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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第七話 Pyrokinesis girl(6)


Pyrokinesis girl(6)

「…で、一応聞くけど、アンタがやった放火はいくつ?」

「……今日の合わせて三つです…。」

 馨君に逃げられない様にと下着姿にされ、トランクス一丁に正座姿をさせられた早乙女は消え入りそうな声で答えた。…と言うかなんだこの図は。ここはいつからヤクザの事務所になったんだ。ピアスだらけの浅黒い肌にばさばさのライオンヘアーの早乙女の容姿も相まって余計にそれらしく見える。遅くなるからと美弥さんを帰らせて本当に良かった。

「聞こえないよ。ちゃんと大きな声で細かく説明して。」

「ひい!すいませんすいません!」

 涼君の部屋にあった土産物の木刀で早乙女の腹をつつく馨君。ボクからすれば運動神経のない馨君は虎の威を借る狐状態だけど、早乙女にすれば『大黒天』を家来のように扱う彼は涼君よりも脅威なんだろう。助けを求めるような視線を送られるがそっと目を逸らした。

「……最初はアイリスの友達の家の玄関に出してあったゴミっす。オレと別れておきながら楽しそうに話すのにムカついたからっす…。二回目は、アイリスの家の植え込みで、オレと別れてまだ一カ月なのに男三人も連れ込んでるのが許せなかったからっす。で、三回目は、今日の三上さんの家で…。てっきりアイリスの新しい男かと思ったんで…。」

「うわあ…。」

「どうしようもないクズだね。」

「今回は同意だ。」

 早乙女の背中がさらに小さくなる。今回は涼君も止める気もないからどうしようもない。ボクも流石に庇う気にはなれないし。早乙女は染めすぎて傷んだ髪で顔を隠しながらポツリポツリと呟き始めた。

「…あいつに振られたのが許せなかったんすよ…。ナンパで簡単について来たクセに、触らせもしねぇし。しかも一カ月もしたら想像と違ったとか、あなたは私の王子様じゃないとかぬかしやがって。あんなイタい女にこのオレが振られるとかマジありえないっしょ。だからオレを振ったことを後悔させてやりたくて──痛っ!」

「何語ってんの?お前の気持ちとかどうでもいいよ。で、他には?」

「えっ…?」

 馨君に脇腹を突かれたまま、ポカンとする早乙女。確かに今話だけだと今日のノートの件や部屋での出火については触れられていない。馨君はその事を問いただしているんだ。

「他にもやってるでしょ?ちゃんと全部話せよ。」

「今日のノートが燃えた奴とかな…。どうやったんだ?」

「えっちょ、ちょっと待ってくださいよ!なんすかそのノートって!オレがやったのはそれだけっす!」

「往生際が悪いね。ここまで言ったんだから全部吐いちゃいなよ。」

 そう言いながら馨君は木刀を二、三回素振りした。打たれると思ったのか、早乙女は身をすくめながらも必死に抗議の声をあげた。

「本当に知らないんです!嘘なんて付いてませんよ!」

「…ねえ、信じても良いんじゃないかな?」

「……まあ、嘘を付いてるようには見えないな。」

 ボクと涼君の言葉に僅かに早乙女の頰が緩む。正直、裸でボク達に懇願する姿があまりにも惨め過ぎる。ここまでわかったんだからいい加減服を着せてやってもいいんじゃないかな。そんなボクの思いを否定する様に、馨君が木刀を床に突き立てる。

「甘いよ二人とも。さっきの放火の話も嘘ついて逃れようとした奴だよ。ねえ?」

「そ、それは…!」

「反論出来るの?出来ないよねえ。こういう奴は恐怖を与えるのが一番効果的なんだ。」

 そう言うと馨君は早乙女が持って来たビニール袋の固形燃料を彼の頭にぶちまけてライターを取り出した。

「ちょ…!」

「早乙女先輩って不良ですよね?じゃあ酒も当然やってますよね。」

「へ、え…っと……。」

「答えろよ。」

「や、やっやってます!昨日も飲みました!すみませんすみません!」

 それを聞くと馨君はにっこりと笑ってライターを着火した。あまりの不気味さにこっちまで固まる。

「ねえ知ってる?人体自然発火の被害者には酒好きが多いんだってさ。僕が思うにそれはアルコールのせいじゃ無くて、二日酔いの原因であるアセトンが体内で大量に生成されるからだと思うんだ。最近じゃ人体発火の原因はアセトンだとも言われてるしね。」

「あの…。え……?」

「アンタに火をつけたら、骨まで燃えてくれるかな?」

バタンッ!

