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Panta rhei

当ブログは管理人、三枝りりおのオリジナル作品を掲載するブログです。

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第八話Albtraum(6)

Albtraum(6)

 声に気づいて目をやると黒いフード付きマントを着た男が部屋の奥から出てきた所だった。びっくりしたボクがとっさに謝ろうとした時、男の手に光る物が握られているのに気づいた。

「神聖な“目覚めの間”に立ち入る悪魔の手先どもめ…。滅してやる…。聖なる剣をくらえ!」

 男は叫びながら近くにいた馨君に短剣を振りかぶった。が、涼君による本気の蹴りで吹っ飛んだ。勢いよく本棚にぶつかった男は落ちてきた分厚い洋書数冊を頭に受けて悶えている。

「ナイフで切りかかるかよ普通…。大丈夫か馨?」

「きゃああ!二人とも大丈夫!?」

「うん。それよりコイツの短剣が気になるな。ちょっと涼取ってきて。」

「言ってる場合じゃないよ!早く出ないと…!」

「なんだ今の音は?っ!貴様ら何者だ!?」

 本棚にぶつかった音を聞きつけたのか更に同じ格好の男が三人現れた。皆ボク達を見た瞬間マントから短剣を取り出して構える。

「か、勝手に入ってごめんなさい!ボク達悪気はなくて…!」

「そ、そうなんです!たまたま講堂が開いてて、たまたま地下室の入り口見つけちゃっただけで──」

 だが美弥さんが話している間に男達が突進して来た。終わりだ、丸腰のボク達に大人三人を相手できるわけない。せめて美弥さんが傷つかないように手を広げて前に立つが、更にボクの前に涼君が立ちはだかった。

「すいません!」

 涼君は一番最初に突っ込んできた男の手首を掴むと思い切り投げ飛ばし、手首を捻って短剣を奪うと裏拳の要領で短剣の柄を次の男の鳩尾に打ち込む。男が崩れ落ちると共に三番目の男が一瞬躊躇して出来た隙に強烈な回し蹴りを腹に打ち込んだ。あっという間に三人が痛みに立ち上がれなくなった。呆気に取られていると馨君が燭台を勢い良く地面に投げ捨てる。瞬間目の前が真っ暗になった。

「逃げるぞ!走れ!」

「う、うん!」

 ボクは隣にいた美弥さんの手を咄嗟に掴んで元来た道を走った。後ろから複数の足音が聞こえてきて恐怖したが、なんとか階段を駆け上がり、講堂を出る。どっちへ逃げようかと少し立ち止まった時、美弥さんが繋いでいた手を引っ張った。

「裕太くん!馨くんと涼くんも来たよ!」

「二人とも、こっちだ!」

 馨君に呼ばれてボク達は教会の裏に回る。そこで息を殺して様子を見ていると、少し遅れて男達が出てきた。男達は辺りを見回してボク達が見当たらない事を確認すると、何か相談を始めた。

「どうする?応援を呼ぶか?」

「いや、あれは北奎宿高校の制服だ。司祭様に連絡して様子を見よう。」

「ああそうしよう。それから目覚めの間を清めなくては…。」

 男達は納得した様子で、揃って十字を切るような動作をしてから教会の中に戻っていった。彼らが戻ってこない事を確認してから素早くその場を離れた。東中の近くまで戻って人の姿が見えるようになってようやく人心地がついた。予期せぬ命の危機から脱出したせいかボクの心臓はまだ高鳴っているが、馨君が少し落ち着いた様子で口を開いた。

