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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第七話 Pyrokinesis girl(1)


Pyrokinesis girl(1)

 涙型の小さな炎が揺れる。同時に甘い花の香りが狭い部屋に立ち上った。普段部室にない、そのピンク色の蝋燭を珍しげに眺めながら涼君が美弥さんに尋ねた。

「なんだこれ?」

「アロマキャンドルだよ!いい香りがして気分が落ち着くの!最近雑誌に載るくらい流行ってるんだよ?」

「お香みたいなものか。」

「うん、まあそんな感じ。可愛いでしょ?まだいっぱいあるよ!これはラベンダーの香りで、これがバニラで…──」

 美弥さんが机にカラフルな蝋燭を並べる。色によって匂いが違うらしい。美弥さんが楽しそうに説明してくれた。

「でもどうしていきなりアロマキャンドルなの?」

「馨くんが蝋燭を持って来てって!ね、馨くん?」

「誰がアロマキャンドル持って来いって言ったんだよ!蝋燭だよ蝋燭!」

 馨君が机をバンバン叩いて抗議したせいで蝋燭の炎が小刻みに揺れた。

「ったく、呪術をかける為に必要だから持って来てって言ったのに。」

「いい匂いがした方がいいと思って!」

「呪いかけるのにアロマキャンドル使う奴がいるかよ!どこの世界にバニラの香りの中でやる呪いがあるんだ!」

 遂に実際に呪いに手を出し始めたのか…。すかさず涼君が制止する。

「ちょっと待て。呪いってなんだよ。お前絶対自分ではやらないって言ってたじゃないか!」

「フン、呪いとか信じてないクセに止めるのか。主張と行動が矛盾してるんじゃない?」

「なんでそこで無重力の話が出て来るんだ?」

「涼くん無重じゃなくて矛盾だよ!辻褄が合わないって事!」

「バカには付き合ってられないよ…。」

「ところでどうして呪いなんてやろうとしてるの?呪いたい相手なんて…──」

 …いないわけないか。相手は普通じゃない、馨君の事だ。確執のある知り合いの方が多いだろう。そんなボクの気持ちに気づいたのか気づいてないのか、馨君はボクに向き直った。

「別に本当の呪いをやるってわけじゃないよ。人を呪わば穴二つって言うし、実際の呪いは失敗したら全部自分に帰って来るんだ。僕はそんなリスクの高い方法使わないよ。」

「(リスクの問題なんだ…。)じゃあ…。」

「最近ネットで流行ってる簡単な呪いごっこさ。蝋燭と依代、つまり紙人形だけで出来るんだってさ。紙人形に呪いたい相手の名前書いて、蝋燭を周りに立てて悪魔の名前を唱えながら紙人形を嬲るらしい。」

「うわあ本格的だね!」

「全っ然本格的じゃないよ!いい?呪いって言うのは宗教問わず、一週間以上前から肉類を断ち、禊やその他諸々の儀式を行って初めて実行出来るんだ。なんの代償も払わず出来るわけないんだよ。呪いをお手軽だと思ってる人も多いみたいだけどね、物によっては下準備だけで一年以上かかるものだってあるんだよ。下準備の段階で失敗する場合もあるし。」

「そこまで力説するくせになんでやるんだよ。」

「こういう類いの呪いの醍醐味は相手に危害を加えることじゃない。術者の精神的快楽が目的だよ。」

「どういう事?」

「要は憂さ晴らしだ。少し手間をかけて人形をいたぶることでちょっとはスッキリするだろ?」

 ボク達の呆れ顔を無視して、馨君はズボンのポケットから紙人形を取り出した。そこには森野君と来須先生の名前が書いてある。

「お前性格悪すぎだろ。」

「別に本人に危害はないし問題ある?オカルト研究部っぽい活動だし。」

「そこまで開き直ると逆に潔いね…。」

 その時、部室の扉がそろそろと開いた。蝋燭の明かりで薄暗い部室に、小柄な人物が浮かび上がる。その人は扉に一番近かったボクに声をかけた。

「…ここがオカルト研究部ですの?」

「あ、はい。そうですけど──」

「まあ!それ、復讐の呪法ですわね!流石オカルト部、呪術にも精通していらっしゃるのね!でも、どうしてアロマキャンドルで…?」

 その人物は突如独特の口調で話しながらボク達の間に割り込んできた。誰だろう?ボクの知り合いにはいない。ぼんやり薄オレンジに染まる彼女を眺めていると、急に部屋が明るくなった。涼君が電気をつけてくれたんだ。

「…で、キミは?」

 馨君が紙人形を弄びながら投げやりに聞いた。そんな馨君に臆する事なく、彼女はずいぶん前に配ったオカルト研究部のチラシをボク達に見せた。

「こちらを拝見して参りましたの。依頼させていただきたいのですけど。」

「よくそのチラシ持ってたね!一回刷ってから先生達に止められちゃったのに。」

「私、オカルト部に興味がありましたので。入学当初は入部を考えてたほどですわ。」

 縦巻きロールの髪をツインテールにし、ふりふりのブラウスを着た彼女は、ミーハーっぽいと言うか、確かにサブカルチャーに興味がありそうだ。長くて濃いまつ毛に覆われた瞳をぱっちりと開けた顔は、なんだか西洋人形の様に見えた。彼女の言葉に少し興味を抱いたらしい馨君が紙人形をちぎり捨ててから姿勢を正した。

「へえ。どうして入らなかったの?」

「二年の先輩方が一斉に退部されたと聞いてちょっと怖くなってしまったんですの。オカルト部って言ったらほら、悪魔召喚に失敗して呪われた、とか。」

「悪魔の方が馨よりマシかもな。」

「黙ってないとお前も呪われちゃうかもな。」

 そう言えば馨君が先輩達ともめたせいで先輩達は誰も来なくなっちゃったんだっけ。一度も見ないうちに退部されていたとは…。笑顔で紙人形の残骸の首をむしる馨君に恐怖したのか涼君は青い顔で黙った。それをとりなす様に美弥さんが笑顔で彼女にお茶を出して話を続ける。