「…馨さん、その辺にして下さい。」

 涼君が馨君を羽交い締めにして止めると同時に、襖が勢い良く開いた。その襖の向こうから、Tシャツに短パンというラフな格好の暖ちゃんがリビングに入って来た。

「…暖ちゃん、危ないから入って来ちゃダメだって言ったじゃないか。」

 ちょっと不満げな馨君の言葉を聞いた後、暖ちゃんは玄関近くの穴の空いた廊下の壁を一瞥してから涼君を見た。

「これ以上は放って置けません。お兄ちゃん達に任せてると家が壊れます。」

「…すまん。」

 視線を落として謝る涼君。無言で涼君を見つめる暖ちゃんの視線が痛い。目が怒りを伝えている。涼君に似て眼光鋭いようだ。馨君がむくれながら文句を言う。

「別に本気でやったりしないよ。犯罪者になりたくないし。でもコイツの口をわらせないと。」

「馨さん…。」

 一体暖ちゃんには馨君がどう見えているんだろうか。ぶすっとしてる馨君を見て暖ちゃんの目から怒りが消え、女の子らしい仕草で困った顔をした。ボクと目が合うと、取り繕った様に表情を引き締め直した。

「………でも、…家が壊れないくらいでしたら構いません。あと近所迷惑にならない程度でお願いします。」

「えっ!おい暖!?」

「ありがとう暖ちゃん!やっぱり暖ちゃんは涼より優しいね!」

「でもこの人さっきので気絶してるよ…。」

「なんだ、だらしない奴。まあ丁度いい。一度使ってみたかったのがあるんだよね…。」

 嬉々として何かの準備を始める馨君。男の悲鳴と共に悪夢の夜が幕を開けるのは、この数分後の事だった。



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第七話 Pyrokinesis girl(7)

Pyrokinesis girl(7)

 週明け、メールで報告を聞いた美弥さんが昼休みにやってきた。

「アイリスちゃんのストーカー捕まえたんだってね!流石馨くん!」

「別に。勝手に相手からやってきただけだよ。」

「涼くんの家に火をつけようとしたんだよね。でも、どうやって他の放火の事も話させたの?」

「それは聞かない方が良いと思うよ。」

 早乙女はその後空が白むまで馨君による拷問をひたすら受けてから解放された。最後の方は声もあげなくなっていた。しかし誰も警察に届けを出していない為、仕方なく警察に突き出すことなく帰らせた。

「…でも、結局あれだけやったのに教室でノートが燃えた事とアイリスの部屋で起きた事については言わなかったな。」

「ああ、だってあいつやってないもん。」

「えっ!?」

 さも当然の様に言ってのける馨君。じゃあなんであんな事を…?涼くんが何か気付いたのか呆れ顔をした。

「…お前、ただ虐めたかっただけかよ。ドS」

「だって美弥がアロマキャンドルなんて持ってきたせいで呪いもやれなかったし、仕方ないじゃないか。僕はストレスが溜まってたんだ。」

「そういう問題かよ!関係ない奴にやつ当たりするなよな!」

「やってる間止めなかったクセに今更なに?そんなに言うなら代わりにお前でやってもいいんだけど。」

 馨君が何かを折り曲げるまねをして見せると、涼君が顔を青ざめさせながら構えた。ボクも昨日の事を思い出してゾッとしてしまう。

「もう二人とも喧嘩しないの!じゃあ、ノートと人形が燃えちゃったのは本当のパイロキネシスなの?」

「…どうかな。」

 また馨君は思案顔をして黙ってしまった。しかし、本当にアイリスさんはパイロキネシスの保持者なのだろうか。早乙女がやっていないと言った小火はどちらも他の人が見ていない所で起きている。もし誰かが付けたとしたら、それはかなり身近な存在で……。

「もしかして馨君、犯人て……。」

「あ、そういえば馨、今日もアイリスが二人で帰りたいって。」

「ええ!?」

「ふーん、頑張って。」

「なんで!?なんでなの涼くん!!」

「い、いや知らないけど…。二人が良いって言われたから。」

「手は繋がないよね!?と言うか半径五メートル以内に近づいちゃダメだよ!」

「つ、繋がねえよ。なんでそんな離れなきゃいけないんだ?」

「ダメったらダメなの!!」

 必死になる美弥さんに遮られて言えなくなってしまった。まあ…涼君が付いているなら今日はきっと大丈夫だろう。美弥さんに掴まれて身動きが取れない涼君の隙をついて馨君が携帯を奪った。

