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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第六話 Specter of school festival(1)


Specter of school festival(1)


「文化祭!馨くん!文化祭だよ!」

 美弥さんの声が小さい部室に反響した。それなのに馨君は本から顔を上げずに湯飲みを涼君にずいっと近づける。

「涼、お茶。」

「自分で淹れろよ。……危ないから湯飲みを置け。」

 文句を言いながらもちゃんとお茶を淹れてあげる涼君。まるでお母さんみたいだ。ついでにボクの湯のみにもお茶を注いでくれる。しかし、その様子が更に気に入らなかったのか美弥さんが馨君の耳元に顔を近づけて思い切り息を吸い込んだ。

「ぶー…んぐ!?」

「うるさい。鼓膜破ける。」

「聞こえてるなら返事してよもう!ねえ!文化祭の準備しようよ!他の部活みんな出し物決めて企画書提出してるよ?」

 フグみたいに頬を膨らませる美弥さん。怒っているのはわかるけど、ちょっとかわいい。

「……涼、しょっぱいものが食べたい。」

「はあ?……煎餅しか持ってないぞ。」

「ジジくさ!スナックとかにしてよ。」

 そう言いながらも用意された煎餅を食べる馨君。それにしてもこの用意の良さはもはやお母さんを越えて専属の召使いの域じゃないだろうか。そう思いながらボクも煎餅をつまむ。美弥さんの顔が茹で蛸のように真っ赤になった。

「もおおお!なんで返事してくれないの!?ていうかなんで皆も聞いてくれないの!」

「…あのさあ、オカルト部が文化祭で何出すっていうの?言っとくけどお化け屋敷なんて嫌だよ?時間かかるし四人じゃ準備出来ないよ。」

「そういうのじゃなくてもいいもん!陸上部だって食べ物売るって言ってたもん!ねえ涼くんも裕太くんもなんか言ってよ!」

「いや…。」

「正直馨君に賛成かな…。」

 同じように目を逸らすボク達。馨君の言うとおりだ。オカルト部なんて人に楽しんでもらうような活動をしてるわけじゃない。喫茶店や屋台なんて美弥さんの事だから自分のお菓子を出したいって言い出すに決まってる。そんな事になったら大変だ。というか、何より馨君が接客に向いてるとはまったく思えない。確実にいろんな問題が起きるに決まってる。危険は冒さないに限るよ。しかし、案の定美弥さんの頬がまた膨らんだ。

「なんで!?せっかくの文化祭なのに!人生でそんなにないよ!」

「クラスの出し物で我慢しろよ。」

「やだ!演劇やることになったんだけど私木の役なんだもん。立ってるだけだよ?」

「それは良かったじゃない。今時木の役なんて出来る方が珍しいよ。小学校じゃ登場人物全員主人公が当たり前の時代だからね。」

「屁理屈ばっかり!」

 精一杯怒りの表情を作っていた美弥さんが、急に何か閃いたかの様な顔をした。嫌な予感がする。

「フフフ…馨くん、『文化祭の幽霊』って知ってる?」

「ちょ、美弥さん!」

「…なにそれ?」

「文化祭の日にだけ現れる幽霊だよ!旧校舎に、もう使われてない調理室があるでしょ?あそこに入ると誰かに見られている気がするんだって。嫌な感じがして振り返っても誰もいないの。でも、時々黒い何かが机と机の間を通り過ぎるのが見えるんだって!でも明らかに普通の人間サイズじゃないし、音も立てないんだって。ね?不思議でしょ?」

「どうせ気のせいだよ。もうその話はやめて座れ。」

 ああ、なんて話を振るんだ。馨君の目の色が明らかに変わった。まずいと思った涼君が美弥さんを止めようとするが美弥さんは喋るのをやめない。

「気のせいじゃないんだって!先輩の中にも何人か見てる人がいるらしいよ!なんでも昔調理室で事故が起こって酷い火傷を負った女生徒の幽霊なんじゃないかって…。」

「やろう。オカルト部の出し物。」

 本を閉じて馨君が明瞭な声で言い放った。やっぱりそうなるよね…。ガッツポーズをする美弥さんを横目にボクと涼君はため息を吐いた。

「ええっ!?オカルト部、出し物やるんですか?!」

「なんですかその驚き方。嫌なんですか?アンタ顧問でしょ。」

 来須先生に許可をもらう為職員室に来たは良いが、案の定先生も青い顔をした。馨君に問題を起こされて一番困るのは先生なんだから仕方ない。来須先生は馨君から目を逸らした。