「まあそれより、依頼って事は何か不思議な事があったの?」

「そうなんですの!!…実は私、超能力に目覚めてしまったみたいなんです。」

「………。」

 部室が静まり返る。何言ってるんだこの子。硝子玉のような瞳をぱっちり開けて真剣な表情で馨君を見つめる彼女が逆に滑稽に見えてきた。確かに以前古賀先輩がエンジェルさんの事を相談してきた事はあったが、ここまで真面目にそんな超常現象を信じている人がいるなんて…。…って、ここにも一人いたか。彼女に負けず劣らず瞳を輝かせて馨君が身を乗り出した。

「その超能力ってどんな?テレパシー?サイコキネシス?クレヤボヤンス?」

「てれぱ…ってなんだ?」

「涼くん、テレパシーは思ってる事を伝える力、サイコキネシスは触らず物を動かす力の事だよ!…私も使えたらいいのになぁ。」

 頬を染めながら呟く美弥さんは可愛いけど、美弥さんにそんな力が使えるようになったらきっと翌日から涼君は学校に来れなくなるだろうな…。

「クレヤボヤンスは透視能力。明治時代に日本でも実験されてる。で、キミは?」

「パイロキネシスですの。」

「パイロキネシス!?珍しい!超能力の中でも一番事例が少ないんだよ!1965年のブラジルのサンパウロ州で特定の人物の近くで火が起こるという事例が多発した事が事件として残っている中では初で、それ以降も各国で同様の現象が確認されてるよね!体内に蓄積された静電気が原因だとかまだ謎が多い超能力だ。最近ではインドで男児が人体発火した事例もだけど、特にベトナムのホーチミンの少女が──」

「そのくらいにしろ。引かれるだろ!」

「……素晴らしい。」

「え?」

「素晴らしいですわ結城さん!私『パイロキネシス』と言っただけでここまで話して下さった方は初めてですわ!しかも最近のベトナムの事例まで網羅していらっしゃるなんて!なんて博学なのかしら!」

 少女は手を叩いて馨君を誉めそやす。馨君も初めての事に涼君の手を振り払う事も忘れてなんとも言えない顔で彼女を見返した。

「私も同じような事が起こって困ってますの。それも大事な物や人の周りでばかり火が起こるんですのよ。私心配で夜も眠れませんの。だからオカルト部の皆様、どうか原因を解明してくださらない?」

「面白そうじゃない。いいよ、是非協力させてよ。」

「ありがとうございますわ結城さん!」

「あれ、そう言えばどうして馨君の事知ってるの?」

「同級生で結城さんを知らない人はいませんわ。変人として有名ですもの。脇にいつも美男美女を連れてらっしゃいますし。」

 そう言って彼女は美弥さんと涼君を見て悪戯っぽく微笑んだ。

「えへへ、なんか知らないうちに有名になっちゃってたね!」

「裕太は認識されてなかったんだな。」

「やめてよ馨君せっかく触れないでいたのに!」

「じゃあ、同級生なのか?」

「あら、ごめんなさい。自己紹介してませんでしたわ。」

 そう言うと彼女は椅子から丁寧に立ち上がり、お姫様のようにスカートの端をつまみあげてお辞儀をした。

「私一年四組の水野と申します。アイリスとお呼びください。」



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第七話 Pyrokinesis girl(2)


Pyrokinesis girl(2)

「アイリス・プリムローズね。知ってるよ。この義人様に知らない人間なんていねえからな!」

 義人君は自慢気にメモ帳(北高一年四組リストと書かれている。)を翳しながらニカっと笑った。あの後、彼女、水野さんは用事があったらしく、すぐに帰ってしまったので、調査は次の日からになったんだ。今は昼休みで、弁当を食べながら義人君に情報を提供してもらっているところだ。

「同じクラスだろ。」

「そこは言うなよ結城!」

「それより、アイリスなんとか…って、ハーフなのか?」

「純日本人だよ。両親共々河盛市の生まれだぜ。本名は水野小梅。」

「じゃあなんで…。」

「…まあさ、なんつうの?空想の中の自分の名前っていうか、こーだったらいいなーって奴よ。名前がコンプレックスらしい。」

 つまり、彼女は自分を主人公にして別次元の設定で妄想をしているっていう事らしい。なんと言うか…それってつまり。

「厨二病患者って事か。」

「まあお察しって奴さ。変わってるけどよ、根は良い子だぜ。可愛いしな!」

「で?当然もっと詳しい事知ってるんだろ?知ってること全部話して。」

 サンドイッチ片手に馨君が催促する。あっという間に弁当を食べ終わって菓子パンまで食べている義人君は顔をしかめながらメモ帳をめくる。

「わーってるよ…。…えーっと私立阿加保乃中学卒業、自宅は東中の近く。父親は銀行員で母親は主婦。美術部所属。クラスの女子とは積極的ではないものの関係は良好。同じ美術部の川嶋麻里と特に仲がいい。好きな物はヌイグルミ、スイーツ。嫌いな物は虫、辛い物…。」

