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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第八話 Albtraum(1)


Albtraum(1)

「……うん、そう。…よろしく。」

 部室のソファに足を組んで馨君が電話をしている。その表情はどこか険しい。その雰囲気を感じ取ってか、美弥さんが小声でボク達に話しかけた。

 「電話の相手、義人くんだよね。なんの話してるのかな。」

「多分、アイリスの事だと思う。まだ調べさせてるらしい。」

「…なんだか、オカルト絡みじゃなかったのに妙に熱心だよね。」

 確かに、おかしくなってしまったアイリスさんの事を思えば納得出来ない気持ちもわかる。彼女をあんな風にした犯人が別にいるのなら見つけたいとも思う。でも、今馨君から感じるのは、そう言った正義感や使命感とは別物のように思われる。

「何コソコソ喋ってんの?言いたい事があるならはっきり言いなよ。」

「…アイリスちゃんの事で調べてるのって…その、犯人について?」

「うん。義人に彼女の詳しい身辺調査をさせてる。ただ日にちが経っているぶん、なかなか情報が集まらないらしい。」

「そうなんだ…。」

「……はっきり聞けば?どうしてまだ調査してるのかって。イライラするなあ。」

 馨君はそう言って持っていた湯のみを音を立ててテーブルに置いた。飛び散った緑茶を拭くついでに涼君が切り出した。

「乱暴に置くなよ。……なんでまだ調査してるんだ?調査しても、…もう元通りにはならないだろ。」

「別に僕は誰かの為に調査してるんじゃない。大体犯人がわかっても逮捕できるわけでもないし。」

「じゃあなんで?」

「純粋な興味だよ。どうしてこんな事をしたのか。彼女を壊す事自体が目的だったのか、それとも何か他の目的の副産物だったのか。もし前者なら犯人はそれによって何を得たのかな。…ただそれが知りたいんだ──痛!」

 涼君が馨君の頭を拳骨で殴った。珍しい、普段の涼君は平手で軽くはたくくらいしかしないのに。馨君も抗議の目を向けた。

「何すんだバカ涼!」

「フキンシンだ!実際に人が傷ついてるんだぞ!」

「…はあ?不謹慎の字も書けないクセに偉そうな事言うなよバカ!誰かを助けるためなら良くて個人的興味ならいけないってわけ?このエセ利他主義者!」

「っ…!リタって誰だよ!今はアイリスの話だろ!」

「他人の利益ばかり優先する奴って意味だよ!もう一回中学行ってこいよお前!」

「あーまた喧嘩になっちゃった。」

 噛み合わない言い争いを続ける二人を見て美弥さんが椅子の背に盛大にもたれかかった。ボクも呆れてお茶を飲む。一頻り言い合った後、馨君が突然不敵な笑みを浮かべて涼君を見た。

「ていうかさあ、もうすぐ二学期の期末テストだけどそういう態度とって良いと思ってんの涼?」

「う、……それとこれは別だろ!」

「本当に別かな?僕の機嫌を損ねて勉強教えてやらなかったらお前は赤点必須だよ。それでも関係ないの?」

「そ、それは……。」

「赤点とったら冬休みは補習だったよね?言っとくけど補習は付き合わないから。まあそれでもいいなら関係ないけど。」

「…ッ。…悪かったよ!殴ったのはやり過ぎた。」

「そう思ってるにしては誠意に欠けるなあ。」

「…何をすればいいんだ?」

 さっきまでの不機嫌はどこへやら、楽しそうにじろじろ涼君を見る馨君。今日も加虐欲求が炸裂しているようだ。それに付き合う涼君も大概だけど。

「うーん、人間椅子なんてどうかな?」

「はあ?!」

「りょ、涼くんの背中に腰掛けるの!?そ、そんなの…!でも、ちょっとイイかも…。」

「ちょっとやり過ぎだよ。」

「別に僕はどっちでも良いけどね。選ぶのは涼、君だよ。今言う通りにして快適な冬休み過ごすのと補習、どっちがいいの?」

「っ…!」

 このくらいのやりとりは何時もの事だ。ただの遊びみたいなものだからボクも美弥さんも本気で止めたりしない。部室の中だけでとどめておけばの話だけど。

「失礼します。馨君、いるー?…!……あ、ごめんお邪魔だったよねまた今度来るね。」

「待てヨハネス!違うんだ、これはそういうのじゃないんだ!」

「何言ってるの涼?自分でやりたいって言ったんじゃないか。」

 春のそよかぜのような爽やかな笑顔で入って来たヨハネス君も、四つん這いになって馨君(何故かボクと美弥さんも)を乗せた涼君を見た瞬間くるりと踵を返した。

「補習が嫌だからだ!いいから降りろ!」

「私、もうちょっと乗ってたかった…。」

「もう沢山だ!て言うか三人は流石に重い──痛っ!」

 涼君の頭を掴んでひょいと立ち上がると、馨君はヨハネス君に近寄った。

「で、僕に何か用?ヨハネス君。」


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第八話Albtraum(2)

Albtraum(2)

「アブダクション?」

 長い脚を折って椅子に座ったヨハネス君が発した聞き慣れない言葉に、馨君以外のボク達の頭上にはハテナマークが浮かんだ。しかし、馨君の瞳が例のごとく輝き出した事でそれがオカルト用語だと気付く。