「い、いえ、そういうわけじゃ…。」

「目を見て言えよ。」

「ひいいっ。」

「馨、先生怖がらせるなよ。」

 馨君の目の威圧感が凄い。これじゃあどっちが上かわからないな。というか、最近来須先生に対してますます馨君の態度が悪くなっている気がする。

「そ、それで何をするんですか?あ、お化け屋敷はダメですよ!費用がかかりますから!」

「心配しなくても先生が怖がる様なのはやりませんよ!安心してくださいね!」

「ほっ…。ってそうじゃなくて!では何を?」

「実はまだ決まってなくて…。」

「えっ。じゃあなんでいきなり…。」

「とりあえず、旧校舎の調理室を使いたいんです!」

「調理室ですか?あそこはダメですよ。文化祭中は例年他の出し物で使う物置き場になる予定です。それに小さいですし、他の空き教室の方が…。」

 言いかけた所で、馨君の射る様な視線に黙ってしまった。美弥さんが身を乗り出して来須先生に迫る。

「お願い先生!どうしてもあそこが使いたいんです!じゃないとせっかく馨くんが乗り気になってくれたのに…。」

「そ、そう言われましても…。私だって出来ることならそうしてあげたいんですが、これは文化祭実行委員の先生が決めてる事なので私がどうこう出来るものじゃないんですよ…。」

 来須先生は申し訳なさそうに眉尻をさげた。本当にどうしようもないようだ。すると、なにか思案していた馨君が不意に顔を上げた。

「出し物をやれば、調理室に荷物を置いて良いんですよね?」

「え、ええ…。ただし旧校舎の教室を使う生徒だけですけど。」



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第六話 Specter of school festival(2)


Specter of school festival(2)

「いよいよ文化祭だ。お前達準備はいいな?」

「ばっちりだよ馨くん!ね、涼くんっ。」

 右隣でウエイトレス姿の美弥さんがVサインを送る。フリフリのレースを随所にあしらった制服が非常に似合っている。頭にはお揃いのレースのカチューシャが揺れている。率直に可愛い。…でも少しやり過ぎじゃないだろうか。ニーハイによって生み出された絶対領域につい目がいってしまう。っていけない、見とれてる場合じゃなかった。

「ああ…。」

 左隣には胸元を大きく開けた黒いワイシャツに灰色のスーツをカッコ良く着こなした涼君。髪型もワックスで少し固めているそうだ。美弥さんがうきうきしながら用意していたっけ。ホストみたいな格好だっていうのに、嫌味にならないのは流石涼君だ。しかしどこかげんなりした表情をしている。