「そう言うのはいいよ。もっと火に関係しそうな事ないの?」

「あ?うーん…あ、二カ月前に自宅で小火があったらしい。出火元は自分の部屋だとよ。」

「寝室で小火か…それらしいじゃないか!詳しく聞きたいね!」

「今んとこアイリスについて知ってることはそんくらいだよ。別に特に詳しく調べたわけじゃねえからな。」

 特に詳しく調べたわけじゃなくそこまで知っていれば十分だ。ボクなんて、気になっている相手の事だってさっきの半分も知らない。

「使えないな。詳しく調査よろしく。」

「本当人使い荒いな…。ありがとうくらい言えねーのかよ!」

「落ち着けよ義人。明日の昼奢るから。」

「えっいいのか涼!?」

「別に大したことないからな。」

「いつもお世話になってるしね。ボクもジュース奢るよ。」

「優しいな二人とも…。結城も見習えよ!サンドイッチなんて食ってお高く止まりやがって!」

「なに?恵んで欲しいの?ハム一枚ぐらいならいいよ。」

「ちげえ!!」

 憤慨する義人君を宥めたところで予鈴が鳴ったので解散となった。

「えーもう義人君に情報貰っちゃったの?」

 放課後、美弥さんにお昼の事を話すと、ちょっと残念そうな声を上げた。美弥さんはお昼は大体自分のクラスで女子の友達と食べているので、事前に連絡しなかったのだ。

「私も聞き込み調査して来たのにー。」

「へえ。美弥にしては手際が良いじゃん。」

「えへへ。実はアイリスちゃんの名前出したら結構有名だったみたいでみんな話してくれたんだよね。」

 そう言いながらノートを開いて話してくれた。

「女子の間ではあの見た目と話し方で目立ってるみたい。最初は反感買いがちだったみたいだけど、話すと明るくて優しいし、ノリもいいから今では打ち解けてるんだって。」

「馨と逆だな。」

「お前の腕を逆に曲げてあげようか。」

「やめろそれはマジで折れる!」

 馨君が腕を引っ張って肘の関節を膝を使って折ろうとするのを必死に止める涼君。二人のじゃれ合いを見て美弥さんが頬を膨らませた。

「馨くんばっかり涼くんとっちゃってずるい!私も入れて!」

「美弥さん、涼君本当に腕折れちゃうよ。」

「それで?聞いてきたのはそれだけ?」

「そんな事ないよ!『アイリス』ちゃんて言うのは自作の小説の主人公の名前なんだって。いつも肌身離さず持ってるっていうノートにイラスト付きで書いてるらしいよ!一回部活中に見ちゃった子がいたらしいけど、王子とか魔女とかが出てくるメルヘンな内容なんだって。それも随分長く書いてるらしくて、A4サイズのノートいっぱいにびっしり文章が書いてあるらしいよ。」

 言い方が悪いけど、見た目に似合わず根暗な趣味なんだな…。でもキャラクターの名前を名乗っているんだからある意味開放的な性格なのかな。

「イタイね。」

「ばっさり言うなあ馨くん。女の子なら行動に移すかは置いといてそんな妄想くらい誰だってするんだよ!私だって…。」

 顔を赤くして涼君を上目使いに見つめる美弥さん。涼君はその目に一切気付く様子もなく肘辺りをさすっている。彼女の気持ちが報われる時は来るのかな。少し胸が締め付けられる。

「もう涼くんのばか!」

「うわなんだいきなり。」

「今更言わなくても、いつも馬鹿だもんな。」

「そういう意味じゃねーよ!」

 その時また静かに扉が開き、巻き毛の頭が覗いた。

「お邪魔しますわ。今日も良いかしら?」

「あ!アイリスちゃん!どうぞ、入って入って!」

「ありがとうございますわ木下さん。」

「いえいえ、今お茶出すからね!」

「あら、お構いなく。」

「それで、今日はもっと詳しく教えてくれるんだよね?えーっと、アイス…だっけ。」

「アイリスだろ。」

「ええ、もし皆様がよろしかったら今から家にご案内しますわ。現場をお見せします。」

「こんな大人数で行って大丈夫なの?水野さ──」

「アイリスですわ。構いません。お母様にも言ってありますの。」

 水野さん、もといアイリスさんの言葉に従い、ボク達はアイリスさんの家にお邪魔することになった。アイリスさんの家は東中の近くで、洋風のおしゃれな一軒家だった。アイリスさんが玄関のドアを開けると、奥からお母さんらしき中年の女性が出てきた。

「お母様。こちらオカルト部の皆様ですわ。」

「ど、どうも。」

「あら、アイリスちゃんから話は聞いてますよ。部活なんですって?」

「はい。大人数ですみません。お邪魔します。」

「いいのよ。後でお茶とお菓子持っていくわね。」

 ニコニコと対応してくれるアイリスさんのお母さん。おしゃれな巻き毛が何処と無くアイリスさんに似ている。

「アイリスちゃん、お母さんにもその呼び方されてるんだね。」

「だってこっちの方がしっくりくるんですもの。こちらが私のお部屋ですわ。」

 アイリスさんに案内されるまま階段を上ると、突き当たりのドアの前に着いた。可愛らしい字で『アイリスの部屋』と書かれたコルク版の掛かったドアを開けると、ピンクと白で統一された部屋があった。…なんと言うか、アメリカ風の甘いスイーツで部屋をデコレーションしたっていう感じだ。

「うわあ可愛いお部屋だね!あ、このぬいぐるみ可愛いー!」

「落ち着かない部屋だね。」

「馨君!」

「男の人にとってはちょっと居心地が悪いですわよね。ごめんなさい。」

「いや、そんな事ない。馨も謝れよ。」

「そんな事より現場ってどこ?見た感じなんてことないけど。」

「見苦しいから隠してありますの。今お見せしますわ。」

 アイリスさんは苦笑した後、机の前の壁に貼ってあるポスターを剥がす。そこには焦げた茶色のシミが広がっていた。

「最初の発火で、ここに置いてあった人形が燃えてしまったんですの。お気に入りだったのに。」

「うわあ…怖いね。」

「パイロ…なんとかってのは超能力なんだろ?火が操れるんじゃないのか?」

「超能力を題材にしたマンガや映画が流行ってるから勘違いしてる人も多いけど、超能力だからって自分の思い通りに操れるとは限らないんだよ。特にパイロキネシスは自分の意思とは関係なく火がついて家が全焼したり、時には自分自身が燃えてしまう事もある。」

