[PR]
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
Beautiful Vampire(2)
「えー、転入生を紹介します。みんな静かにしてください。」
「ヨハネス・アルフォンヌです。これからよろしく御願いします。」
ルーマニアから来たという彼は、とても流暢な日本語を話した。とても日本に来たのが今回が初めてとは思えないほどだ。見た目も写真にもまさる美形で、クラスの女子達がひそひそと話し始めた。
「日本語があんなに達者だなんて、ますます怪しいね。」
不意に耳元でささやかれて、驚いて振り向くと、不適に笑った馨くんの顔があった。あれから席替えがあって、馨くんはボクの後ろの席になったんだ。ちなみに涼くんは彼の左隣。
「そんな…。吸血鬼が語学力に長けてるなんて聞いたことないよ?」
「別に?僕は、二三週間で日本語をあんなに喋れるようになるなんて、“並の”人間じゃ出来ないねって言いたいだけだけど?」
「おい、馨…──」
「通信教育でずっと日本語のレッスンは受けてたんだよ。」
びっくりしてボク達はその声の先を見た。そこにはニコニコと笑ったアルフォンヌ君の姿があった。どうやら担任の熊川が彼に座らせた席は涼くんの左隣だったようだ。
「君たち、おしゃべりは後にしなさい。」
「あ、すみません。先生。」
「…面白い話をしてるんだね。君たち名前なんて言うの?」
「あ、ボクは柿本裕太…。」
「…三上涼。」
「僕は結城馨だよ。アルフォンヌ君、よろしくね!」
「よ、よろしく…。あ、ぼくのことはヨハネスでいいよ。ぼくまだこの学校のこととか良くわからないし、いろいろ教えてね。後、涼君。教科書届くまで一緒に見せてもらえる?」
「あ、ああ。いいよ。」
馨君が御得意の猫かぶり(前にうちの母さんにもやった)で対応したのでちょっと引いたようだが、ヨハネス君はもとのように微笑み、涼君と話している。…今見た限りでは、とても誠実で明るい、いい人に見える。ましてや、とても吸血鬼なんかには思えない。
「ねぇねぇ馨くん!例のヨハネスくんどうだった??すっごく格好いいって評判だよ!」
放課後、美弥さんが興奮した様子で馨くんに詰め寄って来た。
「ああ。いかにも吸血鬼らしく、銀髪の美少年だったよ。」
「いいないいな~!私もナマで見たかった~。」
「…美弥は涼一筋なんじゃなかったの?」
「(はっ)え、いや、だって、格好いい人は誰でも見たくなるじゃない!べ、別に浮気とかそう言うのじゃないからね!」
「そこまで言ってないよ。」
「浮気?何の話だ?」
「りょりょ涼くん!?……ご、ゴメンナサイーーー!」
「うっ!?」
遅れてやって来た涼くんを見ると、美弥さんは顔をみるみる真っ赤にして涼くんを突き飛ばして走って行った。美弥さんはああ見えて怪力の持ち主なのだ。
「相変わらず激しいね…。涼君大丈夫?」
「み、鳩尾思い切り殴られた…。なんなんだ美弥は。」
「さあね。それより、ヨハネス君だよヨハネス君!」
「またその話なの?」
「またってなんだよ裕太。これは大事な依頼だよ。話して何が悪いんだ。」
「は、はあ…。」
「彼は見た目だけじゃなく、学習能力の高さも異常だ。通信教育と言っていたが本当はどうかわからない。とりあえずしばらくは怪しげな動きをしないか観察しよう。」
「異常って…。気にしすぎじゃないかなあ。」
「まったくだ。普通にいい奴じゃないか。」
「そこがまた怪しいって言ってるんだ。だいたい顔もいい、頭もいい、性格もいいなんて人間いるわけないね!絶対何か裏があるに決まってる。」
「お前…。それってただの嫉妬じゃ──」
「涼、何か言ったか。」
「い、いいえ。」
涼君の方を振り返った馨君の目はなにをするかわからない恐ろしい光を帯びていた。さすがの涼君もぞっとしたようだ。以前田口をひと睨みで縮こませた涼君さえ恐怖させるとは、やはり馨君はただものじゃない。
「フン。まあいい。部活始めるぞ。美弥、もう入ってきたらいいだろ」
「う、うん。」
美弥さんがドアの向こうからおずおずと顔を表した。どうやらそこに隠れていたようだ。美弥さんが席に着くとボク達は話を続けた。
