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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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おいでよ!十楽寺探偵事務所 第一夜(1)

 大勢の人間が右往左往行き交う街、新宿。サラリーマン、学生、ホスト、浮浪者。普段接点のない者同士がすぐ真横を通り過ぎていく。人を避けながら歩くスーツ姿の二人組もその中の一つだ。若い方の男、羽柴は不安な面持ちで数歩前を歩く上司の大島に声をかけた。

「大島本部長。」

「なんだ?」

「…本当に、俺なんかが一緒で大丈夫なんでしょうか?」

「私達が心配することではない。上の決めたことだ。」

 厳つい面構えをした大島は羽柴の方を見ずにそう答えた。

彼らは大手企業である株式会社葉王の社員。今日は急遽直属の上司から本部長と共にとある取引先に向かうよう言われたのである。突然のこととはいえ、本社勤務の平社員である羽柴には何が何だか分からぬままに上司の後をついて来ただけだ。殆ど面識もない本部長の半歩後を歩きながら羽柴は不安を隠せないでいた。

 やがて二人は駅から離れた人通りの少ない灰色のビル街へと進み、ある高層ビルの前で立ち止まった。天に突き刺さりそうなコンクリートのビルを見上げ、羽柴は気を引き締める。

「ここですか。」

「いや違う。この隣だ。」

 大島の指差した先は、ビルとビルの間に挟まれた赤いレンガ風の小さな古いビルだった。両隣のビルとまるで時代が異なるような小汚いそれの入り口を見ると、奥に階段が上下に伸びているのが見て取れた。

「行くぞ。」

 大島は躊躇せずその階段を下に降りていった。慌てて羽柴もその背中についていく。階段を降りた先にはけばけばしい光のライトが設置されてあり、ライトに照らされて妙にみすぼらしく見える鉄製の扉に使い古された木のプレートがかかっているのを見つけた。プレートには『十楽寺探偵事務所』と書かれている。羽柴の顔に困惑の色が現れるが、大島は扉の真横に設置されているインターホンを迷わず押した。

「はい。」

 ギイ。

 重たい鉄の扉を開け、白髪混じりの初老の男性が現れた。家主だろうか、二人を見ると柔和な顔で恭しく訪ねた。

「ご依頼ですか?」

「はい。」

「えっ?」

「ではどうぞ中へ。」

 初老の男性に促され、部屋に入ると二人の眼前にはバーのような薄暗い照明に照らされた狭い空間があった。壁際には本がぎっしりと詰まった本棚が並び、中央には黒光りするテーブルとソファが設置されていた。

「こちらにお掛けください。今お茶をお持ち致します。」

「ありがとうございます。」

 二人は案内されるままにソファに座る。初老の男は奥に続く部屋に入って行った。部屋に静寂が漂う。

「…本部長。ここ、なんなんですか?探偵って…。僕は取引相手に会うとしか聞いてないのですが。」

「お前は余計な事を気にする必要ない。」

「す、すみません。……。」

「……。」

 大島は口を真一文字に結んで険しい表情を崩さない。今回の事例で初めて大島と二人きりにされた羽柴は、この沈黙に耐えられずに口を開いた。

「そ、それにしても、さっきの方、なんだか最近のドラマに出てる俳優さんそっくりですよね!なんでしたっけ、ほら、『灰色執事』の…。」

「お前は少し黙ってろ。」

 大島にたしなめられて口を噤んだ時、男が黒いジャケットに細身のパンツ姿の若い男を伴い、二人に対面する席についた。若い男は紅茶を持って脇に立つ。どうやら従業員のようだ。如何にも怪しげな雰囲気の男だと羽柴が観察していると、若い男は軽く会釈をして三人に紅茶を差し出した。

「それで、本日はどのようなご依頼でしょう?」

「……。」

「本部長?」

 初老の男の質問に、神妙な顔で黙ったままの大島。その様子に羽柴は戸惑いを隠せずそわそわし出した。男は柔和な笑顔を崩さない。大島はしばらく初老の男を見つめていたが、おもむろに黒い鞄をテーブルに置いた。

「……五菱商事さんより紹介されて参りました。」

「…失礼ですが、お名前をお聞きしても宜しいですか?」

「株式会社葉王の大島源蔵です。こちらは部下の羽柴修です。」

「…あ、申し遅れました。羽柴です。」

 二人が名刺を渡し、素性を明かすと、急に傍に立っていた若い男が初老の男の肩を叩いた。

「……もう良いよ、レイちゃん。ここからは僕が担当するね。」

「かしこまりました。」

 初老の男は立ち上がると男に向かって執事の如く礼をし、スーツを翻した。その瞬間、初老の男の姿は消え、美しいプラチナブロンドの若者が立っていた。思わず二人が息を飲む。