「人体発火だね!」

「人体発火って超能力の一つなんだ…。」

「そうだよ。1951年のメアリー・リーサーの事件が有名かな。床や壁は殆ど無傷なのに、彼女はスリッパと足首だけを残して燃え尽きてしまったんだ。」

 流暢に話す馨君の横でアイリスさんの肩が震えた。彼女の顔を見ると、眉を眉間にぎゅっと寄せて目を潤ませていた。今にも涙が零れ落ちそうだ。

「え、ちょ…!アイリスさん、泣いてる!?」

「えっ大丈夫か!?」

「だ…大丈夫ですわ…。私もそうなったらって、ちょっと想像したら、怖くなってしまって…。」

「馨、もうちょっと言い方に配慮しろよ。」

「お前が質問したからだろ、涼。」

「ちょっと休んだ方が良いよアイリスちゃん!ベットに座ろう?」

 美弥さんに支えられながらベットに腰掛け、深呼吸を繰り返す。確かに自分がそんな能力に目覚めてしまったら気が気じゃないだろう。寝ている間に焼死してしまうかもしれないなんて、笑い事じゃない。その時、部屋のドアが開いて、彼女のお母さんが現れた。しかし、アイリスさんの様子を見てニコニコ顏が一気に青ざめた。

「お茶とお菓子を持ってきたんだけど…。何かあったの?アイリスちゃん。」

「なんでもありませんわお母様。そこに置いておいて頂戴。」

「ええ…。何かあったら言ってね。お母さん何でもするから。」

「心配ありませんよお母さん。彼女少し疲れているみたいです。僕達がついてますから大丈夫ですよ。」

 紅茶とケーキを持ってきてくれたアイリスさんのお母さんに、馨君が爽やかな笑顔で対応する。そういえば馨君は大人に対してだけは八方美人なんだった…。キラキラしたものが周りに見えるくらい完璧なその微笑は、普段の馨君を知ってる側からするとすこぶる不気味だ。

「そう?アイリスちゃん、とっても感受性豊かで、繊細な子だから。皆さん気を使ってあげて頂戴ね?」

「はい。なので僕達で話を聞こうとしていた所なんですよ。」

 彼女のお母さんは、馨君の(胡散臭い)笑顔と娘の顔を交互に見てから、少し考えた後、困った様に微笑んだ。

「…そうね。お友達同士の方が話しやすい事もあるわよね。それじゃあ皆さんゆっくりしていってね。」

「ええ。ありがとうございます。」

 ドアが閉まり、階段を下りて行く音が聞こえなくなってから、馨君はいつもの仏頂面に戻った。

「過保護な親だね。神経使うよ。」

「お前のその変わりようを見たら余計心配されそうだな。」

「僕が誤魔化さなかったら余計に詮索されたかもしれないんだから感謝してよね。」

「アイリスちゃん、ちょっと落ち着いた?紅茶飲む?」

「ありがとうございますわ木下さん。…ええ。少し落ち着きましたわ。」

 お母さんの用意した紅茶を飲んで一息着いた彼女は、落ち着いた様子で話し始めた。

「…初めは、お部屋でアロマキャンドルをつけた事からでした。最近流行っているでしょう?でもちょっと目を離している間に隣のお人形が燃えてしまったんですの。」

「それってただ燃え移っただけじゃないの?」

「そんな事ありませんわ!だって隣に置いてあったと言っても三十センチも離れてましたのよ?しかも、お人形だけが燃えて…まるで人体発火みたいに他の物は殆ど燃えずに……。」

 そう言って彼女は口元を押さえた。また涙がこみ上げているようだ。よほど参っているらしい。しかし、今度は美弥さんに背中を摩られてすぐに気を取り直した。

「それが君の言うパイロキネシス?」

「…いいえ。それだけで終わらなかったんですの。友達の麻里さん、川嶋麻里さんのお家へ遊びに行った帰り、玄関を開けたら麻里さんのお家のゴミに火がついていましたの。幸い発見が早かったので大した被害にはならなかったのですが、もし放っておいたら家まで火が燃え移っていたかもしれないと…。」

「怖いね…。」

「麻里さんは私の一番の友人ですの。お人形もお父様がフランスで買ってきてくださった私のお気に入りでしたし、こんな立て続けに私の大事な物や人が燃えるなんておかしいですわよね?やっぱり私はパイロキネシスに目覚めてしまったんですわ!」

 必死な様子のアイリスさんを無視して、馨君は顎に手を当てて何か考えている。

「…その燃えたっていう人形はないの?」

「え?ああ…燃え残りがあったのですけど、あまりにひどい状態なので捨ててしまいましたわ。」

「そう…。」

 おざなりな返事をしながら机の前に立って何か調べる馨君。どこから出したのか虫眼鏡でくまなく観察したり携帯で写真を撮ったりしている。

「何かわかりそうなのか?」

「まだわからないよ。でももし本当にパイロキネシスだとしたら僕としては嬉しいけど、下手をしたら死んじゃうからね。」

「……そうですわよね。」

「アイリスさん…。」

「…よし!じゃあ私達でアイリスちゃんを警護しようよ!」

 落ち込んだ様子のアイリスさんを見て美弥さんが元気いっぱいに立ち上がって言う。

「お家の中までは見張れないけど、一緒にいればもし火がついてもすぐに対応出来るでしょう?」

「い、良いんですの?木下さん…。」

「四人で分担すれば大した事ないよ!ね、馨くん!」

「いいよ。…もしかしたら自然発火の現場が見れるかもしれないし。痛っ!何すんだ涼。」

「言っていいことと悪いことがあるだろ。」

「もし本当に燃えたら笑い事じゃすまないからね。」

「皆さん…。ありがとうございますわ!」

 少し元気を取り戻した様子でアイリスさんが微笑んだ。その日はアイリスさんの家の前で解散となり、帰り道、アイリスさんの警護について話し合った。

「やっぱり登下校は美弥さんはやめた方がいいよ。」

「この辺は不良が多いし、暗くなったら危ないからな。」

「えへへ。ありがとう二人共!じゃあ代わりにお昼休みは私が警護する!男子に囲まれてお昼するのは気がひけるだろうし。」

「そうだな。」

「授業中はどうするの?」

「授業中は義人に任せるよ。」

 そう言って馨君は義人君にメールを打ち出した。なんだか今回はまるで探偵みたいな気分だ。美弥さんが張り切った声をあげる。

「よし!明日の朝から決行ね!三人ともよろしく!」




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第七話 Pyrokinesis girl(3)