「それで、お前は具体的になにをしたら満足するんだ?」
「言い方に気をつけないとどうなると思ってる?」
馨君が不気味に微笑み、机の下で涼君の脛を蹴るのが見えた。ドSだ。
「いっった!何すんだ!」
「もー二人とも!馨くん、それでどうやってヨハネスくんが吸血鬼か調べるの?」
「そうだな。吸血鬼には数多くの弱点や特徴がある。それを一つ一つ検証していこうと思う。」
「弱点や特徴って?」
「まず、重要なのは彼らは死者の蘇りであり、生命体ではない。そしてその体を動かし続けるために生き血をすすらなくてはならないと言う事だ。バビロニアのリリットと言う赤ん坊の生き血をすする魔物が起源だとか、まあ色々な吸血鬼の伝説は存在するが、現在の吸血鬼はユダヤ教、キリスト教に由来している」
「てことは、ゾンビって言うよりは悪魔に近いのかな?」
「そのとおりさ裕太。まあもとは人間だけどね。旧約聖書で血を飲む事は禁じられている。その事から、吸血鬼は神に反逆する者がなると考えられていたんだよ。洗礼を受けなかった者やキリスト教を破門された者なんかがね。だから聖なるものには弱いと考えられている。」
「そういえば私、映画で見た事ある!吸血鬼は十字架とニンニクが苦手なんだよね。それから鏡に映らないとか、日光に当たると灰になっちゃうんだっけ。」
「あ、そういえばヨハネスは普通に昼間に外に出てるじゃねーか。」
「確かに美弥が言った特徴は有名な吸血鬼の特徴だけど、メディアによって植え付けられた特徴もいくつかあるな。日光だけど、言い伝えでは吸血鬼は確かに夜行性で、日光のもとでは本来の力は出せないが、灰になるとは言われていない。吸血鬼が日光で燃え尽きるという演出を最初に行ったのはF・W・ムルナウ監督映画『ノスフェラトウ』からで、以後の映画ではこの演出が頻繁に使われて一般化したんだよ。同じように鏡に映らないというのも一部の地域でしか言われていなかった特徴だ。これも映画の影響らしい。」
「へえ~。映画の演出って大きいんだね。」
「そうだね。映画ではコウモリに変身するのが当たり前だけど、本当は蜘蛛や蝶、霧になったりもできると言われている。それにあまり知られていないけど、十字架だけでなく聖水や聖別されたパンなんかを恐れると言われているよ。」
「聖別されたパンってなんだ?」
「聖餐式、といっても涼にはわかんないよな。ようは司祭がお祈りして、神のために用いる聖なるものとして、他のものと区別されたパンてこと。聖別されたパンはキリストの肉と同じなんだ。だから恐れるのさ」
「でも、どうしてニンニクを恐れるの?別に聖なるものじゃなくない?」
「いや、民間ではニンニクも魔除けになるとされていたんだ。匂いが強烈であった事や、万病に聞くとされていたせいじゃないかと言われてるね。特にルーマニアでは各部屋にニンニクの鱗片を吊るして吸血鬼除けにされたらしいよ。」
「じゃあそれを一つ一つ検証していけばいいの?」
「そうだな。とりあえずそうしようと思う。」
「おい馨、いくらなんでも人を実験材料みたいにするのは悪いだろ。相手は日本に来たばかりなんだぞ?」
「なんだよ涼。僕に逆らうのか?」
「いくら何でも横暴だっていってんだよ。てかなんだその上から目線は!」
馨くんと涼くんの言い争いが始まってしまった。馨くんは言い出したら聞かない性格だし、涼君は結構常識人なのでこういう事はすぐ言い合いになってしまう。なんとか二人をなだめなきゃ、とおろおろしていると、美弥さんが制してくれた。
「まあまあ涼くん馨くん!ちょっと面白そうじゃない。これを機にヨハネスくんとも仲良くなれるかもしれないしね?それに、私いい事思いついたの!」
「…なんか案があるの?美弥。」
「まだ秘密!来週のお楽しみだよ!」
そういって美弥さんはボクにこっそりウインクした。ボクは改めて美弥さんに惚れ直しつつ、、何とも知れない不安が頭をよぎったのであった。
Beautiful Vampire(3)
「おはよー!涼くん、馨くん、裕太くん!それから、ヨハネスくん!」