「うん、最近中高生の間でアブダクションに遭ったって噂の人が何人かいるらしいんだ。馨君が好きそうだと思って知らせに来たんだけど…。」

「余計な気をまわさなくても…。」

「というか、アブダクションて何?」

「アブダクションていうのは、主にエイリアンや未確認生物によって誘拐される事だよ。首にチップを埋め込まれたとか、解剖されかけたって話も聞くね。アメリカのヒル夫妻誘拐事件なんかが有名なんじゃないかな。で、詳しくは!?」

「みんな何の前触れもなく一、二日行方不明になったあと帰って来るんだって。でも、少し態度がおかしいらしい。人によって違うみたいだけど、終始何かに怯えてる人もいれば、ずっと部屋にひきこもって紙に数字の羅列を書いてる人もいるって。」

「それXファイルで見たことある!宇宙からのメッセージを受信しちゃうみたいな?」

「うん。それでみんなエイリアンに攫われて何かされたんじゃないかって噂してるんだ。」

「本人達はなんて言ってるの?」

「それが、聞いてもその間の事は何も答えてくれないんだって。無理に聞く事も出来ないし…。ね、不思議でしょ?」

 困ったように微笑むヨハネス君。正直そこまで詳しく知ってる彼も不思議な気がするが、そこに突っ込んではいけない気がして黙って聞く事にした。馨君が顎に手を当てながら答える。

「確かにね。アブダクションは大体本人が体験談を語る場合が多い。その殆どが妄想か注目を集めたいだけの嘘だと言われてるけどね。」

「統合失調症の患者がよく言うよね、宇宙人に埋め込まれたチップから脳に指令が送られてくる、とか。」

「くわしいね、ヨハネス君。」

「ちょっと母国でね。」

 軽く濁されたが、その言葉尻にはこれ以上は聞かないで欲しいという圧力みたいなものを感じた。最近テレビでみただけだが、彼の母国であるルーマニアは最近まで政治が不安定で、貧富の差もかなり激しかったらしい。両親が日本に働きに来るくらいなんだから彼は裕福な方なんだろうけど、ヨハネス君もきっと苦労してきてるんだろう。

「面白そうじゃん。もしかしたら本物の宇宙人の証拠が掴めるかもしれない!」

「おい、アイリスの件はいいのかよ。」

「義人に任せればいいよ。ヨハネス君、アブダクションに遭ったって子の名前と日にちはわからない?」

「うーん、三人くらいしか聞いてないな…。」

「知ってる限りで良いから教えてよ。」

 そう言いながら馨君はヨハネス君の話す様々な情報をこと細かにメモ帳に記入し始めた。ヨハネス君がもう知ってる事は何もないという頃には、下校時刻の十分前になっていた。

「もうこんな時間だよ馨くん!帰ろう?」

「そうだな。後は義人に調べさせよう。」

「酷使させ過ぎじゃないか?」

「情報収集が生き甲斐なんだから別にいいだろ。教室閉めるから早く準備して。」

 広げた荷物を片付け、五人ぶんの湯のみを洗っているとヨハネス君も手伝ってくれた。何と無く気まずくて、つい思っている疑問をぶつけてしまった。

「…ヨハネス君、どうして今回こんなに協力してくれるの?」

「え?うーん、そうだなぁ…。」

 困っているというより、なんと答えようか考えてるそぶりを見せた。

「この町は穏やかで人も優しくて気に入ってるんだ。だから物騒な事はやっぱり起きて欲しくないなって思って。君たち、事件を解決するの得意でしょう?」

「そ、そんなつもりないけど…。実際は馨君に振り回されてるだけだよ。」

「ふふふ、でも最終的には解決してるじゃない。」

「ちょっと二人ともいつまで洗ってるの?ドア閉めるよ。」

「あ、ごめん!」

 慌てて片付ける手を早める。隣でヨハネス君も片付けながらボクに向かって微笑んで見せた。

「頑張ってね、事件解決。」



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第八話Albtraum(3)

Albtraum(3)

 翌日。放課後を待つとあらかじめ呼び出しておいた男子が教室に入ってきた。

「君がアブダクションにあったんだよね?ハナレジマ君。」

「…小島だ。同じクラスだろ。何の用だよ結城。」

 話しかけられた人物、小島聡君は平静を装いながらも目を泳がせて答えた。小島君は一か月前に一度学校を休んでいた。ヨハネス君によると、休む前日の放課後から次の朝まで行方不明だったらしい。夜遊びを疑われているらしいが、彼は何も語らない。当初は気にされていなかったが、ここ最近アブダクション事件の被害者だと噂されているという事だ。

「アブダクション体験について詳しく教えてほしくてね。知ってる事を全部答えてくれない?」

「知らねえよ!なんだよそのアブダクションて!そんな下らない理由なら俺は帰るぞ!」

「待てよ小島!」

 小島君は突然大声で怒鳴るとドアを開けて出て行こうとしたが、涼君に肩を掴まれて止まった。

「…なんでそんなに怒るんだ?お前らしくない。…何かあるのか?」

「……。」

 それでも彼は口を開かない。小島君は普段はクラスでも明るくて優しい性格で、運動神経も良いので体育では涼君に続いて活躍するクラスの人気者だ。こんなにすぐに怒るような性格ではない。放課後の教室に静けさが広がる。