Pyrokinesis girl(3)

 翌朝、寒い中無理矢理起きて学校とは反対側のアイリスさんの家へ行く。眠気と戦いながらようやく玄関の前に着くと、馨君がすでに待っていた。

「馨君、おはよう。涼君はまだ?」

「ああ裕太。涼は遅れるって。あいつ朝苦手なんだって。」

 はあ、とため息をつきながら携帯の画面を見せる。涼君からのメールだ。件名に『今出る  遅れ』と書かれていて本文が何もない。よっぽど慌てて送ったんだな…。

「という事で置いていこうと思う。もちろん無言で。」

「馨君は朝から元気だよね…。」

「僕朝は得意なんだ。」

 そう言いながらインターホンを鳴らす。そう言えばアイリスさんに迎えに行くと伝えてないけど、朝突然押しかけちゃって大丈夫なのかな。不安が少しよぎったが、ガチャリとドアの開く音で我に帰った。

「はい…あら、昨日のオカルト部の…。」

「あ、柿本です。」

「結城です。朝早くすみません。娘さんを迎えに来たのですが、いらっしゃいますか?」

「まあ、アイリスちゃんを?もしかして貴方逹どちらかアイリスちゃんの彼氏…!?」

「いえ、部活の一環です。」

 左手を口元に当てて驚くアイリスさんのお母さんにすかさず馨君が笑顔でばっさり否定する。

「そ、そうなの…。…でもごめんなさい。アイリスちゃん、あの後具合が悪くなってしまって…今日はお休みさせようと思ってるのよ。」

 お母さんは少し暗い顔をして馨君から目をそらした。昨日は少し元気が出たようだったのに…。お母さんの顔を眺めると、顔色が優れないのは朝早いからだけではなさそうだ。

「…何かあったんですか?」

「まあ、ちょっとね。大したことじゃないのよ。気にしないで。」

 困ったように微笑んで話を打ち切ろうとするアイリスさんのお母さんだが、馨君がそれを阻止するように彼女の目を鋭い目で見つめる。

「良ければ話していただけませんか?僕達、彼女の悩みを解決してあげたいんです。」

 良ければ、なんて言っているけど有無を言わせない眼光でお母さんに詰め寄っている。悩みを解決してあげたいだなんて嘘も良いとこだ。しかし、アイリスさんのお母さんは悩んだ後、馨君の視線に耐えられなくなったのか、口を開いた。

「…そう、ね。実はね、昨日の夜遅くに、うちの玄関の植え込みに火がつけられたのよ…。アイリスちゃんの部屋から見えたみたいですぐに気付いたから、なんてこともなかったんだけどね。でもそれを見た後あの子倒れるように伏せってしまって…。」

 悲痛な表情で語るお母さんの様子に見入ったまま、馨君は何か考えてるようだ。って、それどころじゃない!

「その現場見せてもらえませんか?」

「えっ。」

「ちょっと馨君!そろそろ行かないと遅刻するよ?」

「うるさいな。せっかく重要な証拠が──」

「いい加減にしなよ!…お母さんの気持ちも汲み取ってあげなよ。」

 滅多に出さないボクの大声に目を見開く馨君。…流石に言いすぎたかな。でも、お母さんは自然発火じゃなくて放火を疑っているだろうし、怖がっているに決まっている。面白半分に首を突っ込んではダメだ。

「…わかったよ。失礼言ってすみませんでした。明日、また迎えに来ても宜しいでしょうか?」

「いいえ、こちらこそアイリスちゃんを気遣ってくれてありがとうね。大丈夫よ。さ、遅れちゃうから今日はこれで。」

「はい。お邪魔しました。」

「行ってらっしゃい。」

 お母さんに見送られながら、ボク達はアイリスさんの家を後にした。馨君が石を蹴りながら歩く。その横顔が不貞腐れて見えて、ボクはおずおずと謝る。

「さっきは大きな声出してごめん。」

「別に気にしてないよ。確かにあの場で無理強いして警戒されたらこれからやり難くなるもんね。我ながらちょっと先走り過ぎたよ。」

 そういうつもりだったわけじゃないんだけどな…。まあ納得してくれるなら良いのかな…?

「馨!なんで先に行くって言ってくれなかったんだよ!」

 一時間目と二時間目の間の小休憩、職員室から戻った涼君が馨君に詰め寄った。ボク達から連絡がなかったので涼君は走ってアイリスさんの家まで行ってから学校に来たせいで遅刻したのだ。普段から成績が危ない彼が一時間目の途中に入ってきたのを目にした先生が、渋顏で授業の後職員室に来るように言い渡した時から、ボクは酷い罪悪感に囚われていた。