「おはよ、美弥。朝からうちのクラスに来るなんて珍しいね」
「あ、えっと…君は?」
月曜日、ヨハネス君はちょっと驚いた様な顔で美弥さんを見つめている。無理もない、美弥さんは2組で、ヨハネス君とは初対面だからだ。
「あ、私2組の木下美弥!初めまして!えーっと私馨くん達の友達なの。三人がヨハネスくんの話してたから、仲良くなりたいなーって思って…。」
「そうなんだ!よろしくね、木下さん。」
美弥さんは上手い事オカルト研究部の事をぼかして説明をした。ヨハネス君は爽やかな微笑みを美弥さんに向けた。美弥さんはほんのり赤くなったが、すぐ気を取り直して後ろ手で持っていたクッキーを差し出した。
「あの、それでね、このお菓子、手作りなんだけどもしよかったらどう、かな…?あ!決して変な意味じゃないよ!?みんなで、涼くん含めてみんなで食べてね!」
「え!わざわざありがとう!みんなで食べるね?」
ヨハネス君の喜んだ顔を見ると、美弥さんは蒸気でもあげそうな勢いで真っ赤になり、フラフラと教室を出て行った。やっぱり女の子は格好良い男の子がいいんだなあ。ヨハネス君と涼君が少し羨ましい。
「可愛い人だね、木下さんて。それじゃあ、授業始まっちゃう前にみんなで食べようよ。」
「……え、うん。…そうだね。」
「やっぱり…食べなきゃいけない、よな……。」
馨君と涼君は先程の美弥さんとは正反対に真っ青になっている。そうだった。これは“あの"美弥さんの手作りお菓子だった。おそらくこの中に対吸血鬼用の何かが含まれているんだろうが、たとえ含まれてなくてもみんな酷い目にあうんだろう事は容易に想像が着いた。ボク達の表情を見てヨハネス君はきょとんとしている。
「どうかしたの?」
「あ、いやなんでもない!…(馨、本当に食べるのか、ここで。)」
「(仕方ないだろ。まさか全員に食べるよう促すとは思ってなかっが、ここで食べないと不自然だ。)ちょうど人数分一枚ずつあるね。時間になる前に早く食べよう。」
「う、うん…。」
ボク達は可愛らしい袋から取り出したきつね色のクッキーをじっと見つめ、お互いの顔を確認し、決心を固めるとそれを一気に口へ入れた。
「どうだったかな?にんにくと聖別されたパンていうの日曜日に教会からもらって来て入れたんだけど…。」
「……美弥は食べたの?」
「あ、いや、生地の時点でちょっと凄い臭いだから私は遠慮しちゃったんだよねー…ゴメンね。えへへ。」
「えへへじゃねーよ!どんだけニンニク入れたんだ!味はおろか腹は壊すしヨハネスどころじゃなかったぞ!」
「ヨハネス君も同じ反応だったけどね…。」
「美弥はしばらく菓子作り禁止。部長命令。」
「えー!」
むくれる美弥さんを尻目に馨君はまだお腹が痛いのか青白い顔で部室のソファーに腰掛けたが、紙とペンを取り出し、次の作戦について書き出した。
「…次こそは成功させるぞ。」
「まだやるのかよ…。体がもたねえ。」
「体を張るのは今回で終わりだ。正直この中じゃ僕が一番もたないよ。それで一つ考えたんだ。」
「え、馨君が?」
「何不安そうな顔してるんだよ裕太。次は簡単だ。みんなで涼の家に行くだけでいい。」
「は?!なんでだよ。」
「まだ説明していない特徴があったね。吸血鬼は招かれた家にしか入れないんだ。だから、僕達で涼の家に行こうと話しているところ、“たまたま"ヨハネス君を見つけ、そのまま同行する。で、先に家に帰っている涼が家に入れる。それでもしヨハネス君が家に入れなかったら彼は吸血鬼だって証明できる。」
「今日は忙しいって言われたらどうするの?」
「事前にヨハネス君の予定を聞き出しておけばいい。涼が比較的仲がいいからそれは任せたよ。」
「なんで俺の家なんだよ。」
「僕と裕太の家は親がいるし、美弥は一応女の子なんだから男友達をいきなり沢山呼ぶのは悪いだろ。」
「そうだね!涼くんをママに紹介するのはまだ早いよ!」
「うんまあそこまで聞いてないけど。じゃ、涼よろしくー。」
馨君は涼君がやることを書いた紙を強引に押し付け、さっさと帰り支度をしている。その後ろ姿を見ながら、涼君は不満そうな顔をしている。
「…ったく。」