「なんでこんな格好…。」

「なんか言った?涼。」

「いいえ。」

 なんでこんな格好、か。問いたいのはボクの方だ。この二人に挟まれて本当に肩身が狭い。そしてスカートのせいで脚が涼しすぎて居心地が悪い。

「それにしても裕太くん可愛いよ!元が良いからメイクのやり甲斐があったね!」

「は、はは…。」

 元が良いってそれ女顔って意味だよね美弥さん。褒め言葉になってないんだけど…。改めて自分のウエイトレス服姿を見る。化粧が濃過ぎて自分じゃないみたいで気持ち悪い。

「思った以上に良い仕上げだね。背丈もちょうど良いし、これならいけるよ。」

「そ、そうだな…。ふっ。」

「涼君笑わないで!!」

 なんで地味キャラなボクが女装なんて…。もっとも目立つ立ち回りじゃないか!美弥さんとお揃いなところが更に気分を悪くする。

「裕太くん、落ち込まないで!男の娘は男女にとって不朽の萌えキャラだよ!」

「何言ってるかわかんないよ美弥さん。」

「さて、席の準備も完璧だ。午後からはヨハネス君と義人も参加してくれるからな。午前中にしっかり客を集めるように。特に裕太と涼、愛想良く接客よろしく!」

 時は一ヶ月前に遡る。来須先生に許可をもらったボク達は旧調理室を使用する為だけに出し物を考えることになった。と言っても、主に美弥さんが発言してばかりなんだけど。

「はいはい!私演劇やりたい!ロミジュリとか!」

「却下。人数と台本と練習時間がない。なにより荷物を置く必要がない。」

「うーん、あ!バンド!!機材とか置くのに使えそう!」

「だから練習時間がないんだよ!この中じゃ誰も楽器出来ないだろ!」

「ええー。じゃあ食べ物屋さん!在庫を保管させてもらえるよ!私がレシピ作るし!」

「「「却下!」」」

 美弥さんは典型的な文化祭の出し物をやりたいみたいだけど、直前までやる気のなかったボク達に出来ることは少ない。もう時間もないし、正直出来る気がしなかった。

「どこかの部活と合同にしてもらうとかどう?」

「うちと仲の良い部活なんてないぞ。土壇場でそれは無理だろ。」

「そうなると休憩所とかしかないよ?それじゃ旧調理室使う必要ないし…。」

「正直オカルト部の目玉なんてあるわけないしな…。」

 思案に暮れるボク達を傍目に、馨君が急に立ち上がった。

「あるよ。オカルト部の目玉!」

「えっ!?」

 そう言うと馨君はこちらをビシッと指差した。…美弥さんと涼君?

「わ、私達?」

「…非常に癪だけど、二人は他はともかく見た目美形だ。涼はなぜか女子に人気だし、美弥も一部の男子に好評だ。これを使わない手はない。」

「他はともかくってどういう意味だよ!」

「一部って何!?私ってマニア受けなの!?」

「ま、まあまあ。でも、二人をどう使うの?」

「喫茶店のウエイターとウエイトレス。」

 さらりと言ってのける馨君。しかしそれはさっき満場一致で却下したはずだ。美弥さんの瞳が輝きを増す。

「じゃあ!お菓子とか──」

「ただし飲み物だけで。調理となると手続きが面倒だからね。市販の飲み物をカップに入れて出すだけだよ。」

「えー、でもそれだけじゃ…。」

「つまらな過ぎて客が入らないよね。飲み物の在庫なんてたかが知れてるし、許可がおりないかも。」

「わかってるならなんでそれなんだ?」

「『じゃんけん』だよ。」

 『喫茶店』に『じゃんけん』て…。都会の某駅周辺の萌え萌え言ってる怪しいぼったくりのお店しか浮かばない。

「か、馨くんそれって流石にダメじゃない?違法営業だよ!」

「金とってじゃんけんするなんて言ってないよ。あくまで飲み物にしか代金はかけない。でもじゃんけんで勝てたら景品をあげるってのはどうかな?」

「ああ、それで景品を調理室に置かせてもらうんだね。」

「うん。一回じゃ簡単過ぎるから三回勝てたら一つあげるとか。一回しか勝てなかった時は写真を撮る権利をあげるってのもいいね。」

「写真て…そんなの喜ぶのか?」

「それめっちゃ良いよ!すっごくやりたい!」

 美弥さんが身を乗り出して賛成した。涼君のブロマイドを密かに集めている美弥さんにはそっちの方が景品になりそうだな…。

「異論がないなら決定だね。なるべく旧調理室を利用したいし。早速企画書を書こう。」

 違法すれすれな気がしたが、馨君が法律の知識まで持ってきて弁明したおかげでなんとか許可がおりた。本当に馨君てなんでも知ってるんじゃないだろうか…。

「おい、裕太聞いてる?」

「えっ!?な、なんだっけ。」

「お前接客中に今みたいな態度とったら──」

「ご、ごめんごめん!ちゃんと聞くよ!」

 いけない、回想している場合じゃなかった。今日馨君の機嫌を損ねるのは避けたい。顔の前で手を振って弁明すると馨君は軽くため息をついた。

「いい?お客に話しかけられたらオウム返しに同調する。『外は暑いね』って言われたら『暑いですねー』と笑顔で返す。客はこれで満足するから。あ、でも一人の客のところに常駐するのは禁止ね。」

