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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第八話Albtraum(6)

Albtraum(6)

 声に気づいて目をやると黒いフード付きマントを着た男が部屋の奥から出てきた所だった。びっくりしたボクがとっさに謝ろうとした時、男の手に光る物が握られているのに気づいた。

「神聖な“目覚めの間”に立ち入る悪魔の手先どもめ…。滅してやる…。聖なる剣をくらえ!」

 男は叫びながら近くにいた馨君に短剣を振りかぶった。が、涼君による本気の蹴りで吹っ飛んだ。勢いよく本棚にぶつかった男は落ちてきた分厚い洋書数冊を頭に受けて悶えている。

「ナイフで切りかかるかよ普通…。大丈夫か馨?」

「きゃああ!二人とも大丈夫!?」

「うん。それよりコイツの短剣が気になるな。ちょっと涼取ってきて。」

「言ってる場合じゃないよ!早く出ないと…!」

「なんだ今の音は?っ!貴様ら何者だ!?」

 本棚にぶつかった音を聞きつけたのか更に同じ格好の男が三人現れた。皆ボク達を見た瞬間マントから短剣を取り出して構える。

「か、勝手に入ってごめんなさい!ボク達悪気はなくて…!」

「そ、そうなんです!たまたま講堂が開いてて、たまたま地下室の入り口見つけちゃっただけで──」

 だが美弥さんが話している間に男達が突進して来た。終わりだ、丸腰のボク達に大人三人を相手できるわけない。せめて美弥さんが傷つかないように手を広げて前に立つが、更にボクの前に涼君が立ちはだかった。

「すいません!」

 涼君は一番最初に突っ込んできた男の手首を掴むと思い切り投げ飛ばし、手首を捻って短剣を奪うと裏拳の要領で短剣の柄を次の男の鳩尾に打ち込む。男が崩れ落ちると共に三番目の男が一瞬躊躇して出来た隙に強烈な回し蹴りを腹に打ち込んだ。あっという間に三人が痛みに立ち上がれなくなった。呆気に取られていると馨君が燭台を勢い良く地面に投げ捨てる。瞬間目の前が真っ暗になった。

「逃げるぞ!走れ!」

「う、うん!」

 ボクは隣にいた美弥さんの手を咄嗟に掴んで元来た道を走った。後ろから複数の足音が聞こえてきて恐怖したが、なんとか階段を駆け上がり、講堂を出る。どっちへ逃げようかと少し立ち止まった時、美弥さんが繋いでいた手を引っ張った。

「裕太くん!馨くんと涼くんも来たよ!」

「二人とも、こっちだ!」

 馨君に呼ばれてボク達は教会の裏に回る。そこで息を殺して様子を見ていると、少し遅れて男達が出てきた。男達は辺りを見回してボク達が見当たらない事を確認すると、何か相談を始めた。

「どうする?応援を呼ぶか?」

「いや、あれは北奎宿高校の制服だ。司祭様に連絡して様子を見よう。」

「ああそうしよう。それから目覚めの間を清めなくては…。」

 男達は納得した様子で、揃って十字を切るような動作をしてから教会の中に戻っていった。彼らが戻ってこない事を確認してから素早くその場を離れた。東中の近くまで戻って人の姿が見えるようになってようやく人心地がついた。予期せぬ命の危機から脱出したせいかボクの心臓はまだ高鳴っているが、馨君が少し落ち着いた様子で口を開いた。

「『すみません』て叫びながら人投げ倒す奴初めて見たよ。」

「うるせえな…。階段で盛大に転んだ奴に言われたくねえよ!」

「暗かったんだから仕方ないだろ!」

「お前が火を消したんじゃないか!」

「目くらましだよ!」

「もう二人とも!言い合いしてる場合じゃないでしょ?」

「あの人達、もう追ってこないかな…?」

「さあね。…でもこれではっきりした事があるよ。」

「え?何が?」

 馨君が不敵な笑顔を浮かべた。その笑顔に嫌なものを感じる。

「明日部活の時に話す。さあ、今日は美弥を送って帰るよ。」

「う、うん……?」

 大の男四人に狙われた直後にも関わらずどこか嬉しそうな顔をしている馨君がボクは少し不気味に感じた。案の定帰り道で心配性な涼君が馨君に詰め寄る。

「馨。明日何するのか知らないが、もう調査はやめないか?今回は流石に危険過ぎる。」

「イヤだ。ここまで来てやめられるわけないだろ。」

「お前……。金田にもあの男たちにも襲われかけてるんだぞ?俺がいなかったらとっくに病院送りだったろうが。」

「なら涼がずっといれば良い。何のために勉強教えてお前をそばにおいてると思ってるんだ。」

「か、馨くん言い過ぎだよ!そんな言い方ないよ──」

「美弥、いいんだ。」

 美弥さんが馨君を咎めようとするのを涼君が制した。酷い言い方だけど、馨君の言いたい事は、それだけ涼君を信頼してるという事だとわかっているんだ。

「守りきれない事だってある。…というか、よくわからんがこれは今までのとは違って、何かでかい事件だと思う。このままじゃ美弥も裕太も危険にさらす事になるだろ。」

「涼くん…。」

「お前のオカルトを証明したいっていう夢は…俺にはよくわからないが叶えばいいと思う。手伝おうとも思う。でも他の人を危険にさらすのは身勝手すぎるぞ。」

 初めて涼君の馨君に対する真剣な気持ちを聞いた。涼君は何処までも優しい人だ。いつも人の事を考えてる。真剣な表情の涼君に、馨君は応えるように向き直る。それから一呼吸間を置くと、まっすぐに涼君とボク達を見据えた。

「涼、ずっとその性格を利用してきたけど、僕には正直お前のその人に合わせる姿勢がわからない。僕は自分の夢を叶える事を基準に生きてきたし、これからもきっとそうだ。僕は多分人の気持ちがよくわからないんだ。付き合いきれないならそれでいいよ。部活を辞めてもいい。」

「そ、そんな事言わないでよ馨くん!」

「僕は自分のしたい事だけしか出来ない。君達の事まで気にできないんだ。」

 それだけ言うと馨君はくるりと背を向けて歩き出した。いつも皮肉な物言いをする馨君の本音に、ボクは少し混乱した。おろおろする美弥さんと、沈んだ表情の涼君を隣に、何も言えなかったままボクはその空気を読む事しかできなかった。かつてなく最悪なムードのまま、美弥さんを家まで送り届けてボク達は自分の帰路に着いた。


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