「まあ、普通に考えて家に入れるだろうし、そしたら仲良くしたらいいじゃない。今回みたいにはならないよ!」
「うん、そうだよ!私もヨハネスくんに謝りたいし…。」
「…まあ、そうだな。これが上手くいけば馨も諦めるか。」
どうやら涼君は今回、いつも以上に乗り気じゃないみたいだ。馨君も普段に増してに横暴な気がする。また喧嘩にならなければいいけど…。
Beautiful Vampire(4)
数日後、作戦の決行日だ。放課後、ヨハネス君が通りかかる事を確認して涼君を除くボク達は彼を呼び止めた。
「あ!ヨハネスくん!」
「ひっ…き、木下さん!も、もうお菓子はいらないよ!ごめんね!」
「(ちょっと…。完全にトラウマになってるんだけど。)」
「(初めてがあれじゃ無理ないよ。余計に謝らなくちゃね。)」
「ち、違うの!今日はお菓子じゃないの!この前は、本当にごめんね。味見するの忘れちゃって…」
「(味見してもマシにならないけどね。)」
「(馨君!)」
「はいはい…。ところで、僕達これから涼の家に遊びに行くんだけど、ヨハネス君も来ない?」
「えっ。ぼくも行っていいの?」
「“了承を得られたら"ね。さあ、行こうよ。」
そういうと馨君はヨハネス君を引っ張り、僕達は涼君の家に向かった。ボクも初めて涼君の家に行くので、少しわくわくする。着くと、そこは結構大きなマンションだった。ご両親は共働きらしく、平日はいつも家にいないと聞いている。僕達はエントランスを抜け、ついに三上家の部屋の前に着いた。馨君がインターホンを押すと、しばらくして扉が開いた。
「はい。」
「!?」
扉を開けたのは、中学生くらいの女の子だった。ショートカットで、利発そうで綺麗な顔立ちだ。目元がどこか涼君と似ている。
「は、暖(はる)ちゃん…。」
「あ、馨さん。こんにちは。…皆さんお兄ちゃんのお友達ですか?」
「お、お兄ちゃんって…あなた、涼くんの妹さん!?」
「そうです。今日は皆さん遊びに来られたんですか?よろしかったら──」
「は、暖ちゃん!ちょっとま──」
「──“上がって下さい"。…?馨さん?」
馨君は見るからに落胆している。女の子、もとい暖ちゃんは状況が分からず困ったような顔をしている。
「と、とりあえず上がろうよ。ここにいても仕方ないし。」
「あ、お前達もう来てたのか。なんでそこに固まって…。」
後ろを振り向くと涼君がコンビニの袋を持って立っていた。どうやらお菓子とジュースを買ってきてくれたようだ。涼君は凄い表情をしている馨君と扉の内側から覗いている暖ちゃんの様子を見て、何が起きたかわかったらしく、見る間に青くなって行く。
「…お兄ちゃんも、どうしたの?」
「い、いや…。」
「そうだね。とりあえずお邪魔させてもらおうか。ね、涼?わあーお菓子買ってきてくれたんだありがとうー。暖ちゃんも、なんでもないからちょっと二人きりにしてねー。」
「ちょ、待てよ馨!別にわざとじゃ──」
先程とは打って変わって不気味なほどにっこり笑った馨君が、涼君を腕を掴んで玄関に上がり、涼君の部屋と思われる部屋に入っていった。ボク達は何が何だかわからないという顔のヨハネス君と暖ちゃんを誤魔化しつつ上がらせてもらった。
「…なんだかあっちの部屋から凄い音が聞こえてくるけど、どうかしたのかな?」
「また兄が馨さんに迷惑かけたからです。」
「?」
「き、気にすることないよヨハネス君!きっと皆で遊ぶものでも用意してるんじゃないかな!?ねえ美弥さん!」
「あ、あの部屋って涼くんの部屋!?やだどうしよう見たいけど見ちゃいけない気がするよ裕太くん!」
「あ、うん、そうだね…。」
「普通の部屋ですよ、お兄ちゃんの部屋。…多分今は物が散乱してると思うけど。」
暖ちゃんの態度から見るに、どうやら馨君は涼君の家でも相変わらずらしい。それにしても、暖ちゃんはとても落ち着いていて大人っぽい女の子だ。彼女は涼君が買ってきてくれたジュースとお菓子を用意してリビングにいる僕達に振舞ってくれた。
「えっと、暖ちゃん…だよね?ありがとう!」
「いいえ。そういえば言ってませんでしたよね。涼の妹の暖です。よろしくお願いします。」