「『すみません』て叫びながら人投げ倒す奴初めて見たよ。」

「うるせえな…。階段で盛大に転んだ奴に言われたくねえよ!」

「暗かったんだから仕方ないだろ!」

「お前が火を消したんじゃないか!」

「目くらましだよ!」

「もう二人とも!言い合いしてる場合じゃないでしょ?」

「あの人達、もう追ってこないかな…?」

「さあね。…でもこれではっきりした事があるよ。」

「え?何が?」

 馨君が不敵な笑顔を浮かべた。その笑顔に嫌なものを感じる。

「明日部活の時に話す。さあ、今日は美弥を送って帰るよ。」

「う、うん……?」

 大の男四人に狙われた直後にも関わらずどこか嬉しそうな顔をしている馨君がボクは少し不気味に感じた。案の定帰り道で心配性な涼君が馨君に詰め寄る。

「馨。明日何するのか知らないが、もう調査はやめないか?今回は流石に危険過ぎる。」

「イヤだ。ここまで来てやめられるわけないだろ。」

「お前……。金田にもあの男たちにも襲われかけてるんだぞ?俺がいなかったらとっくに病院送りだったろうが。」

「なら涼がずっといれば良い。何のために勉強教えてお前をそばにおいてると思ってるんだ。」

「か、馨くん言い過ぎだよ!そんな言い方ないよ──」

「美弥、いいんだ。」

 美弥さんが馨君を咎めようとするのを涼君が制した。酷い言い方だけど、馨君の言いたい事は、それだけ涼君を信頼してるという事だとわかっているんだ。

「守りきれない事だってある。…というか、よくわからんがこれは今までのとは違って、何かでかい事件だと思う。このままじゃ美弥も裕太も危険にさらす事になるだろ。」

「涼くん…。」

「お前のオカルトを証明したいっていう夢は…俺にはよくわからないが叶えばいいと思う。手伝おうとも思う。でも他の人を危険にさらすのは身勝手すぎるぞ。」

 初めて涼君の馨君に対する真剣な気持ちを聞いた。涼君は何処までも優しい人だ。いつも人の事を考えてる。真剣な表情の涼君に、馨君は応えるように向き直る。それから一呼吸間を置くと、まっすぐに涼君とボク達を見据えた。

「涼、ずっとその性格を利用してきたけど、僕には正直お前のその人に合わせる姿勢がわからない。僕は自分の夢を叶える事を基準に生きてきたし、これからもきっとそうだ。僕は多分人の気持ちがよくわからないんだ。付き合いきれないならそれでいいよ。部活を辞めてもいい。」

「そ、そんな事言わないでよ馨くん!」

「僕は自分のしたい事だけしか出来ない。君達の事まで気にできないんだ。」

 それだけ言うと馨君はくるりと背を向けて歩き出した。いつも皮肉な物言いをする馨君の本音に、ボクは少し混乱した。おろおろする美弥さんと、沈んだ表情の涼君を隣に、何も言えなかったままボクはその空気を読む事しかできなかった。かつてなく最悪なムードのまま、美弥さんを家まで送り届けてボク達は自分の帰路に着いた。


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第八話Albtraum(7)

Albtraum(7)

 翌日の放課後。ボクは部室に向かおうか悩んでいた。昨日の馨君の言葉にどうしても迷ってしまう。馨君の行動も、いつもならきっとなんだかんだ許せていただろう。でも昨日は下手すればボク達は大怪我じゃ済まなかったかもしれないのだ。これからの事を考えるとどうしても決心がつかない。どうしようか旧校舎の廊下をうろうろしていると、急に背中を叩かれた。振り返ると笑顔の美弥さんがいた。

「やっほう裕太くん!裕太くんも部室に行くとこ?」

「う、うん…まあ。」

「…ひょっとして迷ってた?」

「……うん。」

 申し訳なくなりながらも答えたボクに、美弥さんは優しく微笑んで、ボクを廊下の隅に連れてきた。

「えへへ、私もね、ちょっと悩んじゃった。馨くんはとってもハチャメチャだし、怖い目にもあったよね。平川くんの事件の時は私、夜中に馨君の格好して森の中一人で歩かされたし。」

「うん…。」

「でもね、私はやっぱりオカルト部が好きだなーっておもったの。馨君はやりたい事だけって言ってたけど、おかげで助かった事もいっぱいあるから。」

 確かにそうだ。馨君のやり方は悪いけど、おかげでボクは田口に殺されなかったし、美弥さんの従兄弟が誘拐された時は、馨君が解決しなければ家族関係にヒビが入る可能性があったかもしれない。