「は、え…⁉い、今いた男性は⁉」

「やだなあ見てなかったんですか?さっきのはこの子ですよ。この子職員ナンバーツーのレイちゃん。変装の達人なんです。尤も、見たことのある人間にしか変装出来ませんがね。」

 ジャケット男はレイと呼ばれた人物の肩に手をかけながらいやに馴れ馴れしく言った。レイは物憂げな表情で微かに頭を下げた。染めたにしては艶やかなプラチナブロンドの隙間から覗くその顔は、陶器のように透き通り、豊かなまつげに彩られた灰色がかった瞳は日本人離れした美しさを放っていた。細身ながらも百七十センチはある。まるで絵画の中から飛び出してきた様な完璧な美しさだ。

「そんな馬鹿な…。だって一瞬だったし、服装まで変わるなんて!声も完全に年をとった男の声で…!」

「よせ羽柴!申し訳ありません。こう言った事は初めてなもので。」

「良いですよ。レイちゃんの変装を見破れる人はいませんから。あ、申し遅れました。僕が所長の十楽寺九喜(じゅうがくじ きゅうき)です。」

 探偵事務所の所長を名乗った男は子供のような笑顔を見せると、あらためてレイと共にソファに腰掛けた。

「だますような真似をして申し訳ありません。でも探偵業の時は僕が所長だっていうと不審がられちゃうんで、レイちゃんに変装してそれっぽく演じてもらってるんです。」

「いえ、とんでもありません。」

「それで、五菱商事さんからのご紹介って事は、妖怪退治のご依頼ですね?」

「よ、妖怪退治⁉」

 羽柴が素頓狂な声をあげる。その様子に十楽寺が驚いたように目を丸くした。

「あれ、違いました?五菱さんとはそっちでしかお世話になってないのになあ。」

「違うもなにも、妖怪退治ってなんですか!本部長、この人たちヤバいですよ。場所間違えたんじゃありませんか?」

 騒ぐ羽柴をよそに、大島は神妙な表情を崩さない。意を決したように口を開いた。

「…いえ、その依頼で参りました。部下の非礼をお許しください。」

「あはははは!まるでお侍さんみたいですねその言い方!全然大丈夫ですよ。羽柴さんにはご説明されてなかったんですね。」

「はい。混乱させると思いこちらに寄らせていただく事しか説明していませんでした。かえってこのような失態をさらしてしまい申し訳ありません。」

「あ、あの…本部長?」

 上司の頭をさげる様子に、羽柴はますます混乱した。羽柴よりも若く見える十楽寺はまるで子供をなだめるような表情で羽柴に向き直った。

「じゃあ僕から説明しますね、羽柴さん。ここは表向きは探偵事務所。浮気調査やペット探しなどが主な業務です。でもそれだけじゃ成り立たないわけでして。裏では秘密で妖怪退治の仕事をさせていただいてます。お客様は完全紹介制。頼まれたら解決するまでとことんご奉仕させていただきますっ!ねー、レイちゃん?」

 にこにこしながら身振り手振りを加えて説明する十楽寺の様子は、子供番組の歌のお兄さんを彷彿とさせた。レイはただそれにこくこくと頷いて見せるだけだ。

「は、はあ…。」

「あれ、もしかして納得してもらえてない?あっ!じゃあ妖怪退治の方法について詳しく説明したほうがいいですか?レイちゃんチラシ持ってきて!」

「もう結構です。依頼は受けていただけるんでしょうか。」

 大島が話を遮ると黒い鞄のチャックを少し開けて中身をちらつかせた。中には札束が積まれている。十楽寺は横目でそれを捉えると、チラシを取りに行こうとするレイを制して座らせた。

「もちろん。妖怪が原因ならですけどね。依頼内容をご説明頂けますか?」

「……我が社では化粧品や入浴剤などのビューティーケアやヘルスケア事業に長らく取り組んできました。おかげで経営は潤い、この度新たに土木、建築などに関わるようなケミカル製品に手を広げることになりました。それに伴い三ヶ月前から東京に第二工場を建設中なのですが、そこで事故が多発して工事が全く進まない状態です。」