「礼儀正しい子だね。ぼくはヨハネス・アルフォンヌ。ついこの間北高に転入して来たんだ。涼君にはいつも良くしてもらってるよ。」
「えっと、ボクは柿本裕太。同じクラスなんだ。よろしくね。」
「私は木下美弥!私も涼くんとはとっても仲良くしてもらってるよ!」
「皆さんよろしくお願いします。…あの、一つ聞きたいんですが、美弥、さんは、お兄ちゃんの彼女ですか?」
「へ?!ちち違うよ!や、そんなそんな!」
「じゃあ、馨さんの…。」
「いやないないそれはないよ。みんなただの友達!」
涼君の彼女か聞かれた時は真っ赤になったのに馨君の彼女か聞かれた瞬間平常に戻った美弥さんに若干呆れながら、ふと暖ちゃんの顔を見ると、何と無くホッとしたような顔をしていた。もしかして…。
「暖ちゃんは、馨君のことが気になるの?」
「え!ヨハネスくん!?」
「…ち、ちがいます。」
「赤くなってるよ暖ちゃん!可愛いー!」
「そ、そんなんじゃないです…。」
暖ちゃんは赤くなってうつむいている。まさか馨君までもてていたとは…。ボクはなんだかちょっと微笑ましいようなさみしい気持ちになった。
「ねえねえ、馨くんのどんなとこが好きなの?」
「えっ。」
「ぼくも気になるなあ。」
「…頭が良くて、優しくて、気さくで、笑顔が素敵な所、です。」
「「……。」」
「確かに、馨君てとっても優しいよね。ぼくも授業でわからない所聞いたりしてるよ。」
「…二人とも騙されてるよ。」
「頭が良い以外ほとんど当てはまらないね。」
「何か言った?美弥、裕太。」
ぎょっとして振り向くと、にっこりと微笑んでいる馨君が立っていた。その後ろで涼君がボロボロで立ってる。
「何の話してたのかな?」
「なんでもないよ本当!ね、暖ちゃん!」
「なんでもないです。」
「そんな事より涼君大丈夫?」
「ひっ…!だ、大丈夫だ…。」
「(一体何をされたんだろう…。)」
それからボク達は普通に友達の家に遊びに来たようにおしゃべりしたり、遊んだりして過ごした。普段と場所が変わるだけでなんだかとても新鮮な気持ちになるものだ。夕方になっても涼君達のご両親はまだ帰って来ないそうなのでみんなで夕飯を食べ、その日は帰路についた。
Beautiful Vampire(5)
放課後、いつもの様に部室を訪れると、いつもの三割増しの仏頂面で座っている馨君と、何となく険しい表情の涼君がいた。馨君はどうも昨日上手くいかなかった事が気に入らないらしい。どう声をかけようか悩んでいると、また紙に何か書き出した。
「…次だ。」
「…もういい加減にしろよ。意地になってるだけだろ。」
「は?一度も作戦を成功させてない癖によく言うよ。次は茨のトゲを集める習性を利用して──」
「馨!」
涼君は立ち上がり、馨君の目の前の机を叩いた。部室の空気に緊張が走る。
「…何?」
「もういいだろ。大体俺は最初から反対だったんだ。お前ももう本当はヨハネスが吸血鬼だとか疑ってないんだろ。」
「り、涼君、馨君…。」
「今回はお前が家にいないせいで暖ちゃんに招かれてしまって失敗したんだけど。一度も成功してないのに偉そうな事言うな。」
「…あのなあ、お前が何をしようが俺を振り回そうが構わないが、ヨハネスにあんまり迷惑をかけるなよ!あいつ、日本で初めて友達が出来たって凄く喜んでるんだぞ。それなのにこんな事、いじめと変わんねーだろ!」
「お優しいね涼君は。妙にヨハネス君に肩入れするじゃないか。もしかして吸血鬼に血でも吸われた?」
「ってめえ…!」
「そんなに嫌なら結構。僕一人でやるから。」
「っ。…最っ低だなお前。もう言うだけ無駄だな!」
涼君はそういうと鞄を引っ掴み乱暴に部屋を出て行った。とても引き止めることの出来ない雰囲気で、ボクはおろおろするばかりだ。馨君を見ると、紙とペンをしまって帰る準備をしている。
「……馨君。今の言い方は悪いよ…。」
「…。悪いけど今日は部活中止。美弥が来たら言っておいて。」
「馨君。ちゃんと、謝りなよ。」
「………わかってるよ。」
聞こえるか聞こえないかの声で呟くと、馨君は部屋を出て行った。
ドン!
