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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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おいでよ!十楽寺探偵事務所 第一夜(3)

「ふーん。へーえこうなってるんだ~。」

 日も暮れかかった建設現場をふらふらと歩き回る十楽寺を数メートル後ろからついていく。十楽寺の背中を見つめながら羽柴は胸を不安でいっぱいにしていた。十楽寺の言っていた強行手段という言葉が気にかかる。建設現場を荒らされたらどうしよう。大島本部長に報告するのが怖い。そんな気持ちを少しでも紛らわせたくて羽柴は隣を歩くレイに声をかけた。

「あの、レイさんですよね。以前そちらに伺った時は失礼なことを言ってしまいすみませんでした。」

「…。」

 レイは無言で片手を振った。気にするなという意味らしい。そういえばまだレイ本人の声を聞いたことがないと思いながら羽柴は会話を続けた。

「気にされていない様で良かった。…レイさん達はとても仲がよろしいのですね。まるで家族みたいです。」

「……。」

 羽柴はなおも一言も喋らないレイに若干苛立ちを覚えた。レイの声を聞いてみたい欲求に駆られた羽柴は、少し関係に立ち入った事を口にした。

「実は十楽寺先生の奥さんだったりとか…?あ、年齢的にまだ恋人ですかね。」

 笑いながら話す羽柴に、それまでほとんど表情を変えなかったレイが明らかに嫌悪の表情を見せた。羽柴の方も触れてはいけないことを言ってしまったと思い慌てたが、レイの隣から笑い声が聞こえてはっとした。笑い声の方を覗くと奈々美が腹を抱えて大笑いしていた。

「お、俺なんか変なこと聞いたかな…?すみませんレイさん!」

「おっさん馬鹿じゃね!レイちゃんは男だよ!九喜の奥さんとかマジウケるんですけど!あははははは!」

「えっ⁉」

 とっさにレイを見るとなんども首を縦に振っている。男だと言いたいらしい。羽柴は自分の失敗に顔を真っ青にし、次に恥ずかしさに顔を真っ赤にした。

「え、あ、あ、すすすみません!その、レイさんすごく綺麗だからてっきり女性かと…!」

「綺麗だからとか普通男に言わないし!おっさんホントさっきから失礼なことばっか言うよねー!そんなんじゃ出世しないんじゃね?あいたっ!」

 レイに軽く頭を小突かれて奈々美は彼を生意気な目つきで睨んだ。レイが左右の人差し指を交差してバツマークを作っている。

「何レイちゃん。言い過ぎって言いたいの?だって事実なんだからいーじゃん!」

「あの…。失礼ついでにどうしてレイさんは喋らないんですか?変装時は喋ってましたよね。」

「ああ、レイちゃんシャイだから人と素で喋るの苦手なんだって。変わってるよねー。」

「へえ……。」

 せめて声が聞けていたらこんな失敗はせずに済んだろうと思いながら改めてレイを眺める。鼻筋の通った上品な横顔は、男の角ばりも、女の丸みもなく、どこか外国の美少年の様に思えた。

「本名も国籍も年齢も教えてくれないし、謎だらけだよねレイちゃんは。九喜とは昔からの知り合いみたいだけど、どっちかっていうとされるがままなだけだよね。従順な助手ってカンジ?っ!」

 レイはまだまだ喋りそうな奈々美の口に人差し指を当てた。それ以上は喋らないで欲しいようだ。十楽寺がくるりと振り返る。

「ちょっと何三人で盛り上がってるの?僕も混ぜてよ!」

「アンタは仕事でしょ?黙ってヨーカイ探しなよ。」

「もう、ちゃんと探してるよ!」

 十楽寺が不満そうに手に持った棒を振り回す。その棒を気にしながら、羽柴が疑問をぶつけた。

「その、妖怪というのはどんなものなんでしょうか?ろくろ首とか、ぬりかべとか…?」

「え?あははは!違いますよ!そういうわかりやすくてユーモラスな存在は妖怪の一面に過ぎませんよ。」

「そ、そうなんですか!?」

「ええ。妖怪に本来姿なんてありません。しかし、ものによっては様々な姿に化けることができます。まあ詳しく説明する時間はないんですけど、害をなす霊的存在を僕は妖怪と表現したまでです。」

「じゃ、じゃあうちに現れた妖怪は!?」

「むろん名前もないし普通の人には姿も見えません。妖怪って言うのは元は不可思議な現象そのものなんです。それに名前をつけて、姿形をつけたのは人間ですから。本当の妖怪はもっと邪悪で恐ろしい存在ですよ。」