「ごめん涼君!ボクがメールしていれば…。」

「裕太のせいじゃない。馨が無視したからだ!」

「うるさいな。お前の足ならあの時間で間に合っただろ。逆に聞くけど何してたわけ?」

「…返事がないからお前も寝坊してるのかと思って馨と裕太の家まで行ってた。」

 つまり学校と間逆の方向のアイリスさんの家まで行き、それから戻って馨君の家とボクの家を回って来たって事か。その行動力にある意味驚かされる。

「やっぱり馬鹿だな。」

「だったら電話してくれれば良かったのに。」

「あっ…。」

「今更気付いたのかよ。」

「う、うるせえな!焦ってたんだよ!」

 恥ずかしいのかそっぽを向く涼君を見て、ボクと馨君はため息をついた。その時、一部始終を見ていたらしいヨハネス君が爽やかに微笑みながらボク達の会話に入ってきた。

「またオカルト部の部活?今度は何をしてるの?」

「ヨハネス君。実は四組の水野さんから依頼されてて…。」

「ああ、アイリスさん?彼女もオカルトとか好きだもんね。」

「ヨハネス、仲良いのか?」

「最近少しね。美術部で絵のモデルを頼まれた時に。」

 なんてことない様子で答えるけれど、なかなかない体験だ。さすが外国人のイケメンともなるとモデルまで誘われるのか。

「ミーハーっぽいもんね。あの子。」

「彼女が誘って来たわけじゃないよ。部長さんに頼まれて…。それに彼女彼氏と別れたばかりだって聞いてたし。」

「えっ。そうなの?」

 そんな情報義人君なら知らないはずなさそうなのに、何も言ってなかったな。

「親友の川嶋さんにしか言ってなかったみたいだよ。別れたからって川嶋さんが教えてくれたんだけどね。」

「それいつ頃なのか聞いた?」

「え?うーん、付き合い始めはいつからかわからないけど、別れたのはつい最近の話らしいよ。でも話してる感じからそんなに長く付き合ってたわけじゃないみたいだったかな。」

 ゆっくり思い出しながら話してくれるヨハネス君。まさかこんな所から情報を聞き出せるとは思ってもみなかった。馨君が身を乗り出してヨハネス君に詰め寄る。

「別れたストレスから能力が発現したのか…?同じ学校の生徒?どんな男か聞いた?」

「そ、そこまではわからないよ。…でも川嶋さんもよく知らないみたいだよ。アイリスさんの言ってることも魔法がどうとか前世がなんとかって…ぼくにはよくわからなかったんだ。その辺りは馨君の分野じゃないかな?」

「は、魔法…?」

 そこで授業開始の鐘が鳴ってしまい、結局話は打ち切られてしまった。その後、昼休みに馨君に連れられてボクと涼君は四組に来ていた。ボク達に気づいた義人君が笑顔で声をかけてくる。

「おっ!ようお前ら!お昼奢ってくれんだよな──」

「カワバタってどの子?」

「は…?」

「川嶋麻里、だろ。」

「なんだよ…。結局その為に来たのかよ。おーい麻里ー。」

 義人君はげんなりした顔をしつつも川嶋さんを呼んでくれた。それにしても、女子なのに下の名前で呼ぶほどに仲がいいのか。気さくな義人君ならではなのかな。

「どうしたの?義人君…。」

 女子のグループから抜けて来たのはセミロングの大人しそうな眼鏡の女の子だ。

「オカルト部の奴らが話があるって。んじゃ、どーせ俺はお邪魔だろ?じゃあな。」

「待ちなよ義人。」

 不貞腐れて去ろうとする義人君の肩に手を乗せる馨君。驚いて振り返る義人君に馨君が財布を取り出してみせる。その瞬間義人君の瞳がパッと期待に輝きだした。

「いつも本当に助かるよ。僕も悪いと思ってるんだ。」

 まさかお昼代を出してあげるのか…?その期待に応えるように馨君が微笑みながらゆっくりと財布を開く。

「結城…!……いや、別に大した事じゃないしさ。まさかお前が奢ってくれるなんて──」

「それとは関係ないんだけど追加でアリスだっけ?の元彼の情報もお願い。あとアドレス変えるからこっち登録しておいて。」

 そう言って馨君は開いた財布からアドレスを書いた紙を取り出す。その瞬間、義人君の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた気がした。馨君に掴み掛かろうとした所を涼くんがあわてて止める。

「ふっざけんなマジで!!からかうのもいい加減にしろよ!?情報取るのにどんだけ大変な思いすると思ってんだ!」

「ちょ、義人落ち着け!明日は絶対奢るから!」

「でも大した事じゃないんでしょ?」

「お前も煽るなよ!」

「もういい!絶対ぐうの音も出ないくらい調べ尽くしてやるから!!覚えてろよ結城!!!」

 そういうと義人君は手渡された紙を思いっきり破き捨てて去っていった。破ったら連絡出来ないんじゃないのかな…。と言うか、あんなに怒りながらも、それでもちゃんと調べる事を約束してくれる義人君を素直に尊敬してしまう。

「お前なあ…。」

「何?ちょっと意欲を煽ってやろうと思っただけだよ。」

「馨君いつか本当に友達なくすよ…。」

「あ、あの…。」

「あ、ごめん呼んでおいて。川嶋さんだよね…?」

「…君達、オカルト部なんだよね?アイリスの事聞きにきたの?」

 どうやら川嶋さんはアイリスさんから多少ボク達の事を聞いているらしい。

「わかってるなら話は早いね。早速彼女とその元彼について聞きたいんだけど。」

「…うん。でもここじゃ話しづらいから…。」

「ならオカルト部の部室に行こう。そこなら誰も来ないよ。」




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第七話 Pyrokinesis girl(4)


Pyrokinesis girl(4)

「──…アイリスがおかしくなり始めたのは早乙女昴(すばる)君と別れた頃からなの。別れる時もかなりもめたみたいで、アイリスは数日の間は落ち込んでたわ。」

「そのサオダケって男はこの学校の生徒?」

「いいえ。…でもどんな人か私もよく知らないの。アイリスがいつもはぐらかすから。」

「意外と秘密主義な子なんだね。」

「最初の頃はうきうきしながら話してくれてたんだけどね。だんだん教えてくれなくなって…。………多分、あまりいい人じゃないみたい。」

「どうしてわかるの?」

「それは…アイリスの態度を見ていればわかるよ。付き合った直後はあんなに嬉しそうにしてたのに、どんどんため息ばかりになって…。」

 自分のことの様に辛そうに語る川嶋さん。確かに、親友に危機が迫っているんだから仕方がないだろう。同情的な眼差しを向けるボクと涼君の横で、馨君が何か逡巡している様な仕草をしている。