「あ!おい何するんだよ!」

「美弥が心配にならない様に設定変えておいてやるよ。美弥、ちゃんと押さえておいて。」

「了解であります!」

「痛っ!ちょ、苦しい…!」

「馨君、何を設定するの?」

 関節技で首と腕を固定する美弥さんを尻目に、馨君は自分の携帯と涼君の携帯を交互に見ながら何かを操作すると、パチンと携帯を閉じた。

「秘密だよ。」

『……お目覚めですか?三上さん。』

『…う、ここは……?…痛!』

『ごめんなさい。少し薬の量が多過ぎたんですわね。だって初めてだし、男の人ってどのくらい強いのかわからなかったんですもの。』

『は、何言ってんだ…?』

『覚えてませんの?私を送って下さった後、お礼にお部屋に案内したじゃありませんか。それでお紅茶をお飲みになったでしょう?』

『………薬を入れたのか。』

『睡眠薬ですわ。それから手足だけ縛らせていただきましたけれど、暴れないで下さいね。家には誰もいないけれど、外に聞こえてしまいますから。』

『っ…!…どういう事なんだ。』

『…やっぱり、貴方様は覚えていらっしゃらないのですね。』

『……すまん、なんの事かわからない。わかるように説明してくれ。』

『……。三上様、よく聞いて下さいませ。』

『…?ああ。』

『貴方様は前世ではブルーローズ国の王子で、私のフィアンセでしたの。』

『………は?』

『私はプリムローズ国の姫で、私の国と合併する為に貴方様と私は政略結婚をするはずだったんですのよ。ああ、でも勘違いなさらないで。親同士が決めたこととは言え私達は愛し合っていたのですわ。』

『ちょ、ちょっと待て。何言ってるんだ。意味が──』

『周りからも認められ、幸せになるはずだったのに、悪い魔女による嫉妬の魔法で私達はお互いを認識できなくなってしまったのです。そのせいで貴方様は別の女性と一緒になってしまった…。そしてこの時代でも、貴方様は魔法のせいで私がわからないのですわ。』

『っ!何する気だ。それ置けよ。』

『心配入りませんわ。私には炎を起こす力がありますのよ。そしてこの炎は浄化のパワーがあるんですの。私も最初は怖かったのですけれど、それは魔法のせいなのですわ。さあ…。』

バタン!



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第七話 Pyrokinesis girl(8)

Pyrokinesis girl(8)

「三上先輩!」

 アイリスさんの部屋に入ると、そこには縛られて横たわる涼君と涼君の顔にライターの炎を近づけたまま驚いているアイリスさんがいた。加勢してくれた森野君が二人の間に割って入り、アイリスさんからライターを奪い取った。