「『接待』になって違法になっちゃうんだよね!」

 なんだか本当に違法営業すれすれの店の指導みたいだな…。しかし、指導をする馨君はいつもの制服にセーター姿だ。

「僕は旧調理室に張り込むから、接客はしないよ。なんかあったら携帯に連絡して。在庫持って行ってあげるくらいはするよ。」

「ええーー!馨くんもやろーよ!スーツもウエイトレスの制服もあるよ?」

「馨の女装の需要は絶対ないぞ…。」

「言われるまでもなくしないよ!」

「えー可愛いのにー。」

「眼科行ってきなよ美弥。」

「それどういう意味?って馨くん待ってよー!」

「馨!荷物持って行けよ!」

 ウエイトレスの衣装を手に迫る美弥さんから逃げるように馨君は一階の旧調理室に行ってしまった。後から飲み物と景品の在庫を持って涼君が追いかけていった。

「もう!せっかく全員分揃えたのに!」

「それほぼ女装喫茶だよ美弥さん。」

「何言ってるの裕太くん!文化祭って言うのは合法的にコスプレを披露できる特別な日なんだよ!?恥じらう端正な顔にリボンが揺れる、男らしい筋肉とフリルの夢の共演…これぞ女装の至高!」

 嬉々として女装の良さを語るその瞳は輝いている。なんだか美弥さんがどんどん遠い存在になって行く…。

「もちろん裕太くんの女装も最高だよ!絶対モテモテだね!」

「そ、そうかな…。」




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第六話 Specter of school festival(3)


Specter of school festival(3)

「きゃあ可愛いー!」

「今こっち見たよ!」

「アタシじゃんけん勝った!一緒に写真撮ろうー!」

「は、はい。」

 なんだこの人気は…!普段冴えない男子学生のボクが、目があっただけで女の子にきゃあきゃあ言われ、写真を強請られるなんて。こんな事あって良いのか?まあ女装だけど。

「裕太くん、すっごい人気だね!嫉妬しちゃうよ!」

「女装じゃなきゃもっと嬉しいんだけどね…。」

 そういう美弥さんも男子に人気だ。特にオタクっぽい人ばかりだけど。臆せず笑顔で接する美弥さんがちょっと心配だな。馨君の作戦のおかげかボク達の出し物は盛況だ。

「もう疲れた…。」

「涼くん頑張って!馨くんがいない今、私達がここを切り盛りしなくちゃいけないんだよ!」

 普段それ程にこにこしている方ではない涼君。女子相手にずっと愛想良く接客するのによほど体力を使っているようだ。

「ほらほら!シャキッとして!笑顔笑顔!」

「無理だよもう顔が引きつる。」

「わがまま言わないの!馨くん怒っちゃうよ!」

「すみませーん!オレンジジュース一つくださーい。」

「はーい!ジュース一つにじゃんけん権が付きますー。」

 そう言いながら美弥さんはお客さんの元へ小走りで寄って行った。しかし、先程美弥さんが言ったように馨君は妙に張り切っているようだ。なんだか違和感を感じる。

「ねえ涼君。馨君、幽霊だけが目的にしてはやけにやる気だよね。」

「ああ…。来須先生に言われたんだよ。俺達の部活、本だけじゃなく妙なものに結構金を使ってるだろ?この企画にも美弥がこだわるからかなり費用がかかったし。売り上げを上げないと部費がもうないらしい。」

「え!そうなの!?」

「元々少ない部費でよくここまで保ったと思うけどな。だから馨はなんとか売り上げをあげて部費の足しにしたいんだと。」

「あー負けちゃった!すみません!もう一杯ジュースください!」

「はい。」

 小さくため息をつくと、涼君はお客さんのところに向かっていった。ボクも戻らなくちゃ!

