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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第八話Albtraum(7)

Albtraum(7)

 翌日の放課後。ボクは部室に向かおうか悩んでいた。昨日の馨君の言葉にどうしても迷ってしまう。馨君の行動も、いつもならきっとなんだかんだ許せていただろう。でも昨日は下手すればボク達は大怪我じゃ済まなかったかもしれないのだ。これからの事を考えるとどうしても決心がつかない。どうしようか旧校舎の廊下をうろうろしていると、急に背中を叩かれた。振り返ると笑顔の美弥さんがいた。

「やっほう裕太くん!裕太くんも部室に行くとこ?」

「う、うん…まあ。」

「…ひょっとして迷ってた?」

「……うん。」

 申し訳なくなりながらも答えたボクに、美弥さんは優しく微笑んで、ボクを廊下の隅に連れてきた。

「えへへ、私もね、ちょっと悩んじゃった。馨くんはとってもハチャメチャだし、怖い目にもあったよね。平川くんの事件の時は私、夜中に馨君の格好して森の中一人で歩かされたし。」

「うん…。」

「でもね、私はやっぱりオカルト部が好きだなーっておもったの。馨君はやりたい事だけって言ってたけど、おかげで助かった事もいっぱいあるから。」

 確かにそうだ。馨君のやり方は悪いけど、おかげでボクは田口に殺されなかったし、美弥さんの従兄弟が誘拐された時は、馨君が解決しなければ家族関係にヒビが入る可能性があったかもしれない。

「だからやっぱり私は馨くんについていく!…まあ、私は涼君みたいに強くないし馨君ほど頭も良くなくて、足手まといになってると思うけどね。」

「そんな事ないよ!美弥さんがいなかったら涼君と馨君の喧嘩を止められる人がいなくなっちゃうよ。美弥さんがいるから、オカルト部が平和でいられるんだよ。」

「えへへ、ありがとう!でも裕太くんも同じだよ。涼君が折れちゃう所で、裕太くんがビシッと言って馨君の暴走を止めてくれるでしょ?」

「そ、そんな事…。」

「それに昨日は私を護ろうとしてくれたしね!ありがとう裕太くん!」

 とびきりの可愛い笑顔で言われて心がときめいた。やっぱり美弥さんは人の心をつかむのが上手い。ボクが彼女にそういう気持ちを抱いているせいもあるけど…。

「だから私は裕太くんにも残って欲しいな。もちろん、強制出来ないけど…。今日だけでも部活に出て、それから決めても良いんじゃない?」

「…うん、そうだね。ありがとう美弥さん。」

 美弥さんに促され、ボクは今日の馨君の行動を見てから決めようと決心した。

「…遅かったね二人とも。座りなよ。」

 部室に入ると、馨君はソファに座って涼君が淹れたお茶を飲んでいた。その光景があまりにもいつも通りでなんだか拍子抜けしてしまう。馨君にとっては、それもどうでもいい事だったんだろうか。傍に座っていた涼君が申し訳なさそうにボク達を見た。

「昨日はすまなかった。俺の言い方が悪かったせいで変な空気になって…。」

「涼君のせいじゃないよ!私達の事心配してくれたんだよね、ありがとう!」

「そんな事はいいから。本題に移るよ。」

 そう言って馨君は部屋の隅に目を向けた。ボク達の入ってきた扉と反対側に白衣姿の来須先生がおどおどと佇んでいた。

「あれ、先生!珍しく見に来たんですか?」

「え、ええ。……本当は今日は期末前で部活は禁止の筈なのに君達が部室にいると聞いたので…。」

 ボソボソと困った様に本音を喋る来須先生。って、そういえばそうだ。当たり前の様に集まってしまったが大丈夫なのだろうか。

「五時までは校内に残っていい筈ですよ。いいからさっさと座ったらどうですか。」

「いいからって…仕方ないですねえ。五時になったら出ますよ!」

 なんとか教師としての威厳を見せようとしつつも結局馨君には逆らえないらしい。眉を八の字にしながらいそいそと椅子に腰掛けた来須先生を見て、ボク達も定位置についた。それを見届けた馨君は来須先生を無視する様にいつもの様に話し始めた。

「アブダクションの真犯人はわからない。犯人は一人じゃなさそうだしね。でも実行犯はわかったよ。」

「あの変な教会の人達じゃないの?」

「あいつらももちろん関わってるだろう。でもあの男達だけじゃない。内容までは見れなかったけど地下室にあったいくつかの本に英語で心理学や薬草、魔法陣という文字があった。あの建物といい、大きな組織が意図的に中高生を攫って何かの儀式をしてたんだ。」