「事故とは?」

「重機の故障や材木の落下によってすでに七人が怪我を負っています。しかし重機の故障理由も未だ分からず、材木を吊るしていた紐も新品のはずが一部分だけが朽ちたように千切れていました。しかも先日からは現場監督が謎の熱病に犯され工事は実質こう着状態です。何度か高名な寺社仏閣にお祓いを頼みましたが事態は好転せず、途方に暮れていた時、五菱商事さんからこちらを紹介していただいた次第です。」

「ふーむ、なるほど…。」

 渡された紐の写真や重機の状態の報告書をまじまじと見つめ、十楽寺はわざとらしい神妙な顔を作ってみせた。こんなホストのような格好の若者に何がわかるのかと不審に思う羽柴をよそに、大島はひどく真面目な表情で十楽寺を見据えている。十楽寺はおもむろに顔を上げると、奥の扉に向かって声を張り上げた。

「奈々ちゃーん!」

「…何ー?」

 わずかな間の後、キンキンとした若い女性の声が返ってきた。羽柴が振り向くと、奥の扉が開いて小柄な女性が入ってきた。いや、女性というには若すぎる。十四、五歳と言ったところか。茶髪に染めた髪をサイドテールにしたその子は、少し生意気そうな目つきでこちらを一瞥すると十楽寺にぶっきらぼうに質問した。

「何か用?九喜。」

「この人たち依頼人さん。あ、うちの職員ナンバースリーの四条奈々美ちゃんでーす!」

「えっ…。」

 この女子中生風の女の子が?またしても個性的な人物の登場に羽柴の不安はさらに募る。奈々美は軽く頭をさげるとウエーブの掛かった髪の毛をいじりながら「どうも」と小さく挨拶した。

「で、早速『葉王』の状況について調べてくれる?」

「『葉王』?それなら最新バージョンがあるよ。」

 奈々美はいったん奥に引っ込むと、すぐにファイルを手にして戻ってきた。

「サンキュー!さすが奈々ちゃん!」

「さわんな!」

「もぉひーどーいー!」

 頭を撫でようとする十楽寺の手を払いのけるとすぐに奥に引っ込んでしまった。十楽寺は残念そうに口を尖らせて奈々美の入っていった扉の方を見つめる。ホームドラマのような一場面にあっけにとられている羽柴たちを見て、レイが十楽寺の肩を叩いた。

「ふぇ?あ、すみませんね、反抗期ってやつなんですよ~。」

「そ、そうですか…。」

 羽柴達の引きつった顔を肯定と受け取ったのか、照れ笑いをしながら十楽寺はファイルを開いた。

「えーと、葉王さんは…うん、今まで特筆するような悪いこともせず、他の企業とも円満な関係を気づいてますねぇ。大物政治家がパトロンについているようですが、まあ今回の件には関係は無いでしょう。顧客トラブルも一般的な範囲。これは会社に対する怨恨関係の呪いではなさそうですね。上役も誰かに恨まれている様子はない…あ、女子高生との援交はばれたらまずいかな…。」

「ちょ、ど、どこでその情報を⁉」

「奈々ちゃんはネットや情報収集のプロなんです。うちの情報処理担当。ああ、秘密は厳守するんで大丈夫ですよ!」

「…羽柴少し黙ってろ。十楽寺先生はプロだ。………五菱さんの紹介だぞ、多少のことは目を瞑れ。」

「……はい。」

 親指を立ててアピールする十楽寺をよそに、大島の言葉に羽柴は気を引き締めた。五菱商事は日本の三大財閥の一つ、五菱財閥の経営する会社だ。その一流企業がお世話になっているというのだ。実力は確かなものなのだろう。

「でも恋愛がらみの怨恨は体に影響が出ることが多いんですよねー。やっぱり土地かな…。」

「と、土地ですか?」

「一応お祓いも何度かやってもらってるんですが。」

 しばらくファイルとにらめっこしていた十楽寺だが、困ったような顔をして二人を見た。

「今はなんとも言えませんね。少し調べさせていただきます。準備が整い次第、こちらから連絡しますよ。レイちゃん、玄関まで送ってあげよう。」

 十楽寺に促され、二人は玄関まで送られた。

「本日はわざわざお越しいただきましてありがとうございました!またご連絡いたします。」

「…あの、料金の方は?」

「ああ、後払いで結構ですよ。五菱さんのご紹介ですから信頼しています。」

「あ、ありがとうございます。」

 ニコニコと眩しすぎる笑顔を放っている十楽寺から目をそらし、二人は足早に事務所を後にした。



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