「…悪い、三上。でもほっといてくれないか。あの事は誰にも言えない。結城も柿本も、それから木下さんも、もうこの話はしないでくれ。」

 小島君はまるで助けを求める様な目でボク達を見つめるとそのまま教室を出て行った。後に残されたボク達になんとなく嫌な空気が漂う。

「…小島君、いったいどうしたんだろう?」

「ますますミステリーだね。早速次の聞き込みだ!」

 この空気が読めないのは馨君だけだろう。瞳をキラキラさせた馨君に、次に連れてこられたのは南高の近くの住宅街。その一つの『金田』という表札がかかった家が目的地だ。この家に住んでいる南高一年の金田浩二という少年も被害者の一人だという。玄関まで来ると、馨君はインターホンを躊躇なく押した。

「お、おい馨!突然来て大丈夫なのか?」

「そうだよ!私たち全然ここの家の人と知り合いじゃないのに!」

「入れて貰えばこっちのものだよ。こっちには大黒天がついてるんだから。」

 そういって馨君は涼君に目配せした。また涼君の昔の武勇伝を盾に話を聞き出す気らしい。涼君が反論しようとした瞬間、玄関の扉が開いた。

「はい…。」

 中から顔をのぞかせたのは疲れ切った表情の中年の女性だ。頬はこけ、顔色も悪く、一瞬お化けのように見えてボクたちは仰け反ってしまった。しかし馨君がすかさず真剣な表情で彼女に挨拶をする。

「突然すみません。僕たちキンダイチコウスケ君の友人です。」

「は?」

「馨、金田浩二だ!」

「すみません。今日は彼のお見舞いに参りました。良かったらこれ、どうぞ。」

 そういってお菓子の箱を手渡す。よくもここまで用意周到にできるものだ。中年の女性、おそらく金田君の母親と思われるその人は馨君の態度に気を許したのか、小さく開いていた扉を全開にしてボク達を迎えてくれた。

「まあ、わざわざありがとう。あの子は部屋にいるけど、その…。」

「どんな状況かは聞いています。少しでいいので、会わせてもらえませんか?」

 言葉を濁す女性と間を詰めると、馨君は普段絶対しないような優しい瞳で彼女を見つめ返す。彼女はその表情に心打たれたのか、コクリと頷いた。

「そう、ね…。学校の不良仲間達よりもあなた達なら、もしかしたらあの子も気を許してくれるかもしれないわね…。」

 そう呟くと、彼女はボク達を家にあげてくれた。家の中は閑散としており、彼女と同じような陰気さが漂っている。薄暗い廊下を通り、奥の部屋に通された。

「浩二の部屋です。事情はわかってると思うけど、ショックを受けないでね…。」

 そういうと彼女は心もとない足取りでリビングへ行ってしまった。こんなにもあっさり入れると思わなかったボクの鼓動は激しくなる。ヨハネス君の話では金田浩二君は数日行方不明になった後、突然帰ってきたかと思うと部屋にひきこもって紙に数字の羅列を書き続けているという。母親の憔悴っぷりを見ても、この扉の向こうにどんな光景が広がっているのか想像したくもない。しかし、馨君はなんの躊躇もなく扉をノックした。

「浩二君、入るよ。」

 返事を待たず素早く部屋に入る。ボク達も後に続いた。

「うわ!?」

「なんだよこれ…。」

 美弥さんが悲鳴をあげるのも無理はない。そこは予想以上の惨状だった。部屋の床一面には何かを書きなぐった紙が散乱し、足の踏み場もない。部屋の壁もめちゃくちゃだ。書くというより掘るといった感じで壁じゅう傷だらけになっていて、見ているだけでこっちの気が狂いそうになる。さすがの馨君もたじろいだ。

「か、馨君!これはやばいよ。早く帰った方が…。」

「ここまで来て帰れるわけないだろ。出来るだけの情報を集めよう。」

 そういって馨君がその紙の一枚をつまみ上げて観察する。汚いが、よく見ると数字らしい。意味のある数字の羅列なのかそうじゃないのか全くわからない。その時、部屋の奥の紙束がもぞもぞと蠢いた。

 「きゃっ!」

咄嗟に美弥さんが涼君の後ろに隠れた。ボクと涼君も一応身構えるが、馨君は物怖じせずその塊に近づく。

「お、おい馨!」

「……君がコウイチ君だね?」

 馨君が紙の塊の奥に隠れた毛布をめくって声をかけると、ボサボサの髪を振り乱した人の頭が現れた。瞳は暗く澱んでいて馨君に答える様子はない。

「この人が浩二君…?」

「この部屋にいるんだからそれ以外に考えられないだろ。」

「あ、あの、お邪魔してます。私達北高の生徒なんだけど、金田くんに聞きたい事があるの。いいかな…?」

 美弥さんの問いかけにも全く反応を示さない。ただひたすらせわしなく動く自身の手元を見つめている。馨君がそれを覗き込む。

「どうやら同じように数字を書いてるみたいだね。ねえこれどういう意味?」

「…ぅ……。」

「何?」

「ぅ、う、うあああ!嫌だああああ!!もう嫌だああああ!寄るな!お前らみんなおかしいんだあああ!」

 突然、浩二君は叫び声をあげて持っていたシャーペンを馨君の顔めがけて振り上げる。すんでのところで素早く反応した涼君が二人の間に入り込むと、彼の右手首を掴んで捻った。痛みに耐えかねてシャーペンを床に落とす。