「先輩!大丈夫ですか?…てめえこのアマ!この人が誰だかわかってんだろうなあ?!」

「やめろ森野…。というかなんでお前らが…?」

「涼の携帯に細工したんだよ。僕の携帯から遠隔操作できる様に。そしてGPSで位置確認しながらマイク起動して会話盗聴してた。」

「犯罪すれすれだけどね!ごめんね涼くん。」

 携帯をひらひらさせながら事もなげにいう馨君と全然悪いと思ってなさそうな美弥さんを見て呆れる涼君。しかし安心したのか、そのまま涼君は目を閉じて気を失ってしまった。

「涼くん!!だ、大丈夫!?」

 馨君を除くボク達は慌てて涼くんに駆け寄る。顔色は悪いが、呼吸も安定している。状況が把握出来ないのか、ボク達から離れるようにアイリスさんが後ずさる。

「っ…!なんです貴方達!どうやって入って来たんですの?!」

「相当急いで家中の窓を閉めたんだね。鍵がちゃんとしまってなかったよ。半分でもかかってないと時間をかければ道具を使わずに開けられるんだよ。」

「不法侵入には変わらないけどね…。」

「私の城に勝手に上がるなんて…!使用人は!?使用人は何をしているの!」

「お母さんのこと?さっき誰もいないって言ってたじゃないか。」

「そんな…。私を一人にするなんてありえませんわ。だって私はこの国の姫で…。」

「アイリスちゃん?」

 わけがわからない、と言った表情でキョロキョロするアイリスさん。その行動はどう見ても正常な状態には見えなかった。

「支離滅裂だな。僕が現実を思い出させてあげるよ。」

 そう言うと馨君は動揺するアイリスさんに近寄って、顔前に一枚の写真を突きつけた。

「まず第一の小火、人形が燃えたのはやっぱり偶然だったんだ。まあかなり特殊なケースだけどね。」

「…えっ……。」

「でも馨くん、三十センチも離れてた物が燃えるなんてありえないよ!」

「ありえるよ。材質によるけどね。彼女が持っていた人形はセルロイドで出来ていたんだ。君が持っていたのはこんな人形だったでしょう?」

 写真に写っている人形はつやつやとした肌で瞳も絵の具で描いた様なものだ。

「あ…。」

「セルロイド人形は戦前は日本でも流行した人形だ。ただ低温で発火しやすく、場合によっては摩擦や電球の明かりの熱だけでも発火するんだ。その取り扱いにくさから現在日本で取り扱ってる店はそうそうない。ただ外国だと未だに売ってる所もあるみたいだけどね。」

「じゃあ、炎の熱で発火したの?」

「多分ね。凄く燃えやすいから跡形も無く燃えてしまったんだ。」

「ち、ちが…!あれは自然発火現象で──」

「そして第二第三の小火。これは早乙女による犯行だ。本人も自供したしね。しかし、君はそこで思い込んだんだ。自分には火を起こす力があるって。」

 絶句しているアイリスさんに畳み掛ける様に馨君が続ける。

「もともとオカルトに興味があったんだろ?パイロキネシスを知っていても不思議じゃない。妄想癖も元からあったみたいだし。」

「でも、学校での小火は!?早乙女さんには無理だよね?」

「そうだよ。彼女の机に不自然に誰かが近寄ればいくら体育後で人が少ないとは言え不審に思う人がいるだろうね。」

「じゃあ…。」

「自分で付けたんだよ。無意識なんだろうけど。自分の机で何かやっていてもほとんどの人は気にしないからね。」

「!」

「自分でって…。でも、本当に誰も気付かないものなの?」

「誰もとは言ってない。…彼女の親友、カワバタさんは多分真っ先に気づいたんだろう。」

「馨くん川嶋さんだよ!」

「ま、りさんが…?」

「彼女はかなり早い段階から君が壊れ始めている事に気付いていたんだ。でも話を聞いてもらえず、どうする事も出来なかったんじゃないかな。君が自分で火をつけた所も黙って見ているしか出来なかった。彼女が僕達に助けてあげてと言っていたのは、自然発火現象からじゃない、君自身の妄想からって意味だったんだ。」

「…そん、な……麻里、さん…。……違う、違うわ……私はアイリス・プリムローズ、プリンセスなのよ…?」

 まるで自分に言い聞かせるようにブツブツとつぶやき始めるアイリスさん。この光景は前にも見た事がある。河童事件の犯人、平川君の時にそっくりだ。目も何処か別の所を見つめて必死に自分の世界に取りすがっている。やがて彼女は顔をあげ、引きつったような笑顔でボク達を見た。

「……そうよ、わかったわ。貴方達はあの魔女の仲間ですわね?私から王子様を奪う為に派遣されたんでしょう?私の炎で焼き尽くしてあげますわ──」

バシン!

 乾いた音が響き渡り、アイリスさんが倒れた。アイリスさん自身、何が起こったかわかっていないという顔だ。彼女の前には、先ほどまで涼君を介抱していた森野君が立っている。アイリスさんの頰が赤く腫れているのを見て、森野君が叩いたのだとわかった。




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第七話 Pyrokinesis girl(9)

 

Pyrokinesis girl(9)


「御託は良いんだよ。この変態女!さっきからずっと訳わかんねえ話しやがって。何があったか知らねえけどてめえがやった事は許される事じゃねーんだよ!てめえこそ焼き尽くすぞ!」

「ちょ、ちょっと森野君落ち着いて…。」

「おめえもしゃしゃってんじゃねえよ空気!」

「す、すみません!」

 森野君のあまりの気迫につい謝ってしまった。と言うか完全に『狂犬』モードで怖くて近寄れない。アイリスさんも先ほどの危ない雰囲気はどこかへ行って涙目で森野君を見上げている。そんなアイリスさんに向けて馨君がどこから持ち出したのかノートを突き出した。表紙には『アイリス・プリムローズ』と書いてある。それを見ると、アイリスさんの目の色が変わった。

「それ…!返して!」

「口調変わってますよお姫様。君のキャラクターは全部このノートに書いた話の設定なんだよね?って事はこのノートが君のアイデンティティーを形成してるわけだ。…返して欲しかったら質問に答えて。」