「全っ然現れないんだけど!!どう言うこと?美弥!」

 一日目が終了した後、馨君は相当イライラした顔で美弥さんに詰め寄った。どうも美弥さんが文化祭に参加したいが為についた嘘だと思っているようだ。

「お、怒らないでよ馨くん!おかしいなぁ。絶対毎年現れるって聞いてたのに。」

「なにもおかしな事はなかったの?」

「平和過ぎるくらいに平和だね!他の教室の音も聞こえにくいし、本を読むのには快適かもね!」

 不貞腐れた様子で飾り付けられた椅子に腰掛ける。馨君の策略通り好評で、景品も残りが少ない。飲み物も明日買い足す予定だ。

「へえ。外はあんなに煩かったのにね。」

「壁が他の教室より厚いんだろ。だいたいその幽霊に会ったって言う生徒は誰なんだ?」

「えーっと、一昨年は卒業しちゃった人で、去年は二年の岩瀬先輩だよ!」

「岩瀬って…あの岩瀬萌香先輩?」

「そう!幽霊信じてなさそうなあの岩瀬先輩が言ってるんだから絶対本当だよ!」

 『お使いエンジェルさん』の件で階段から落ちたあの岩瀬先輩だ。直接会った事はないが、義人君の話では大分肝の座ったあの人が…。

「サイアク。義人に聞き込みさせるか。」

「義人は多分無理だぞ。軽音部のライブでベースと演劇部で音響の手伝いやるらしい。明日も俺達の手伝ってくれるしな。」

「なにそれ!思いっきり文化祭満喫じゃん!羨ましい!」

「情報提供の代わりか…。チッ。」

 馨君は苦虫を噛み潰した様な顔をした。よほど岩瀬先輩が嫌な様だ。まあ、キャピキャピのギャルだもんな。正直ボクも得意なタイプではなさそうだ。

「…仕方ない。明日聞き込みだ。チャンスはあと一日だけだからな。なんとしても見つけるぞ!」




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第六話 Specter of school festival(4)


Specter of school festival(4)


「…アタシに用事って君達?」

「はい!岩瀬萌香先輩ですよね?私達義人くんの友達で、オカルト部なんです。」

「………ふーん。」

 私達は裕太くんと義人くんとヨハネスくんが接客をしてくれてる午前中に、岩瀬先輩に聞き込みをしたの。無理に呼び出したのに、岩瀬先輩は一応真剣に話を聞いてくれているみたい。案外良い人かも?でも、なんか違和感…。

「えっと、『文化祭の幽霊』について調べてるんですけど、先輩は去年会ったんですよね?その事について詳しく教えてくれませんか?」

「うん、いいよ。」

 私の質問に対して岩瀬先輩は笑顔で答えてくれた。さっきから愛想が良いけど…わかった!この人さっきから全然私と目を合わせない。その笑顔は涼くんだけに向けられているんだ!もしかして、涼くんを狙ってる?!

「君達変わってるね。オカルトに興味あるんだ。」

「は、はい、まあ…。」

 涼くんは馨くんに目配せしたけど、馨くんは黙ったままでいる。岩瀬先輩は更に続けた。

「アタシが見たのは旧校舎の調理室。クラスの出し物が屋台で、道具を取りに一人で調理室に入ったの。そしたらどこからかわかんないけど視線を感じたのよ。すっごく気持ち悪い視線。流石に怖くなっちゃって、急いで教室を出ようとしたら、何か黒い大きなものがサッと目の端に見えたの。あとはパニクって逃げちゃった。」

「一昨年同じ目にあった人については知らないんですか?」

「ああ、卒業しちゃった先輩達ね。由紀子先輩とか、正美先輩だっけ。黒いのを見たって人もいれば視線だけって人もいたみたい。…このくらいしかわからないけど、いいかな?」

 小首を傾げて涼くんを見上げる。あざとい!可愛いを超えてあざといよ!危険を感じて私は間に入った。

「ありがとうございます岩瀬先輩!すっごく役に立ちました!もう大丈夫です!!」

「そう。良かった。頑張ってね?」

 岩瀬先輩は、笑顔は笑顔でも嘲笑を含んだ笑みで私を見上げた。アナタじゃ無理よと言わんばかりにくすりと笑うと、涼くんの横を通り過ぎていった。しかもすれ違う瞬間、涼くんの胸ポケットにさりげなく紙の切れ端を差し込んだ。

「また何かある時は連絡して?できるだけ協力してあげる。」

 涼くんに向かってウインクするとまた歩いていってしまった。なんて大胆なの!?私(馨くんもいるけど)の前で連絡先を書いた紙を渡すなんて!