「うああああああやめろやめろやめろ!!はなせえええええ!!!」

「っ…!凄え力…。おい、お前らは危ないから下がってろ!」

 尚も奇声を発しながら抵抗する浩二君に涼君が顔をしかめた。彼を押さえ付ける手も少し震えている。涼君がここまで苦戦するなんてと驚きながらボクは不安になった。もしここで涼君が力負けしてしまったら美弥さん達をボクが守らなくてはいけない。その時、扉を開けて勢いよく女性が飛び込んできた。彼のお母さんだ。

「浩二!!貴方達、大丈夫?怪我はしてない?」

「ボ、ボク達は大丈夫です。でも彼が…。」

「良かった。浩二!やめなさい、その人達は貴方のお友達よ?浩二、お願い!」

 胸が痛くなる言葉を発しながら彼のお母さんは浩二君を引き離して落ち着かせようとする。だけど浩二君は全く聞く耳持たず、狂ったように暴れようとする。涼君と自分の母親の両方に押さえ込まれているというのにそれに抗い、物凄い力で抵抗しているのがわかる。

「…っ!ごめんなさい、貴方達、今日はもう帰ってもらえる?何故か人の顔を間近で見るとこうなってしまうの。こうなったらしばらくはずっと暴れ続けて全く人の話は聞けないわ…。」

「でも、今俺が放したら…。」

 涼君が手を離してボク達が逃げれば、彼のお母さんは荒れ狂う彼からの被害を一身にうける事になってしまう。躊躇する涼君をみて、お母さんは微笑んだ。

「大丈夫よ。私はなんども止めて来たんだから。貴方達に何かあったら貴方達の親御さんが悲しむわ。急いで玄関から出なさい。」

 彼女は優しい声で語るが、その表情は真剣そのものだった。その顔を見て、ボク達は彼女のいう通りにする決意をした。涼君を除いた三人で外に出ると、後から涼君も急いで玄関から出てきた。家の中からは外からでも聞こえるような騒音が響いてくる。

「浩二くんのお母さん、大丈夫かな…。」

「何度か同じ様な事があったって言ってるんだからなんとかするだろ。部外者の僕達がいる方が邪魔だよ。」

「そうなのかな…。」

 あの部屋の中で起こっているだろう事を考えて、ボク達の心は暗く沈んだ。馨君だけが変わらない調子でA4用紙二枚を眺める。

「なんだよそれ。」

「あの部屋から拝借した紙。これが比較的古そうな奴で、これが彼がさっき書いてた一番新しい奴。」

「馨くん、あんな状態でよく持ってこれたね。」

「お前…無茶し過ぎなんだよ!大体あいつが暴れ出したのもお前が余計なことしたせいだろ!それに、もう少しで顔に怪我してたかもしれないんだぞ?」

 心配しながら怒る涼君をうざったそうに見ながらも馨君は反論しない。流石に自分でも軽率だったと認めているようだ。

「ハイハイわかったよ。さて、とりあえず今日は解散。この数字は僕が調べとく。」

「や、やっぱりまだ調査するの?」

「当たり前だよ。まだ何もわかってないじゃないか。じゃあまた明日。」

「あ、待ってよ馨くん!一緒に帰ろうよー!」



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第八話Albtraum(4)

Albtraum(4)

 週末、ボクはメールで馨君に呼ばれて馨君の家に来ていた。玄関からして黒を基調としたモダンな造りのそれはいかにもデザインハウスといった感じで、ボクは少しインターホンを押すのをためらった。普段からなんとなく裕福そうな雰囲気を醸し出していた馨君だが、こんな家に住んでいたとは…。

「裕太。何やってんだ?」

 振り返ると涼君と美弥さんが並んで立っていた。彼らも今来た所らしい。玄関前で突っ立っていた自分が急に恥ずかしくなって慌てて言い訳する。

「い、いや…。こんな立派な家だと思ってなかったからちょっとびっくりしちゃって…。」

「ああ、確かにこの辺じゃ見ないよな。」

「おしゃれなお家だね!馨くんのお父さんて何やってる人なんだろう?」

「と、とりあえずインターホン鳴らそっか。」

 二人が来たことで少し安心したボクがインターホンを鳴らすと、澄んだ綺麗な女性の声で返事が返ってきた。思いもよらない声に驚いていると、ガチャリと音がして扉が開き、綺麗な女性の顔が覗いた。びっくりするボクと美弥さんをよそに、涼君が挨拶する。

「お邪魔します、磬子(けいこ)さん。」

「ああ涼君、いらっしゃい。その子達も馨のお友達ね?どうぞ上がって。」

「お、お邪魔します…。」

 磬子さんと呼ばれたその美女は笑顔で家に上げてくれた。スラリとした体躯に体のラインが見えるタイトなワンピースを着た彼女の全身が目に入り、ボクは恥ずかしくなって目をそらしてしまった。