「うわっ。」
「悪い…──あ、ヨハネス?」
「涼君!…どうしたの?そんなに急いで。」
「別に…。お前は帰りか?」
「うん。…ねえ、突然で悪いんだけど、もしよかったら、今日はうちに来ない?」
「え?」
「あ、いきなりだし無理ならいいんだけどね!お礼も兼ねて、どうかな。馨君達も探してたんだけど…──」
「あいつはいい。お前も、もうあんまり馨に関わらない方が良いぞ。」
「な、なんで?」
「いいから。今度、美弥と裕太も誘って──」
「あ!もし涼君がいいなら今日おいでよ。実は次うちに人を呼べるのって大分後になっちゃうから。いい、かな?」
「あ、ああ…。」
「えー!それで帰っちゃったの二人とも!?」
「う、うん。」
その後、遅れてやって来た美弥さんに、ボクはさっき起きた事を説明していた。
「二人がそんな本気で喧嘩してるとこなんて見た事ないから心配だね…。」
「そうだね…。でも、馨君も一応反省してるような感じがしたけど…。」
ボクの事を心配してくれたのか、美弥さんは思い切り立ち上がるといつもの笑顔でボクを見た。
「大丈夫だよ!二人ともうじうじするような性格じゃないし、きっと明日には元通りになるよ!」
「…うん、そうだよね。帰ろっか。」
ボクはしばし美弥さんの優しさと笑顔を噛み締めてから、帰り支度をし、二人で学校を出た。他愛もない会話をしつつボク達が帰り道を歩いていると、前に妙な人影が見える。街頭から少し離れたところに佇むその人影は微動だにしない。以前の事件もあってボク達が警戒しながら進んでいると、なんとそこに立っていたのは、馨君だった。馨君は向かいの家を見つめているようだ。
「か、馨…君?」
「っ!…裕太と美弥か。」
「な、何してるの?先に帰ったと思ってたのに。」
「…。その家に、ヨハネス君と涼が入って行くのが見えて。」
「えっ?」
どうも馨君は帰りの途中、ヨハネス君と涼君が向かいの家に入って行くのを見て、それからずっとここで様子を伺っていたようだ。
Beautiful Vampire(6)
「まさか、本当にヨハネスくんが吸血鬼で涼くんを襲うとか思ってるの…?」
「いや、それはもういい。僕も意地になってただけだから。」
「馨くんが珍しく素直だね!」
「うるさいな、美弥。どういう意味だ。」
「どういう意味も何も…。まあそれより、ならどうしてこんな所に?」
「それは……。……謝ろう、と…思って……。」
馨君は俯きながら歯切れ悪く、小さな声で呟いた。ボクと美弥さんは驚愕した。あの馨君が人に真面目に謝ろうだなんて。しかも、こんな所でずっと待っていながら。
「…なんだよその顔。僕だって好きでやってるんじゃない。学校でいいたくないだけだ。」
「もうっ馨くんツンデレだね~!」
「それ以上言うとお前が涼の持ち物時々持ち出すのばらすよ。」
「借りてるだけだから!ちゃんと後で洗って返してるから!」
「…その情報本当聞きたくないんだけど。」
「冗談だよぉ。だいたいさすがにそこまでしてないから!」
良かった、いつも通りだ。ボクは少しホッとしつつ、二人を見つめていた。その視線を気にしたのか、馨君は美弥さんを引き離した。
「ま、そういう事だから二人は帰りなよ。あ、この事誰かに言ったらどうなるか、わかってるよね?」
「えー!私達も待ってるよー。それに一人でこんな所いたら変質者に間違われちゃうよ?」
「三人でいても十分怪しいけど。てかうざいから帰ってよ。」
「高校生が道に溜まってるなんて普通だよ!それに上手く行くか心配だし…。ね?裕太くん。」
「あ、う、うん。」
「面倒くさい奴だな…。じゃあ裕太、まだかかるのか玄関から様子見てきて。」
「えっ!やだよそんなの!」
「じゃあ帰れ。」
「裕太くん、お願い!」