「…ねえ、リスの部屋の机に置いてあったっていう人形ってどんなのか知らない?」

「アイリスだろ。…フランス土産のってやつか。」

「えっ?…ああ、どんなって言っても……。アンティークっぽい感じだったかなあ。あ、でも陶器じゃなかったと思う。軽くて肌がつるつるしてたと思うけど…。」

「ふぅん……。」

 それきりまた黙ってしまった。何を悩んでいるのか聞こうとした瞬間、授業開始の予鈴が鳴った。

「もうそんな時間か。」

「急がないと…。川嶋さん、ありがとう。」

 部室は授業用の教室とは別の校舎だ。急いで部室を閉めて教室に向かうボク達に向かって、最後に川嶋さんが声をかけた。

「ねえ、アイリスを助けてあげてね!私の言う事は信じてくれなくて、オカルト部だけが頼りなの。お願いね!」

 まっすぐボク達を見つめ、懇願する彼女の細い体が強く印象に残った。

 翌日、今日はアイリスさんも少し元気を取り戻したのか、訪れたボク達を笑顔で迎えてくれた。朝は昨日の事があるので、馨君には余計な事を言わないようきつく言ったせいか、無難な会話で乗り切ることができ、何事もなく昼休みの時間になった。この時間は美弥さんに任せる予定なのでのんびりと昼ご飯の用意を持って義人君の所に行こうとしていると、突如隣のクラスから悲鳴が聞こえた。クラスがどよめく。

「…なに、今の悲鳴?」

「四組の方からだよな…。」

「涼、裕太、行くぞ!」

「えっ…ちょっと!」

 クラスメイトにじろじろ見られるのも気にせず、馨君はボク達の腕を掴んで四組まで引っ張っていく。四組は人の壁が出来ていて中が見えない。体育の後なのか皆体育着姿で一点を見つめている。馨君に連れられて無理矢理分け入ると、特徴的な巻き毛のツインテールの後ろ姿が見えた。そして何か焦げ臭い臭いが…。

「っ!おい、大丈夫か!?」

 彼女の机には火の付いた授業用のノートがあった。まさかここで自然発火が…!?ボクが驚いている間に涼君が制服の上着を脱いでその上に被せた。

「被せるだけじゃダメだ、擦れ!君達も見学してないで手伝えよ!」

「お、おい誰か水持って来い!」

「消化器、消化器持って来いよ!」

 放心するアイリスさんの前で数人の男子達のおかげで火はすぐに消えたが、彼女の机の上は水やら消火剤やらでめちゃくちゃになってしまった。今、彼女は美弥さんに慰められながら保健室のベットに座っている。

「…大丈夫?何があったの?」

「わかりませんわ。気が付いたら火がついてましたの。」

「あんなに人がいたのに…。」

「…ええ、でも大丈夫ですわ。鞄の中は無事でしたし。それより三上さん、私の為に上着を駄目にしてしまってごめんなさい。でもおかげで助かりましたわ。本当にありがとうございます。」

「ああ、別に気にしないでくれ。予備が家にあるから。」

「流石涼くん、男らしい!」

「からかうなよ。」

 美弥さんは憧れの眼差しで本心を言うが、涼君には伝わらないらしい。冗談を言われたんだと勘違いしている涼君をアイリスさんも優しい眼差しで見つめながら微笑んでいる。だいぶ落ち着いたらしい。携帯を開きながら一連の様子を見ていた馨君が、急に携帯を閉じて涼君に詰め寄る。

「今日は彼女が心配だから涼一人で送ってあげなよ。ボクと裕太用事出来ちゃったから。」

「は?」

「えっ?聞いてな──」

 馨君が目で合図を送ってくる。何か意図があるらしい。よくわからないが合わせた方がいいようだ。

「──ああ、うん。そうだったよね…。」

「そ、そうなのか…?」

 納得してくれて助かるけど、こんな不自然なやりとりで納得して大丈夫なのか涼君…。

「うん。それとさ、…──。」

 ふいに馨君が涼君に耳打ちする。涼君はそれを聞くと赤面した。涼君があんなに顔に出すなんて珍しい。一体何を吹き込まれたんだろう…?

「は!?なっ、なんで…!」

「良いから。詳細は後で話す。」

「え?なになにどうしたの涼くん!?」

「美弥達にも後で話す。昼休みも終わるし、じゃあ僕達はこれで失礼するよ。」

「え、ええ。お見舞いありがとうございますわ。」

 そう言って馨君は一方的に話を打ち切って保健室を出て行こうとするので、ボク達もそれに続いた。保健室を出ると、扉の横に女の子が立っている。ボク達が出てきたのに気づくと、彼女はこちらを向いた。

「あ、川嶋さん!川嶋さんもアイリスちゃんのお見舞い?」

「う、うん…。アイリスは大丈夫そう?」

「まあまあ元気そうだよ。どうして部屋に入らないの?」

「…なんでもないの。ありがとう。それとこれ、制服渡してあげて。」

 そう言って川嶋さんは美弥さんにアイリスさんの制服を渡して教室に戻って行った。そういえば四組は体育だったせいかアイリスさんも体育着だった。

「どうして自分で渡さないんだろう?喧嘩してるのかな?」

「……。良いから渡して来なよ美弥。これから今日の予定を話すから。」



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第七話 Pyrokinesis girl(5)

Pyrokinesis girl(5)

「アイリス、帰ろう。」

「はい、三上さん。」

 放課後、オレンジ色の西日に照らされて二人が並んで歩き出した。方やボクと馨君と美弥さんは薄暗い下駄箱の棚に隠れつつ涼君とアイリスさんの様子を観察する。

「アイリス!?アイリスだって!!いきなり呼び捨てって馨くんどういう事なの!?」

「うるさいなバレるから静かにしてよ美弥。お前も普段呼び捨てで呼ばれてるだろ。」

「それとこれとは違うの!ううぅ~!」

 やり場のない悔しさで呻く美弥さんを尻目に馨君は二人を見失わないように動き出す。といっても、普通に帰る生徒に紛れて歩くだけなんだけど。アイリスさんの家は東中の近くだ。元西中生が多い北高生でその辺りに住んでいる人はあまりいない。人が疎らになるまでただひたすら二人の後をつける。しばらくして、北高の生徒がほとんど見当たらなくなると、ボク達は目立たないよう、何をしてるか見える程度の距離を開けて歩く。頃合いを見て、馨君が涼君に携帯で二回コールした。二人で決めた合図らしい。