「久しぶりねえ涼君。ちょっと背が伸びたんじゃない?」

「そ、そうですか?自分だとよくわかりませんけど…。」

「伸びてるわよぉ?高校入学の時より大きくなってるもの。男の子は直ぐに大きくなるわよね。うちの馨ももう少し伸びてくれたらいいんだけど。」

 談笑する涼君と磬子さん。見た感じ涼君は何度か馨君の家に来た事があるらしい。磬子さんともそれなりに親しそうだ。その様子をみて美弥さんがこそりとボクに話しかける。

「ねえ裕太くん、磬子さんてすっごい綺麗な人だね!馨くんのお姉さんかな?」

「う、うん。馨君にお姉さんがいるなんて聞いたことなかったけどね。」

「それで、今日はオカルト部の部活なんだって?休日まで忙しいのね。」

「はい。馨がアブダクション?とかいうのについて調べてて…。」

 涼君のその言葉に彼女の目が鋭く光る。その顔は馨君そっくりだ。ボクと美弥さんもそれに驚くが、涼君はその視線に驚く以上に恐怖しているようだ。

「ふーーん?やっぱりオカルト部関係なのね。」

「えっ?」

「馨は部屋で勉強会って言ってたんだけどねえ。突然部活の子達を呼びたいって言うからおかしいと思ってカマをかけたのよ。」

「そ、それは……。」

「もうすぐ二学期の期末テストよね?部活なんてやってる暇無いんじゃないの?ねえ涼君?」

 鋭い眼光で詰め寄る様はまさしく馨君の血縁だ。しかも痛い所を突いてくる。反論出来ずにいると、彼女の後ろの階段から人が降りてきた。

「いい加減にしてよ母さん。勉強もちゃんとやるから。」

「か、『母さん』!?」

 階段を降りてきたのは間違いなく馨君だ。しかし、目の前の磬子さんに向けられた言葉に驚く。

「馨!こんな時に部活なんてやってる場合じゃないんじゃないの?」

「期末テストなんて余裕だけど。」

「アンタの心配じゃなくてこの子達の心配してんのよ。アンタの趣味に付き合わされて成績落ちちゃったらかわいそうでしょ。」

「わ、私達なら大丈夫ですよ!ちゃんと勉強してます!」

「本人がこう言ってるんだからいいだろ。それに勉強会もやるつもりだってば。」

「まったく…。ちゃんとやるのよ!」

 磬子さんの声を背中に受けながら、ボク達は二階の馨君の部屋に押し込まれた。部屋はボク達四人が入っても窮屈さの感じない広さだ。すかさず美弥さんが馨君に詰め寄る。

「か、馨君!今の人がお母さんなの!?お姉さんじゃなくて!?」

「そうだよ。口うるさいから本当は呼びたくなかったんだけど。涼も余計な事言うし。」

「わ、悪かったよ…。」

「まあまあ!それにしても凄いね馨くんのお母さん!二十代に見えるよ!」

「本人曰く美魔女だってさ。」

「自分で言うところが馨の母親だよな…。」

「馨君てお母さん似なんだね…。」

「二人とも、それどういう意味?」

「そ、それより!私達を呼んだ理由って?」

 慌てて美弥さんが話題を変えてくれた。馨君はまだ納得がいかない様子だったが、モダンなデザインの机に向き直ると、その上のデスクトップの画面に向き直った。

「あの数字の羅列の意味がわかったんだよ。」

「え!?こんな短時間で?」

「まあ簡単にPCで検索かけて調べただけだけどね。それに大した意味じゃない。何かの暗号なのかとか何処で区切るのかとか色々考えたんだけどね、ただ円周率をひたすら書いているだけだったよ。」

「てか、円周率って三じゃないのか?」

「ゆとり世代かお前は!円周率は無理数と言って永遠に割り切れず、数字が循環しないものなんだよ。今まで何勉強して来たんだ!」

「そ、そんな怒ることないだろ…。」

「テスト勉強教えてやる身としては怒らないでいられないよ!…まあいい。現在は円周率は2兆6999億9999万桁まで計算されている。」

『おい結城!そこから先は俺が説明するぜ!』

 突如画面から聞きなれた声が聞こえて驚くと、馨君が面倒そうにキーを押す。すると画面に義人君の顔が大写しになった。

『よおみんな!円周率の最新情報はこの俺が調べたんだぜ!こっちから説明するよ。』

「義人くん凄い!パソコンも詳しかったんだね!」

「パソコンで電話なんて出来るのか!」

「今更スカイフの説明なんてやってられないよ。情報通さんご説明をドーゾ。」

『おう!』

 画面の中の義人君は馨君の嫌味にも反応せず、久々の活躍とばかりに嬉しそうに解説を始めてくれた。

『円周率ってのはよ、ひたすら割り切れない上数字が循環しない、つまり同じ数列の繰り返しにもならないから永遠に解析しても答えが出ないものなんだ。でも意外と計算式自体はそこまで複雑じゃなくて紀元前から幾つもの計算式が考え出されて来てるんだぜ。』

「御託はいいからさっさと重要な所説明してよ。」

『結城にだけは言われたくねーよ!現在でもライプニッツの公式とか、計算式自体は高校生でも解ける範囲だ。で、これがフランス人技術者がデスクトップで100日以上かけて出した最新バージョンの円周率。』