美弥さんのウルウルした目を見て、ボクは観念し、渋々玄関辺りに近づいた。暗くてよく分からなかったが、こうやってみるとこの辺りには珍しい洋館風の家のようだ。おそらくルーマニアの家の面影があるのだろう。中の様子は、特に音もせず、暗いので様子もよく分からない。仕方ないので馨君達の所に戻ろうと背を向けた瞬間、カチャリとドアの開く音がした。
「…あれ、裕太君?」
「ん、なんでお前こんなとこに…?」
「あ、いやあその…。」
「…もしかして遊びに来てくれたの?」
「ま、まあそんなとこだよ!」
「?変な奴だな。…!馨…。」
「「(!)」」
涼君は角で様子を伺っていた馨君達に気がついたようだ。気まずそうな顔の馨君とソワソワした様子の美弥さんが出て来た。涼君は少し怒った顔で二人に歩み寄る。
「…また“作戦"か?」
「違うよ。」
「じゃあなんでこんな所にいるんだよ。偶々じゃねーだろ。」
「涼くん!本当に違うの!馨くんずっと涼くんを待ってたんだよ?」
「…待ってたって、何を?」
「………その、悪かったよ。今日のは言い過ぎた。」
「…は。お前、なんて?」
ガツン!
「痛ってえ!」
「一度で聞けよ馬鹿じゃないの?ヨハネス君、今度は僕達もお家に招待してねー。そして是非ルーマニアの吸血鬼伝説を聞かせてねー。」
呆然としている涼君を、馨君は照れ隠しなのか拳で殴り、何事もなかったようにヨハネス君に向けてにっこり笑った。隣で美弥さんが嬉しそうに微笑んでいる。美弥さんが言ったツンデレもわからなくないなあと思いつつ、ボクもホッとして、そちらに向かおうとした時。
「知ってたよ。」
「…え?」
振り返ると、ヨハネス君がいつもの爽やかな笑顔で立っている。なのに、なんだか違和感を感じる。どういうことだ?知ってたって、何を?
「オカルト研究部の事。正確にはさっき知ったんだけどね。」
「…涼君が、言ったの?」
そんなはずはないだろう。人を吸血鬼呼ばわりして色んな事してたなんて、話してもヨハネス君を傷つけるだけだってわかっているのに。ヨハネス君は相変わらずの様子で答える。若干小さな声で、おそらく馨君達に聞かれたくないのだろう。
「ちょっと違うかな。涼君は優しいから、言わないだろうし。」
「じゃあ、どうやって…。」
「馨君てちょっと変わってるけど意外と鋭いよね。ふふ、でもそんな簡単にボロを出さないよ。」
「な、なに、言ってるの…?」
「さっきからそんなに恐がらないでよ、裕太君。何もしないから。」
あり得ない。あり得ない事なのに、ボクの頭は結論を出している。ボクは必死に、もっと現実的な結論を探そうと考えるが、目の前のヨハネス君はそれを遮る様に続けた。
「古来から、血肉を食べると、その相手の能力が手に入るって言うでしょう?さすがにそこまでいかないけど、知っている事をちょっと教えてもらうくらいは出来るんだ。ほんの少し、だしね。」
「ヨハネスくんのお家、どうだった?洋館みたいで格好良いよね!」
「変わったものはなかった?なんかの偶像とか。」
「いや…。それが全然思い出せないんだ。」
「は?何それ。」
「玄関入ったのは覚えてるんだが、そのあと貧血みたいに眩暈がして…。」
少し離れたところから、馨君達の話し声が聞こえる。ボクはヨハネス君から目が離せずにいた。すっかり日も暮れて、満月に照らされた顔は、陰影が強くて、彫りの深い端正な顔がよりはっきりする。彼はゆっくりとその艶やかな唇に人差し指を当てた。
「…馨君達には、内緒だよ?」
そういって弧を描いた彼の口から、真っ白で尖った犬歯が覗いた気がした。
Fin
第二話目です。ご愛読ありがとうございます。
ヨハネスくんは友人が考えてくれたキャラクターですが、正直とても扱い難いです…。
ご満足いただけたら何よりです。
それでは、また。