「岩瀬先輩、目にゴミでも入ったのか?」

「…はあ、お前の鈍感さが時々恐ろしくなるよ。」

「なんて人なの!?!?あり得ないよ!こんなもの!」

「痛っ!おい美弥!ポケットちぎる気かよ!?」

「涼くん絶対もう岩瀬先輩と関わっちゃダメだからね!」

「こんな感じ!もう本当あり得ないよ!」

 午後、自由時間を使って聞き込みして来た美弥さんは興奮気味に説明してくれた。流石あの岩瀬先輩だ…。良いと思った相手には見境ないんだな。影では猛獣系女子と言われているらしい。

「それで涼君の胸ポケット取れかけてたんだ…。」

「だってあの紙涼くんに渡したくなかったんだもん…。氷川先輩もよくあんな人と付き合ったよね!」

「わかってねーな美弥。悪女と知っていても騙されちゃうのが男ってもんなんだよ。」

 どこから聞いてたのか義人君が横からしたり顔で加わって来た。馨君曰く容姿は微妙だけど話術は優れているからと言うことで参加させられたらしいけど、スーツもそれなりに様になっている。

「義人くんには聞いてないもん!経験ないクセに!」

「ひでえな!お前最近オレにキツくね?」

「うるさいよ二人とも!」

 美弥さんと義人君の言い合いに見かねた馨君が裏方に顔を出した。今日は馨君もスーツ姿だ。細身の馨君にはなんだかスーツが大きそうに見える。

「馨くん!スーツ姿可愛い!!」

「それ全っ然褒め言葉になってないから。だからやりたくなかったってのに…。」

 ぶつぶつと文句をいう馨君。今日も調理室に張り込むつもりだったらしいが、先生に見つかって調理室に籠るなと怒られたらしい。しかし、よほど不本意だったのだろう。仕切りにスーツの襟や裾を気にしている。確かに涼君とヨハネス君に挟まれたら悪目立ちしてしまう。ボクも気持ちがわかる。まあボクなんて女装なんだけど。

「でも馨くんのスーツなんて激レアだよ!きっとみんな写真欲しがるよ!」

「どこに需要があるんだよそれ。」

「うるさい義人仕事に戻れ。」

「オレ午前中からずっとじゃん!自由時間は!?」

「君にあるわけないでしょ。この役立たず!」

 さながらシンデレラをいじめるお姉さんみたいな理不尽さだ。義人君にはいつもあたりが強いが、今日は特にひどいな。

「馨くん機嫌悪いねー。」

「今日幽霊見つからないとチャンスは来年だからきっとイライラしてるんだよ。」

「フン。美弥も早く準備して出てよ。涼一人じゃ客が偏るし。」

「はーい!じゃあ午後は裕太くんは自由時間だね!楽しんで来て!」

 そう言って笑顔を見せる美弥さんに気持ちが浮きだつ。しかし、本当は自由時間に美弥さんとあちこち廻りたかったボクは、結局昨日と同じで明子ちゃんと華代ちゃんと廻るだけだ。ここに留まれない事が少し残念に感じた。

「馨くん!ジュースきれてるよ!」

「あ、本当だ。」

「もう馨くんちゃんと確認しないとダメだよぅ。私とってくるね?」

「あ!待って美弥さん。ボクとってくるよ。」

「え!いいの?裕太くん。」

「うん。すぐだしね。それだけやって自由時間とるよ。」

 今日で終わってしまうこの特別なイベントが惜しくて、ほんの少しでも文化祭の中で美弥さんと関わっていたくて、ボクはジュースを取りに行く形で少しの間関わろうとした。てんやわんやの廊下を通り過ぎ、調理室に入る。廊下と調理室を隔てる扉を開けると、急に外の音が小さくなった。やはり特別教室は壁が厚いせいだろうか。馨君が言っていた通り、確かに本を読むのには最適な空間かもしれない。ボクは少し調理室を見回し、オカルト部のスペースを見つけてジュースのペットボトルを数本抱えた。

そそくさと美弥さん達の所に帰ろうと扉の方を向いた瞬間、首筋に嫌な視線を感じた。瞬間、文化祭の幽霊の話を思い出し、背筋が凍る。

「……っ。」

 心霊体験ゼロのボクでもわかる。確実にこの部屋には何かいるんだ。後ろを振り向こうか、でももし見てしまったら…。わずかに保った理性さえ手放してしまう気がした。意を決し、ボクは後ろを向かずに声を出した。

「誰だ!?」

ガラ!