「だからやっぱり私は馨くんについていく!…まあ、私は涼君みたいに強くないし馨君ほど頭も良くなくて、足手まといになってると思うけどね。」

「そんな事ないよ!美弥さんがいなかったら涼君と馨君の喧嘩を止められる人がいなくなっちゃうよ。美弥さんがいるから、オカルト部が平和でいられるんだよ。」

「えへへ、ありがとう!でも裕太くんも同じだよ。涼君が折れちゃう所で、裕太くんがビシッと言って馨君の暴走を止めてくれるでしょ?」

「そ、そんな事…。」

「それに昨日は私を護ろうとしてくれたしね!ありがとう裕太くん!」

 とびきりの可愛い笑顔で言われて心がときめいた。やっぱり美弥さんは人の心をつかむのが上手い。ボクが彼女にそういう気持ちを抱いているせいもあるけど…。

「だから私は裕太くんにも残って欲しいな。もちろん、強制出来ないけど…。今日だけでも部活に出て、それから決めても良いんじゃない?」

「…うん、そうだね。ありがとう美弥さん。」

 美弥さんに促され、ボクは今日の馨君の行動を見てから決めようと決心した。

「…遅かったね二人とも。座りなよ。」

 部室に入ると、馨君はソファに座って涼君が淹れたお茶を飲んでいた。その光景があまりにもいつも通りでなんだか拍子抜けしてしまう。馨君にとっては、それもどうでもいい事だったんだろうか。傍に座っていた涼君が申し訳なさそうにボク達を見た。

「昨日はすまなかった。俺の言い方が悪かったせいで変な空気になって…。」

「涼君のせいじゃないよ!私達の事心配してくれたんだよね、ありがとう!」

「そんな事はいいから。本題に移るよ。」

 そう言って馨君は部屋の隅に目を向けた。ボク達の入ってきた扉と反対側に白衣姿の来須先生がおどおどと佇んでいた。

「あれ、先生!珍しく見に来たんですか?」

「え、ええ。……本当は今日は期末前で部活は禁止の筈なのに君達が部室にいると聞いたので…。」

 ボソボソと困った様に本音を喋る来須先生。って、そういえばそうだ。当たり前の様に集まってしまったが大丈夫なのだろうか。

「五時までは校内に残っていい筈ですよ。いいからさっさと座ったらどうですか。」

「いいからって…仕方ないですねえ。五時になったら出ますよ!」

 なんとか教師としての威厳を見せようとしつつも結局馨君には逆らえないらしい。眉を八の字にしながらいそいそと椅子に腰掛けた来須先生を見て、ボク達も定位置についた。それを見届けた馨君は来須先生を無視する様にいつもの様に話し始めた。

「アブダクションの真犯人はわからない。犯人は一人じゃなさそうだしね。でも実行犯はわかったよ。」

「あの変な教会の人達じゃないの?」

「あいつらももちろん関わってるだろう。でもあの男達だけじゃない。内容までは見れなかったけど地下室にあったいくつかの本に英語で心理学や薬草、魔法陣という文字があった。あの建物といい、大きな組織が意図的に中高生を攫って何かの儀式をしてたんだ。」

「ちょ、ちょっとなんの話をしてるんですか?貴方達また何か変な事をやり始めたんじゃ…──」

「儀式と言ってもただの儀式じゃない。魔術にかこつけて精神に負担をかけるような拷問をされたんだと思う。だからアブダクションされた人は皆その日の事がトラウマになって話せないんだ。」

 来須先生の言葉を遮る様に馨君は続ける。本当にいない様な扱いを受けて来須先生はおろおろしたが、とりあえず最後まで話を聞こうと納得行かなそうに口をつぐんだ。

「じ、じゃあ実行犯ていうのは?」

「…アブダクションは多分コシマ君が初めてじゃない。僕達が関わった限りでは多分トグチ君が最初だ。キョウカイというフレーズ、そして遠目だけどあの男達が持っていた短剣は裕太を襲った時に持っていた物によく似てた。次にヒラヒラ君、羽淵先輩、アリスもだ。」

「え!?」

「田口くんと平川くんはいいとして、羽淵先輩やアイリスちゃんはどうして?」

「羽淵先輩もアイリスもあの教会に通ってたわけじゃないだろ?」

「おかしいと思わない?僕達が入学してから一年も経たないうちにこれだけ妙な事件が起きてるなんて。それも犯人は皆ごく普通の学生ばかり、突然おかしくなって凶行に及んでいる。」

「それはそうだけど…。」

 馨君の言いたいことの意味がわからない。確かにこののどかな市でほぼ月に一度のペースで異様な事件ばかり起きているのは妙だ。でも、それとこの事件がどう関わるって言うんだろう?