 そう言うと義人君が操作したのか画面が切り替わった。小さな字で延々と数列が並んでいる。

「うわ、目が痛くなりそう…。」

『極秘ルートで探し当てた円周率2兆6999億9999万桁だぜ!その金田とかいう奴が書いた紙の一枚目は画面の上から二行目十四文字目から、二枚目は上から十三行目の最初から全く同じなんだ。』

「ええ?本当にそうなの?えーと…。」

「確認するのも一苦労だね…。」

「金田って奴は物凄い記憶力の持ち主なのか?」

『そういうわけでもないと思うぜ。調べた結果南高に通う普通の生徒だったみたいだ。どっちかっていうと素行もあまりいい方じゃなく、成績も辛うじて数学が得意だったらしいけど他は南高内で中の下だ。まあ大体涼くらいの学力だな。』

「じゃあ円周率を記憶してる可能性はゼロだね!」

「涼が中の下って南高の学力低すぎじゃないの?」

「お前らもう少し言葉選べないのかよ!」

『ともかく、暗記の可能性はほぼない。無茶苦茶に書いてるのがたまたま当たったというのも無理がある。これは本当にミステリーだぜ!』

「あるいは超高速で円周率を計算してるのかも。」

 馨君がぼそりと呟いた。その目は例のごとく輝いている。

「彼が計算式を書いてる様子は一切見られなかった。と言うことは暗算で円周率を解いてるのかもね。」

「そ、そんな事普通の人に出来るの?」

「普通じゃなかなか難しいと思う。でも、彼はアブダクションに遭ったんだよ?宇宙人の手によって特別な能力を開花したのかもしれない!」

「宇宙人なんているとは思えないけどな。」

「むしろいないと考える方が非論理的だね。この宇宙に人類だけが唯一の知的生命体であるなんて確率的にそっちの方が奇跡だよ。すぐ隣の火星にだって生命体の痕跡やモノリスらしき物が発見されてるのに。」

「だ、だとしてもなんで円周率なの?もうちょっと使い道のある能力にすればいいのに…。」

「何かの実験の副産物とか、もしくは失敗作とか、色々可能性はあると思うよ。オジマ君の様に特に精神的な問題のない人物もいるみたいだしね。義人、他の被害者についてはどう?」

『小島だろ?他にも聞き込みでわかったアブダクションの被害者はあと四、五人いるけど、何故か誰もその日の事を答えてくれなくてよ…。下手するとまともに会話も出来ないやつばっかで…。こんな事初めてだぜ。』

「……。…まさかなんの手がかりも得られなかったなんて言わないよね。」

 馨君の眼光が獲物を睨む蛇のようにきつくなる。義人君も画面越しに恐怖したのか急いで画面を切り替えた。そこにはある女の子の写真と名前や学校名などの情報が映し出されている。

『ま、待てよ結城!そんな事誰も言ってねえだろ?この阿加保之中学の白鳥由希子ちゃんて子と話した時、…いや、何かに怯えてるみたいでまともに話は出来なかったんだけど…。ともかくその時この子がボソッと「キョウカイ」って言ったんだ!』

「キョウカイ…?」

「キョウカイって教会の事かな?河盛市にはないけど、隣の市には一つあるよね。私一回聖別されたパンもらいに行ったことあるよ!」

 そういえばヨハネス君が転入してきたばかりの時に美弥さんがそれを使ってクッキーを作って来た事があったっけ…。あの味は今思い出しても身震いする。

「で、それだけ?」

『な訳ねーだろ!俺も教会の事だと思って試しに全員の当時の行動範囲を調べてみたんだ。まあ時間が経ってる奴もいるから計算で出した部分もあるけどな。』

 そう言うとまた画面が切り替わった。今度は河盛市、それも東中と南高の辺りの地図だ。そこに被害者達の行動範囲を示す赤い円が幾つも書き足されている。

「お前探偵になれるんじゃないか?」

『まあそう褒めるなよ涼!そしたらなんとどんぴしゃで全員の行動範囲が重なる場所があるんだよ。』

 マウスのカーソルが円の重なる場所を指し示した。銀漢川沿いの何もない場所だが、そのすぐそばには何も記載されていない一見民家のような建物の表示がある。しかし、ボクはその位置に憶えがあった。

「この建物って…教会、だよね。」

『お、よくわかったな裕太!なんとここに小さな教会があったんだ!市のはずれな上、天の川公園に挟まれてるせいで住民にも殆ど知られてないらしいが、若い男が一人でやってるらしい。』

 義人君の言葉でボクの脳裏に男の微笑が浮かぶ。河童事件の時に偶然訪れたあの教会だ。確かにあの不思議な雰囲気を纏った男に会った。

「裕太くん知ってるの?」

「う、うん…。一回行った事があるんだ。河童の噂探ってた時にね。」

「そこって河童の噂の時に捕まえたヒラヒラくんが通っていた所だよね。」

「平川だろ。…って、その事件もこの教会絡みだったのか?」

「その時の事詳しく教えて。」

 馨君に言われて、朧げな記憶を辿りながら教会に行った経緯、そこで会った男の事を話した。それにしても、確かに平川君もここに通ってたんだ。だとしたら半年近くも前からこの教会には秘密があるのか?切り替わった画面に義人君の自信に溢れた笑顔が大写しになる。