「ちょ、ちょっとなんの話をしてるんですか?貴方達また何か変な事をやり始めたんじゃ…──」

「儀式と言ってもただの儀式じゃない。魔術にかこつけて精神に負担をかけるような拷問をされたんだと思う。だからアブダクションされた人は皆その日の事がトラウマになって話せないんだ。」

 来須先生の言葉を遮る様に馨君は続ける。本当にいない様な扱いを受けて来須先生はおろおろしたが、とりあえず最後まで話を聞こうと納得行かなそうに口をつぐんだ。

「じ、じゃあ実行犯ていうのは?」

「…アブダクションは多分コシマ君が初めてじゃない。僕達が関わった限りでは多分トグチ君が最初だ。キョウカイというフレーズ、そして遠目だけどあの男達が持っていた短剣は裕太を襲った時に持っていた物によく似てた。次にヒラヒラ君、羽淵先輩、アリスもだ。」

「え!?」

「田口くんと平川くんはいいとして、羽淵先輩やアイリスちゃんはどうして?」

「羽淵先輩もアイリスもあの教会に通ってたわけじゃないだろ?」

「おかしいと思わない?僕達が入学してから一年も経たないうちにこれだけ妙な事件が起きてるなんて。それも犯人は皆ごく普通の学生ばかり、突然おかしくなって凶行に及んでいる。」

「それはそうだけど…。」

 馨君の言いたいことの意味がわからない。確かにこののどかな市でほぼ月に一度のペースで異様な事件ばかり起きているのは妙だ。でも、それとこの事件がどう関わるって言うんだろう?

「確かに羽淵先輩達は教会とは関わりはなかった。でも組織の人間が教会だけとは限らないよね。涼、イーリスと関わりのあった人物は?」

「え、えっと…。川島麻里と、早乙女昴、美術部の部員……あとは両親と教師くらいじゃなかったか?」

「ま、まさかそれって…。」

 ボクと美弥さんが気付いたのはほぼ同時だった。ここに来て馨君は来須先生を鋭く見た。

「教会に行ってないイリスと羽淵先輩の共通点はこの学校の教師との関わりだ。僕達が関わった事件は本当は一つの事件だったんだ。」

「な、なんの事を言ってるんですか?怖いですよ結城君…。」

「羽淵先輩の時点で気づくべきだった。彼女がスパイクの紐を脆くした方法は塩酸だ。一介の女子高生が手に入れられるものじゃないよね。化学教師の協力無しには。」

「か、馨!まさか来須先生が犯人だって言うのか!?あり得ないだろそんなの!」

「そ、そうだよ…。第一化学の先生なら他にもいるじゃない!」

「…裕太、美弥。お前達あの地下室にあった魔法陣をどこかで見たことがあるって言ってたよね。」

「え?」

 馨君がいきなり話題を変えた事に若干戸惑いながら考える。確かにそうだ。あの文様を見たとき、何か既視感があったんだ。

「僕もだよ。先生、白衣のボタンをとって見せてよ。」

 馨君の言葉に先生は何も言わず、普段は外していた白衣のボタンを外す。それを見た僕達は青ざめた。露わになったベストのボタンにあの文様が掘られていたんだ。来須先生は一つ大きく息を吐くと、メガネを外してボク達を真っ直ぐ見つめた。その目は底の見えない泉のようで、ボクには先生が何を考えているかわからなかった。

「…これは私達友愛協会のシンボルなんです。毎日着ていたのに気づくのが遅いですよ皆さん。」

「アンタが首謀者だね。友愛団体って事は宇宙人じゃなくてフリーメイソンか!」

「そんな所です。まあ、団体ではなく協会ですがね。私の仕事はこの地域の子供達に教えを施す事です。」

 先生はボクが聞いた事が無いくらい平坦な声で答えた。興奮する馨君と違い、至極落ち着いた先生にボクはひどく動揺した。自分がやった事をわかっているのだろうか。急にこの人物が自分の知ってる来須先生じゃない何かに思えて寒気が走る。

「せ、先生がみんなをあんな風にしたの…?」

「ええ。もちろんあの結果を望んでいたわけではありませんよ。私達の目的は救済ですから。」

「きゅうさい…って何だよ。」

「貴方方にもわかるようにお教えしましょう。私達の目的は子供達をこの悪夢から目覚めさせる事です。」

 そう言うと来須先生はまるで別人のように淡々とした態度で立ち上がってボク達を見渡した。


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