「確かに羽淵先輩達は教会とは関わりはなかった。でも組織の人間が教会だけとは限らないよね。涼、イーリスと関わりのあった人物は?」

「え、えっと…。川島麻里と、早乙女昴、美術部の部員……あとは両親と教師くらいじゃなかったか?」

「ま、まさかそれって…。」

 ボクと美弥さんが気付いたのはほぼ同時だった。ここに来て馨君は来須先生を鋭く見た。

「教会に行ってないイリスと羽淵先輩の共通点はこの学校の教師との関わりだ。僕達が関わった事件は本当は一つの事件だったんだ。」

「な、なんの事を言ってるんですか?怖いですよ結城君…。」

「羽淵先輩の時点で気づくべきだった。彼女がスパイクの紐を脆くした方法は塩酸だ。一介の女子高生が手に入れられるものじゃないよね。化学教師の協力無しには。」

「か、馨!まさか来須先生が犯人だって言うのか!?あり得ないだろそんなの!」

「そ、そうだよ…。第一化学の先生なら他にもいるじゃない!」

「…裕太、美弥。お前達あの地下室にあった魔法陣をどこかで見たことがあるって言ってたよね。」

「え?」

 馨君がいきなり話題を変えた事に若干戸惑いながら考える。確かにそうだ。あの文様を見たとき、何か既視感があったんだ。

「僕もだよ。先生、白衣のボタンをとって見せてよ。」

 馨君の言葉に先生は何も言わず、普段は外していた白衣のボタンを外す。それを見た僕達は青ざめた。露わになったベストのボタンにあの文様が掘られていたんだ。来須先生は一つ大きく息を吐くと、メガネを外してボク達を真っ直ぐ見つめた。その目は底の見えない泉のようで、ボクには先生が何を考えているかわからなかった。

「…これは私達友愛協会のシンボルなんです。毎日着ていたのに気づくのが遅いですよ皆さん。」

「アンタが首謀者だね。友愛団体って事は宇宙人じゃなくてフリーメイソンか!」

「そんな所です。まあ、団体ではなく協会ですがね。私の仕事はこの地域の子供達に教えを施す事です。」

 先生はボクが聞いた事が無いくらい平坦な声で答えた。興奮する馨君と違い、至極落ち着いた先生にボクはひどく動揺した。自分がやった事をわかっているのだろうか。急にこの人物が自分の知ってる来須先生じゃない何かに思えて寒気が走る。

「せ、先生がみんなをあんな風にしたの…?」

「ええ。もちろんあの結果を望んでいたわけではありませんよ。私達の目的は救済ですから。」

「きゅうさい…って何だよ。」

「貴方方にもわかるようにお教えしましょう。私達の目的は子供達をこの悪夢から目覚めさせる事です。」

 そう言うと来須先生はまるで別人のように淡々とした態度で立ち上がってボク達を見渡した。


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第八話Albtraum(8)

Albtraum(8)

 翌日の放課後。ボクは部室に向かおうか悩んでいた。昨日の馨君の言葉にどうしても迷ってしまう。馨君の行動も、いつもならきっとなんだかんだ許せていただろう。でも昨日は下手すればボク達は大怪我じゃ済まなかったかもしれないのだ。これからの事を考えるとどうしても決心がつかない。どうしようか旧校舎の廊下をうろうろしていると、急に背中を叩かれた。振り返ると笑顔の美弥さんがいた。

「やっほう裕太くん!裕太くんも部室に行くとこ?」

「う、うん…まあ。」

「…ひょっとして迷ってた?」

「……うん。」

 申し訳なくなりながらも答えたボクに、美弥さんは優しく微笑んで、ボクを廊下の隅に連れてきた。

「えへへ、私もね、ちょっと悩んじゃった。馨くんはとってもハチャメチャだし、怖い目にもあったよね。平川くんの事件の時は私、夜中に馨君の格好して森の中一人で歩かされたし。」

「うん…。」

「でもね、私はやっぱりオカルト部が好きだなーっておもったの。馨君はやりたい事だけって言ってたけど、おかげで助かった事もいっぱいあるから。」

 確かにそうだ。馨君のやり方は悪いけど、おかげでボクは田口に殺されなかったし、美弥さんの従兄弟が誘拐された時は、馨君が解決しなければ家族関係にヒビが入る可能性があったかもしれない。