「今のどういう意味!?」

「美弥さん落ち着いて!」

「もう少し声落とさないと聞こえる。…見てればわかるよ。」

 そう言われてボクは二人に目を凝らした。隣で美弥さんも固唾を飲んで見守っている。少し涼君の歩調が遅くなった様な気がする。それに気付いたらしいアイリスさんが僅かに振り返る。振り返ったアイリスさんの左手を涼君が、握った。

「……よし!」

 二三事何かを話したらしき二人はそのまま手を繋いだまま歩き出した。計画が上手く行ったらしい馨君が小さくガッツポーズをとった。しかしそれよりも隣から来る負のオーラが気になってそれどころではない。美弥さんが怖くて見れない。

「み、美弥さん…?あ、あれは多分演技だから…──ヒッ!」

「………。」

 意を決して見た美弥さんは、真っ暗に淀んだ瞳で二人を凝視したまま口を真一文字に結んでいた。そして鞄の持ち手部分を引きちぎらんばかりに引っ張っている。化学繊維で出来た鞄の持ち手がギチギチと音を立てている。怖い。無表情の方が般若の形相より怖いと初めて知った。その様子に流石の馨君も恐怖したのか、美弥さんに謝った。

「……美弥が知ってると絶対止めると思って言わなかったんだ。悪かったよ。でも必要な事なんだ。後で涼に埋め合わせさせるから。」

「…ぅん……。絶゛対゛だか゛ら゛ね゛…!うえええん!」

 先ほどの顔はショックからだったのか、それとも気持ちを抑えていたからなのか、美弥さんは元の表情豊かな顔に戻って半泣きで馨君をぽかぽかと叩いてからボクに抱きついて来た。優しく背中をさすって彼女を慰めながら、ボクはもう遠くなってしまった二人のシルエットを見つめていた。

 日もすっかり落ちた午後10時。片手にビニール袋を持った不審な男がマンションの脇をうろついている。10時ともなれば、郊外の住宅街に人通りなんてほぼない。男はキョロキョロと周りを見回すと、身軽な動作でマンションの塀を乗り越えて一階の廊下に立った。その後は左右を見回し、エレベーターに乗り込んだようだ。暫くするとカツカツと廊下を歩いてくる音が聞こえてくる。やがてドアの目の前まで来たのか音が止んだ。

ガンッ!

「ぶふっ!?」

「深夜にご苦労様。」

 男はビニール袋を床に置いて何かしようとしていたらしく屈んだ状態だったのでもろに顔面からドアの洗礼を受けた様だ。鼻を抑えて悶えている。それでもヤバいと思ったのか、なんとか這うように逃げ出そうとしたが、涼君に襟首を掴まれ片手で部屋に引きずり込まれた。すかさずボクがドアを閉めて鍵をかける。

「っ!離せ!!」

「廊下で騒がれると迷惑なんだよ。」

「へえ。中はただの新聞紙と固形燃料か。これじゃ被害はたかが知れてるね。」

「っ!見んじゃねえよ!!」

 男が馨君からビニール袋を取り返そうと掴みかかろうとした所で逆に涼君に掴まれて壁に背中を打ち付けられる。

「ああ、ここ防音しっかりしてるからもう騒いでもいいよ。サオダケ君。」

「俺の家なんだから騒がれたら困る。あと早乙女昴だ。」

 そう、ここは涼君が住んでいるマンションの部屋だ。涼君にアイリスさんを送らせ、ボク達は先回りして涼君の家で待機する。その後帰宅した涼君と合流してこの男、アイリスさんの元彼である早乙女昴が小火を起こしに来るのを待っていたというわけだ。

「なんでオレの名前を…!?」

「僕の“友達”が一日で調べてくれてね。身辺調査をしたら最近ずっと元カノの帰り道を事付けてるんだってね。」

 馨君が携帯のメール画面を突きつける。差出人は義人君だ。そこには早乙女の個人情報、最近の行動内容が事細かに書かれていた。通りで今日、義人が休んでいたわけだ。昨日今日を使って彼の事を探っていた様だ。早乙女の顔が蒼ざめる。

「南高の二年生か…。通りで馬鹿なわけだ。今までの屋外の小火は彼女が誰かと親しくしたその日のうちに起きている。なんの計画もなく感情に任せて嫌がらせをしていたんじゃないの?」

「う、うるせえ!!て言うか誰なんだよてめえら!」

「へえ、南高のクセにこいつの事誰か知らないの?三上涼の事。」

「みっ三上涼って…!?」

「おい、馨…。」

 涼君が困った顔をするが、馨君が畳み掛ける様に男の真横に手をつく。男は涼君と馨君の両方から壁に固定された状態になった。これ程嫌な壁ドンはないだろう。

「知らない訳ないか。『大黒天』、破壊神と揶揄され、南高でも恐れられていた元番長だもんね。ねえ涼?」

「もういい加減にしろよ…。」

「う、嘘だろ…!どうせハッタリだ!三上なんて名前何処にでもあるからな…。」

「…。」

「だいたいオレが火をつけたって言う証拠でもあんのかよ!今日だって…オレはこのマンションのダチに会いに来ただけだ!」

ガァン!!

「ヒッ…。」

 部屋に轟音が響く。…と言うか、早乙女の顔の横の壁が拳の形に陥没した。早乙女が情け無い声を漏らす。

「…人の家に火付けておいて、それで済むと思ってんのかてめえ。」

「…ぁ……。」

「話してくれるよね?」

 怒った『大黒天』と、この状況で笑顔の馨君に挟まれ、早乙女は項垂れた。



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