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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第七話 Pyrokinesis girl(1)


Pyrokinesis girl(1)

 涙型の小さな炎が揺れる。同時に甘い花の香りが狭い部屋に立ち上った。普段部室にない、そのピンク色の蝋燭を珍しげに眺めながら涼君が美弥さんに尋ねた。

「なんだこれ?」

「アロマキャンドルだよ!いい香りがして気分が落ち着くの!最近雑誌に載るくらい流行ってるんだよ?」

「お香みたいなものか。」

「うん、まあそんな感じ。可愛いでしょ?まだいっぱいあるよ!これはラベンダーの香りで、これがバニラで…──」

 美弥さんが机にカラフルな蝋燭を並べる。色によって匂いが違うらしい。美弥さんが楽しそうに説明してくれた。

「でもどうしていきなりアロマキャンドルなの?」

「馨くんが蝋燭を持って来てって!ね、馨くん?」

「誰がアロマキャンドル持って来いって言ったんだよ!蝋燭だよ蝋燭!」

 馨君が机をバンバン叩いて抗議したせいで蝋燭の炎が小刻みに揺れた。

「ったく、呪術をかける為に必要だから持って来てって言ったのに。」

「いい匂いがした方がいいと思って!」

「呪いかけるのにアロマキャンドル使う奴がいるかよ!どこの世界にバニラの香りの中でやる呪いがあるんだ!」

 遂に実際に呪いに手を出し始めたのか…。すかさず涼君が制止する。

「ちょっと待て。呪いってなんだよ。お前絶対自分ではやらないって言ってたじゃないか!」

「フン、呪いとか信じてないクセに止めるのか。主張と行動が矛盾してるんじゃない?」

「なんでそこで無重力の話が出て来るんだ?」

「涼くん無重じゃなくて矛盾だよ!辻褄が合わないって事!」

「バカには付き合ってられないよ…。」

「ところでどうして呪いなんてやろうとしてるの?呪いたい相手なんて…──」

 …いないわけないか。相手は普通じゃない、馨君の事だ。確執のある知り合いの方が多いだろう。そんなボクの気持ちに気づいたのか気づいてないのか、馨君はボクに向き直った。

「別に本当の呪いをやるってわけじゃないよ。人を呪わば穴二つって言うし、実際の呪いは失敗したら全部自分に帰って来るんだ。僕はそんなリスクの高い方法使わないよ。」

「(リスクの問題なんだ…。)じゃあ…。」

「最近ネットで流行ってる簡単な呪いごっこさ。蝋燭と依代、つまり紙人形だけで出来るんだってさ。紙人形に呪いたい相手の名前書いて、蝋燭を周りに立てて悪魔の名前を唱えながら紙人形を嬲るらしい。」

「うわあ本格的だね!」

「全っ然本格的じゃないよ!いい?呪いって言うのは宗教問わず、一週間以上前から肉類を断ち、禊やその他諸々の儀式を行って初めて実行出来るんだ。なんの代償も払わず出来るわけないんだよ。呪いをお手軽だと思ってる人も多いみたいだけどね、物によっては下準備だけで一年以上かかるものだってあるんだよ。下準備の段階で失敗する場合もあるし。」

「そこまで力説するくせになんでやるんだよ。」

「こういう類いの呪いの醍醐味は相手に危害を加えることじゃない。術者の精神的快楽が目的だよ。」

「どういう事?」

「要は憂さ晴らしだ。少し手間をかけて人形をいたぶることでちょっとはスッキリするだろ?」

 ボク達の呆れ顔を無視して、馨君はズボンのポケットから紙人形を取り出した。そこには森野君と来須先生の名前が書いてある。

「お前性格悪すぎだろ。」

「別に本人に危害はないし問題ある?オカルト研究部っぽい活動だし。」

「そこまで開き直ると逆に潔いね…。」

 その時、部室の扉がそろそろと開いた。蝋燭の明かりで薄暗い部室に、小柄な人物が浮かび上がる。その人は扉に一番近かったボクに声をかけた。

「…ここがオカルト研究部ですの?」

「あ、はい。そうですけど──」

「まあ!それ、復讐の呪法ですわね!流石オカルト部、呪術にも精通していらっしゃるのね!でも、どうしてアロマキャンドルで…?」

 その人物は突如独特の口調で話しながらボク達の間に割り込んできた。誰だろう?ボクの知り合いにはいない。ぼんやり薄オレンジに染まる彼女を眺めていると、急に部屋が明るくなった。涼君が電気をつけてくれたんだ。