「だからやっぱり私は馨くんについていく!…まあ、私は涼君みたいに強くないし馨君ほど頭も良くなくて、足手まといになってると思うけどね。」

「そんな事ないよ!美弥さんがいなかったら涼君と馨君の喧嘩を止められる人がいなくなっちゃうよ。美弥さんがいるから、オカルト部が平和でいられるんだよ。」

「えへへ、ありがとう!でも裕太くんも同じだよ。涼君が折れちゃう所で、裕太くんがビシッと言って馨君の暴走を止めてくれるでしょ?」

「そ、そんな事…。」

「それに昨日は私を護ろうとしてくれたしね!ありがとう裕太くん!」

 とびきりの可愛い笑顔で言われて心がときめいた。やっぱり美弥さんは人の心をつかむのが上手い。ボクが彼女にそういう気持ちを抱いているせいもあるけど…。

「だから私は裕太くんにも残って欲しいな。もちろん、強制出来ないけど…。今日だけでも部活に出て、それから決めても良いんじゃない?」

「…うん、そうだね。ありがとう美弥さん。」

 美弥さんに促され、ボクは今日の馨君の行動を見てから決めようと決心した。

「…遅かったね二人とも。座りなよ。」

 部室に入ると、馨君はソファに座って涼君が淹れたお茶を飲んでいた。その光景があまりにもいつも通りでなんだか拍子抜けしてしまう。馨君にとっては、それもどうでもいい事だったんだろうか。傍に座っていた涼君が申し訳なさそうにボク達を見た。

「昨日はすまなかった。俺の言い方が悪かったせいで変な空気になって…。」

「涼君のせいじゃないよ!私達の事心配してくれたんだよね、ありがとう!」

「そんな事はいいから。本題に移るよ。」

 そう言って馨君は部屋の隅に目を向けた。ボク達の入ってきた扉と反対側に白衣姿の来須先生がおどおどと佇んでいた。

「あれ、先生!珍しく見に来たんですか?」

「え、ええ。……本当は今日は期末前で部活は禁止の筈なのに君達が部室にいると聞いたので…。」

 ボソボソと困った様に本音を喋る来須先生。って、そういえばそうだ。当たり前の様に集まってしまったが大丈夫なのだろうか。

「五時までは校内に残っていい筈ですよ。いいからさっさと座ったらどうですか。」

「いいからって…仕方ないですねえ。五時になったら出ますよ!」

 なんとか教師としての威厳を見せようとしつつも結局馨君には逆らえないらしい。眉を八の字にしながらいそいそと椅子に腰掛けた来須先生を見て、ボク達も定位置についた。それを見届けた馨君は来須先生を無視する様にいつもの様に話し始めた。

「アブダクションの真犯人はわからない。犯人は一人じゃなさそうだしね。でも実行犯はわかったよ。」

「あの変な教会の人達じゃないの?」

「あいつらももちろん関わってるだろう。でもあの男達だけじゃない。内容までは見れなかったけど地下室にあったいくつかの本に英語で心理学や薬草、魔法陣という文字があった。あの建物といい、大きな組織が意図的に中高生を攫って何かの儀式をしてたんだ。」

「ちょ、ちょっとなんの話をしてるんですか?貴方達また何か変な事をやり始めたんじゃ…──」

「儀式と言ってもただの儀式じゃない。魔術にかこつけて精神に負担をかけるような拷問をされたんだと思う。だからアブダクションされた人は皆その日の事がトラウマになって話せないんだ。」

 来須先生の言葉を遮る様に馨君は続ける。本当にいない様な扱いを受けて来須先生はおろおろしたが、とりあえず最後まで話を聞こうと納得行かなそうに口をつぐんだ。

「じ、じゃあ実行犯ていうのは?」

「…アブダクションは多分コシマ君が初めてじゃない。僕達が関わった限りでは多分トグチ君が最初だ。キョウカイというフレーズ、そして遠目だけどあの男達が持っていた短剣は裕太を襲った時に持っていた物によく似てた。次にヒラヒラ君、羽淵先輩、アリスもだ。」

「え!?」

「田口くんと平川くんはいいとして、羽淵先輩やアイリスちゃんはどうして?」

「羽淵先輩もアイリスもあの教会に通ってたわけじゃないだろ?」

「おかしいと思わない?僕達が入学してから一年も経たないうちにこれだけ妙な事件が起きてるなんて。それも犯人は皆ごく普通の学生ばかり、突然おかしくなって凶行に及んでいる。」

「それはそうだけど…。」

 馨君の言いたいことの意味がわからない。確かにこののどかな市でほぼ月に一度のペースで異様な事件ばかり起きているのは妙だ。でも、それとこの事件がどう関わるって言うんだろう?