「なに?返して!お願い!それがないと私…!」

 必死に伸ばしてくる手を避けて馨君はアイリスの目を見据える。

「ねえ、ここ最近今まで関わった事のなかった人と関わらなかった?特に大人。」

「わからないわ…私はプリンセスだもの、みんなが私を羨むんですのよ…?だからお願い、返してちょうだい…。」

 支離滅裂な事をブツブツと呟くアイリスさん。完全に妄想の世界に入ってしまっている。痺れを切らした馨君が彼女の肩を掴んで無理矢理目を合わせる。

「そう言う事を聞いてるんじゃない!僕達に相談して来た時はまだ正常の範囲内だった。いくら元から妄想癖があったってこんな短時間で自分が誰だかわからなくなるなんてありえないんだ!誰かが君に何かしたんだろ!?」

「か、馨くん乱暴しちゃダメだよ!」

 誰かがアイリスさんをこんな状態にした…?一体なんの為にそんな事をするんだ。どういう事なのか聞こうとした瞬間森野君が馨君からノートを奪い取った。

「…っ森野!」

「なんだか知らねえけどコイツはこれが大事なんだな?だったらまどろっこしい事やってんじゃねえよ。」

「やめて!返して!!

「先輩に薬なんて盛りやがって…。おまけにライターなんて持ち出して、根性焼きでもするつもりだったのか?この程度ですんで良かったと思えよ!!」

 そう言って森野君は躊躇なくノートを破き捨てた。瞬間、アイリスさんは大きな瞳を溢れんばかりに見開き、次に口を大きくあけた。しかし、あまりのショックのせいかそこから大きな声が出る事はなく、吐息ほどの微かな悲鳴を発して失神してしまった。

「あ、アイリスさん!」

「大丈夫!?」

「…っおいチワワ!何勝手な事してんだよ!これじゃあもう話聞けないじゃないか!」

「なんで僕が悪いんですか?この女が三上先輩に睡眠薬なんて盛るからいけないんじゃないですか!睡眠薬大量摂取なんて、下手したら死ぬんですよ?」

「今の睡眠薬はせいぜい頭痛や体の力が抜ける程度で死なないんだよ!今もただ寝てるだけだ!ッたく、体力派が要ると思ったけどこれならお前なんて連れてくるんじゃなかった!」

「っ…!んだとこの野郎!!」

「ちょ、ちょっと二人とも本当に落ち着いて!!」

 森野君が馨君の胸ぐらを掴むのをなんとかとめる。森野君が凄い目で睨んでくるが止めないわけにいかない。一度つばを飲んで気持ちを落ち着けると、二人の目を見て言葉を放つ。

「いい加減にしなよ二人とも!こんなとこで喧嘩してる場合じゃないよ!涼君も倒れてるし、アイリスさんのお母さんが帰って来たらなんて説明するか考えないと──」

「ただいまー。アイリスちゃーん?………!なに、これ…ど、どう言う事なの?!」

 その後は本当に大変だった。帰宅したお母さんに不法侵入の事を謝り、なんとか掻い摘んで事情を説明するも倒れている涼君と睡眠薬を見つけられてパニックを起こされ、なだめながらもう一度説明をした。やっとわかってもらえてお互いに謝り合う形になったが、今度はアイリスさんが目覚めて訳のわからない事を言い出してまた森野君がキレそうになるのを落ち着かせるも収集がつかず、とりあえずその日は帰らされた。

 その日以降アイリスさんが登校する事はなく、次に彼女の名前を聞いたのは担任からは転校したと聞かされた時だった。なんでも、彼女の父親は銀行の重役らしく、世間体を考えて警察はおろか、学校にも事情をきちんと説明せず転校したとのことだ。内心、彼女は元に戻るのか心配していたけれど、その後は全くわからない。川嶋さんにも口を利いてもらえなくなった。



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第七話 Pyrokinesis girl(10)


Pyrokinesis girl(10)

「…はあ。」

 すっかり冬の寒さになった部室で涼君の小さなため息が妙にはっきりと響いた。それを聞いた馨君が本から少し顔をあげて涼君を見ると、その脚を思い切り蹴り上げた。

「うわっ!?何すんだよ馨!」

「辛気臭い顔してるから蹴って欲しいのかと思って。」

「意味わかんねえよ…。」

「…涼君、まだ落ち込んでるの?」

 ボクの言葉に涼君の顔に影がかかる。涼君は自分が睡眠薬を飲まされて眠らされなければ、彼女は踏みとどまれたのではないかと自分を責めているんだ。

「……俺があの時気を付けていれば、アイリスは今も普通に学校に通えていた気がするんだ。」

「はっ。俺が気を付けていれば?思い上がるなよ。彼女はお前に薬を盛る前から壊れてたんだ。例えあの場でお前が気付いても、発覚が遅れただけで結果はそう変わらなかったと思うね。」