「はあ…。」

「今回みたいな場合は本当は場所を移すのが一番なんですけど、そうも行かないでしょうから今回は応急処置で。ここの大元を倒します。」

 十楽寺は機材が散乱したある一角まで来ると立ち止まった。

「うん、この辺りが一番霊気が強いかな…。羽柴さん達は下がってて!」

「ここは…。」

 十楽寺がこの場所で立ち止まった事で羽柴に緊張が走る。その場所は現場監督が高熱に倒れた場所だった。十楽寺達にこの場所の事は伝えてない。羽柴は動揺しながら十楽寺の様子を伺おうとするが、あたりは夕闇ですでに十楽寺の顔はよく見えない。

「黄昏時…。逢魔時とも言いますね。もっとも彼らに会いやすい時間だ。奈々ちゃん達、羽柴さんのそばから離れないようにね!」

「わかってる!」

 十楽寺の声に緊張が感じられる。おそらく表情もいくらか真剣なものになっているのだろう。十楽寺は山を背に向けて何かと対峙するように身構えると、持っていた棒状のそれの布をゆっくりと剥がしていく。羽柴は完全にその空気に飲まれ、訳も分からず緊張し、奈々美とレイに向かって小声で話しかける。

「あ、あれが妖怪退治の武器なんですか?」

「……武器って言えば、武器なんじゃね?」

「…。」

 奈々美とレイは顔を見合わせ、次になんとも言えない表情で羽柴に顔を向けた。意図がわからず羽柴は困惑したが、まあ見てろと言わんばかりにレイが十楽寺を指差したので、彼は再び十楽寺に目を戻す。

「…は⁉」

 羽柴はその眼を疑った。薄暗さの中で色まではわからないが、左右に羽を模した飾り、柄に巻き付いたリボン。そしてなにより先端のハート形の飾り。

「魔女っ子ステッキ…?」

「失礼な!これは僕が独自に霊力を溜めた法具、通称『マジカルヘヴンステッキ』です!」

「なんでそんな見た目なんですか!ていうか仏教なのにヘヴンて!」

「ファンシーで親しみやすさを重視してみました!」

「妖怪退治にそんなもの要りませんよ!」

 ホスト風の男が女児用のおもちゃを振り回す様に気を取られていると、突如周囲の空気が揺らいだ気がして羽柴は驚いた。次いで風圧のようなものが十楽寺を襲う。

「っ!」

 何も見えないが、何かがそこにいる。羽柴は一瞬にして体温が冷えるのを感じた。鼓動が跳ね上がる。その激しさに息ができず、胸を押さえながら羽柴はただ純粋に感じた。

 怖い。

「あーあ。羽柴さんが騒ぐから先手取れなかったよー。」

 間延びした十楽寺の声に羽柴の意識は現実に引き戻された。同時に酸素が一気に肺に入り込み、胸に痛みが走って咳き込む。呼吸をなんとか整えながら羽柴は考えた。あのままだと恐怖のあまりショック死していたかもしれない。先ほどまで自身を覆っていた真っ黒な恐怖心を思い出して身震いした。冷え切った羽柴の手をレイがそっと握る。

「えっ…?」

「レイちゃんが心配してやってんだよ。慣れてないなら見ないほうがいいよオッサン。」

「そ、そうなんですか…?ありがとうございます。」

「……。」

「なによレイちゃん。アタシは握んないよ?オッサンの手なんて触りたくないもん。」

 奈々美のセリフに軽くショックを受けた羽柴だが、先ほどの恐怖は消えつつあった。正直男に手を握られるなんて普段なら嫌悪感しか感じないはずが、レイの見た目もあってか羽柴は安心感を得られた。二、三度深呼吸をして呼吸を整えてから羽柴は十楽寺の様子を観察した。大きな怪我を負った様子はない。相変わらずステッキを肩に担ぎながら立ち尽くしている。十楽寺にはその何かが見えているようだ。

「なかなかでかいなあ。これは凶悪そうだね。」

「だ、大丈夫ですか?」

「オッサン、今は九喜に話しかけないほうがいいよ。」

「あ、すみません!」

「それに心配しなくても大丈夫だよ。九喜、すっごく強いから。」

 奈々美はそう言いながらまっすぐ十楽寺を見つめている。表情は見えないが、その声には十楽寺に対する絶対的な信頼がこもっていた。十楽寺がステッキを天に向かって掲げる。

「あまねく諸仏に帰命し奉る。金剛界の主尊大日如来よ、独鈷、羯磨、摩尼、蓮華と共に光明を差し伸べたまえ!」

 十楽寺の空気を切り裂く様な凛とした声に共鳴するように、ステッキが眩しい光を放ち始めた。山に太陽が隠れ、暗闇に変わりつつある辺りがまばゆい光に照らし出される。そこには陽炎のように揺らめく空気と、それに対峙する十楽寺の笑顔があった。先ほどの柔和な笑顔ではなく鋭い眼光で見えない相手を睨むその目は好戦的で、まるで別人のような迫力だ。ステッキを構える。

