪我じゃ済まなかったかもしれないのだ。これからの事を考えるとどうしても決心がつかない。どうしようか旧校舎の廊下をうろうろしていると、急に背中を叩かれた。振り返ると笑顔の美弥さんがいた。
「やっほう裕太くん!裕太くんも部室に行くとこ?」
「う、うん…まあ。」
「…ひょっとして迷ってた?」
「……うん。」
申し訳なくなりながらも答えたボクに、美弥さんは優しく微笑んで、ボクを廊下の隅に連れてきた。
「えへへ、私もね、ちょっと悩んじゃった。馨くんはとってもハチャメチャだし、怖い目にもあったよね。平川くんの事件の時は私、夜中に馨君の格好して森の中一人で歩かされたし。」
「うん…。」
「でもね、私はやっぱりオカルト部が好きだなーっておもったの。馨君はやりたい事だけって言ってたけど、おかげで助かった事もいっぱいあるから。」
確かにそうだ。馨君のやり方は悪いけど、おかげでボクは田口に殺されなかったし、美弥さんの従兄弟が誘拐された時は、馨君が解決しなければ家族関係にヒビが入る可能性があったかもしれない。
「だからやっぱり私は馨くんについていく!…まあ、私は涼君みたいに強くないし馨君ほど頭も良くなくて、足手まといになってると思うけどね。」
「そんな事ないよ!美弥さんがいなかったら涼君と馨君の喧嘩を止められる人がいなくなっちゃうよ。美弥さんがいるから、オカルト部が平和でいられるんだよ。」
「えへへ、ありがとう!でも裕太くんも同じだよ。涼君が折れちゃう所で、裕太くんがビシッと言って馨君の暴走を止めてくれるでしょ?」
「そ、そんな事…。」
「それに昨日は私を護ろうとしてくれたしね!ありがとう裕太くん!」
とびきりの可愛い笑顔で言われて心がときめいた。やっぱり美弥さんは人の心をつかむのが上手い。ボクが彼女にそういう気持ちを抱いているせいもあるけど…。
「だから私は裕太くんにも残って欲しいな。もちろん、強制出来ないけど…。今日だけでも部活に出て、それから決めても良いんじゃない?」
「…うん、そうだね。ありがとう美弥さん。」
美弥さんに促され、ボクは今日の馨君の行動を見てから決めようと決心した。
「…遅かったね二人とも。座りなよ。」
部室に入ると、馨君はソファに座って涼君が淹れたお茶を飲んでいた。その光景があまりにもいつも通りでなんだか拍子抜けしてしまう。馨君にとっては、それもどうでもいい事だったんだろうか。傍に座っていた涼君が申し訳なさそうにボク達を見た。
「昨日はすまなかった。俺の言い方が悪かったせいで変な空気になって…。」
「涼君のせいじゃないよ!私達の事心配してくれたんだよね、ありがとう!」
「そんな事はいいから。本題に移るよ。」
そう言って馨君は部屋の隅に目を向けた。ボク達の入ってきた扉と反対側に白衣姿の来須先生がおどおどと佇んでいた。
「あれ、先生!珍しく見に来たんですか?」
「え、ええ。……本当は今日は期末前で部活は禁止の筈なのに君達が部室にいると聞いたので…。」
ボソボソと困った様に本音を喋る来須先生。って、そういえばそうだ。当たり前の様に集まってしまったが大丈夫なのだろうか。
「五時までは校内に残っていい筈ですよ。いいからさっさと座ったらどうですか。」
「いいからって…仕方ないですねえ。五時になったら出ますよ!」
なんとか教師としての威厳を見せようとしつつも結局馨君には逆らえないらしい。眉を八の字にしながらいそいそと椅子に腰掛けた来須先生を見て、ボク達も定位置についた。それを見届けた馨君は来須先生を無視する様にいつもの様に話し始めた。
「アブダクションの真犯人はわからない。犯人は一人じゃなさそうだしね。でも実行犯はわかったよ。」
「あの変な教会の人達じゃないの?」
「あいつらももちろん関わってるだろう。でもあの男達だけじゃない。内容までは見れなかったけど地下室にあったいくつかの本に英語で心理学や薬草、魔法陣という文字があった。あの建物といい、大きな組織が意図的に中高生を攫って何かの儀式をしてたんだ。」