「馨くんたら素直に涼くんのせいじゃないよって言えばいいのに。馨くんのツンデレ!」

「僕は事実を述べただけだ!それより今回も本物の超常現象じゃなかった事の方が残念だよ。」

「もう、照れ隠ししなくてもいいじゃん!」

「いい加減黙らないと口にガムテープ貼るよ美弥。」

 二人のやりとりを見て、涼君の表情が少し和らいだ。それを見てボクも少しホッとする。確かに涼君がアイリスさんに監禁されかけた事でアイリスさんの異常性が明らかになり、結果として彼女は学校から去る事になってしまったけれど、例えそれを未然に防げたとしても根本的な解決にならなかったと思う。むしろ、他の誰かが襲われる様な事にならなくてよかった。

「…あれ、そう言えば馨君、どうしてあの時涼君の携帯を遠隔操作できるようにしたの?」

「ああ、涼が襲われるってわかってたから。」

「はっ…?」

「ええ!?な、なんで!?」

「イリスが涼の事が好きだって気付いたから。」

「アイリスだろ…って、はあ!?」

「気付かなかった?学校での小火でお前が上着で火を消したあたりからお前を見る目が変わってた。」

 そう言いながらちらりと美弥さんを見る。美弥さんのような目で、と言いたいらしい。涼君の顔が赤くなる。

「なっ…!い、いつも人に興味ない癖に!」

「観察対象なんだから見るよ。だから手を繋がせて彼女の気持ちを煽ったんだ。」

「なにそれ馨くん!聞いてないよ!!」

「そうすれば彼女が涼に何か秘密を打ち明けてくれると思ったんだ。そこから彼女の状態を探ろうと思ったんだけどね。」

「お前なあ…──」

「馨くん!!!」

 涼君が抗議する前に美弥さんが普段聞いた事のないくらい低い声で言うと馨君の前に立ち塞がる。後ろからとてつもないオーラが漂っている。馨君も美弥さんに気圧されて椅子に座ったまま身を後ろにひいた。

「…何、美弥。」

「涼くんが本当にアイリスちゃんとくっついちゃったらどうするつもりだったの?」

「それはないと思う。……多分。」

「今後こう言う作戦立てたら絶対駄目だからね。ね?」

「……わかった。」

「裕太くんも!馨くんに乗せられないように。」

「う、うん。」

 涼君には聞こえないように小さい声で話すと、満足したのかいつも通りの可愛らしい美弥さんに戻った。女の子って怖い。

「なんの相談だ。もう俺を囮にするなよ!」

「させないよ!だよね馨くん?」

「わかったってば。なるべく他の手を考えるよ。」

「それでこそ馨くん!えへへ。て事で気分転換になんか食べに行かない?手繋いで!」

「なんでだよ。もう手を繋ぐのは懲り懲りだ。」

「ええー!みんなで繋いだらいいじゃん!」

「余計におかしいだろ。」

 せがむ美弥さんを適当にあしらいながらも、その表情にはいつもの涼君だ。優しい分、気にし過ぎてしまうんだろう。安心した気持ちを共有したいせいか、二人を静観している馨君に話しかけた。

「でも、解決して良かったね。ボクはてっきり川嶋さんが犯人かと思ってたよ。」

「……解決してないよ。」

「え?」

「…彼女は独りでにおかしくなったんじゃない。それを助長した奴がいるはずだ。」

 それだけ言うと馨君は窓の外を見つめた。外は雲に覆われた薄暗い空が広がっている。雲の中で乱反射した光に照らされた馨君の横顔から見える瞳には、今まで見た事のない仄暗い光が宿っていた。

「そいつが犯人だよ。」


fin


こんにちは。初の次回を予告する終わり方となりました。
考えている限りでは、次回が一応当初から考えていた“最終回”となります。

でも友人に、もっと続けて欲しいという嬉しいお言葉をいただいた事と、
キャラ愛から脱せない気持ちから、第一章の最終回とさせていただこうかと思います。
ファンタジーでもないですし、彼らが生きてる限りお話は書けるわけなので、のんびり続けて行こうと
思っております。どうかこれからもよろしくお願い致します。



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