「確かに羽淵先輩達は教会とは関わりはなかった。でも組織の人間が教会だけとは限らないよね。涼、イーリスと関わりのあった人物は?」

「え、えっと…。川島麻里と、早乙女昴、美術部の部員……あとは両親と教師くらいじゃなかったか?」

「ま、まさかそれって…。」

 ボクと美弥さんが気付いたのはほぼ同時だった。ここに来て馨君は来須先生を鋭く見た。

「教会に行ってないイリスと羽淵先輩の共通点はこの学校の教師との関わりだ。僕達が関わった事件は本当は一つの事件だったんだ。」

「な、なんの事を言ってるんですか?怖いですよ結城君…。」

「羽淵先輩の時点で気づくべきだった。彼女がスパイクの紐を脆くした方法は塩酸だ。一介の女子高生が手に入れられるものじゃないよね。化学教師の協力無しには。」

「か、馨!まさか来須先生が犯人だって言うのか!?あり得ないだろそんなの!」

「そ、そうだよ…。第一化学の先生なら他にもいるじゃない!」

「…裕太、美弥。お前達あの地下室にあった魔法陣をどこかで見たことがあるって言ってたよね。」

「え?」

 馨君がいきなり話題を変えた事に若干戸惑いながら考える。確かにそうだ。あの文様を見たとき、何か既視感があったんだ。

「僕もだよ。先生、白衣のボタンをとって見せてよ。」

 馨君の言葉に先生は何も言わず、普段は外していた白衣のボタンを外す。それを見た僕達は青ざめた。露わになったベストのボタンにあの文様が掘られていたんだ。来須先生は一つ大きく息を吐くと、メガネを外してボク達を真っ直ぐ見つめた。その目は底の見えない泉のようで、ボクには先生が何を考えているかわからなかった。

「…これは私達友愛協会のシンボルなんです。毎日着ていたのに気づくのが遅いですよ皆さん。」

「アンタが首謀者だね。友愛団体って事は宇宙人じゃなくてフリーメイソンか!」

「そんな所です。まあ、団体ではなく協会ですがね。私の仕事はこの地域の子供達に教えを施す事です。」

 先生はボクが聞いた事が無いくらい平坦な声で答えた。興奮する馨君と違い、至極落ち着いた先生にボクはひどく動揺した。自分がやった事をわかっているのだろうか。急にこの人物が自分の知ってる来須先生じゃない何かに思えて寒気が走る。

「せ、先生がみんなをあんな風にしたの…?」

「ええ。もちろんあの結果を望んでいたわけではありませんよ。私達の目的は救済ですから。」

「きゅうさい…って何だよ。」

「貴方方にもわかるようにお教えしましょう。私達の目的は子供達をこの悪夢から目覚めさせる事です。」

 そう言うと来須先生はまるで別人のように淡々とした態度で立ち上がってボク達を見渡した。



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第八話Albtraum(9)

Albtraum(9)

「皆さんの夢は何ですか?」

「……は…?」

「『この世の不思議を解明したい』『友達の為に役に立ちたい』『大好きなあの人を振り向かせたい』『誰にも負けない強い男になりたい』。夢は可能性です。願い、努力すれば叶わない事はない。皆さんそう教えられ、そう信じてきた筈です。しかし年をとるにつれてその夢がどんどんと遠くなってくる。やってはいけない事、出来ない事が増え、大人達は叶うと言っていた夢を否定して言うんです。『現実を見ろ』と。…一体何が現実なんでしょうか?」

 先生はメガネの奥でこんな冷ややかな瞳をしていたのか。先生は小川が流れるように落ち着き払って続けた。

「現実なんて誰も知らないのです。それこそ社会の秩序が創り出した悪夢なんですから。子供達はやがて悪夢に飲み込まれて大人になる。そしてこの社会は継続していくんです。ではどうしたら子供達は本来の道を歩めるんでしょうか。社会の秩序や常識から解放してあげれば良いのです。そのために特別な処置をして常識という枠を取り払ってあげようとしたのです。貴方方もご存知でしょう?多くの天才は常識にとらわれなかったから素晴らしい業績を上げる事が出来たんですよ。」

「っ!てめえ!」

「ダメだよ涼くん!」

 先生に掴みかかった涼君を美弥さんがなんとか止める。涼君は鬼気迫る目で先生を睨み、拳を握っているがなんとか抑え、数秒で手を離した。

「懸命です。教師を殴ったら間違いなく停学ですよ。」

「…アンタはそのわけのわからん目的の為にあいつらをおかしくしたのか…?あいつらがその後どうなったかわかってんのかよ!?」

 田口は少年院に入り、羽淵先輩はあれ以来引きこもっている。アイリスさんも引っ越した先で精神科に通院しているという。そして今回のアブダクションの被害者達も心に大きな傷を負っているんだ。涼君が怒るのは当然だ。ボクだって涼君が掴みかからなかったら怒鳴っていたかもしれない。

