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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第七話 Pyrokinesis girl(5)

Pyrokinesis girl(5)

「アイリス、帰ろう。」

「はい、三上さん。」

 放課後、オレンジ色の西日に照らされて二人が並んで歩き出した。方やボクと馨君と美弥さんは薄暗い下駄箱の棚に隠れつつ涼君とアイリスさんの様子を観察する。

「アイリス!?アイリスだって!!いきなり呼び捨てって馨くんどういう事なの!?」

「うるさいなバレるから静かにしてよ美弥。お前も普段呼び捨てで呼ばれてるだろ。」

「それとこれとは違うの!ううぅ~!」

 やり場のない悔しさで呻く美弥さんを尻目に馨君は二人を見失わないように動き出す。といっても、普通に帰る生徒に紛れて歩くだけなんだけど。アイリスさんの家は東中の近くだ。元西中生が多い北高生でその辺りに住んでいる人はあまりいない。人が疎らになるまでただひたすら二人の後をつける。しばらくして、北高の生徒がほとんど見当たらなくなると、ボク達は目立たないよう、何をしてるか見える程度の距離を開けて歩く。頃合いを見て、馨君が涼君に携帯で二回コールした。二人で決めた合図らしい。

「今のどういう意味!?」

「美弥さん落ち着いて!」

「もう少し声落とさないと聞こえる。…見てればわかるよ。」

 そう言われてボクは二人に目を凝らした。隣で美弥さんも固唾を飲んで見守っている。少し涼君の歩調が遅くなった様な気がする。それに気付いたらしいアイリスさんが僅かに振り返る。振り返ったアイリスさんの左手を涼君が、握った。

「……よし!」

 二三事何かを話したらしき二人はそのまま手を繋いだまま歩き出した。計画が上手く行ったらしい馨君が小さくガッツポーズをとった。しかしそれよりも隣から来る負のオーラが気になってそれどころではない。美弥さんが怖くて見れない。

「み、美弥さん…?あ、あれは多分演技だから…──ヒッ!」

「………。」

 意を決して見た美弥さんは、真っ暗に淀んだ瞳で二人を凝視したまま口を真一文字に結んでいた。そして鞄の持ち手部分を引きちぎらんばかりに引っ張っている。化学繊維で出来た鞄の持ち手がギチギチと音を立てている。怖い。無表情の方が般若の形相より怖いと初めて知った。その様子に流石の馨君も恐怖したのか、美弥さんに謝った。

「……美弥が知ってると絶対止めると思って言わなかったんだ。悪かったよ。でも必要な事なんだ。後で涼に埋め合わせさせるから。」

「…ぅん……。絶゛対゛だか゛ら゛ね゛…!うえええん!」

 先ほどの顔はショックからだったのか、それとも気持ちを抑えていたからなのか、美弥さんは元の表情豊かな顔に戻って半泣きで馨君をぽかぽかと叩いてからボクに抱きついて来た。優しく背中をさすって彼女を慰めながら、ボクはもう遠くなってしまった二人のシルエットを見つめていた。

 日もすっかり落ちた午後10時。片手にビニール袋を持った不審な男がマンションの脇をうろついている。10時ともなれば、郊外の住宅街に人通りなんてほぼない。男はキョロキョロと周りを見回すと、身軽な動作でマンションの塀を乗り越えて一階の廊下に立った。その後は左右を見回し、エレベーターに乗り込んだようだ。暫くするとカツカツと廊下を歩いてくる音が聞こえてくる。やがてドアの目の前まで来たのか音が止んだ。

ガンッ!

「ぶふっ!?」

「深夜にご苦労様。」

 男はビニール袋を床に置いて何かしようとしていたらしく屈んだ状態だったのでもろに顔面からドアの洗礼を受けた様だ。鼻を抑えて悶えている。それでもヤバいと思ったのか、なんとか這うように逃げ出そうとしたが、涼君に襟首を掴まれ片手で部屋に引きずり込まれた。すかさずボクがドアを閉めて鍵をかける。

「っ!離せ!!」

「廊下で騒がれると迷惑なんだよ。」

「へえ。中はただの新聞紙と固形燃料か。これじゃ被害はたかが知れてるね。」

「っ!見んじゃねえよ!!」

 男が馨君からビニール袋を取り返そうと掴みかかろうとした所で逆に涼君に掴まれて壁に背中を打ち付けられる。

「ああ、ここ防音しっかりしてるからもう騒いでもいいよ。サオダケ君。」

「俺の家なんだから騒がれたら困る。あと早乙女昴だ。」

 そう、ここは涼君が住んでいるマンションの部屋だ。涼君にアイリスさんを送らせ、ボク達は先回りして涼君の家で待機する。その後帰宅した涼君と合流してこの男、アイリスさんの元彼である早乙女昴が小火を起こしに来るのを待っていたというわけだ。

「なんでオレの名前を…!?」

「僕の“友達”が一日で調べてくれてね。身辺調査をしたら最近ずっと元カノの帰り道を事付けてるんだってね。」

 馨君が携帯のメール画面を突きつける。差出人は義人君だ。そこには早乙女の個人情報、最近の行動内容が事細かに書かれていた。通りで今日、義人が休んでいたわけだ。昨日今日を使って彼の事を探っていた様だ。早乙女の顔が蒼ざめる。

「南高の二年生か…。通りで馬鹿なわけだ。今までの屋外の小火は彼女が誰かと親しくしたその日のうちに起きている。なんの計画もなく感情に任せて嫌がらせをしていたんじゃないの?」

「う、うるせえ!!て言うか誰なんだよてめえら!」

「へえ、南高のクセにこいつの事誰か知らないの?三上涼の事。」

「みっ三上涼って…!?」

「おい、馨…。」

 涼君が困った顔をするが、馨君が畳み掛ける様に男の真横に手をつく。男は涼君と馨君の両方から壁に固定された状態になった。これ程嫌な壁ドンはないだろう。

「知らない訳ないか。『大黒天』、破壊神と揶揄され、南高でも恐れられていた元番長だもんね。ねえ涼?」

「もういい加減にしろよ…。」

「う、嘘だろ…!どうせハッタリだ!三上なんて名前何処にでもあるからな…。」

「…。」

「だいたいオレが火をつけたって言う証拠でもあんのかよ!今日だって…オレはこのマンションのダチに会いに来ただけだ!」

ガァン!!

「ヒッ…。」

 部屋に轟音が響く。…と言うか、早乙女の顔の横の壁が拳の形に陥没した。早乙女が情け無い声を漏らす。

「…人の家に火付けておいて、それで済むと思ってんのかてめえ。」

「…ぁ……。」

「話してくれるよね?」

 怒った『大黒天』と、この状況で笑顔の馨君に挟まれ、早乙女は項垂れた。



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