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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第七話 Pyrokinesis girl(6)


Pyrokinesis girl(6)

「…で、一応聞くけど、アンタがやった放火はいくつ?」

「……今日の合わせて三つです…。」

 馨君に逃げられない様にと下着姿にされ、トランクス一丁に正座姿をさせられた早乙女は消え入りそうな声で答えた。…と言うかなんだこの図は。ここはいつからヤクザの事務所になったんだ。ピアスだらけの浅黒い肌にばさばさのライオンヘアーの早乙女の容姿も相まって余計にそれらしく見える。遅くなるからと美弥さんを帰らせて本当に良かった。

「聞こえないよ。ちゃんと大きな声で細かく説明して。」

「ひい!すいませんすいません!」

 涼君の部屋にあった土産物の木刀で早乙女の腹をつつく馨君。ボクからすれば運動神経のない馨君は虎の威を借る狐状態だけど、早乙女にすれば『大黒天』を家来のように扱う彼は涼君よりも脅威なんだろう。助けを求めるような視線を送られるがそっと目を逸らした。

「……最初はアイリスの友達の家の玄関に出してあったゴミっす。オレと別れておきながら楽しそうに話すのにムカついたからっす…。二回目は、アイリスの家の植え込みで、オレと別れてまだ一カ月なのに男三人も連れ込んでるのが許せなかったからっす。で、三回目は、今日の三上さんの家で…。てっきりアイリスの新しい男かと思ったんで…。」

「うわあ…。」

「どうしようもないクズだね。」

「今回は同意だ。」

 早乙女の背中がさらに小さくなる。今回は涼君も止める気もないからどうしようもない。ボクも流石に庇う気にはなれないし。早乙女は染めすぎて傷んだ髪で顔を隠しながらポツリポツリと呟き始めた。

「…あいつに振られたのが許せなかったんすよ…。ナンパで簡単について来たクセに、触らせもしねぇし。しかも一カ月もしたら想像と違ったとか、あなたは私の王子様じゃないとかぬかしやがって。あんなイタい女にこのオレが振られるとかマジありえないっしょ。だからオレを振ったことを後悔させてやりたくて──痛っ!」

「何語ってんの?お前の気持ちとかどうでもいいよ。で、他には?」

「えっ…?」

 馨君に脇腹を突かれたまま、ポカンとする早乙女。確かに今話だけだと今日のノートの件や部屋での出火については触れられていない。馨君はその事を問いただしているんだ。

「他にもやってるでしょ?ちゃんと全部話せよ。」

「今日のノートが燃えた奴とかな…。どうやったんだ?」

「えっちょ、ちょっと待ってくださいよ!なんすかそのノートって!オレがやったのはそれだけっす!」

「往生際が悪いね。ここまで言ったんだから全部吐いちゃいなよ。」

 そう言いながら馨君は木刀を二、三回素振りした。打たれると思ったのか、早乙女は身をすくめながらも必死に抗議の声をあげた。

「本当に知らないんです!嘘なんて付いてませんよ!」

「…ねえ、信じても良いんじゃないかな?」

「……まあ、嘘を付いてるようには見えないな。」

 ボクと涼君の言葉に僅かに早乙女の頰が緩む。正直、裸でボク達に懇願する姿があまりにも惨め過ぎる。ここまでわかったんだからいい加減服を着せてやってもいいんじゃないかな。そんなボクの思いを否定する様に、馨君が木刀を床に突き立てる。

「甘いよ二人とも。さっきの放火の話も嘘ついて逃れようとした奴だよ。ねえ?」

「そ、それは…!」

「反論出来るの?出来ないよねえ。こういう奴は恐怖を与えるのが一番効果的なんだ。」

 そう言うと馨君は早乙女が持って来たビニール袋の固形燃料を彼の頭にぶちまけてライターを取り出した。

「ちょ…!」

「早乙女先輩って不良ですよね?じゃあ酒も当然やってますよね。」

「へ、え…っと……。」

「答えろよ。」

「や、やっやってます!昨日も飲みました!すみませんすみません!」

 それを聞くと馨君はにっこりと笑ってライターを着火した。あまりの不気味さにこっちまで固まる。

「ねえ知ってる?人体自然発火の被害者には酒好きが多いんだってさ。僕が思うにそれはアルコールのせいじゃ無くて、二日酔いの原因であるアセトンが体内で大量に生成されるからだと思うんだ。最近じゃ人体発火の原因はアセトンだとも言われてるしね。」

「あの…。え……?」

「アンタに火をつけたら、骨まで燃えてくれるかな?」

バタンッ!

「…馨さん、その辺にして下さい。」

 涼君が馨君を羽交い締めにして止めると同時に、襖が勢い良く開いた。その襖の向こうから、Tシャツに短パンというラフな格好の暖ちゃんがリビングに入って来た。

「…暖ちゃん、危ないから入って来ちゃダメだって言ったじゃないか。」

 ちょっと不満げな馨君の言葉を聞いた後、暖ちゃんは玄関近くの穴の空いた廊下の壁を一瞥してから涼君を見た。

「これ以上は放って置けません。お兄ちゃん達に任せてると家が壊れます。」

「…すまん。」

 視線を落として謝る涼君。無言で涼君を見つめる暖ちゃんの視線が痛い。目が怒りを伝えている。涼君に似て眼光鋭いようだ。馨君がむくれながら文句を言う。

「別に本気でやったりしないよ。犯罪者になりたくないし。でもコイツの口をわらせないと。」

「馨さん…。」

 一体暖ちゃんには馨君がどう見えているんだろうか。ぶすっとしてる馨君を見て暖ちゃんの目から怒りが消え、女の子らしい仕草で困った顔をした。ボクと目が合うと、取り繕った様に表情を引き締め直した。

「………でも、…家が壊れないくらいでしたら構いません。あと近所迷惑にならない程度でお願いします。」

「えっ!おい暖!?」

「ありがとう暖ちゃん!やっぱり暖ちゃんは涼より優しいね!」

「でもこの人さっきので気絶してるよ…。」

「なんだ、だらしない奴。まあ丁度いい。一度使ってみたかったのがあるんだよね…。」

 嬉々として何かの準備を始める馨君。男の悲鳴と共に悪夢の夜が幕を開けるのは、この数分後の事だった。



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