「この計画はまだ実験段階なのです。実験に失敗はつきものでしょう?もちろん、私も遺憾に思っていますが…。」

「この…っ!」

 その言葉に怒りが爆発しそうな涼君を美弥さんと二人で止める。その時の先生の目を見て来須先生が何故あんなに落ち着いているのかわかった。この人にとっては全ては実験の経過でしかないんだ。人を人として見ていない。その時黙って見ていた馨君が声をかけた。

「それで、僕達にどうして全部語る必要があるわけ?僕達がこの事を警察に話せばあんたらは終わりでしょ。」

「こんな突拍子もない話、証拠もないのに警察が協力してくれるわけありませんよ。今頃地下室も部下が片付けているはずです。」

「ならなんで?」

「私達は貴方の様な人材が欲しいんですよ。結城君。」

 そういうと先生は馨君に向かいあった。馨君と先生の視線が交差する。

「多くの人は規則や常識に囚われて自分の限界を定めてしまうものです。それが自身の可能性を潰しているとも知らずに。しかし貴方は違います。ただ反発したいだけの不良とも、大人に都合の良いだけの優等生でもない。貴方は目的の為に手段を選ばない数少ない本質的な人間なのです。」

「…アンタ、今まで僕達がしていた事見てたんだね。」

「勿論です。私の一番の目的は貴方です。どうですか?友愛協会に入れば貴方の個性を好きなだけ伸ばせます。貴方が大好きなオカルトを存分に研究できる。必要なら人でも金でも提供しましょう。貴方ならきっと人類の未知を既知に変える事ができます。」

 そう言って来須先生は馨君に手を差し伸べた。ボク達は先生の言葉に唖然とするばかりだ。全ての“実験”は馨君の力量を図る為だったっていうのか。すべて仕組まれていたなんて信じられない。同時に怒りまでこみ上げてくる。だが、馨君は先生の前に足を一歩出す。涼君がその腕を掴んだ。その顔は怒りと悲しみに満ちている。

「…お前、行くつもりなのか?こんな人を人とも思わねえ奴らのとこに。」

「馨くん。ダメだよ、そんなのおかしいよ!」

「…。」

 馨君は無言で涼君の手を振り払った。そうだ、馨君は言ってたじゃないか。自分は人の気持ちがわからないと。だが、そう思う前に感情の方が先回っていた。

「ふざけないでよ馨君!!」

「!?」

 気が付いたら大声が出ていた。だが、ボクの声は止まらない。怒鳴りながらも頭の隅で冷静なもう一人の自分が前にもこんな事があったと考えていた。

「確かに馨君は自分勝手で人の気持ちがわからないかもしれない!不法侵入したり拷問したり、そこらの不良よりずっと酷い事もするけど!でも、本当に自分の事だけしか考えてない人は羽淵先輩の自殺をとめたりしない!平川君を諭した時も、アイリスさんの机が燃えた時だってそうだ!最善じゃないかもしれないけど君はいつもみんなの事を考えてるよ!」

「裕太くん…。」

「馨君の言葉はむき出しで胸に刺さる。でもそれは馨君なりの優しさなんじゃないの?!君は自分で思ってるより優しい人間だよ!それなのにそんな集団に入ったら、馨君が馨君じゃなくなっちゃうよ!!」

 いつも出さない大声に自分の心臓が爆発しそうになる。言葉にしてから、ボクは自分の本心が掴めた気がした。…だが、無情にも馨君は表情を変えることなく冷たく言い放った。

「ばっかじゃないの?」

「……え?」

 そう言って馨君は来須先生の手を、払った。驚いた表情の先生をキッと見つめるとその口からはいつもの尖った言葉が飛び出した。

「なんでアンタらの協会なんかに入んなきゃいけないの?僕はオカルト現象を自作自演するような奴が大っ嫌いなんだ。夢を叶える手段は一つじゃないんだよ。自分の道は自分で決めるね!サッサとメガネ掛けて帰れよ友愛協会さん!」

 そう言い終わると怒り顏のままくるっとボク達の方を向いた。

「君達も僕への信用ないの?涼!美弥!裕太!お前達は僕が選んだオカルト現象の捜索要員なんだよ?自分から手放すわけないじゃないか!」

 馨君のその言葉に、なんだか安心してボクはどさりと椅子に座り込んでしまった。なんだ、やっぱりいつもの馨君じゃないか。ちょっとおかしいけど、決して人の道を外してるわけじゃない。思い切り怒鳴った自分が急に馬鹿らしくなった。