「…で、キミは?」

 馨君が紙人形を弄びながら投げやりに聞いた。そんな馨君に臆する事なく、彼女はずいぶん前に配ったオカルト研究部のチラシをボク達に見せた。

「こちらを拝見して参りましたの。依頼させていただきたいのですけど。」

「よくそのチラシ持ってたね!一回刷ってから先生達に止められちゃったのに。」

「私、オカルト部に興味がありましたので。入学当初は入部を考えてたほどですわ。」

 縦巻きロールの髪をツインテールにし、ふりふりのブラウスを着た彼女は、ミーハーっぽいと言うか、確かにサブカルチャーに興味がありそうだ。長くて濃いまつ毛に覆われた瞳をぱっちりと開けた顔は、なんだか西洋人形の様に見えた。彼女の言葉に少し興味を抱いたらしい馨君が紙人形をちぎり捨ててから姿勢を正した。

「へえ。どうして入らなかったの?」

「二年の先輩方が一斉に退部されたと聞いてちょっと怖くなってしまったんですの。オカルト部って言ったらほら、悪魔召喚に失敗して呪われた、とか。」

「悪魔の方が馨よりマシかもな。」

「黙ってないとお前も呪われちゃうかもな。」

 そう言えば馨君が先輩達ともめたせいで先輩達は誰も来なくなっちゃったんだっけ。一度も見ないうちに退部されていたとは…。笑顔で紙人形の残骸の首をむしる馨君に恐怖したのか涼君は青い顔で黙った。それをとりなす様に美弥さんが笑顔で彼女にお茶を出して話を続ける。

「まあそれより、依頼って事は何か不思議な事があったの?」

「そうなんですの!!…実は私、超能力に目覚めてしまったみたいなんです。」

「………。」

 部室が静まり返る。何言ってるんだこの子。硝子玉のような瞳をぱっちり開けて真剣な表情で馨君を見つめる彼女が逆に滑稽に見えてきた。確かに以前古賀先輩がエンジェルさんの事を相談してきた事はあったが、ここまで真面目にそんな超常現象を信じている人がいるなんて…。…って、ここにも一人いたか。彼女に負けず劣らず瞳を輝かせて馨君が身を乗り出した。

「その超能力ってどんな?テレパシー?サイコキネシス?クレヤボヤンス?」

「てれぱ…ってなんだ?」

「涼くん、テレパシーは思ってる事を伝える力、サイコキネシスは触らず物を動かす力の事だよ!…私も使えたらいいのになぁ。」

 頬を染めながら呟く美弥さんは可愛いけど、美弥さんにそんな力が使えるようになったらきっと翌日から涼君は学校に来れなくなるだろうな…。

「クレヤボヤンスは透視能力。明治時代に日本でも実験されてる。で、キミは?」

「パイロキネシスですの。」

「パイロキネシス!?珍しい!超能力の中でも一番事例が少ないんだよ!1965年のブラジルのサンパウロ州で特定の人物の近くで火が起こるという事例が多発した事が事件として残っている中では初で、それ以降も各国で同様の現象が確認されてるよね!体内に蓄積された静電気が原因だとかまだ謎が多い超能力だ。最近ではインドで男児が人体発火した事例もだけど、特にベトナムのホーチミンの少女が──」

「そのくらいにしろ。引かれるだろ!」

「……素晴らしい。」

「え?」

「素晴らしいですわ結城さん!私『パイロキネシス』と言っただけでここまで話して下さった方は初めてですわ!しかも最近のベトナムの事例まで網羅していらっしゃるなんて!なんて博学なのかしら!」

 少女は手を叩いて馨君を誉めそやす。馨君も初めての事に涼君の手を振り払う事も忘れてなんとも言えない顔で彼女を見返した。

「私も同じような事が起こって困ってますの。それも大事な物や人の周りでばかり火が起こるんですのよ。私心配で夜も眠れませんの。だからオカルト部の皆様、どうか原因を解明してくださらない?」

「面白そうじゃない。いいよ、是非協力させてよ。」

「ありがとうございますわ結城さん!」

「あれ、そう言えばどうして馨君の事知ってるの?」

「同級生で結城さんを知らない人はいませんわ。変人として有名ですもの。脇にいつも美男美女を連れてらっしゃいますし。」

 そう言って彼女は美弥さんと涼君を見て悪戯っぽく微笑んだ。

「えへへ、なんか知らないうちに有名になっちゃってたね!」

「裕太は認識されてなかったんだな。」

「やめてよ馨君せっかく触れないでいたのに!」

「じゃあ、同級生なのか?」

「あら、ごめんなさい。自己紹介してませんでしたわ。」

 そう言うと彼女は椅子から丁寧に立ち上がり、お姫様のようにスカートの端をつまみあげてお辞儀をした。

「私一年四組の水野と申します。アイリスとお呼びください。」



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