『な?ますます怪しいだろこの教会!俺は絶対この教会に何かあると思うね!』

「ふん、ご苦労様。義人にしては良い情報だったよ。この調子でアイビスの件もよろしくね。」

『アイリスだろ!…これでも結構必死に調べてんだぜ?当時アイリスと付き合いがあった大人はアイリスの父親、母親、学校の教師くらいだって!』

「随分漠然としてるね。本当にちゃんと調べてるの?」

『お前も知っての通り時間が経つと情報ってのはどんどん曖昧になるし尾鰭がついちまうんだ。おまけに本人はもうこの町にいねえし、一番の情報源の麻里は完全に俺たちに不信感を持ってて何も答えてくれないしよ…。正直もうこれ以上まともな情報は掴めねえよ。』

「まだ元カレのサミダレが残ってるだろ。涼の名前出して何でもいいから聞き出せよ!」

「早乙女だろ。てか勝手に俺の名前を使うなよ!お前のせいで最近また俺の噂が流れてるんだぞ。」

「大黒天が謎の男と一緒に半端者を次々と仕置してるってやつだよね!謎の男はヤクザの息子だとか任侠組の時期若頭だとかって不良達の間で噂されてるらしいよ!」

「その謎の男って馨君の事だよね。ってなんで美弥さんそんな事知ってるの?」

「森野くんに教えてもらっちゃった!メル友なんだよ~。」

「友達選べよ美弥。ともかく、引き続き調査してよ。」

『わーったよ!ったく結城に付き合ってると過労死しろうだ…。』

 そう言って義人君とのテレビ電話は切れた。馨君はPCの電源を落とすとボク達に向き合う。

「僕達はアブダクション事件を引き続き調査だ。明日の放課後早速行ってみよう。」

「えっ!」

「でも期末一週間前だよ?流石に勉強しないと…。うち一応進学校なんだよ?」

「だからって試験終わるまで待ってられないよ。わからない所があるなら今聞いて。涼は今日中に数学で赤点とらない程度にしてやるから。」

 馨君の言葉をかわ切りに、その後は勉強会をして解散した。


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第八話Albtraum(5)

Albtraum(5)

 翌日、ボク達は一抹の不安を抱きながら教会の前までやってきた。冬の日照時間は短い。一度来た事があるからと案内を任されたボクだけど、少し迷ってしまって辺りはもう薄暗くなってしまった。木々に囲まれた建物は大きな怪物のようなシルエットを作り出していて余計に不気味だ。その時不意に何かが肩に触れて体が強張る。

「ひっ!」

「裕太くん大丈夫?具合悪いの?」

 見るとボクの隣に立っていた美弥さんが心配そうな顔でボクの顔を覗き込んでいる。涼君もボクの顔を見て驚く。

「顔真っ白だぞ。少し休んだ方が良いんじゃないか?」

 そんなに酷い顔をしていたんだろうか?自分の顔をさわりながら心配させまいと慌てて笑顔を取り繕う。

「だ、大丈夫だよ。ちょっとこの教会が怖くて…。」

「怖いのは『キョウカイ』なんじゃないの?裕太。」

「え?」

 馨君の一言にボクは動揺した。馨君の言葉の意味がわからない。

「それってどういう意味?」

「裕太、河童の噂の前にもキョウカイって言葉聞いた事があっただろ。」

「ど、どこで?」

「覚えてないの?じゃあ無意識に記憶に残ってたんだね。君がオカルト部に入った時の事だよ。」

 その言葉にボクは一瞬にして自身が殺されかかった連続殺人事件の事、そして田口の事を思い出した。事件の後ぼんやりとしていた当時の記憶がはっきりとしてくる。

「…そうだ。田口だ。田口がボクを殺しかけた後に『キョウカイの人に』って言ったんだ!」

「正しくは『協会の人』だよ。多分殺されかけた恐怖とその言葉が繋がって無意識のうちにトラウマになったんじゃない?あの事件も宗教儀式みたいなのをやろうとしてたし。」

 馨君の言葉に驚いた。確かにボクは異様に教会や宗教に悪印象を持っていた。幸い怪我も殆どなく、立ち直ったつもりでいたが、田口に殺されかけた強い恐怖がそういう形で尾を引いていたのかもしれない。

「キョウカイって…もしかして、ここって田口くんの事件まで関係あるの!?」

「さあね。裕太はここで待ってても良いよ。」

 馨君はボクの返事を聞かずに扉に向かう。日は更に傾き、木々に隠れてより一層建物を不気味に演出するが、ボクにはもう取り立てて恐ろしくは感じなくなっていた。まだ心配そうにボクの様子を伺っている二人に向かって言った。

「…ううん。原因がわかって少し怖くなくなったよ。ボクも行く。」

 扉を開けると、中はオレンジ色の薄明かりに照らされていた。床一面にワインカラーの絨毯が敷き詰めてあって、長椅子が並んでいる。奥の赤子を抱いた白い女性の像の目の前には祭壇らしきものがある。ドラマでよくある結婚式の場面が浮かんだ。