「…そうですか。貴方の気持ちはわかりました。潔く諦めましょう。」

「随分あっさりしてるね。半年近くかけてボク達を見張ってたクセに。」

「貴方の様な人間に強要は厳禁ですから。それに、どの道この町での実験は終了しました。私は今年度でこの学校を去り、また別の地区で活動をする予定です。」

「…あんた達の団体はどのくらいの規模なわけ?」

 馨君の問いに、来須先生は口角だけを上げて微笑んだ。

「私達は何処にでもいます。日本を、世界を裏から支える為にね。入会する気になったらいつでも呼んでください。」

「誰が入るか。ダサメガネ。」

 部室に下校時刻のチャイムと共に馨君の投げた本がぶつかる音が響いた。

「…馨!馨!」

「何興奮してんの?うるさい。」

「お、俺…初めて五十点取った!ほら!っ痛!」

「ほらじゃないよ!百点満点のテストで赤点が四十点以下だよ?ギリギリじゃないか!」

「今まで四十点代しか取ってなかったんだから凄いだろ!」

「本当お前に勉強教えるの嫌になるよ…。」

「ふふふ。涼君がそんなに興奮してるの初めて見たな。」

 ヨハネス君がおかしそうに笑った。あまり笑い事じゃないけど。無事テスト期間を終えたボク達は、テスト返却と終業式が終わった後もなんとなく教室でたむろしていた。

「涼…お前このままだと受験とかやばくね?」

「う、うるせえな義人。まだ一年なんだから心配ないだろ。」

「正直これからもっと難しくなってくると思うよ…。」

「…そ、そうなのか……。」

 ボクの言葉に肩を落とす涼君を見て、ヨハネス君と美弥さんが慌てて涼君をフォローする。

「だ、大丈夫だよ涼君!最悪馨君の助手にしてもらえばいいよ!」

「ちょっと、最悪ってどういう意味?」

「そうだね!馨くん将来安泰そうだし、家政夫さんになればいいよ!な、なんなら私の所に永久就職っていうのも…ってきゃああ恥ずかしい!」

「いやそれただのヒモだよ美弥さん!」

「永久就職?美弥って企業するのか?」

「あ、いや…えっと、永久就職ってのはね……もう、なんでもない!」

「つか毎日結城と一緒とか拷問だろ…。」

「何?義人はまた僕にいじめられたいのかな?」

「な、なんでもない!結城最高!ハイル結城!」

「なにそれ…。」

 来須先生とはその後一度も会っていない。先生の話ではおそらく三学期にはもうこの学校にはいないだろう。アブダクション、いや、彼らの犠牲になった人達も少しずつ心の傷を癒していっているという。ここからはボク達が介入するべき事じゃないけれど。とにかく、結局いつもと変わらない日常だ。

「ていうか君達部活辞めるんじゃなかったの?てっきりもうついて行けないとか言うと思ってたんだけど。」

「そ、それは…ちょっとは考えたけど…。」

「でも、オカルト部に入ってて良かった事の方が多かったし、やっぱり馨くんの事好きだなって!ね、裕太くん?」

「う、うん…。あんな事言っちゃったしね。」

「何それ。気持ち悪いな。」

「あははは。」

 窓の向こうの外は冬の乾いた風が吹き抜けている。きっと来年になっても、ボク達はこうして過ごしているんだろう。来須先生達がいなくなった事でもうこの街で妙な事件が起こる事は滅多になくなるはずだ。これからは平凡で穏やかな日常に戻るのだ。和やかに笑い合う皆の声を聞きながらボクはそんな事を考えていた。教室の隅にいる女子の声が聞こえるまでは。

「ねえ知ってる?銀漢橋に幽霊が出るんだって。」

「えーなにそれ。」

「ちょっと君達、その話詳しく教えてよ。」

「……。」

fin


…え、これで終わり?みたいに思われたらごめんなさい。
これにて『Albtraum』完結です。
当初からクライマックスシーンだけ考えてたのですがオチなんて考えつかなかった…。
いままで根気強くこの作品を読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
感想をくださった方々感激しました。本当にありがとうございます。
また別の連載も始める予定ですのでそちらもよろしくお願いします。

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