「ちょ、ちょっとなんの話をしてるんですか?貴方達また何か変な事をやり始めたんじゃ…──」
「儀式と言ってもただの儀式じゃない。魔術にかこつけて精神に負担をかけるような拷問をされたんだと思う。だからアブダクションされた人は皆その日の事がトラウマになって話せないんだ。」
来須先生の言葉を遮る様に馨君は続ける。本当にいない様な扱いを受けて来須先生はおろおろしたが、とりあえず最後まで話を聞こうと納得行かなそうに口をつぐんだ。
「じ、じゃあ実行犯ていうのは?」
「…アブダクションは多分コシマ君が初めてじゃない。僕達が関わった限りでは多分トグチ君が最初だ。キョウカイというフレーズ、そして遠目だけどあの男達が持っていた短剣は裕太を襲った時に持っていた物によく似てた。次にヒラヒラ君、羽淵先輩、アリスもだ。」
「え!?」
「田口くんと平川くんはいいとして、羽淵先輩やアイリスちゃんはどうして?」
「羽淵先輩もアイリスもあの教会に通ってたわけじゃないだろ?」
「おかしいと思わない?僕達が入学してから一年も経たないうちにこれだけ妙な事件が起きてるなんて。それも犯人は皆ごく普通の学生ばかり、突然おかしくなって凶行に及んでいる。」
「それはそうだけど…。」
馨君の言いたいことの意味がわからない。確かにこののどかな市でほぼ月に一度のペースで異様な事件ばかり起きているのは妙だ。でも、それとこの事件がどう関わるって言うんだろう?
「確かに羽淵先輩達は教会とは関わりはなかった。でも組織の人間が教会だけとは限らないよね。涼、イーリスと関わりのあった人物は?」
「え、えっと…。川島麻里と、早乙女昴、美術部の部員……あとは両親と教師くらいじゃなかったか?」
「ま、まさかそれって…。」
ボクと美弥さんが気付いたのはほぼ同時だった。ここに来て馨君は来須先生を鋭く見た。
「教会に行ってないイリスと羽淵先輩の共通点はこの学校の教師との関わりだ。僕達が関わった事件は本当は一つの事件だったんだ。」
「な、なんの事を言ってるんですか?怖いですよ結城君…。」
「羽淵先輩の時点で気づくべきだった。彼女がスパイクの紐を脆くした方法は塩酸だ。一介の女子高生が手に入れられるものじゃないよね。化学教師の協力無しには。」
「か、馨!まさか来須先生が犯人だって言うのか!?あり得ないだろそんなの!」
「そ、そうだよ…。第一化学の先生なら他にもいるじゃない!」
「…裕太、美弥。お前達あの地下室にあった魔法陣をどこかで見たことがあるって言ってたよね。」
「え?」
馨君がいきなり話題を変えた事に若干戸惑いながら考える。確かにそうだ。あの文様を見たとき、何か既視感があったんだ。
「僕もだよ。先生、白衣のボタンをとって見せてよ。」
馨君の言葉に先生は何も言わず、普段は外していた白衣のボタンを外す。それを見た僕達は青ざめた。露わになったベストのボタンにあの文様が掘られていたんだ。来須先生は一つ大きく息を吐くと、メガネを外してボク達を真っ直ぐ見つめた。その目は底の見えない泉のようで、ボクには先生が何を考えているかわからなかった。
「…これは私達友愛協会のシンボルなんです。毎日着ていたのに気づくのが遅いですよ皆さん。」
「アンタが首謀者だね。友愛団体って事は宇宙人じゃなくてフリーメイソンか!」
「そんな所です。まあ、団体ではなく協会ですがね。私の仕事はこの地域の子供達に教えを施す事です。」
先生はボクが聞いた事が無いくらい平坦な声で答えた。興奮する馨君と違い、至極落ち着いた先生にボクはひどく動揺した。自分がやった事をわかっているのだろうか。急にこの人物が自分の知ってる来須先生じゃない何かに思えて寒気が走る。
「せ、先生がみんなをあんな風にしたの…?」
「ええ。もちろんあの結果を望んでいたわけではありませんよ。私達の目的は救済ですから。」
「きゅうさい…って何だよ。」
「貴方方にもわかるようにお教えしましょう。私達の目的は子供達をこの悪夢から目覚めさせる事です。」
そう言うと来須先生はまるで別人のように淡々とした態度で立ち上がってボク達を見渡した。