「マリア様の像だね。見た所普通の教会にしか見えないよ?」

「ていうか、勝手に入って良いのか?誰かに見つかったらヤバいだろ。」

「ボクが来た時は若い男の人がいたよ。」

「鍵が開いてたんだから入っていいんだろう。お前たちも何か宇宙人に繋がる手がかりはないか探せ!」

「教会に宇宙人と繋がる手がかりなんてあるかよ…。」

「でもアブダクションに遭った人達はみんなこの近くをうろついてたんだから、少なくともアブダクションとここは何か関係があるはずだよ!」

「そうだ。それにキリスト教と宇宙人は関係性があるよ。宇宙人が人間を作ったという説はキリスト教の創造論に基づいてるんだからな。」

「創造論って何?」

「生物の起源の解釈の一つだよ。日本じゃ進化論が一般的だけど、欧米では未だに神に創造されたという創造論が根強い人気を誇ってるんだ。」

「人気って…。進化論て証明されてるんじゃないの?」

「結局今の科学じゃ絶対的な証明ができないんだ。神なんてもっと証明出来ない存在が作ったと考えるよりも妥当だろうって言われてるだけさ。そしてこの創造論における神っていうのが超高度な文明を持った宇宙人であると考えている学者もいる。四大文明の一つであるメソポタミア文明を作ったシュメール人がその宇宙人だとも言われてるね。キリスト教の元となったユダヤ教はメソポタミア文明を色濃く受け継いだゾロアスター教に強く影響を受けている。つまりキリスト教は宇宙人の神話に基づいているとも言えるね!」

「それはちょっと飛躍しすぎじゃない?」

「それだけじゃないよ。キリスト教で言われる天使からも宇宙人を暗示するものがある。天使といえば今は幼児や人間の姿で知られているけど、その多くは元は土着の神で、異形の姿をしているものがほとんどなんだ。その中でも智天使と呼ばれる天使達の姿は車輪に目が沢山付いた姿と言われていて、それはさながらアダムスキー型宇宙船と──」

「もういい!長いしわけがわからん!」

ガタン!

 涼君がいつもの様に馨君の口を手で塞いだ。しかし、その力でよろめいた馨君が母子像の子供の頭を思い切り掴んでしまった。大きな音が講堂に響き渡る。瞬間ボク達は青ざめた。

「や、ヤバいよ馨君!壊したら洒落にならないよ!」

「わかってるよ!涼が押すから!」

「わ、悪い!てか、何処か壊れてないよな?」

「皆!ちょっと、ちょっと見て!!」

 興奮した様子の美弥さんを見てボク達は更に焦るが、直ぐに彼女が何に興奮しているか気付いた。

「これは…。」

「地下に続く階段だよ!きゃー映画みたい!」

「さっきまで無かったよな?」

「僕が像を掴んだせいかも。秘密の地下室か…。下にはきっと宇宙船か人間のクローンが大量に保管されてるに違いない!行くぞお前達!」

「ラジャー!裕太くんも行くよ!」

「え!ちょっと!」

「お、おい!勝手に進んで大丈夫なのかよ!」

「勝手になんて行かないよ。涼が先頭で盾してね。」

「そういう事じゃ──…っておい、押すなよ!」

 結局馨君と美弥さんに引っ張られて地下階段を降りてしまった。しかし、通路は暗すぎて何も見えない。これじゃ何も見つからないんじゃないかと思った時、急に前が少し明るくなった。馨君がライターを灯したのだ。

「うわあ馨くん不良だね。」

「うるさいな。持ってるに越した事は無いだろ。涼、そこに燭台があるから火を移してきて。」

「これか?」

 わずかな光が通路を照らし出した。ライターよりは明るいが細い地下通路を更に不気味に演出しただけなきがする。ボクの気持ちとは裏腹に美弥さんが興奮した声を上げた。

「わああますます冒険気分になるね!横からゾンビとか出てきそう!」

「や、やめてよ美弥さん…。」

「おい、なんか開けた所に出たぞ。」

 涼君が燭台を上げて示す。奥行きからして部屋の様だ。馨君が涼君から燭台を受け取り、壁に設置されているフックの様な物にかけてくれたおかげで部屋の全体像が見えた。しかし見えた事でここがとても居心地のいい物ではないことがわかった。

「なにこの部屋…。」

 部屋の全面は本棚がみっちりと並んでいて、真ん中にはぽつんと椅子が設置されている。その椅子と言うのはただの椅子ではなく、歯医者で座らされる様な色々な器具が付いた不気味な物だ。床にはその椅子を取り囲む様に三角形の文様が描かれている。宇宙人もキリスト教も関係ないが絶対関わってはいけない物だという事は一目でわかる。後ずさりするボク達とは逆に馨君がその椅子に近づいた。

「ちょちょちょっと馨くん!」

「これ、拷問用の椅子だ。ほら、ベルトが付いてる。これで手足と頭を固定するんだよ。」

「馬鹿触るなよ!」

 涼君に止められそうになりながらも馨君は興味深々だ。椅子とその近くの本棚を隈なく探っている。入り口付近で部屋を見ていた美弥さんがボクの隣で少し残念そうな顔をした。

「なんだかイメージと違うね!宇宙人て言うからもっと近未来的なの想像してたのに。床のレイアウトは何かな?」

「いや、そういう問題じゃないんじゃないかな…。って、この文様何処かで見た事ある気がする…。」

「やっぱり?私も──」

「誰だお前達!?」


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