「君には悪いけど消えてもらうよ。次はちゃんと山に帰るんだね。」

 十楽寺はそのままソレに向かって一気に間を詰める。それから人間とは思えない高さまで跳躍すると、体重を乗せてステッキを一気に振り下ろした。

「みらくるへゔんぶれいく!」

「……はあ?」

 間の抜けた声とともに何かが破壊されたような衝撃が四人を襲い、思わず羽柴は目をつぶった。

 オオォオオォォオォォ……

 声のような轟音が周囲に響きわたる。アレの断末魔だろうか。大気に充満していた気配がきえると、ようやく羽柴は目を開けられた。正面から乱れた髪と服を直しながら十楽寺がこちらに戻ってくるのがわかった。レイが懐中電灯を灯す。辺りはもう暗闇に包まれていた。

「十楽寺先生!」

「いやあ今回は強敵だった~。」

「嘘ばっか。一撃だったじゃん。」

「酷いよ奈々ちゃん。普通の人間なら姿を見ただけで死んじゃうような奴なんだよ?それに見た目だってこーんなでっかくてなんかぐちゃぐちゃしてて!」

 子供が親に説明する様に両手を広げて説明する十楽寺から先程の気迫は消えていた。事の一部始終を目の当たりにし、体感した羽柴は十楽寺の笑顔に安堵した。

「なんだかわかりませんけど、本当に強いんですね…。」

「当たり前ですよ!『ミラクルヘヴンステッキ』は金剛杵に匹敵する力を持つ武器なんですからね!」

「こんごう、しょ…?」

「ダイアモンド並みの強度をもち、魔を打ち砕く仏教の武器ですよ。」

 そう言ってくるくると振り回しているステッキには傷一つない。この名前と見た目でなかったらもう少し尊敬できただろうと羽柴は脱力した。

「ともかく妖怪は霧散して消えました!元凶は絶ったし、一度派手にやればしばらく他の妖怪も寄り付きませんのでもう事故は起こりませんよ。現場監督さんの熱も間も無く下がるでしょう!」

「あ、ありがとうございます。」

「いえいえ。ところでレイちゃんは僕のこと心配してくれたよねー?ほら見てよここちょっと擦り剥いちゃって…ってちょっと!なんで二人手を繋いでるの⁉この数十分の間に何が…。」

「あっ!ち、違います!これはちょっと!」

「びびって震えちゃってるから仕方なく握ってやってたんだよ。ね、レイちゃん。」

「そ、それは…。」

「なんだ、びっくりしちゃったよ。レイちゃんは優しいもんねー。」

「キモッ!」

 奈々美の言葉も気にせず笑顔を絶やさない十楽寺と、同い年くらいの男に頭を撫でられても嫌な顔せずされるがままなレイに若干驚きながら羽柴はその三人の様子を眺めていた。これまで生きてきた二十八年間で一度も経験した事のない出来事を一日の間に次々に体験し、彼は半ば放心状態だった。

「さて、ここから新宿までは結構かかるからそろそろ帰ろっか。あ、そうだ。羽柴さん!」

「え、何ですか?」

「料金、まだ伝えてませんでしたよね。一千万円です。この口座に振り込んでおいてください。」

「はい。……ぇええ⁉な、い、一千万!?」

「そうですよ。こっちも命かかってますからね。」

「で、でも一千万なんて!」

「貴方も感じたでしょう?死の恐怖。」

 十楽寺の言葉に羽柴は出かかった声を詰まらせた。妖怪と呼ばれた存在が現れた瞬間、自身を襲ったあの恐怖。先のない暗闇が目の前に永遠に広がるような絶望。あれは死の恐怖だったのか。

「それじゃ、今回は十楽寺九喜をご指名いただきありがとうございました。上司の大島さんにもよろしくお伝え下さい!あ、振り込みは二週間以内にお願いしますねー!」

「え、ちょ、ちょっと!」

 羽柴の引き止めも聞かずに十楽寺達は乗ってきたレンタカーに乗り込み工場建設場を出て行ってしまった。遠ざかっていく車の明かりを見送りながら、羽柴は別の恐怖が自分を襲うのを感じた。



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