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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第五話 Missing Days(2)


Missing Days(2)

 午後。

「……調査は明日からだ。今日は…休む……。」

 畳にうつ伏せに倒れたまま馨君が言った。あれから電車を三本乗り継ぎ、更にバスに乗って山道を歩いてやっと旅館にたどり着いた。山の麓というか殆ど山の中の旅館だ。時刻も既に昼過ぎをまわっていた。乗り物ばかりで疲れたのもあるが、炎天下の中歩いたのは相当に堪えた。

「大丈夫かよ馨。水飲め。」

「ここまで遠かったもんね。初めてじゃ辛かったかな…。」

 美弥さんは慣れているのかいつも通り元気だ。もうすでに荷物を自分の部屋に片付けてしまってボク達の部屋に来ている。

「それ程じゃないよ。でも今日はちょっとゆっくり過ごした方がいいかも…。」

「そうですね!天狗調査はまたにしましょう!」

 来須先生が首をぶんぶんと縦に振って同意する。怖がりな来須先生にとっては願ってもない事のようだ。その様子を横目に馨君が舌打ちした。

「さて!じゃあ私叔母さんたちに挨拶してくるね!」

「ああ、では私も…。」

「美弥ねーちゃん!!!」

 来須先生が襖に手をかけた瞬間に勢い良く襖が開き、小さい何かが飛び込んできた。

「うわあ!?」

 十歳くらいの男の子だ。思い切り来須先生にタックルしてから美弥さんの方へ駆け寄った少年は、子供らしい元気な声を張り上げた。

「美琴(みこと)くん!久しぶりー!」

「うん久しぶり!」

「失礼します。あら、大丈夫ですか先生!もう、美琴!!」

 続いて着物姿の女の人が入ってきた。名前を呼ばれた男の子は悪びれる様子もなく美弥さんの後ろに隠れた。

「琴音(ことね)叔母さん久しぶり!」

「まあ美弥ちゃん去年ぶりねえ。出迎えできなくてごめんなさい。元気にしてた?」

「はい!美国(みくに)叔父さん元気?」

「元気よ。今厨房にいるの。」

 美弥さんに向かって朗らかに微笑む女性。どうやらこの人は美弥さんの叔母さんらしい。

「え、えっと、私彼女達の顧問の来須です。お世話になります。」

「いえいえこちらこそ。大した旅館ではありませんがどうぞゆっくりしていって下さい。」

 深々と頭を下げた女将さんにならい、寝転がっている馨君を除いたボク達もお辞儀した。

「ねえねえ美弥ねーちゃん!今年はどのくらいいるの?」

「今年は四日間だよー。合宿だからね!」

「えーー。つまんねーよ!もっといてよー!」

「ごめんねえ美琴くん。でも、今年は私の友達も一緒だからいっぱい遊べるよ!」

「このメガネ、ねーちゃんの友達なの?」

「め、メガネ…。」

「こら美琴!お姉ちゃんの先生になんてこと言うの!」

「い、いいんですよ。慣れてますから。はは…。」

「……うるさい。」

 少年、もとい美琴君の子供特有の大きな声に馨君が顔をしかめて横を向いた。

「ああ、ごめんなさいねえ。今お茶お持ちしますから。ほら、美琴!お兄さん達疲れてるんだから戻りなさい。」

「はーーい。また後でね美弥ねーちゃん!」

 美琴君はそういうと女将さんの横をすり抜けて部屋から出て行った。女将さんもボク達にもう一度会釈をすると静かに襖を閉めた。

「元気な子だね。美琴君。」

「えへへ、私の従兄弟なの!毎年遊んでるんだけどもうやんちゃで大変!」

「…僕は遊んでやる気はないからな。」

 馨君は座布団を枕に火照った顔でこちらを睨む。隣でうちわで扇がされている涼君がため息をついた。

「もう良いからお前ちょっと寝てろよ。軽い熱中症なんだから。」

「そうですよ結城君。なんなら明日も寝込んでてもいいんですけど…。」

「なんか言ったか来須?」

「なんでもないです!と言うか呼び捨て…。」

 結局、馨君がダウンしたので奥の座敷に寝かせ、ボク達は部屋でのんびりすることにした。

縁側の障子を開くと簡素ながらも風情ある庭園と登って来た道の緑が見え、なかなか素敵な眺めだ。部屋も特別に大部屋をとってもらったので十分にくつろぐ事が出来、合宿という言葉から想像していたものより数倍有意義に過ごせた。

ガタン

 テレビを見ながら皆でお茶をしていたら唐突に奥の襖が開き、馨君が扇ぎながらこちらに入ってきた。その顔色は数時間前より大分良い。

「馨君、もう大丈夫なの?」

「うん。汗かいて気持ち悪いから風呂に入りたい。」

「ああ、もうこんな時間ですね。私は後で良いので、皆さんで楽しんで来なさい。」

 来須先生の言葉に、外を見ると空は薄っすら桃色がかっていた。

「ここ温泉あるよ!露天風呂も!」

「覗くなよ美弥。」

「なんで私に言うの!?」

 美弥さんに案内されて浴場まで行く。美弥さんと別れ、三人で男湯に入ると、そこはなかなか広い木製の浴場だった。

「凄い!温泉て感じだね。」

「外も見えて綺麗だな。」

「…ちょっと待てよ馨。そのまま入ったらダメだろ。なんだそれ…バスローブ?」

 涼君の言葉に後ろを見ると馨君はバスローブでしっかり体を隠している。ナチュラルに何を着てるんだ。と言うかバスローブなんて持ってる事に驚きだよ。

「馨君…別に体が細かったってボク達気にしないよ。ボクもほら、筋肉ないし。」

「そうだよ。人の体なんて気にしても仕方ないだろ。」

「腹筋割れてる奴に言われたくないよ!大体風呂に入りたいって言っただけなのになんで皆で入る事になるんだ!」

「バラバラに入ったら手間だろ。良いからタオルとれ!」

「嫌だ!」

「冷たっ!やめろよバカ!」

 馨君が涼君に水をかけた事がきっかけで水のかけ合いになってしまった。男同士だとバカみたいにこういう事したくなるんだよな。ちょっとはしゃいでしまう気持ちもわかる。とばっちりでボクにもかけられた事で参戦してしまおうという所で、目の端にお客らしき人が動いたのが見えて慌てて二人を止めた。

「ちょ、ちょっと二人とも!お客さんいるよ。」

「えっ。あ、すみません…。お前良い加減脱いでこい。」

「チッ…。すみませんでした。」

 ボク達が謝るとその男の人は苦笑して手を振った。




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