「ひっ!!」



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第六話 Specter of school festival(5)


Specter of school festival(5)

 目の前の扉が開くと、馨君と涼君が立っていた。ホッとしたのも束の間、馨君はボクを押し退けて大きな戸棚の下の段の前に立った。

「か、馨君?」

「…ここだ。涼。」

 途端、戸棚がカタカタ音を立て始めた。涼君が馨君の隣に立つ。

「そ、そこに幽霊が!?」

「だったら良いんだけど。」

 そう言うと馨君は勢い良く戸棚の引き戸を引いた。

「!?」

 中には、カメラを片手にうずくまった太った男が、酷い顔をしてこちらを見上げていた。

「ひ…あ、ああ…っ。」

「へえ。ここに隠れて盗撮してたんだ。貸せよ。」

 馨君は顔中から色んな体液を噴出している男からカメラを奪いとって映像を見ている。横目で涼君が嫌悪感を露わにした目でその映像をちらりと見た後、同じ目をその男に向けた。

「最低だな。」

「ひっ…。う、ぅうう!!」

 男は声にならない声を発しながら転げるように戸棚から出ると、扉に向かって突進したが、あっさりと涼君に襟首を掴まれると床に引きずり倒された。なおも起き上がろうとする横顔スレスレで床を踏みつけられ、白い顔が更に白くなった。今の涼君はスーツと相まって不良も裸足で逃げ出す怖さだ…。

「逃げられると思ってんのか?ふざけるなよ。」

「す、すみませ…。」

「あんた今回が初めてじゃないね。去年も一昨年もここで盗撮してたでしょ。」

「ど、どういうことなの?馨君。」

「文化祭の幽霊、もとい気色悪い視線て言うのはコイツが犯人なんだよ。文化祭の日しか現れないというのは文化祭の日は外からの出入りが自由になるから。それに視線を感じた人間は女子ばかりだ。静かで比較的人の出入りが少ないこの調理室に隠れて時々入ってくる女子を盗撮してたってわけだろ。」

「うぅ…。」

 男はTシャツをびっしょりと濡らしながら縮こまる。

「気色悪い変態。こんなもの撮って何処かで売りさばいてたわけ?人間のクズだね。」

「ぅ、う、う、うるさいんだよ…。このリア充どもめ…。ちょっと顔が良くて社交的だからって調子乗りやがって、自分の彼女が盗撮された気分はどうだよ、へへへ…!」

 下卑た笑顔を向けられる。気持ち悪い。全然懲りてないんだな…。と言うか彼女って何のことだ?

「はあ?彼女?…ああ、なるほどね。そっかー。残念、今回のおにーさんの収穫はゼロだよ。御愁傷様!」

 なにか合点がいったのか、いかにも憐れんだ表情を作って馨君が言う。ボク達は何のことだかわからず馨君の顔を見た。

「は、何言って──」

「ほら、これがこの可愛いウエイトレスの普段の姿。」

 そう言うと馨君はボクのポケットから財布を抜き取り学生証を男に見せた。なんでどこに入ってるか知ってるんだ…。そんな疑問より、学生証を見た男の細い目が限界まで見開かれた事にボクは驚いた。急に男の呼吸が荒くなる。

「バカな…ッ!あり得ない!こ、こんな事ッ……!」

「残念だったねおにーさん。あんたが鼻の下伸ばして見てたのはコスプレJKじゃなくてDKだったんだよ。それとも男の娘萌え?」

 呆れるボク達に構わず、男はその巨体を揺らし悶え続けている。なんか正直複雑な気分だ。男で悪かったな。

「……裕太、馨の言ってることが全然わからないんだが。なんでダイニングキッチンの話してるんだ?」

「涼君、DKはダイニングキッチンじゃなくて男子高生の略だよ。JKは女子高生の事で、男の娘萌えは…ボクにもよくわからないよ。」

 「う、うそだ…!そんな!お、お、俺は男に萌えてたって言うのか!あの細い腰も、小ぶりなヒップも…!」

「あ、これコルセットです。」

「ぎああああああ!!」

「こら君達!木下さんに全部押し付けてなにやってるんです!あれだけ調理室に籠るなと言ったのに──!?」

 騒ぎを聞きつけたのか、来須先生と美弥さんが入ってきた。男を見て先生はぽかんとした。



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